裕也たちは玄関広間の近くにあるエレベーターホールに集まる。
巨大な鉄扉が開き、昇降機が全容を現す。貨物運搬用よりさらに大きく、広さは前後左右10メートルほどある。
全員が乗機し、昇降機が降下を始める。縦坑は長い。昇降機の壁は金網張りで、縦坑に設けられた照明が過ぎるたび、機内が照射される。
長い降下のあいだ、場を沈黙が満たす。
(茜ちゃん… せっかく会ったのに、ほとんど話す前にいなくなっちゃうなんて酷いよ。お金に汚そうだったし、『ダンガンロンパ』なら金目のものをプレゼントするだけで、簡単に好感度が上げられそうだったのに。クロが誰にしても、許せないよ!)
裕也は自分勝手な理由で憤る。
海夢が裕也の腕に触れる。
「アタシたち、本当にクロを見つけられるのかな」
「絶対に見つけるよ!」
裕也が奮然と言うと、海夢は愁眉を解く。
鈍い衝撃とともに昇降機が停止する。
降機したところは、円形闘技場のような空間だ。裁判所で使うような木柵が16人分、円形に並べられている。そのうちの1つの後ろには東雲茜の顔写真が立てられ、大きくバツ印が描かれている。
全員が木柵の後ろに立つと、高い位置の画面が点灯する。
《では、これより学級裁判を始める! 開廷!》
画面で盾子が楽しげに言う。
*
【海夢】「ね。学級裁判の前に言いたいことがあるんだ。クロは自分で名乗り出て! そしたらみんな許してくれるかもしんないじゃん!」
【フラウ】「ばッ、馬鹿かよ… いッ、隠蔽工作までした犯人が、自分で名乗り出るわけないだろ…」
【海夢】「じゃあ、みんな目を瞑ってるから! クロは黙って手を上げて!」
【フラウ】「そ、それだと、く、クロが誰か、私たちにも分からないままだろ…」
【盾子】「ちなみに、アタシは裁判の進行を務めるけど、あくまで部外者だから。議論はお前らだけでやれよ!」
【かぐや】「喜多川さん。そろそろ建設的な議論を始めてもいいでしょうか」
【海夢】「アタシは真剣だったんだけど…」
【詩羽】「私は今回の事件の犯人は、知能が高くて決断力のある人間だと思うわ。だって、コロシアイ学園生活でクロを演じるなら、早ければ早いほど良いでしょう? 学級裁判が行われるほど、候補は減っていって、自分が指名される確率が上がるのだもの。最初にコロシを行うのが一番有利なのよ。クロはそのことに気づいて、いち早くコロシを行ったんだわ」
【真兎】「それ、もしかして自分のことを言ってる?」
【千束】「語るに落ちる、ってとこかな」
【拓海】「おい、はっきりしろ! つーか、クロはとっと白状しろよ! クロが誰か分かるまで、アタシがひとりひとり締めあげてやってもいいんだぞ!」
【盾子】「分かってると思うけど、あくまで暴力行為は禁止だかんね。クロが誰かは議論で決めて」
【拓海】「クソッ…」
【海夢】「あッ。そのことなんだけど!」
【かぐや】「なんですか? 帰りの会でのような提案なら、小学校でしてください」
【海夢】「違うって! アタシ、クロが… ていうか、この事件の真相が分かったかもしんない!」
【かぐや】「なんですって…?」
・ノンストップ議論 - 喜多川海夢 -
【海夢】「アタシ、思うんだけどさ、この事件は事故だったんじゃない?」
【夢子】「事故とは?」
【海夢】「うん。だって、このコロシアイはゲームじゃん。だから、茜も油断してたと思うんだよね? 凶器のテトロドトキシンは実際には塩だったわけでしょ? もちろん、本物の毒だったら絶対に口にしたりはしなかったと思うけど… 塩だったら舐めてもいいじゃん!」
