察しの良いかたは大オチに気づかれるかもしれませんが、感想での言及は御配慮をお願いします。
チャプター1は明日5月18日投稿予定です。
三宅裕也は仕事を終え、自宅に帰りついた。
安価なアパートの1間の部屋だ。室内は散らかり、マンガが床に積み重なっている。
裕也はコンビニ弁当を電子レンジにかけ、カップ麺に熱湯をそそぐ。
座卓に脂ぎったコンビニ弁当、湯気を立てるカップ麺、さらにコンビニのおにぎりを並べると、床にあぐらをかく。スマートフォンでソーシャルゲームを起動すると、画面をタップしつつ、食物を貪る。
「おッ。新衣装がリリースされてる。露出が多いな。これはガチャを回すしかないな」
裕也は30歳だ。
仕事は外資系の物流会社の倉庫作業員だ。
棚にある荷物に貼られたバーコードを読み取り、台車を使って、また別の棚に運ぶ。そうした単調な肉体労働で1日が終わる。楽しみは食事とアニメ、マンガ、ゲームのオタク趣味だけだ。
裕也は大卒だが、職場で疎まれ、新卒入社した会社を退職。転職もままならず、生活のため、低賃金の単純肉体労働をするうちに30歳になった。
身長が低く、小太りで、風采は悪い。新卒入社した会社を追われたのも、その原因が大きかった。
カップ麺を啜りながら深夜放送のアニメを見る。満腹感に浸りつつ自慰をする。ベッドに入ったままスマートフォンでソーシャルメディアを見る。意識するともなく眠りに落ちる。朝になれば、また倉庫作業の仕事に出社する。
裕也はそうした終わりのない反復の生活を過ごしていた。
*
裕也は目覚め、頭を上げる。
半醒半睡で、自分が机に突っぷしていることに気づく。
だが、裕也の自宅には書物机はない。違和感で裕也はにわかに覚醒する。
(どこだ…? ここ…)
周囲を見回す。学校の教室だ。今まで寝ていたのは教室机だった。
室内は暗い。教室の窓はすべて外側から打ちつけられている。
教室にいるのは裕也だけだ。
(なんだかこの状況、見たことがある気がするな…)
記憶がないことと、状況が分からないことに困惑しつつ、裕也は恐慌状態に陥ることはなかった。椅子から立ちあがり、教室の出口に向かう。
廊下は無人だ。裕也は昇降口に向かう。
昇降口も外側から封鎖されている。
裕也と同じことを考えたらしく、玄関広間に人数が集まっている。
その光景を見て、裕也は既視感を覚える。
(やっぱり、これって『ダンガンロンパ』の1章と同じ展開だよな…!)
奇しくも、人だかりは全員が高校生らしい少女だ。中年男性である裕也だけが浮いている。
すぐ全員が美少女であることに気づく。各人の雰囲気が相違していなければ、アイドルかタレントの集団だと思うところだ。車椅子に乗るものまでいる。もっとも、一般のアイドルやタレントより、はるかに顔の造作は整っている。
角柱にもたれ、腕組みしている少女を見て、裕也は呆然とする。
(き、霧切響子…?)
