※この作品はR-18です。

ダンガンロンパクロスオーバーハーレム   作:みゆ_ハーメルン

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この段階で「クロ」が誰かは推理できるようになっているので、よければ感想でお答えください。

学級裁判編は来週5月25日に投稿予定です。


チャプター1 (非)日常編

 裕也たちは体育館を出た。全員が工具箱と電子手帳を手にしている。

 海夢が半笑いで他の少女たちを見る。

「コロシアイなんて、みんな本気にしてないよね? いくらゲームだって、アタシは知らない男とキスさせられるのは嫌だし。みんなも嫌でしょ?」

 祥子が鋭く言う。

「何を甘いことを言っていますの。あなたが望まなくても、誰かが私たちを出し抜けば、私たち全員が罰を受けさせられますのよ。こうして私たちを監禁しているくらいですもの。罰を強制する力もあるはずですわ」

「は? それってアタシたちの誰かが裏切るってこと? なんでそんなことを言うわけ?」

 海夢が憤然とする。対して、祥子は冷然としたままだ。

「事実を述べたまでですわ」

 

 詩羽が悠然とほほ笑む。

「響子は以前のコロシアイ学園生活に参加しているのよね? そのときはどうなったのかしら」

「賞罰も前のときとは違うもの。一概には言えないわ」響子は簡単に質問をかわす。「それより、気になるのは《他の男とキスさせる》ということよ。もしその男がこの学園内にいないなら、外部との通路があることになるわ」

 考えこむように、革手袋を嵌めた手を口に当てている。

 

 拓海が手のひらに拳を打ちつける。

「ッしゃあ! ならグズグズしてねェで、とっととこんなとこ出ていこうぜ。つーかよ、さっさと窓でもブチ壊そうぜ」

 フラウが小さい笑声をあげる。

「こッ、これだからドキュンは… せッ、せめて壁だろ… 窓には何かの板金が溶接されてたから、物理的に壊せるはずがないし…」

「うるせェな」

 拓海は罵倒したが、それほど怒ってはいない。注意が脱出に向かっているらしい。

 アリスが肩をすくめる。

「映画の『大脱出』みたいにスプーンでコツコツ壁を掘るの? 私はパス」

 

 冴子が立ちどまり、全員の行手を制する。

「これからどうするにせよ、おのおの得手勝手に行動するわけにはいかないだろう。一度、話しあいをしたほうがいいと思うのだが」

 

 かぐやが両手を体の前で揃え、端然と立つ。

「個室の近くに食堂がありました。そちらに集まりませんか?」

 少女たちが各々同意する。

 

 裕也たちは個室の区画まで行く。

 廊下に個室の扉が並列している。個々の扉に標札が掲げられている。少女たちの氏名と似顔絵のようなアイコンだ。

 裕也は扉のひとつで立ちどまる。

(ここが僕の部屋か… 『ダンガンロンパ』だと男女で立入禁止の場所がけっこうあったけど、どうなってるんだろう…)

 扉にはコルクボードが貼られ、ハートマークと「裕也」の文字が描かれている。

 室内はリゾートホテルの個室のような造作だ。

 部屋を見ていると、扉が開き、誰かが入ってくる。裕也は顔を向ける。

 詩羽だ。扉を背にして、肘を両手で掴む。

「少し話を聞かせてくれないかしら」

「な、なに…?」

 裕也は緊張する。詩羽は長身の美少女の女子高校生だ。元の世界では裕也が関わりをもつことのない人種だ。

 詩羽は形のいい顎に手を当てる。

「私たちがフィクションのキャラクターだということについてよ。さっき、私が将棋の藤井聡太や野球の大谷翔平と言ったとき、通じていない様子のひとが2人いたわ。明星ヒマリと錦木千束よ。もしかして、私たちが属していたフィクションの世界に関係するんじゃないかしら」