【拓海】「塩でも舐めねェだろ! アル中のオッサンのツマミじゃねェんだぞ!」
【海夢】「ムラング・ココだよ! アリスが作った! 甘いものを食べたから、塩気が欲しくなったんだよ! 茜、いやしんぼだったし!」
【かぐや】「東雲さんの品性はおくとして… なぜ、それで死体発見アナウンスの判定に引っかかったのですか? コロシアイ学園生活のルールとは関係のない行いのように思いますが」
【海夢】「犯行声明札だよ! あのテトロドトキシンと犯行声明札を見つけたのは茜だったんだと思う… ムカつくけど、茜はアタシたちに見つけたものを隠してた。今となっては、茜が何を考えてたのかは分かんないし… それで、犯行声明札はとりあえず椅子の上に隠してた。で、毒のアイテムの塩を舐めて、コロシの条件を満たしたんだよ!」
【夢子】「なるほど… つまり、現実なら起こるはずのなかった事故が、ゲームとして起きたということですね」
【海夢】「えッ…? う、うん! よく分からないけど、そういうこと!」
【祥子】「お話になりませんわね… 裕也さん、教えてさしあげなさい」
【裕也】「な、なんで僕が…」
【祥子】「このような戯言、いちいち付きあう気にはなれませんわ」
【海夢】「酷い!」
【裕也】「う、うん… 海夢ちゃん、容器の問題があるよね? 毒を入れてあった容器は食堂のゴミ箱で見つかったんだ。茜ちゃんが自分の席で服毒して死んだなら、容器もその場で発見されるはずだよ」
【海夢】「あうッ!」
【裕也】「いくら茜ちゃんがいやしんぼだからって、塩を持ち歩きはしないだろうし… 代わりの容れものも見つかってないしね。それに… 犯行計画書のことがあるよ。クロは事前に江ノ島盾子に犯行計画書を提出して、承認を受けなきゃいけないんだから、このゲームで事故はありえないよ」
【海夢】「ああああァーッ!」
【海夢】「ゴメン… 場を混乱させるようなことを言って。アタシはやっぱり助手が似合ってるよ…」
【裕也】「う、うん… 気にしないで」
【ヒマリ】「茶番劇はもうお終いにしてよろしいでしょうか。では、清楚系天才美少女ハッカーであるこの私、明星ヒマリが安楽椅子探偵ならぬ車椅子探偵として、華麗な推理劇をお見せしましょう!」
・ノンストップ議論 - 明星ヒマリ -
【ヒマリ】「問題は誰がどうやって茜の飲食物に毒を混入させたかということです。ところが、茜のカップに手を触れたものは誰もおらず、菓子も茜が自分で選んだもの… つまり、これは無差別殺人だったのです!」
【ぼっち】「ええ… じゃあ、もしかしたら、死ぬのは私たちだったかもしれないんですか…?」
【ヒマリ】「その通りです。殺人を行うのなら、被害者に対する動機がなければいけない… ですが、実際には誰が死んでもよかった。これはその心理的な盲点を利用した、可能性の犯罪なのです。クロは無差別に毒を仕掛け、茜が服毒したのを見届けたあとで犯行声明札を椅子に仕込んだ、ということです」
【拓海】「胸糞悪ィ犯人だな… 毒なんて卑怯な手を使うやつらしいぜ。で、クロは誰なんだ?」
【ヒマリ】「もちろん、それもすでに判明しています。コロシアイ学園生活のルール上、無差別殺人であっても、複数人が被害に遭う無差別大量殺人であってはいけません。ですから、毒は固形物に仕込まれていたはずです。つまり、クロは菓子を用意した薙切アリス、あなたです!」