シャツにプリーツスカートで、ネクタイを締め、皮革のジャケットを着ている。足元は革靴だ。
学生服にも見えるが、風変わりにも、両手に革手袋を嵌めている。
薄色の長髪で、ひと房を編みこんでいる。幼いが、怜悧な顔立ちだ。
少女は裕也に気づき、目線を上げる。
2次元と3次元の違いがあるにもかかわらず、少女の佇まいは霧切響子そのものだ。
裕也が混乱しているあいだに、集団の1人が大きく手を振る。
「あッ! まだ人がいたよ! こっちこっち!」
その少女は裕也に駆けよる。動作が機敏だ。
裕也の目前に立つ。裕也はさらに混乱する。
シャツのボタンを胸元まで外し、スクールカーディガンを腰巻きにしている。プリーツスカートの丈は股下までしかない。
腰が高く、足の長い姿形だ。胸が豊満で、シャツの襟元から谷間が覗く。スカートも短いため、動けば翻って、下着が見えそうだ。
背中まである髪を金髪に染めている。顎が細く、鼻筋が通っている。美形だが、切長の目は大きく見開かれ、快活そうだ。
少女は『その着せ替え人形は恋をする』の主人公、喜多川海夢そのものだ。
「アタシは喜多川海夢! ◯◯高校1年5組! あなたは?」
「み、三宅裕也…」
少女は溌剌と挨拶する。その生気に気圧され、裕也は名乗る。
「こ、コスプレ…?」
思考のまとまらないまま、口ごもるようにして言葉にする。
海夢は驚いたように目を見開く。
「えッ… たしかにアタシはコスプレが趣味だけど… どうして分かったの? すごい! 裕也クン、名探偵みたい!」
興奮して裕也の手を取り、大きく上下に振る。裕也はイヌが尻尾を振るさまを連想した。
「いや、ちょっとね…」
(これは『着せ恋』のことなんか言わないほうが良さそうだな…)
裕也は言葉を濁す。黙過したのは、騒動を避けるためだけでなく、海夢に賞賛され、気分が良くなったためでもある。単純作業の肉体労働者である裕也は、他人から褒められることがない。
裕也が黙っていると、海夢は眉根を寄せる。
「ごめん! 裕也クン、年上だよね? タメ語でいい? 裕也クン、話しやすいからつい」
「ああ、うん… 30歳。べつにタメ口でいいけど…」
「えーッ!? 30!? 全然見えない!」
海夢は大笑する。年甲斐がないと言われたようなものだが、裕也は気分が良かった。
海夢が裕也の手を引く。
「他のみんなも紹介するね。アタシも会ったばっかだけど。こっちが真兎と千束」
「どうも」
「よろ〜」
『地雷グリコ』の射守矢真兎と『リコリス・リコイル』の錦木千束が軽く手を上げる。
(真兎って、『地雷グリコ』の射守矢真兎だよな… 小説も読んでてよかった…)
裕也は内心で動揺を抑える。裕也は小説をほとんど読まない。例外は『バトル・ロワイアル』や『新世界より』のようなオタク趣味に関わるものだけだ。ただ、月に1冊も読書しないものの人口比が6割という状況では、まだ読書家といえる。
「こっちがかぐや、詩羽、祥子、夢子」
「お初にお目にかかります」
「こんにちは」
「よろしくお願いしますわ」
「こんにちは。はじめまして」
『かぐや様は告らせたい』の四宮かぐや、『冴えない彼女の育てかた』の霞ヶ丘詩羽、『Bang Dream!』の豊川祥子、『賭ケグルイ』の蛇喰夢子が会釈する。
(蛇喰夢子… こんなやつまでいるのか… 実物はマンガやアニメで見るより美人だけど)
裕也はひそかに緊張する。
車椅子の少女がいるところまで、海夢が裕也を連れていく。
「こっちがヒマリ、フラウ、アリス」
「素敵なかたですね。もっと落ちついたところでお会いしたかったです」
「フッ、フヒッ。乙」
「アリスよ。よろしく」
『ブルーアーカイブ』の明星ヒマリ、『ROBOTICS;NOTES』の神代フラウ、『食戟のソーマ』の薙切アリスが挨拶する。
「こっちが冴子と拓海」
「よろしく。敬語を使わなくてかまわないだろうか」
『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』の毒島冴子が尋ねる。
「ああ… べつにいいよ」
海夢に倣い、全員が平で話している。
裕也は『アイドルマスターシンデレラガールズ』の向井拓海を見る。なぜか特攻服を着ている。サラシを巻いた豊満な胸元が見え、裕也は思わず凝視する。
「おい。なにジロジロ見てんだ。手前ェ」
拓海が裕也を睨みつける。裕也は数歩後ずさる。
「い、いや… べつに」
最後に、海夢は集団の外縁にいる少女たちを示す。
「ぼっちちゃんと茜、あと響子」
「よ、よろしくお願いします…」
「どうもー…」
『ぼっち・ざ・ろっく!』の後藤ひとりが小声で、『女子高生除霊師アカネ!』の東雲茜が気まずそうに挨拶する。茜はなぜか巫女服を着ている。
『ダンガンロンパ』の霧切響子は柱にもたれ、腕組みしたまま瞑目していた。静かに目を開ける。
「これで全員揃ったわね」
海夢が首を傾げる。
「全員? なんで全員だって分かるの?」
「経験よ。もし前回と同じなら、これで彼女が現れるはずだけど」
響子がそう言うと同時に、スピーカーから音声が響く。
《あー。マイクテス、マイクテス。お前らさ、ちょっと体育館まで来てくんない?》
裕也は緊張で体を固くする。
(モノクマ…! いや、モノクマじゃない…?)
