の【日の丸の国史上最悪の猟奇殺人事件がきっかけで始まった物語】 作:桃色ぴんく
7月11日午後10時45分
ゆうちゃんのお母さんは、白いうさぎのぬいぐるみキーホルダーを両手で包みながら孝行さんと美由利さんと一緒に歩いていた。
結局、お目当てのスイーツアクセコーナーは、『魔境』の奥に移動していただけだったのだ。
「教えてくれてありがとう、美由利ちゃん」
ゆうちゃんのお母さんは、おもちゃのマカロンがついたネックレスとドーナツ型の指輪も両手で大事に包んでいた。
1つのメルヘンにも似たようなものはあるのだが、ファンタジーアイランドのもののほうが本物のスイーツにそっくりなのだ。
「いえ。それにしても、一体どういう気持ちで売っているんですかね!あのフィギュアとか……」
美由利さんは、ビスケットのブローチを右手で強く握り締めていた。
「あの……。大丈夫……で……はないですね。あそこは心を抉ってきますよね……」
孝行さんは、エビフライのステッカーを右手に持ったままゆうちゃんのお母さんを見つめていた。
孝行さんと美由利さんにとっても、あの『魔境』は恐怖でしかなかったのだ。
こうして、3人はゆっくり歩いてセルフレジへと向かった。
「では、僕たちはこれで」
「夜遅いので気をつけて帰ってくださいね」
孝行さんと美由利さんは、ゆうちゃんのお母さんを見送った。
「2人ともありがとう」
ゆうちゃんのお母さんは、ほんの少しだけ笑った。
午後10時50分
買い物を済ませたゆうちゃんのお母さんは、ファンタジーアイランドを出た。
ふと夜空を見上げると、たくさんの星たちがキラキラと輝いていた。その中でも、天頂付近で輝く星は何よりも輝いて見えた。
「あら?あの星はゆうの生まれ変わりかしら?」
ゆうちゃんのお母さんは、青白く光ること座のベガにそっとお祈りした。
「ゆう。ゆうがいつまでも白馬の王子様と幸せでいられますように……」
一方その頃……
車から降りた青山さんのお母さんは、いつの間にか誰もいない根ノ江川の河川敷に辿り着いた。
砂利の上に座ると、黒い保冷バッグから超高級フルーツタルトを取り出した。
サクサクのタルト生地に添えられた濃厚なカスタードクリームの上には、イチゴ、ブルーベリー、キウイ、バナナ、マンゴー、そして、シャインマスカットがたくさん飾られていたのだ。
「……っ!守もこれ食べたかったわよね……。お母さんは少しでいいから、ゆうちゃんと一緒に食べてね……」
1口だけ齧られた超高級フルーツタルトは、根ノ江川に流されていった。
目に涙を浮かべた青山さんのお母さんは、キャビア、フォアグラ、トリュフも1口だけ齧って根ノ江川にそっと流した。
そして、黒い保冷バッグを根ノ江川とは反対の方向へ思いっきり投げつけた。
「ごめんね守……。私、女剣士になれなかったわ……。それどころか、血も涙もない魔女になっちゃったのよ……!ねえ……どうしたらいいの……?」
青山さんのお母さんは、砂利の上に倒れ込んで泣き続けた。
「魔王を……藍斗を……倒せなかった……!あんなこと……知りたくなかった……」
その時、人差し指くらいの大きさのガラス片が目に映った。
「守……。最後まで頑張ったわね……。本当にあの時は苦しかったのよね……」
青山さんのお母さんは、ガラス片の先端で真っ赤なバツを腕にいくつも描き始めた。
「本当は私がこうなるべきよ……。どうして守だったの……?神様、教えて……」
気づけば青山さんのお母さんの周りの砂利だけが少しずつ赤く染まっていった。
「……真っ赤なバツ。綺麗に書けたかしら……」
青山さんのお母さんは、もう心以外の痛みを感じることができなくなってしまったのだ。
「守、ひとりになるのはもう嫌……」
午後11時
腕を真っ赤に染めた青山さんのお母さんは、もう砂利の上にはいなかった。
どこに行ってしまったのかは、もはや説明するまでもない。