【アリス】「はァ!? 何言ってるの!?」
【響子】「ふゥ… 呆れたわね。裕也くん、彼女の推理のどこが間違っているか、教えてあげて」
【裕也】「ぼ、僕が?」
【響子】「ええ。彼女の推理には欠陥がある。犯行当時の様子をよく思いだして、それを指摘してあげて。できるわね? 裕也くん」
【裕也】「う、うん… 多分だけど…」
(ヒマリちゃんの推理の欠陥ってあのことだよな…)
・反論ショーダウン - 明星ヒマリ -
【ヒマリ】「この私、車椅子探偵である名探偵の明星ヒマリの推理に、何か瑕があるとでも?」
【裕也】「う、うん… アリスちゃんがクロだったとして、犯行を再現してみて」
【ヒマリ】「いいでしょう。順を追って説明します! アリスは毒を発見。計画殺人を装った、そのじつ、無差別殺人の完全犯罪を目論見ます。毒を仕込む菓子を用意。このうち、1つにだけ毒を混入します。そして、私たち自身に菓子を選ばせます。毒の仕込まれた菓子を取った人物を確認、その人物の椅子に犯行声明札を忍ばせます。その人物が毒によって死亡したあとも、菓子が毒の侵入経路だとは思われない。こうして、アリスは嫌疑の圏外に逃れたのです」
【裕也】「で、でも、それだとおかしいんだ… だって犯行声明札を仕込む機会がないんだよ」
【ヒマリ】「茜が菓子を取ったときに椅子に入れればいいではないですか」
【裕也】「ううん。それはできないんだ。だって、そのときアリスちゃんの両手はお盆とトングで塞がってたんだから」
【ヒマリ】「あうッ! で、ですが、片手に持ち替えたとも考えられます」
【裕也】「お盆は重いし… そのとき、みんなアリスちゃんのほうを見てたんだから、目立つことをしたら誰かが気づくはずだよ。もちろん、あとでアリスちゃんが茜ちゃんに近づいたりもしてないし… 被害者が無作為だったなら、アリスちゃんが犯行声明札を茜ちゃんの椅子に仕込むことはできないんだよ」
【ヒマリ】「あああッ!」
【ヒマリ】「裕也さんの仰るとおりですね… 自信を失いました… これからは車椅子探偵は引退して、ただの天才美少女ハッカーに戻ります…」
【フラウ】「ど、どの口が言うんだよ… LANケーブル差込口か…」
【響子】「そもそも、犯行計画書の問題があるわ。誰をどうやって殺すのか明記しなければ、犯行計画書は提出できないはずよ」
【冴子】「当然だな。相手が定まらなければ、殺意とは言えないだろう」
【かぐや】「毒が盛られていたのはお菓子ではなかった… 東雲さんが毒を摂取した経路はコーヒーだったということになります。結局、東雲さんのカップに毒を投じた方法が問題になります」
【響子】「それは大したことじゃないわ。クロはポットに毒を入れたのよ」
【かぐや】「衆人環視で、ですか。少々、犯行が大胆すぎるように思えますが」
【響子】「それは今から説明するわ」
(あ… あれ、なんか僕が考えてた推理と違うな)
・ノンストップ議論 - 霧切響子 -
【響子】「あのとき、コーヒーポット、ミルクポット、シュガーポットの3つは誰でも毒を投入できる状況にあった。クロが毒を入れたのは、そのうちの1つよ」
【千束】「茜はミルクも砂糖も使ってたからねー」
【海夢】「待ってよ! 他のひとが毒の入ったコーヒーを飲んだらどうするの!?」
【響子】「東雲さんが毒の入ったポットを手にしたあと、誰かがそのポットを手にしようとしたら、クロが先んじて横取りしたはずよ」