スピーカーの声は少女のものだった。
全員が連れだって体育館に行く。海夢は歩調を合わせ、裕也に並ぶ。
海夢が響子に話しかける。
「響子。なにか知ってるの?」
「そうね。私が事情に通じていることの証拠として、今のうちに話しておくわ。私の予想が正しければ、待っているのは江ノ島盾子という女のはずよ」
「どういうこと?」
海夢が目を大きくする。
「いまはこのくらいで十分でしょう。あとはあの女が話すはずよ」
真兎が歩速を落とし、響子に並ぶ。
「知ってることがあるなら、いま話しておいたほうがいいんじゃない? 私たちを閉じこめてる犯人がいて、響子ちゃんがその人を知ってるなら、あとで話してもいろいろ疑われちゃうかも」
真兎はシャツにプリーツスカート、スクールカーディガンを着ている。シャツは襟元のボタンを外し、カーディガンは肩まで下ろしている。プリーツスカートは短い。
亜麻色の長髪だ。顔立ちは整っているが、無気力そうだ。垂れがちの切長の目は、笑み崩れている。
真兎は飄々とした笑みを浮かべている。
響子は口元だけで冷笑する。
「心配いらないわ。あの女については私もほとんど知らないもの。そうね。あとは… あの女が最悪だということくらいよ」
歩きながら話すうちに体育館に着く。
広い床に人数分のパイプ椅子が置かれている。座面にはそれぞれ小物が置かれている。
全員が入ると、壇上の白幕に映像が投映される。
『ダンガンロンパ』の江ノ島盾子の顔が大きく映る。
《よーッス! 江ノ島盾子でーッす! お前ら、自己紹介はもう済ませた? アタシからもお祝いの言葉を送るよ。入学おめでとう!》
盾子はシャツとプリーツスカートに、ジャケットとネクタイという学生服だ。海夢よりさらに着崩し、大きく開いた襟元と、短く詰められた裳裾からは下着が覗く。見せるための派手な下着だ。
パーマのかかった長髪をツインテールにしている。
顎が小さく、鼻筋が細い。目は大きいが、鋭気を湛えている。
裕也は呆然として壇上の白幕を見る。
(江ノ島盾子… 本当に現れた。でも、大映しになっても美人は美人だな…)
響子が腕組みしたまま壇上を見上げる。
「モノクマを使うのはやめたの? コソコソ隠れて暗躍するのが、あなたの好みだと思っていたけど」
《ああ。モノクマ? 飽きた》
盾子はあっさり言う。
他の少女たちは立ちつくしている。
祥子が壇上を険しい目で睨みつける。
「これはどういうことですの? 説明もなくこんなところに留めおかれて。監禁されているとしか思えませんわ。まずは私たちを解放しなさい。話はそれからですわ」
祥子はブレザーの学生服を着ている。身長は低いが、胸元は厚い。
長い髪を両側で束ね、ハーフツインテールにしている。童顔だが、顔立ちに気品がある。吊りがちの大きな目をしている。
かぐやが祥子をたしなめる。
「豊川さん。どうか冷静に。彼女に私たちを監禁する意思があることは明らかです。お怒りはごもっともですが、主導権は彼女に握られています。まずは話を聞きましょう」
かぐやは小柄で華奢だ。黒いワンピースのセーラー服を着ている。
髪を後ろで結いあげている。小顔で顔立ちは幼い。だが、大きな目は瞳が澄み、聡明そうだ。
祥子は口を閉ざす。握りしめた拳に力が入っている。
海夢が訝しげにする。
「入学って、アタシたちしかいないけど」
《それは学園どころか、この世界にはお前らしかいないからだよ》
「は? なに言ってるの?」
他の少女たちも顔に困惑を浮かべる。
盾子は映像で手を払う。
《世界は終末を迎えたんだよねー。黙示録の四騎士、支配、戦争、飢饉、死が内輪揉めを始めてさ。世界から死が消えて、地上は戦争と飢饉に覆われた地獄になったってわけ》
「死がなくなったら天国じゃないの? 不老不死は人間の悲願でしょ」