「う、うん…」

 裕也は詩羽の観察眼に感心する。問われるまま、少女たちの登場する作品のあらすじを話す。

「なるほど…」

 最後まで説明を聞き、顎に手を当てたまま、詩羽は呟く。

「私はライトノベルのサブヒロインなのね。おおむね私の自己認識と合っているわ。私の作歴も、出版した作品も同じ」

 詩羽は『冴えない彼女ヒロインの育てかた』という作品のヒロインだが、本人の主観では、小説家としての人生が主体らしい。

「そ、それは良かったよ…」

 裕也は詩羽に気が引けている。裕也は詩羽より背が低い。裕也がはるかに年長であることを併せると、なおさら惨めだ。

「彼女たちが藤井聡太や大谷翔平のことを知らなかったのは、おそらく作品の世界観に関係するのでしょうね」

「世界観?」

 裕也は首を捻る。

「そうね。ロボットアニメでいうなら、リアル系とスーパー系というところかしら。ある程度、世界観が現実から離れると、物理法則や社会の成り立ちが変わってくるでしょう? ここでは、私や裕也くんのいる世界を現実だとするけれど」

 詩羽は小さく笑う。

「はァ…」

 裕也は呆然と呟く。

「あら。よく分かっていないみたいね。これはコロシアイ学園生活でも大事なことよ。私たちの常識が違うなら、その死角を突くことができるわ。例えば、自分の世界で有名なミステリーのトリックを盗用することができるかもしれない。今のところ、そうしたことはできそうにないけれど」

「うッ、詩羽ちゃんはコロシをするつもりなの?」

「さあ。どうかしら」

 詩羽は返事をはぐらかす。

「けど、お願いがあるの。あなたが知っている作品の知識… それを他のひとには話さないでほしいの。彼女たちの思考や、行動の傾向… そうした知識はコロシアイ学園生活で大きな武器になるわ。軽々しく吹聴しないでくれると助かるわ」

「ぼ、僕はべつにいいけど…」

 詩羽の美貌に当てられ、裕也は唯諾とうなずく。

「ありがとう。それと、よければ、これからも彼女たちが登場する作品の話を聞かせてくれないかしら。もちろん、これは小説家としての興味よ」

 詩羽が部屋を去ったあとも、裕也は心臓が動悸していた。

 

 廊下に出ると、海夢が大きく手を振って迎える。

「裕也クン、もうみんな来てるよ!」

 食堂では長卓を合わせて、16人分の座席を作っていた。短辺に2脚、長編に6脚の椅子を置く。

 かぐやが裕也を促す。

「裕也さんは上座に坐ってください」

「ああ… うん」

 裕也は唯諾として最奥の席に座る。少女たちよりはるかに年長だが、むしろ能力で劣る。気まずさを覚える。

 かぐやはためらわず、裕也の隣の席に座る。

 裕也の隣、長辺の端の席に海夢が座る。他の少女たちもおのおの席に着く。

「ふゥ。さすがに15人もいたんじゃ覚えきれないよ」

「えー? そんなことないでしょ」

 海夢がスカートのポケットから、ルーズリーフのメモ帳と、ラメで彩られたペンを取りだす。

 「私、真兎」と書き、丸で囲む。

「まず、アタシと真兎みたいなギャルがいて…」

 「かぐや、祥子、詩羽、夢子」と書き、丸で囲む。

「ここらへんが文系で優等生のグループ」

 「ヒマリ、フラウ、アリス」と書き、丸で囲む。

「ここらへんが理系で、成績は良いけどあんま学校には関わらないグループ」

 「冴子、千束、拓海」と書き、丸で囲む。

「このへんが体育会系のグループ」

 「ぼっち、茜、響子」と書き、丸で囲む。

「で、どのグループにも属さないのがこのへん」

 ページ上に4つの丸ができる。

「なるほど…」裕也はうなずく。「すごいね、海夢ちゃん」

「えーッ? そんなことないよ。アタシ、ひとの顔を覚えるのは得意だから」

 海夢は照れたように笑う。明るい表情のまま、目を見開き、裕也を見る。

「そうだ! アタシ、裕也クンの助手をやるよ! だって裕也クン、名探偵じゃん! もちろん、コロシなんて起きないほうがいいけどさ」

「じゃ、じゃあ、お願いしようかな…」

 裕也は気まずさを覚える。海夢はまだ、自身がコスプレイヤーであると言い当てたことを、裕也の洞察力の所為せいだと思っているらしい。海夢のように自意識が確かなものにとって、自分がフィクションのキャラクターだということは、思考の埒外だ。仮に、そのことを知ったとしても、たんに自分の伝記があるとしか思わないだろう。