【真兎】「それはおかしくない? だって、霧切ちゃんの推理だと、クロは自分のコーヒーを注ぐついでに毒をポットに入れたんだよね? そんな何度もコーヒーをお代わりしてたら、近くのひとが気づくでしょ。しかも、最後にポットを使った東雲ちゃんが中毒死したんだから… 自分がクロだって言ってるようなものじゃん」
【かぐや】「それ以前に、毒を隠匿、携行する容器はどうしたのですか? あのとき、霧切さん御自身が全員の身体検査をしたはずです」
【詩羽】「それは難しくないんじゃないかしら。簡単なトリックよ。古典的だけど、氷に詰めて、ハンカチにでも包んでポケットに入れていたとか。コーヒーポットに入れれば、容器ごと溶けるわ」
【アリス】「角砂糖に穴を開けて詰めたとか? 調理室に角砂糖なんか見当たらなかったけど」
【フラウ】「な、なら、言うなよ… 半年間ROMってろ…!」
【響子】「毒の容器を携帯する必要も、東雲さんがコーヒーポットを取るタイミングを見計らって毒を投入する必要もないのよ。毒ははじめからコーヒーポットに入っていたんだから」
【拓海】「あァ? わけ分かんねェこと言ってんじゃねェぞ!」
【かぐや】「時限式で毒が投入されるようになっていたということですか? 例えば、カプセルで毒が包まれていたとか」
【詩羽】「それだと、今度は決まった時間に東雲さんにコーヒーを飲ませなければいけなくなるわ。ポットに何か細工がされていたということかしら。けど、ポットはあらかじめ調理室に準備されていたもののはずだけれど」
【響子】「複雑な仕掛けは必要ないわ。例えば、ゼラチンを半球状に固めて、ポットの中に浮かせておく。その上に毒を載せておけば、一定以上の衝撃が加わったときに、コーヒーに毒が溶けることになるわ。ゼラチンは全体がコーヒーに沈めば、熱で溶けて無くなる。喜多川さん、あなたは東雲さんがポットを取ったときに体がぶつかっていたわね」
【海夢】「あ、アタシ!? そんな… それはたまたまだよ!」
【裕也】「き、響子ちゃん… きみは海夢ちゃんがクロだって言うの?」
【響子】「みんな。これを見て」
【冴子】「毒が入っていた容器か…?」
【響子】「ええ。けど、中に入っていたのはレバーよ。捨ててきたけど。調理室の業務用冷蔵庫で見つけたの。容器が同じ種類だったということは、毒も調理室に隠されていた可能性が高いわ。調理室に入ったのは、喜多川さんと薙切さんよね」
【アリス】「私は毒なんて見つけてないから!」
【響子】「ええ。あなたには東雲さんに毒を飲ませる機会はなかったもの。クロは喜多川さん、あなたよ」
【海夢】「そんな! アタシじゃない! その仕掛けだって、他のひとがコーヒーを注いだときに毒が零れちゃうんじゃないの!?」
【千束】「ポットの中でもコーヒーの水平線は一定に保たれるから、毒はコーヒーと混ざらない。うまくできてるよねー。私がコーヒーをお代わりしたときも、まだ中身は十分残ってたし」
【海夢】「アタシはそんな仕掛けはしてない! 裕也クン、信じて!」
【響子】「認めなくてもいいわ。誰がクロかは投票で決めることよ」
【盾子】「オッケー! それ以上、議論がないみたいなら、お待ちかねの投票タイムに行くッしょ!」
(海夢ちゃんがクロだなんて思えないよ… でも、どうやって響子ちゃんの推理に反証したらいいんだろう… そうだ、よく考えるとあの発言は不自然じゃないか…?)