茜が言う。白衣と赤袴の巫女服を着ている。
黒髪を後ろで束ねている。頬のふっくらした、愛嬌のある顔立ちだ。
《不死とは言ったけど、不老なんて言ってないじゃん。いくら老いても死ぬことはない。病んでも、傷ついても! 手足が千切れても、内蔵が零れても! 人が死なないから人口は増える一方。限られた食糧をめぐって、ゾンビどもが共喰いしあう地獄だよ。で、支配の悪魔が、そんな世界を見捨てて、新しい世界を創造することに決めたってわけ。裕也、あんたを新世界のアダムにしてね。それが方舟計画》
「ぼッ、僕?」
突如、名指しされ、裕也はたじろぐ。
驚いたように、海夢が裕也を見る。
「でッ、でも、僕はなんの取柄もない、どこにでもいる男だけど…」
《さあ。支配の悪魔があんたを愛したってだけだし。支配の悪魔は主、神なんだから。支配の悪魔はあんたと、あんたが好きなフィクションのキャラクターで楽園を築こうとした。けど、楽園なんて勘弁ッしょ。だから、アタシが方舟計画を乗っとった! それがこのコロシアイ学園生活! お前ら、入学おめでとう!》
詩羽が長い黒髪を払う。
「天国より地獄が良い、という話は理解できるわ。ダンテの『神曲』でも、《天国篇》より《地獄篇》のほうが評価が高いし」
長身で、裕也より背が高い。黒のセーラー服を着ている。リボンタイを締めた胸元が分厚い。
腰まである長い黒髪に、白いカチューシャを着けている。細面で鼻筋の通った、大人びた美形だ。目付きが理知的だ。
アリスが訝しそうに詩羽を見る。
「こんな与太話を信じるの? 私たちがフィクションのキャラクターなんて」
シャツにプリーツスカート、スクールベストとネクタイの学生服だ。
北欧系の混血で、銀髪をショートカットにしている。くっきりした目に、挑発的な光を湛えている。
フラウが指の節を噛む。
「おッ、おい… なに真に受けてんだよ、情弱が… 世界を再生した、ってのはいいにしても、フィクションだのキャラクターだのは比喩だろうが…」
白い半袖のセーラー服を着ている。手足が細く華奢だ。
金髪をツインテールにしている。顔は肉付きが薄く、目が大きい。繊細そうな顔立ちだが、表情は皮肉げだ。
「は? 世界の終わり、って話も信じられないでしょ」
「こッ、これだから情弱は… 情弱でも量子力学が確率論だってことくらいは知ってるだろ… 量子の物理的な状態と、その確率の情報は等価だし。ベルの不等式の破れがあるから、それぞれの量子が情報を保存してることは確か。でッ、でないと、因果関係が光速を超えて成立してることになるからな… 宇宙そのものが1つの量子コンピューターなんだよ。だッ、だったら、私たちがゲームのキャラクターみたいなものでも良くね? っていう」
フラウが指を噛みながら言う。
「この世界がゲームなら、黒歴史のセーブデータも削除してほしいですけど…」
ぼっちが暗然とした表情で呟く。
学生服らしいプリーツスカートを履き、上だけピンク色のジャージを着ている。ギターケースを背負っている。
長い髪を腰まで伸ばしている。前髪が目元までかかっている。血色が悪い。
響子が腕組みしたまま言う。
「彼女の話に耳を貸す必要はないわ。どうせ話の行き先は、この世界が虚構なら何をしていいはずだって、ありきたりの虚無主義よ。それに、ここを出ないかぎり彼女の話の真偽を確かめるすべはないのだから、考える意味はないわ」
《はァー… 霧切は相変わらずの冷凍マグロの不感症女だな。調理の前に冷蔵庫で10時間ほど解凍してください、って言われなかったか? もっとこの状況を楽しめよ》
映像で盾子は顎を上げる。
