の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月11日午後8時55分
潤んだ目の遥さんと亜李さんは、シンデレラのお話を読む前に小さな人形を演台に置いた。
それは、昨日亜李さんが小麦粘土で作ったシンデレラの人形だ。もちろん、あの時のゆうちゃんそっくりに作られていた。
「……ごめん。読むね」
深呼吸をした亜李さんは、シンデレラの台本をゆっくりと手に取った。
「昔々、あるところにシンデレラという美しいお姫様が住んでいました。可哀想なシンデレラ……は……!継母と2人の意地悪なお姉さんに……いつもいじめられて……いました……」
ナレーター役の亜李さんは、シンデレラが継母と2人の意地悪なお姉さんにいじめられるシーンを読んだ時、涙がどっと溢れてしまった。
「ゆうちゃん!あ、ああああああっ!」
亜李さんは、マイクを落としてとうとうその場に崩れ落ちてしまった。
遥さんは何も言えず、ひたすら亜李さんの背中を優しく撫でることしかできなかった。
その時だった。
「亜李!マイクと台本貸して!」
真由美さんが突然大きな声で叫んだ。そして、大急ぎで壇上に上がった。
「ほら!こっちこっち!」
真由美さんに手招きされた夏菜子さんとまちこさんも、大急ぎで走ったのだ。
「あの時のこと本当にごめん。全然お詫びにならないかもだけど、ここからは私たちに任せて」
真由美さんは潤んだ目で亜李さんに謝った。
「ごめん、亜李……」
夏菜子さんとまちこさんは2人同時に謝った。
継母役の真由美さん、意地悪なお姉さん役の夏菜子さんとまちこさんは3人とも台本をじっと見つめた。
「シンデレラ!今から洗濯をしてきなさい!これ全部さっさとやらないと許さないわよ!」
「シンデレラ!この靴全部磨いてちょうだい!」
「シンデレラ!屋根裏の掃除もよろしくね!」
真由美さん、夏菜子さん、まちこさんの声は会場の外まで響いていた。
亜李さんは、3人の演技力の高さに圧倒されたのか、それとも何か別の理由があるのか。唇が震えて何も言えなくなってしまった。
遥さんが、まちこさんから亜李さんの代わりにマイクと台本を受け取ろうとしたタイミングで、みうさんが不意に立ち上がった。
「私もそっちに行く」
みうさんはそう言うと、ゆっくりと壇上まで歩き始めた。
遥さんは、みうさんにマイクを手渡し、台本を見せた。
「えっと……は、はい!お母様、お姉様……。ああ……今日も大変だわ……」
みうさんは、シンデレラ役だったゆうちゃんのセリフを必死に読もうとした。
「……可哀想なシンデレラは、継母と意地悪なお姉さんの言うことを聞き、今日もお仕事を頑張っていました……」
みうさんからマイクと台本を受け取った亜李さんは、安心したのかなんとか立て直すことができた。
「夏美と土岐さん!来て!」
まちこさんの声を聞き、夏美さんは猛ダッシュで、翔子さんはやや戸惑った様子で壇上へと向かった。
まちこさんは、台本の文字と持ってきた写真を指差しながら2人に今どうするべきか教えた。
「ピーピー♪可哀想なシンデレラ。お洗濯〜♪手伝うわ♪」
「あ……!ピーピー♪大丈夫?シンデレラ。お掃除なら得意〜♪だから任せて♪」
小鳥役の夏美さんと翔子さんは、まるで楽しい歌を歌うような声だった。
「まあ、ありがとう小鳥さん。嬉しいわ」
なんとか涙を堪えたみうさんは、ゆうちゃんの無邪気な笑顔を真似しようと必死だったのだ。
「チュ……チューチュー……。あ……シンデレラ……靴磨きなら得意だよ……。私に任せて……」
ネズミ役の遥さんは、ネズミらしく小さな声で顔を真っ赤にしていた。
午後9時
ガチャ
「遥……ごめん、待たせたね……」
左手で顔を隠す遥さんを見た誠人さんは、涼太さんの手を離し、ゆっくりと壇上へ向かった。
「誠人……待ってたよ……。続き……読んで……」
遥さんは、誠人さんに台本とマイクをそっと手渡した。
「チューチュー。シンデレラ、ここは僕に任せて。今はゆっくり休んだ方がいいよ」
ネズミ役の誠人さんは、遥さんと違って一切緊張していなかったのだ。
「あら、ネズミさんもありがとう。とっても嬉しいわ」
みうさんの涙は、いつの間にか引っ込んでいた。
「あ、弘樹!こっちこっち!」
夏菜子さんが弘樹さんに向かって手招きした。
「え、何?」
弘樹さんは困惑した様子で壇上に向かって歩いた。
「蒼森さんありがとね。……はいマイク。ほら、ここ読んで」
まちこさんは、夏美さんと翔子さんと同じ方法で弘樹さんをフォローした。
「あ、高橋……そういうことか。こんにちはー!お届け物です!王子様から、国中の若い娘さんへ……とのことです!」
舞踏会の招待状を届ける人役の弘樹さんの声に、最初の戸惑いは一切なかった。
「シンデレラの家にもお城からの招待状が届きました。それは、王子様との舞踏会の招待状でした」
亜李さんの声は、元のよく通る声に戻っていた。