【裕也】「待って! 千束さん、コーヒーの中身が十分残ってたって、どうやって分かったの?」
【千束】「蓋を開けて中を見たのか、ってこと? そんなことしてたら、さすがに私も言ってるって」
【裕也】「ううん。あのポットは銀製でもともと重かったはずだよ。どうして持っただけで中身が残ってる、って分かったの?」
【千束】「それは振ったからだよ。クルクルって… ああッ!」
【裕也】「もしそんなことをしてたら、何かの器に載せられた毒は零れてるはずだよね。響子ちゃんが言ったトリックは成立しない!」
【響子】「くッ…!」
【裕也】「それに、ゼラチンで器を作るとか… そんな器用なこと、海夢ちゃんにできるはずないよ!」
【海夢】「酷い!」
【裕也】「ご、ごめん…」
・人物指名
【響子】「喜多川さんでないなら、誰がクロだと言うの。そこまで言うからには、裕也くん、あなたには分かっているのでしょうね。クロが東雲さんに毒を飲ませた方法も… いえ、毒を飲ませること自体は誰にでもできたけど」
(そうか… クロは茜ちゃんに狙って毒を飲ませたんじゃない! クロが誰か、どうやって茜ちゃんを毒殺したか。全部分かった)
【裕也】「クロは薙切アリスちゃん… 君だ」
【アリス】「ちょっと待って。冗談でしょう? 私は茜が食べたムラング・ココを作ったけど、それは茜が自分で選んだものよ。あなたたちも見ていたでしょう?」
【裕也】「君は茜ちゃんに狙って毒薬を飲ませたんじゃない… 狙って解毒薬を飲ませなかったんだ」
【アリス】「チッ!」
【拓海】「解毒薬? ンな都合のいいモン、どこにあんだよ!」
【裕也】「ち、千束ちゃんに聞いたんだけど、アコニチンとテトロドトキシンは拮抗薬なんだって。砂糖を使ったのは茜ちゃんの他に、僕、海夢ちゃん、拓海ちゃん、フラウちゃん。ミルクを使ったのは、僕、拓海ちゃん、千束ちゃん、アリスちゃん。このどっちかにテトロドトキシンの小道具の塩が入ってたんだよ」
【フラウ】「め、メシマズじゃないんだから、砂糖と塩は間違えないっての… と、というか、アコニチンの意味のアイテムの砂糖でよくね?」
【裕也】「解毒薬はアリスちゃんが用意したお菓子に入ってたんだ。塩の味はしなかったから、多分、こっちにアコニチンの小道具の砂糖が入ってたんだ。アリスちゃんは茜ちゃんにはお菓子を自由に取らせたけど、僕には自分で取り分けたんだ」
【拓海】「そういや、アタシのときもアリスが取ってくれたな」
【裕也】「解毒薬の入ってるお菓子に目印を付けるのは簡単だよ。【超高校級の料理人】のアリスちゃんならなおさら。それで、茜ちゃんにだけ解毒薬入りのお菓子を渡さなかったんだ。きっと、茜ちゃんにお菓子を取らせたときは、もう解毒薬入りのものはなくなってたんだよ」
【拓海】「アリス、手前ェ…!」
【千束】「なるほど。ついでに、アコニチンは即効性だから、こっちを後に飲ませたほうが都合がいいだろうしね。江ノ島盾子がどこまでリアリティを気にしてるのかは知らないけど」
【アリス】「証拠は!? 証拠はあるの!? 全部、憶測じゃない! 大体、いくら中和剤を飲ませたからって、それ以上に薬剤を飲まれたらどうしようもないでしょ!? そこまで他人を操作できないわよ!」
【裕也】「そ、それは…」
【響子】「東雲さんが致死量以上の毒入りのミルクを飲んだあとに、残りは自分のマグカップに回収すればいいだけよ。普通に飲むふりをしてね」
【裕也】「き、響子ちゃん…」
【アリス】「ふッ…」
【響子】「何がおかしいの?」
【アリス】「矛盾が出たわね。その推理が正しければ、私のマグカップには毒入りのミルクが残っているはず。でも、そんなものはないわ」
【盾子】「いちいち事件現場に戻るなんて、かったるいことをしなくても済むように、アタシが証拠品を提示してやるよ! アタシは気配り上手の小悪魔系女子だから。魔王城の前にわざわざワープポイントを置いといてくれる魔王くらいね」