《小悪魔系女子のアタシとしては、方舟計画を乗っとって、あとは裕也と失楽園で永劫のときを過ごしてもよかったんだけど… でも、アタシは本物の快楽主義者! 絶望を欲する暗黒の楽観主義者で、破滅を愛する明るい悲観主義者! そんなぬるま湯の暮らしには耐えられないわけよ。スープが冷めて、麺が伸びきったラーメンが食えたもんじゃないみたいに!》
千束が穏和な笑みを浮かべる。
「つまり、裕也くんが全部の原因ってこと?」
ジャンパースカートの学生服を着ている。胸元に厚みがあり、硬い生地でも膨らみが分かる。
薄色の髪をボブカットにしている。純真そうな顔立ちで、目が大きい。声が涼しげだ。
全員の視線が裕也に集まる。
吃りつつ、裕也は弁解する。
「いッ、いやッ! だから、僕はなんの取柄もないし…! フィクションだったら、みんながヒロインでも僕はモブ。世界の命運に関わるどころか、誰かに愛されることだってありえないから…!」
映像で盾子は額に指を当てる。
《そーだけどさ。パニック映画で、映画を盛りあげるためだけに、殺虫剤を吹きかけられたアリの群れみたいにバタバタ死んでいくモブにだって、ひとりひとり人生があるわけよ。そのモブの1人が好きになっちゃったんだから。まー、しょーがないじゃん》
詩羽が両肘に手を当て、裕也に向かう。
「難しく考えることはないわ。将棋の藤井聡太に、野球の大谷翔平。彼らの活躍は伝説的なのだから、地球上のすべての人々は、彼らが主人公のフィクションのモブなのかもしれない。けど、だからといって、なにも変わらないでしょう?」
悠然とほほ笑んだあと、周囲に目を向ける。
「もしかしたら、将棋の藤井聡太に野球の大谷翔平と言っても通じないかもしれないわね。彼女の話が正しければだけど」
ヒマリが口を開く。人間工学的な、大型の電動車椅子に乗っている。
「その御両名の名前は存じませんが、仰る意味は分かります。弁神論でいう最善世界仮説のようなものでしょう。天気が晴れか、雨かでさえ、世界は時々刻々と分岐している。無数の可能世界があり、その中で、私たちがいる世界が、つねに神によって創造された最善世界だということです」
ジャケットとロングスカートの学生服で、膝には毛布をかけ、布手袋を嵌めている。
白髪の長髪だ。尖った耳が目立つ。透けるような白皙の肌だ。眉は刷いたように細い。切長の目は伏せがちで、睫毛が長い。
車椅子から裕也に視線を向ける。
「天才美少女ハッカーとして《全知》の令名をほしいままにした私ですが、あなたと会った世界が最善だということは分かります」
フラウが指の節を噛む。
「し、シミュレーション仮説と神学の組み合わせとか、中二病乙」
ヒマリが目を見開く。
「は? あなたは量子情報理論に詳しいようですが、量子プログラミング言語は何ができるのですか? 私は関数型に圏でも記述できますが」
「でッ、出たよ、圏論… 関数そのものが双対的なんだから、圏論とか学者のお遊戯でしかないし… が、学芸会でもやってろ、っての…」
「はッ? 基礎の理解を深めて何が悪いのですか? 私は基礎だけでなく応用もできますが。これだから理学系でない工学系の人間は…!」
挑発され、ヒマリの白い頬に赤が差す。
《オタクどもはちょっと黙っててくんない? 大声を出さないなら食堂でカードゲームをやっていいからさ》
盾子が冷然と言い、ヒマリとフラウは黙る。
海夢が手のひらを立て、裕也の耳に囁く。海夢の身長は短身の裕也に並ぶ。
「ね。さっきからなに言ってるか分かる? アタシ、全然分かんないんだけど」
「う、うん… なんとなくだけど…」
裕也は小声で答える。耳に吐息がかかり、背筋がゾクゾクとする。
「すごッ! 裕也クン、頭良いんだね」
海夢が目を輝かせる。
裕也は知識も知能も人並み以下だが、オタク趣味のおかげで偏った知識がある。
アリスが眉を寄せる。
「というか、コロシアイ学園生活とか言ってなかった?」
詩羽が長い黒髪を刷く。