 

 かぐやが口を開く。

「さて。会議を始めましょうか。これからもこうして定期的に集まるのがいいと思うのですが、いかがでしょうか」

 拓海が食卓に頬杖をつき、かぐやを見る。

「おい。なんで手前ェが仕切ってんだ?」

「御不満なら、あなたが司会進行してくれてもかまいませんよ」

 かぐやが冷笑する。

「クソッ。好きにしろよ」

 拓海は舌打ちし、顔を背ける。

 

 かぐやは最奥の席から一同を見通す。

「それに、本来なら私たちの代表になるべきなのは、裕也さんでしょう。私はその代理をしているにすぎません。フランス革命のとき、革命政府は象徴として、自由の女神のマリアンヌを掲げました。当時、女性が政治的な代表になることなどありえなかったからです。あくまで代理、ということです。そうして、革命政府は権力を握るつもりがないことを示したんです」

「いちいち小うるせェんだよ」

 と、拓海。

「ぼ、僕が?」

 かぐやに名指しされ、裕也は動揺する。

「当然でしょう。ただ1人の男性で、年長者なんですから。御心配なく。諸事雑事は私が務めますから」

 かぐやは微笑する。

 アリスが口を開く。

「そういえば、調理室を見たんだけど、かなりの食糧があったわ。優に1ヶ月は足りそう。質も良いし、鮮度も高かったわ」

「良かったー。少なくとも兵糧攻めにされることはなさそう」

 茜が安堵の溜息をつく。

 

「食糧は補充されるのか? もしそうなら、その機を狙って、江ノ島盾子を捕らえられそうだが」

 冴子が言う。

「ムダね。前にコロシアイ学園生活を開催したときには、食糧に限らず、施設の維持管理メンテナンスには遠隔操作のロボットを使っていたわ」

 と、響子。

「クソッ。正々堂々、姿を現せ、ってんだよ。卑怯モンが」

 拓海が毒づく。

 険悪な雰囲気を払うように、かぐやが声をあげる。

「せっかくですから、どなたかお茶を淹れてくれませんか?」

「私がやるわ。調理場も使ってみたいし。コーヒーでいいでしょ?」

 と、アリス。

 海夢が腰を浮かせる。

「あッ。私も手伝うよ!」

 

 食堂と続きの調理室に、アリスと海夢が行く。

 間もなく、アリスが配膳台を押して戻ってくる。銀製のポットと陶製のポット、砂糖壺、マグカップが載っている。

 海夢がマグカップの把手に指を通し、両手にぶら下げている。配膳台に載りきらなかったらしい。

「ありがとー」

 真兎が椅子から立ち、マグカップを受けとる。

「コーヒー豆も良いものを用意してるわ。私は電動のミルで挽いて、サイフォンで淹れただけだけど」

 と、アリス。

 

 銀製のポットが食卓に置かれ、各々が自分のマグカップにコーヒーを注ぐ。裕也はミルクと砂糖も入れる。

 かぐやが口火を切る。

「これからは毎朝、朝食の時間に会合をもつのはいかがでしょう。もしクロが現れたとして、凶行に及ぶのは、みんなが寝静まった真夜中でしょう。朝に集まれば、安否確認にもなると思いますが」

「わ、私はよく完徹するけどな… デュフフ」

 と、フラウ。

「なんにしても、連絡は絶やさないでください。そうですね… 朝7時から8時のあいだはいかがでしょう。8時までに現れなかったときは異常事態が起きたと見なすということで」

 全員が同意する。

「私たちのなかから裏切り者が出ないか疑うなど… 気分の良いものではないな」

 と、冴子。

 真兎が食卓に肘をついたまま、もう片手を上げる。

「それならさー。どうやっても裏切れないようにすればいいじゃん」

「なんだと?」

 冴子が鋭い目を向ける。

 真兎はずり落ちたスクールカーディガンで、両手を広げる。

「だって、クロがやるのは現実の殺人じゃなくて、ゲームの演技プレイなんだから。全員の犯行声明札を預かって、誰にも使えないようにすればコロシはできないじゃん?」

 少女たちのあいだで嘆声があがる。

「名案です。とりあえず、一度、自分の殺人道具箱を持ってきて、それから再開しましょう」

 かぐやが言う。全員が工具箱を自分の個室に置いてきていた。

 

