の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月11日午後8時15分
ゆうちゃんのお母さんは、おひさまホテルの部屋ではなく、にこにこランドのぬいぐるみコーナーにいた。
「今日こそちゃんとお別れの挨拶をしなきゃ……。ゆう、本当はみうちゃんと一緒に同窓会に行きたかったわよね……」
売り物のピンクのうさぎのぬいぐるみと青い猫のぬいぐるみが、ゆうちゃんのお母さんの表情をさらに曇らせた。
「みんな今頃ゆうがいなくて悲しんでいるに違いないわ……」
ゆうちゃんのお母さんは、ピンクのうさぎのぬいぐるみだけをそっとカゴに入れた。青い猫のぬいぐるみも追加で入れようか迷ったが、一旦保留にした。
「ゆう、28年間ありがとう。短い間だったけど、可愛いお姫様と過ごせて幸せだったわ……。あ……う……!」
いつの間にか、カゴの持ち手に雫が付いてしまった。
ゆうちゃんのお母さんの足は、おままごとセットのコーナーへ吸い寄せられていた。
何気なくおもちゃのおにぎりを手に取ろうとしたその時、おもちゃのステーキ、おもちゃの赤パプリカ、おもちゃのトマトなどありとあらゆる『毒』がゆうちゃんのお母さんの心を蝕んだ。
さらに、
一部商品休売のお知らせ
いつもにこにこおままごとセットをご愛顧いただき、ありがとうございます。
以下の商品は、都合により当面の間、休売いたします。
スプーン
オムライス
カレー
シチュー
プリン
アイス(バニラ、イチゴ、チョコ)
ゼリー
お客様にはご迷惑をおかけし申し訳ございません。
と書かれた『訃報』までもがいきなり襲いかかってきたのだ。
ゆうちゃんのお母さんは、着せ替え人形コーナーへ早足で逃げ込んだ。
「……っ、はぁ……はぁ……」
息を切らして向かった先には、ゆうちゃんが生前大事にしていたローズちゃんがいた。ゆうちゃんのお母さんは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ローズちゃん……。ゆうは小さい頃からずっと、あなたを大事なお友達って思っていたのよ」
だが、安心したのもつかの間だった。
「あら、こんなお人形もいたのね。サニーちゃん?……って、何この紙……?」
ゆうちゃんのお母さんは、フラワープリンセスシリーズのローズちゃんとは別の、オシャレなサニーちゃんシリーズのサニーちゃんの近くに置いてあった紙を1枚だけ手に取った。
そこにはこう書かれていた。
オシャレなサニーちゃんシリーズ 新作
桃松ゆうちゃんコラボサニーちゃん&日ノ松藍斗様コラボサンシャインくんのラブラブセット
セット販売で税込1万円
ご予約期間
7月11日〜7月15日
(ただし、予定数に達し次第、期間内でも予約を締め切らせていただきます。)
お渡し日
8月上旬以降、順次発送予定
ご予約は、お近くのスタッフまで!
お早めにどうぞ!
「いやああああああああああああ!!!」
ゆうちゃんのお母さんは、思わず紙をくしゃくしゃにしてハンカチ代わりにしてしまった。
「お客様どうされましたか?!」
若い男性店員さんが声をかけてきた。
一方その頃……
パタ、パタ……
洋館の玄関に、誰かの足音が響いた。
それを聞いた青山さんのお母さんは、壺から顔の半分を出して勢いよく転がり始めた。
「見てなさいよ……!」
復讐に燃える青山さんのお母さんには、目が回ろうが身体中が痛くなろうがこれっぽっちも関係なかったのだ。
「うわああああ!何、何?!」
足音を立てていたのは、藍斗ではなく2人目の下田さんだった。
「やだ、ごめんなさい。てっきり魔王が帰ってきたのかと……」
青山さんのお母さんは、行動が空振りしていたのに気づき、思わず目線を下に向けた。
「そうでしたか……。でも、女性1人であいつに戦いを挑むのは無謀ですよ。これからは僕らが対応しますので、気をつけて帰ってくださいね。今日は本当にありがとうございました」
2人目の下田さんは優しい眼差しでそう言ったが、青山さんのお母さんは7月9日の夕方の表情に戻ってしまった。
「えっ……?私はこれからどうすれば……。守がいない世界なんかもう耐えられない……!それに……!魔王は、藍斗は……!え……ああああああああああ!!!!」
青山さんのお母さんは、藍斗の『秘密』を言えず号泣した。残酷な真実が、最愛の息子をさらに傷つけてしまうと思ったのだ。