「閉鎖空間に監禁された人々… こういうシチュエーションだとデスゲームが定番ね」
拓海が怒声を放つ。
「デスゲーム? 冗談じゃねェぞ!」
外套のように裾の長い作業服、いわゆる特攻服を着ている。特攻服の襟は全開で、胸にはサラシを巻いている。だが、胸は大きく、サラシで押さえきれないほど豊満だ。
背中まである長髪だ。やや童顔だが、目付きは鋭く、好戦的だ。
映像で盾子が腰に両手を当てる。
《そう! お前ら16人にはコロシアイをしてもらう! つッても、ただ過激さを売りにするだけの、レーティングが18歳以上の暴力ゲームじゃない! 青少年の健全な育成に役立つような知的なゲームだ! ルールは簡単! お前らには仲間の1人を殺してもらう! だが、その犯人は犯行を隠しとおさなければならない! 死体が発見されたら学級裁判を開廷する! 裁判でお前らの中にいるクロを1人決めてもらう! その指名が正しければクロの負け! クロにはオシオキを受けたうえで退場してもらう! 指名が誤っていればクロの勝ち! クロを除く全員がオシオキのうえで退場だ! これを最後の1人になるまでやるのが愛と青春のコロシアイ学園生活だ!》
盾子が宣言すると、少女たちは騒然とする。
かぐやが幼い顔立ちに、冷然とした微笑を浮かべる。両手を重ね、小柄な体で端然と立っている。
「私たちがイヌに見えますか? 闘犬ではあるまいし… そう簡単にコロシアイなどするはずがないでしょう。そうですよね? 豊川さん」
かぐやは祥子に視線を向ける。
「えッ? ええ… そうですわね」
祥子は黙考していて、一瞬、返事が遅れた。
《人間にイヌの真似をさせるなんて簡単なんだよ。四宮》
盾子が言い放つ。
真兎がこめかみに指を当てる。片目を瞑る。
「それだと、最後の1人にならなくない? 最後の3人になった時点で同票無効になるでしょ。偶数人で始めなきゃ」
《それは心配いらないから。ちゃんと人数は16人いるし。裕也もいるし》
名前を呼ばれ、裕也は緊張で固まる。デスゲームの宣言に、臓腑から恐怖が這いあがる。
《どのみち、人数のことは気にしなくていいから。詳しいことはコロシアイ学園生活の生き残りの霧切に聞けば》
全員の視線が響子に集まる。
響子は口元だけで微笑する。
「私だけで勝ったわけじゃないわ。みんなで勝ったのよ。それに… デスゲームで生き残るのは簡単よ。たがいに協力すればいいだけなんだから」
《はッ。残り5人だけになって、ビビりちらかしてたやつがよく言うよ》
「5人って… そのときも16人から始めたの?」
茜が顔色を悪くする。
響子は無言で答える。
「あああ…」
ぼっちが白目を剥き、全身を戦慄かせる。口から泡を吹きそうだ。
冴子が前に出る。
「そんな残酷なことを進んでやるとは考えがたい。君も首謀者に脅されているのではないか? もしそうなら、話してくれ。私たちと協力しあおう」
身長170センチを超える長身だ。ロングスカートのセーラー服を着ている。
艶のある長髪を腰まで伸ばしている。美形で、鼻筋が通っている。目付きが鋭い。
拓海が手のひらに拳を打ちつける。
「つーかよ… なんでもいいから出てこいよ! どっかに隠れて、この臆病モンが! さっきから好き勝手言いやがって。殺すなら、まず手前ェから殺してやんよ! あァ!?」
詩羽が小さく笑う。
「デスゲームものだと、まず開幕のときに誰かが見せしめになるものだけど、その役を買ってでるつもりかしら」
フラウが爪を噛みつつ、陰気に笑う。
「ふッ、ふひッ。ドキュン乙」
拓海はますます激昂する。
「あァ!? なんだ、どいつもこいつも… 腰抜けどもが! 手前ェもさっきから黙りっぱなしじゃねェか!」
拓海が絡んだのは夢子だ。
夢子は楚々として立っている。穏和な表情で答える。