 ふたたび全員が揃う。各々が卓上で自分の工具箱を開ける。

 内容を確認する。備品は9枚の犯行声明札と、金槌、サバイバルナイフ、太縄、拳銃、手榴弾、小瓶だ。一般の工具箱の備品である道具類もある。

 海夢が拳銃を手にする。

「これ、本物じゃないよね? けっこう重いけど」

「貸して」

 千束が隣席の拓海から拳銃を借りる。手慣れた手付きで弾倉を落とし、遊底を外す。瞬時に再装着する。

「オゥフ! 待たせたな、スネーク!」

 フラウが奇声をあげる。

 千束が拓海に拳銃を返す。

「自分ので確かめたけど、拳銃は本物だね。ていうか、銃腔と撃鉄、撃針があるから銃弾は撃てるね。けど、弾はペイント弾だったよ。空砲みたいに薬莢に火薬が仕込まれてるから、撃てば銃声が鳴るけど」

「じゃあ、この手榴弾も?」

 海夢が表情を引きつらせる。

「中に詰められてるのはペイント弾の散弾だったよ。それでも、花火と同じくらいの威力があるから、手に持ったまま爆発させたら怪我するけど」

 アリスが小瓶を開け、粉末を指先につけて舐める。

「これもただの砂糖ね。正確にはグラニュー糖だわ」

「ちょっと! 危ないマネしないでよ!」

 海夢が戦々恐々とする。

 小さな茶色の薬瓶には、化学式と「アコニチン」と書かれたラベルが貼られている。

 

 冴子が言う。

「とくに用途もないだろう。この工具箱ごと預ければいい」

「あら。誰に預けるのですか? その人物が信用できるとでも?」

 と、ヒマリ。

 裕也はまた自分が名指しされるのではないかと緊張した。だが、真兎が言う。

「紙と糊で封印して、自分のサインをしとけばいいじゃん。そしたら、第三者が開けたら分かるでしょ」

「遺言書の検認みたい…」

 茜が庶民的な感想を洩らす。

 かぐやが一同を見回す。

「では、私が責任をもってお預かりしましょう。個室には鍵がかかりますから、保管には十分でしょう」

 議論が決着し、雰囲気が弛緩する。だが、拓海が声をあげる。

「気に食わねェな。手前ェらだけで勝手に決めやがって。アタシはアタシのやりかたでやらせてもらうぜ」

「それは江ノ島盾子のゲームに挑戦する… ということでしょうか」

 かぐやは冷笑する。

「違ェよ! けど、さっきから手前ェらだけで話を進めやがって… 手前ェらは胡散臭ェんだよ! 手前ェのものを渡せ、って言われて、《はい、そうですか》って従えるか!」

 拓海は激昂ずる。怒った勢いのまま、ぼっちに水を向ける。

「手前ェらみたいな、いつでも自分が正しい、って顔をした連中を信用できるか! さっきから黙ってるけど、お前も言いたいことがあんじゃねェか!?」

「い、いえ… 私はゾウリムシみたいなものなので… 干からびたプールの隅っこでじっとしていますから… みなさんだけで話しあってください…」

 ぼっちは自分を庇うように両手を上げる。

 アリスが席を立つ。

「つまらない言い争いに巻きこまれるのはゴメンだわ。あなたたちで勝手にやって」

「どこに行くおつもりですか」

 かぐやが鋭く言う。

「なにかお茶請けになるものを作ってくるわ。感謝して」

 そう言い、アリスは調理室に入る。

 