【かぐや】「写真ではミルクポットにミルクはほとんど残っていないように見えます。霧切さんの推理は当たっているのではないでしょうか」
【アリス】「それより私のマグカップを見なさい! 空よ! 毒入りのミルクを移したなら、どこへ行ったの!? トリックが使われなかった証拠よ!」
【ヒマリ】「いえ! マグカップに付いているコーヒーを見てください! この濃さならコーヒーとミルクは1対9! これはもうミルク入りのコーヒーとは言えません! コーヒー入りのミルクです! 病弱系天才美少女ハッカーでなく、顔と頭が良くてプログラミングができるだけの病人です!」
【ぼっち】「ふ、普段からこんなものを飲んでたら、30代で高血圧、40代で高脂血症… 60代、70代がなくて50代で心筋梗塞で死にますよ…」
【詩羽】「あら。後藤さん、いたの」
【アリス】「そんなの私の勝手よ! それより、ミルクが毒入りだったなら、そんなに大量に飲んでただで済むはずがないでしょう! それとも、また解毒剤を飲んだっていうの!? けど、私は解毒剤を携帯するようなものは何も持っていなかったわ! 毒入りのミルクを移すような容器もね!」
(容器は…)
【裕也】「容器はあったよ。アリスちゃん」
【アリス】「なんですって…?」
【裕也】「君の体だよ。死体発見アナウンスのあと、すぐ捜査の時間になった。君は死体発見アナウンスでギリギリのタイミングに毒入りのミルクを飲みほして、捜査の時間で別行動になると、どこかで吐きだしたんだ」
【アリス】「ああッ!」
【夢子】「命懸けのギャンブル! 素敵ですね。これが本当の命懸けだったらよかったのに…」
【海夢】「アリス… 嘘だよね…?」
【裕也】「アリスちゃんの行動を最初から説明するね」
・クライマックス推理
「まずクロは凶器のテトロドトキシンを見つけた。これはクロにある着想を与えた。というのも、クロは医食同源で薬毒物の知識があったからなんだ。僕たちがあらかじめ持っていたアコニチンと薬効が相殺することを知ってたんだ」
「コーヒー、ミルク、砂糖が用意されたとき、クロはミルクにテトロドトキシンを入れた。コーヒーにミルク、砂糖を入れるかは人によって決まっているからね。ミルクを使った人を確認したあと、クロは犯行計画書を提出した。毒殺する人を決めてね。それが東雲茜ちゃんだった。テトロドトキシンはコーヒー2、3杯で致死量に達する濃度だった」
「犯行計画書が承認されると、クロは茜ちゃんの椅子に犯行声明札を仕込んだ。それから、ミルクを使った人数分のアコニチン入りのお菓子を作った。もちろん、茜ちゃんは除いてね。アコニチン入りのものには自分だけが分かる目印を付けておいて、それをその人たちに配ったんだ。最後に茜ちゃんにお菓子を配るときには、茜ちゃんに自分で選ばせて、それを周囲の人たちにもアピールした。茜ちゃんが中毒死したあとのアリバイになるようにね」
「そして、致死量分のミルク入りコーヒーを飲んだ茜ちゃんは中毒死した! 茜ちゃんの椅子からは犯行声明札が発見される。けど、どうやって茜ちゃんにだけ毒薬を飲ませたのかは誰にも分からない。それもそのはず、クロが狙って飲ませたのは解毒薬のほうだったんだから。こうして、クロは完璧なアリバイを手に入れた」
「こんなことができるのは【超高校級の料理人】薙切アリス… 君しかいない!」
*
画面で盾子が息を荒げる。
《はァはァ…♡ 裕也、カッコいい…♡ アタシの見せパンの豹柄の染み、1つ増えちゃったかも…♡ 毛皮の迷彩で草食動物を狩る捕食者から、毛皮のために人間に狩られる被捕食者になるゥ…♡》
祥子が眉間に皺を寄せる。
「ちょっと… 見苦しいものを見せないでくださいませ」