「いえ… 私は恐ろしくて、体が竦んでいました。どうぞみなさんでお話しください」
シャツとプリーツスカートにジャケットという学生服だ。赤と黒の配色が賭博場のディーラーを連想させる。
長い黒髪を背中まで伸ばしている。眉目は柔和で、気品がある。
海夢が裕也を見る。
「コロシアイなんて本気? なんか、みんなその気みたく見えるんだけど」
「う、うん…」
裕也は確かな返事ができない。
《人の話は最後まで聞けっての。コロシアイ学園生活、つッても、今回は模擬試合にするから。あんま血生臭いと裕也が萎えるッしょ?》
盾子の声が響き、全員が沈黙する。
《後ろの入学式のパイプ椅子の上を見てみ》
促され、裕也たちは並べられたパイプ椅子のところに行く。
椅子は16脚だ。各々の座板に工具箱と電子手帳が置かれている。
響子が工具箱を手に取り、蓋を開ける。金槌や鋸、さらには大型ナイフのような道具類が目につく。その他、雑多な小物がある。
《それは殺人道具箱と犯行声明札。近くにあるのは電子生徒手帳。電子生徒手帳は学級裁判で投票に使うから、大事に扱えよ。指紋認証で誰が投票したか、分かるようになってるから》
各々が手近な工具箱と電子手帳を手にする。
裕也も工具箱を開ける。日常的な道具類と縄の他に、拳銃や手榴弾がある。薬瓶らしい茶色の小瓶もある。
箱の1画にプラスチック製のカードの束がある。カードは9枚だ。それぞれ表面に「刺殺」「絞殺」「撲殺」「毒殺」「射殺」「爆殺」「溺殺」「焼殺」「感電殺」の文字が印刷されている。
《まずアタシに電子生徒手帳で犯行計画書を送って。犯行が実現可能だって判断したら承認するから。そしたら、あとはコロシのマネだけで犯行が完了したって通知するから。ただし、死体役の生徒の体の下に犯行声明札を置くこと》
「通知って?」
真兎が尋ねる。
《ここみたいに学校中にスピーカーがあるから。アナウンスしてやるよ》
詩羽が軽く腕組みする。
「それだと、あなたの胸先三寸で決まることにならないかしら」
《だから、誰でも簡単にコロシができるように凶器を用意してやったろ? コロシアイ学園生活はユニバーサルでインクルーシブ! 老若男女、健常者障害者に関係ナシ!》
車椅子で膝に工具箱を載せたまま、ヒマリが微笑する。
「御配慮に感謝します」
「な… なら、先手必勝ですね… アハハ…」
ぼっちが引きつった笑みを浮かべる。
《いや、それだとコロシのドキドキ、ハラハラが楽しめないかんね。犯行計画書がなくてもコロシが認められる例外を2つ用意した! 1つは正当防衛、もう1つはクロが犯行を目撃されたとき、目撃証人を消すための緊急避難だ!》
海夢が周囲を見回す。
「みんな、待ってよ! やるのはゲームでも、アタシたちが監禁されてるのはマジじゃん! ゲームに負けたらどうなるの? ていうか、アタシたちをここから出してよ!」
映像で盾子が笑う。
《んじゃ、最後の説明ね。最後まで生きのこった勝者のゴホウビは何か… その話の前に、破滅主義者のアタシにも嫌いなものが2つだけあってさ。それが《寝取らせ》と《松屋の味噌汁》なわけ》
「は? 何を言っていますの?」
祥子が眉をひそめる。
《何って、松屋のあの水みたいに薄い味噌汁に決まってんだろ! おまけに、豚汁に変更するときの追加注文の価格は単品より安い! つまり、差額分が牛丼の価格に含まれてるってわけ。ありえなくない? だったら、あの水みたいな味噌汁はいらないから、そのぶん安くしろっての!》
盾子は熱弁する。
「あの… 聞いているのは《寝取らせ》のほうだと思います…」
ぼっちが戦々恐々と言う。