「向井さん」

 突如、向かいの席から夢子が手を伸ばし、拓海の手を掴む。

「な、なんだよ…」

 拓海は怯み、夢子の手をふり払う。

「私も真兎さんの提案には賛成です。ですが、向井さんの言うことも御尤もです。そこでどうでしょう… 賭けをして決めるというのは」

「賭けだ?」

 拓海は胡乱そうにする。

「ええ。犯行声明札を3枚出してください」

 不審そうにしつつ、拓海は自身のもつカードを3枚取りあげる。「刺殺」「撲殺」「絞殺」の3枚だ。

「裏にしてテーブルに伏せてください」

 拓海はカードを並べる。

「真ん中のカードが《撲殺》ですね? 私が目を閉じていますから、一度だけ、2枚のカードを交換してください。もし、私が《撲殺》のカードを当てられたら、向井さんも私たちの同盟に加わってください」

「もし外したら、手前ェは何をすんだよ」

「向井さんのお願いを、なんでも1つお聞きしましょう。確率は3分の2… 悪い賭けではないと思いますが」

 拓海は眉を寄せて思案する。

「いいぜ。ただし、目を閉じるんじゃなく、後ろを向いてろ」

「承知しました!」

 夢子は楽しげに言う。

 裕也たちは緊張して見守る。夢子が後ろを向き、拓海が中央と右のカードを交換する。

「いいぜ」

 夢子は向きなおると、カードを見て、唇に指を当てて思案する。

「ふむ… これでしょうか」

 案の定、夢子はカードを言い当てる。

「クソッ!」

 拓海がカードを食卓に叩きつける。

「では、お約束のとおりに」

「分かってるよ」

 拓海は長い黒髪を掻きむしる。

「スリーカード・モンテ」

 裕也の向かいの席の真兎が、小声でつぶやく。

「スリー…?」

 裕也は当惑する。

 海夢の向こうから、茜が裕也に囁く。

「大道芸で小銭を巻きあげる手口ですよ。1つのカードなりカップなりに目印をつけておけば、それで全部の位置が分かるんです。どうやって目印をつけたのかは分かりませんけど」

「防錆油ぼうせいゆよ。道具箱に入っていたでしょう」真兎の隣席の響子が、他所を見たまま言う。「蛇喰さんが向井さんの手を取ったとき、親指につけたのよ。重ねた一番上のカードにだけ、汚れが付く。当たりである真ん中のカードは綺麗なままだから、向井さんも気づかなかったんでしょうね」

「へー…」

 海夢が嘆声をあげる。

 裕也は内心で動揺する。

(み、みんなキレものすぎるよ…! げ、ゲームでやるぶんには簡単だったけど… コロシアイ学園生活なんて、現実には無理ゲーだよ!)

 かぐやが言う。

「では、これで合意が取れたようですね」

「お待ちください。私はまだ賛成していませんわ」

 祥子が声をあげ、少女たちの視線が集まる。

 かぐやは小さく溜息をつく。

「ふゥ… まったく、胸の大きい女は頭が悪くて困ります」

「なんですって?」

 祥子が慍色うんしょくを示す。

「手前ェ、そりゃアタシのことを言ってんのか!」

 拓海が激発する。かぐやは平静なまま冷笑している。

「一般論です。ですが、そう思われたくないのなら、まずは御自身で反例を見せるべきではありませんか?」

「クソッ…」

 口論では敵わず、拓海は言葉を失う。

 祥子が言葉を続ける。

「みなさんが協定を結ばれるのなら、好きにすればいいですわ。ですが、私は自分の行動の選択を他人に委ねるつもりはありませんの。犯行声明札は自分で持たせていただきますわ」

 ヒマリが興奮して、手袋を嵌めた手を振りかざす。

「何を言っているのですか! もし、あなただけ犯行声明札を自分で持っていて、コロシが起きたら、クロはあなたということになるのですよ! あなただけの問題ではないのです! クロの指名を誤てば、全員がオシオキを受けるのですよ! 清楚可憐、純真無垢な天才美少女ハッカーである私の、薔薇の蕾のような唇が、むくつけき男に奪われるのです!」