《ッと、そうだった。お前ら、投票タイムだ! 電子生徒手帳でクロだと思う生徒のアイコンを押しな!》
裕也は電子手帳を開き、周囲の少女たちを見る。海夢が不安そうに見返す。
(し、仕方ないよね…)
裕也はアリスに投票する。
・集計結果
薙切アリス 14票
喜多川海夢 1票
棄権 1票
《じゃ、投票結果を発表するよー! 投票の結果… 薙切アリスさんがクロに決まりました! でもって正解だ! お前らの大勝利ー!》
画面で盾子が拍手する。
ひとり楽しげな盾子に対し、裕也たち全員は沈んでいる。平然としているのは夢子くらいだ。なかでもアリスは顔面蒼白だ。
《クロのアリスさんには… オシオキを開始します!》
画面の下の壁が開き、盾子が現れる。緊張していた裕也たちは動揺する。
「あら。生きていたの。本人は死亡していてコンピューター上のデータだけ… ということもあるかと思っていたけど」
響子が問いかける。
「江ノ島盾子は永久に不滅だ! お前らの心の中でな! おっと。脳筋どもは動かないでね。これが見える?」
そう言い、盾子は左手を掲げる。手榴弾を握りしめている。
「手を離せば一瞬でドカン! 半径3メートル以内が吹き飛ぶよ。デスゲームって言ったら首輪爆弾だけど、ンなもん、せいぜいピザ配達員に銀行強盗をさせるくらいじゃん。これはアタシとお前らを結ぶ愛の絆… エンゲージ・リング、言うなれば指輪爆弾なわけ。愛する裕也の前で、女としての魅力も何もかも失って、ただの肉塊になるのもそそるけど…♡」
盾子は顔を上気させ、恍惚とする。
「一応、言っておくけど、ハッタリじゃないわ」
響子が言う。
「どうする?」
千束が軽く問いかける。
「ぼッ、暴力はやめて!」
裕也が言うと、千束は肩をすくめる。機会を伺っていた拓海と冴子も、力を抜く。
盾子は左手に手榴弾を持ったまま、呆然としているアリスの襟首を掴む。
「それじゃ、オシオキターイム!」
盾子が現れた開口部に、10歳ほどの少年が姿を現す。顔立ちは整っていて、幼いために少女のようだ。自分の置かれている状況が分かっていないらしく、周囲を見回している。
盾子はアリスを少年の前に引き立てると、ブーツで膝の裏を蹴り、その場に跪かせる。
「ほら、準備しな」
呼びかけたのは少年に対してだ。
少年は当惑しつつ、サランラップを取りだすと顔の前に張る。
盾子はアリスの後頭部を右手で鷲掴みにし、少年の顔のほうに押しだす。
「オシオキだ!」
「い… いや!」
アリスは涙目になり、顔を背けようとする。だが、盾子の握力はそれを上回る。
顔が前に迫りだされ、サランラップ越しに、少年と唇が触れる。
「うッ…」
アリスは一瞬、絶息し、それから嘔吐する。
その光景の酸鼻さに、見ている少女たちは顔色を失う。気丈な響子でさえ、顔から血色が退潮し、蒼白になっている。
拓海が呆然と呟く。
「あ、あんなこと… 死んだほうがマシじゃねェか…」
海夢は両手で口を押さえていたが、長い足を折り、その場に蹲る。
「うッ… オエエ…」
床に両手を着き、嘔吐する。
「江ノ島盾子… ここまでやるなんて」
詩羽が腕組みしていた手に力を込める。
少女たちはアリスに同情し、反感を失っていた。誰も少年には関心を払っていない。だが、年上の美少女が、自分と間接的にキスするなり嘔吐したのだから、むしろ少年のほうが心的外傷を負いそうだ。
盾子が少年を連れて去る。片手に虚脱状態に陥ったアリスを引きずっている。
「残り14人… お前らのコロシアイ学園生活が実りあるものになることを祈ってるよ!」
海夢は腰が抜けたように中腰になり、全身を震わせていた。盾子が去ると、消えいるような声で呟く。
「こんなのがまだ続くの…? アタシ、耐えられないよ… 裕也クン」
「う、うん…」
裕也は海夢を安心させる返答をすることができなかった。