《ああ。だって、自分がくれてやったものを《盗られた》とは言わないじゃん。それがアリなら、自分の財布をくれてやったあとで、《盗まれた》って言ってそいつをブチのめすのもアリになる。貧困地域に寄付する慈善家が、《財産を盗まれた》って言って貧民どもを機銃掃射で一掃するのもアリ。だからアタシは《寝取らせ》を《寝取られ》だって言うのは認めらんないの》
「だから! 何の話をしていますの!」
祥子が苛立つ。
《本物の破滅主義者にとっては《寝取られ》の快感を得るのも簡単じゃない、ってこと。そのためにアタシが用意したのが、このコロシアイ学園生活なんだから。コロシアイ学園生活で最後の1人になるまで生きのこったゴホウビは… ここで裕也とアダムとイブになってもらう! 永遠の楽園を過ごしてもらうんだ!》
盾子は絶叫する。恍惚として、なかば白目を剥いている。
《【超高校級の探偵】霧切響子! 【超高校級の暗殺者】錦木千束! 【超高校級の剣道部】毒島冴子! 【超高校級の軽音楽部】後藤ひとり! 【超高校級の料理人】薙切アリス! 【超高校級のピアニスト】豊川祥子! 【超高校級のプログラマー】明星ヒマリ! 【超高校級のメカニック】神代フラウ! 【超高校級のギャンブラー】蛇喰夢子! 【超高校級のコスプレイヤー】喜多川海夢! 【超高校級の暴走族】向井拓海! 【超高校級の風紀委員】四宮かぐや! 【超高校級の文学少女】霞ヶ丘詩羽! 【超高校級の詐欺師】東雲茜! そして、【超高校級の生存者】射守矢真兎!
美貌と才能に溢れた女どもが戦って、勝者が裕也と結ばれる。そして、アタシはそれを指を咥えて見ているしかない… これが《寝取らせ》じゃない! 悔しさと妬ましさで夜も眠れないほどの苦痛に苛まされる、本物の《寝取られ》だ!》
盾子は自分の体を抱きかかえ、発情したように熱い吐息を洩らす。美少女の行状でも、さすがに不気味だ。
裕也は顔を伏せ、横目で周囲を伺う。
(僕と結ばれることがゴホウビ? そんなわけないよな…)
裕也はなんの才能もなく、風采も冴えない。だが、そうした自身を客観視できるほどの分別はある。
窃視するような視線が、横にいる海夢と合う。海夢は裕也を見ていたが、顔を赤くし、慌てて前を向く。
(いや、まさかだよな…)
裕也は懊悩する。
茜が抗議の声をあげる。
「【超高校級の詐欺師】って何!? 言うなら【超高校級の除霊師】だけど!」
《ああ? 霊感商法で1億円以上も荒稼ぎしといて、よく言うよ。あんたに比べれば、地面師も花見の場所取りでサラリーマンを騙しただけみたいなもんでしょ》
「いや、1件あたりの謝礼は10万円くらいだし… 営々とした努力の成果だから!」
才能が明かされたことで、他の少女たちも探りあうように互いを見る。
夢子が口を開く。落ちついた笑みを浮かべている。
「まだオシオキの説明がありませんね。私たちはすでに監禁という不利益を被っています。となると、賞罰はそれ以上のものであると考えるべきでしょう。敗者がゲームから脱落するなら、ここから出ていくということになりますが、その代償は何でしょう。例えば、死とか」
夢子の言葉に、全員が騒然とする。盾子が登場して以来、裕也はふたたび緊張する。
《うん。負けたらここから出ていってもらうよ。ただし、その前に… 裕也以外の男とキスしてもらう。これがオシオキだ!》
(な、なんだ…)
裕也は脱力する。大学生の飲み会での罰ゲームのようなものだ。
だが、少女たちの雰囲気は一変していた。表情が深刻そうだ。
海夢が手を握りしめ、胸元に置く。怯えたように裕也を見る。
「裕也クン、アタシ、怖いよ… だって、まだキスをしたことないのに… どうしよう。これからどうなるのかな…」
少女たちは猜疑心にかられた様子で、互いを伺っている。
映像の盾子だけが楽しげだ。
《これで入学式は終了! 解散! 電子生徒手帳と殺人道具箱を忘れるなよ! みなさんのコロシアイ学園生活が良いものになることをお祈りします!》