「じ、自意識過剰、乙…」

 フラウが小さく笑う。

「とにかく! この協定は全員で行わなければ意味がないのです! あなたのような、脳細胞を形成する脂肪酸が胸に行っているようなひとに妨害させることはできません!」

「なんですって…!」

 口々に罵倒され、祥子も顔を紅潮させる。

 そのとき、調理室からアリスが出てくる。配膳台に銀盆と、何かを山盛りにした大皿、重ねた皿を載せている。

 アリスは全員に皿を行き渡らせる。片手に銀盆、もう片手に銀のトングを持ち、料理を全員に見せる。

「ムラング・ココよ。召しあがれ」

 絞りだしたメレンゲを焼成したものだ。裕也の皿にトングで数個を載せる。長卓の周りをめぐり、全員に菓子を配る。茜のところに来て、大皿を見せる。

「はい。お好きなのをどうぞ」

「やった! 【超高校級の料理人】のお菓子を食べられるなんて。この監禁生活にも御利益があるんだなあ」

 茜は無遠慮に菓子を皿に移す。

 最後に、アリスは海夢に大皿を見せる。

「はい。どうぞ」

「ありがと!」

 アリスは銀盆とトングを配膳台に置くと、自分も席に着く。

 茜が菓子を頬張って歓声をあげる。

「んん! 美味しい! 持って帰れないかな… あ。帰れないんだった」

 茜の言うとおり、菓子は美味だ。裕也は皿を持ち、残っている菓子の山からさらに数個を取った。

(これは美味しい! コーヒーとお菓子のループが止まらないよ! コーヒーを飲むほどお菓子が進んで、お菓子を食べるほどコーヒーのおかわりが欲しくなる!)

 アリスが微笑する。

「ありがとう。メレンゲを焼いただけなのだけど。私の専門は分子調理学ガストロノミーだけど、手作りでもこのくらいはできるわ」

 場の雰囲気は険悪になりかかっていたが、食事で全員の気が緩む。

 茜が銀のコーヒーポットを取り、肘を海夢にぶつける。

「あッ。ごめん」

「べつにいいよ。アタシこそゴメン」

 詩羽が真兎に言う。

「全員の犯行声明札を1人が預かるという方法だけど… ゲームを題材にしたフィクションだと、こういう必勝法はかならず誤りよね」

「そうだねー。でも、デスゲームものだと、分かりきった必勝法を誰も試さないで全員死ぬし」

 真兎は飄々としている。

 和やかな雰囲気に、スピーカーの音声が響く。

 

《マイクテス、マイクテス。死体が発見されました。というわけで、捜査の時間だ! 1時間後に学級裁判を開くから、それまでに調べられるとこは調べとけ!》

「江ノ島盾子…!」

 祥子が眉を寄せ、天井のスピーカーのほうを睨む。

 茜が菓子を手にしたまま、左右を見回す。

「死体って、誰が…?」

《お前だよ、お前。床にでも倒れとけ。ボサッとしてんなら、アタシが行ってケツバットをお見舞いするから。ミスターの記念バットでな。アンタの尾底骨でポッキリ折って、野球殿堂博物館の陳列棚を空っぽにしたくなけりゃ、さっさと倒れろ!》

「ええ…」

 茜は他の少女たちを見たが、誰もが静観している。渋々と茜は床に下り、その場に横たわる。

 裕也は動悸を覚える。

(ほ、本当にコロシアイが始まった…)

 海夢が腰を浮かせる。

「でも、コロシっていつ? 誰も何もしてなかったよね!?」

 響子が叱声を飛ばす。

「みんな、動かないで! 机の上のものには手を触れないで! 両手を見えるところに出して、そのまま立つのよ!」

「みなさん。霧切さんの言うことに従いましょう」

 かぐやが促す。

 全員が両手を上げたまま立つ。車椅子のヒマリは、両手を見せたまま車椅子を後退させる。

 響子がひとり自由に動き、茜のところまで長卓を回りこむ。

 倒れこんでいる茜の体を探り、次いで、椅子の座布団の下からカードを抜く。カードには「毒殺」と書かれている。

 響子が全員を見渡す。

「みんなの体を調べるわ。異存ないわね」

「ああ。逃げるやつがいたら、アタシがブッ飛ばしてやんよ!」

 両手を上げたまま拓海が言う。

 だが、全員の身体検査をしても何も発見されない。

「こんなまどろっこしいことをしなくても、各人の犯行声明札を確認すれば、誰がクロか自明ではありませんの?」

 祥子が忌々しげに言う。

「お待ちください。その犯行声明札には違和感があります」

 ヒマリの言葉で、響子が革手袋の手で、あらためて「毒殺」のカードを取りあげる。全員に配布されたカードは裏面が青色だが、これは赤色だ。

「種類が違う…?」

 と、真兎。

《そう! 犯行声明札がお前らに渡したものだけのわけないだろ! 学校中に凶器と一緒に隠してあるから、ひとンちのタンスを漁って金貨を奪う勇者御一行様みたく探してみな!》

 盾子の自慢げな声が響く。

「凶器と犯行声明札はセットでないと使えないの?」

 と、真兎。

《そんなルールはないって。殺人道具箱のカードだけ色違いにしたのは、ただのお遊び。勇者御一行様だって、旅に出発するときには、王様から金貨を貰うッしょ?》

 

 海夢が声を荒げる。

「ていうか、酷いよ! みんなで協力して、こんなゲームをやめようって言ってたところなのに… なんでそんな冷静なの!」

 冴子が海夢に声をかける。

「そうだな。私たちの中から造反者が出たことは許しがたい。だが、今の反応で君がクロでないことは分かった」

 夢子がたしなめる。

「予断は禁物ですよ。毒島さん」

 

 裕也が海夢に話しかける。

「と、とりあえず、今は学級裁判に集中しようよ。海夢ちゃん」

「そうだよね… ゴメン。冷静にならなきゃ」

 海夢は目元を拭う。興奮のあまり、目に涙が滲んでいた。

「じゃあ、アタシは裕也クンの助手をやるから! 期待してるからね! 名探偵!」

 一転して、満開の笑みを浮かべる。

(そ、そう言われても… 何をすればいいのか…)

 元々、裕也は頭が鈍いほうだ。思考が整理できない。

 

 響子が声をあげる。

「そういえば、今回は学級裁判までの時間が随分、短いのね。以前は1日くらい捜査させていたけど」

《あー。アタシも快楽主義者ヘドニストだからさ、ミステリーゲームもけっこうやったんだけど、どれも捜査パートがタルいんだよね。だから短く区切ることにしたわ。学級裁判で必要な証拠はアタシが教えてやるから。つーわけで、裕也、そこのゴミ箱を見てみ》

 言われるがまま、裕也は食堂のゴミ箱を覗く。

「あッ」

 青いプラスチック製の容器が捨ててある。ゴミ箱から拾いあげると、ラベルが貼ってあり、化学式と「テトロドトキシン」という文字が記されている。中身は空だ。

 祥子が歩みよる。

「なるほど… これが凶器のようですわね。毒薬の模造品を茜に飲ませ、犯行声明札を椅子のあいだに入れたのでしょう」

 ゴミ箱を覗きこみ、中身を調べる。

「私たちがこの食堂を利用するのはこれが初めてですから、他には何も捨てられていませんわね… あら。これは何でしょうか。あなた、調べなさい」

 祥子が高圧的に命じる。

「あ、はい…」

 裕也は屈みこみ、ゴミ箱の底に堆積している白い粉末を見た。

 他の少女たちもゴミ箱を囲む。アリスが裕也から容器を受けとり、内側を指で掬って舐める。

「塩が入っていたみたいね。正確には、化学的に精製した塩化カリウム」

 アリスはゴミ箱の底に堆積している粉末も指につけ、味見する。

「同じものだわ」

「よく、そのような真似ができますね…」

 ヒマリが表情を引きつらせる。

 そのあいだも裕也は思考を巡らせていた。

(中身が捨ててあった? ということは、使われた毒薬はテトロドトキシンじゃないのか…)

 千束が頭の後ろで両手を組む。

「でも、惜しかったなー。使われた毒がテトロドトキシンだって分かったら、救命措置ができたのに。ゲームの進行ではどういう扱いになるのか知らないけど」

「救命措置?」

 裕也が反問する。

「うん。テトロドトキシンと私たちに渡されたアコニチンは拮抗薬だから、毒の効果を相殺することができるんだ」

 千束は涼しげな声で言う。

(待てよ… 何か分かりかけてきたかもしれない…)

 裕也は考える。

 

 詩羽が長い指を顎に当てる。

「そんなことより、肝心なのは、毒を摂取させた経路じゃないかしら。推理小説で毒殺を扱うとき、使われるトリックといえばそのことよね」

 全員の視線が食卓に向かう。

 響子が壁にもたれ、腕組みしている。全員の視線を受ける。

「心配しなくても、誰もテーブルには触れていないわ。東雲さんが倒れたときのまま、状態は保存されているわ」

「あなたが触れていなければ、の話ですが」

 ヒマリが小さく笑う。

 全員で茜の席を囲む。

「東雲さんが口にしたものは、薙切さんの用意したムラング・ココと、コーヒー、ミルク、それから砂糖でしょうか…」

 かぐやが言う。「砂糖」と口にするときは、声が疑問を帯びる。マグカップに残っているのはカフェオレだ。

「本当の毒殺なら、試薬でもあれば検査できるのだけど…」

 響子が革手袋の手を口元に当てる。

「げ、ゲームで良かったって」

 海夢が顔色を悪くする。

「あ、あの…」

 消えいるような声がして、全員がぼっちを見る。ぼっちは血色の悪い顔で、呟くように言う。

「あの… 私、みなさんの会話に入れなかったので、黙って様子を見てたんですけど… 東雲さんはたしかに砂糖を入れてました… でも… 誰も何も、東雲さんのカップに入れたりしなかったと思います…」

「何を仰いますの?」

 祥子が甲高い声をあげる。

 詩羽が小さく笑う。

「だとしたら、これは不可能殺人ということになるわね」

「馬鹿言ってんじゃねェ! 現に東雲は毒を盛られたんだろうが!」

 拓海が怒声を発する。

「そ、そんなこと言われても…」

 ぼっちは白目を剥き、今にも気絶しそうだ。

「そもそも、どんなに茜が鈍くても、自分のカップに何か入れられたらさすがに気づくよねー」

 千束が気楽そうに笑う。

「お、オマイラ、落ちつけし… ここにいる全員、何度か席を立ってるし、コーヒーを注いでるときに、誰も手元なんか見てなくね? っていう。だ、だから、コーヒーポットに毒を入れるのは不可能でもなんでもないわけで… ドゥフッ、ドゥフフッ」

 と、フラウ。

「たしかに、東雲ちゃんはよく食べて、コーヒーも何杯もお代わりしてたけど」

 と、真兎。

「ですが… そんなにタイミングよく、コーヒーポットに毒を投じることができるでしょうか」

 と、夢子。

 かぐやが片手を口元に、もう片手をその肘に当て、考えこむようにする。

「同じことはミルクと砂糖でも言えます。もし、ミルクか砂糖を使っているのが、東雲さんの他に1人だけだったのなら、その人物は服毒させることができたはずです。そもそも、もっとも怪しいのはムラング・ココを用意した薙切さんですが…」

「待ってよ! 茜は自分で取ったのよ! 選ばせることなんてできないわ!」

 アリスはいきりたつ。裕也と海夢を見る。

「あなたたちも、茜が自分で取ったのを見たわよね!?」

「う、うん…」

 証言を求められ、裕也はうなずく。

 かぐやが粛々と言う。

「とにかく、ミルクと砂糖を使ったか、全員、自己申告していただけますか?」

 

 証言が終わると、海夢が裕也に体を寄せる。

「アタシ、みんなが何を飲んだか、まとめてみたんだけど」

 ルーズリーフのメモ帳を見せる。各人の名前のあとに◯と✕が記されている。各人の名前の配列は座席順だ。

 

  ミルク 砂糖

かぐや ✕ ✕

裕也  ◯ ◯

 

海夢  ✕ ◯

茜   ◯ ◯

冴子  ✕ ✕

拓海  ◯ ◯

千束  ◯ ✕

祥子  ✕ ✕

 

真兎  ✕ ✕

響子  ✕ ✕

詩羽  ✕ ✕

夢子  ✕ ✕

ヒマリ ✕ ✕

フラウ ✕ ◯

 

ぼっち ✕ ✕

アリス ◯ ✕

 

「あ、ありがとう。助かるよ」

「ホント? 良かった!」

 海夢は満開の笑みを浮かべる。

 

 スピーカーから盾子の声が響く。

《お前ら! 楽しい学級裁判の時間だ! 全員、エレベーターホールに集合しろ!》

 

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