犯人当ての詰めは学級裁判編になりますが、トリックから必然的に定まる犯人なので、よければ感想でお答えください。
あまり冗長に続けてもなんですので、チャプター3-4は飛ばして、チャプター5で最終回になります。
第1回の学級裁判を終え、少女たちの雰囲気は沈鬱だった。裕也は共感できないものの、その雰囲気に当てられ、口が重くなっていた。
かぐやが指揮をとり、裕也と少女たちは食堂に集合した。
「殺害」された東雲茜と、犯人として「処刑」された薙切アリスを除く、13人。喜多川海夢、霧切響子、四宮かぐや、霞ヶ丘詩羽、明星ヒマリ、神代フラウ、豊川祥子、蛇喰夢子、向井拓海、錦木千束、毒島冴子、後藤ひとり、射守矢真兎が長卓に着く。裕也はかぐやとともに、議長席に当たる短辺の席に着く。
ぼっちが声をあげる。もともと悪い顔色が、さらに蒼白になり、全身が戦慄いている。白眼を剥き、今にも口から泡を吹きそうだ。
「お… オシオキがあんなに惨いだなんて、聞いてないですよ… き、キスをさせられるなんて… も、もちろん、裕也さんとなら大歓迎ですけど…」
なかば人間の形を留めなくなっているぼっちを見つつ、裕也は内心で動揺する。
(さ、サランラップ越しにキスするだけのことが、そんなに嫌なのかな… しかも子供と… というか、ぼ、僕となら良いって言った…?)
祥子が鋭い目で屹とぼっちを睨む。
「泣きごとを言うのはおよしなさい。見苦しくてよ」
拓海が卓上に肘をつき、手を振る。
「突っかかんじゃねェよ。あんなもんを見ちまったんだ。ビビっても仕方ねェだろ。アタシだって…」
短気粗暴な拓海の顔色も青くなっている。それを見て、裕也は違和感を覚えたが、口にはしなかった。
祥子は鼻にかけて嗤う。
「やはり見苦しいですわね。オシオキを受けたくないなら、コロシアイ学園生活で勝てばいいだけのことですわ。その自信がないとでも?」
拓海が激昂し、卓子を叩く。
「ンだよ、その言いざまは! 手前ェがコロシをするみてェじゃねェか!」
「もちろん、そんなことは言っていませんが… あなたが相手なら、クロになってもたやすく勝てるでしょうね」
祥子は嗤笑する。
拓海が怒声をあげかけたところを、卓子を拳で叩く、硬質な音が遮る。かぐやが卓上で手を裏向きにしていた。
「罵りあうだけなら、いつでもできます。この場ではこれからどうするか… 建設的な議論をしましょう」
「議論、ッたって… ホントにコロシアイが始まって、どうしたらいいか、アタシ、分かんないよ…」
海夢が沈痛そうに言う。普段の快活な表情とは対極だ。
冴子が静かに言う。
「以前、話していた殺人道具箱を誰かひとりに委ねるという案は、あのまま進めてもいいのではないか?」
江ノ島盾子が便利な「アイテム」として用意した、凶器の模造品のことだ。
賛意を表す声が洩れたが、真兎が声をあげる。カーディガンをずり落としたまま、肩をすくめる。
「それはもうやめたほうがいいんじゃない?」
「なに? 殺人道具箱を保管するという案はきみのものだろう」
冴子が目を鋭くする。
「それは凶器と犯行声明札が私たちに配られたぶんしかないときの話だよ」真兎は飄々と言う。「誰でも拾うことがありえるなら、むしろ条件は平等にしておいたほうがいいでしょ」
かぐやがうなずく。
「なるほど。均衡状態をつくり出すということですね」
「えーッ、と… どういうこと?」
海夢が首を傾げる。
「コロシアイ学園生活の模擬殺人でも正当防衛は認められていますから、凶器があれば、クロも迂闊に手出しができなくなるはずです。相互確証破壊による安全保障のようなものです」
かぐやが説明する。
「相互…? ううん、絶対、凶器は誰かが預かったほうがいいよ!」
海夢はそう力説する。
フラウが声をあげる。
「わ、私は凶器は持っていたいけどな… へ、部屋に罠を仕掛けておけば、寝込みを襲われる心配もないだろ…」
「フラウならできるかもしれないけど、そんな工作、私にはできないって!」
「わ、罠があるって言っておくだけでいいだろ… 抑止力なんだから…」
「あッ、そっか!」
海夢が目を見開く。
「そ、それも、いまムダになったけどな…」
フラウが指の背を噛みながら言う。
詩羽が微笑する。
「勢力均衡は些細なことで崩れるものでしょう? もし学級裁判でクロを挙げるなら、計画殺人より正当防衛のあとの事後工作のほうが簡単よね。そのことも織りこみ済みかしら」
「それは考えすぎだよ」
真兎が笑う。
千束が涼しげな声で言う。
「なら、私は殺人道具箱は預かってもらおうかな。素手でもこの中の誰かが私を殺せるはずないし。殺しの真似でもね」
少女たちはおし黙る。「超高校級の暗殺者」の千束が言うと、その言葉には説得力があった。夢子だけが楽しげに笑声を洩らす。
「なるほど。抑止力と言うなら、今の発言以上の抑止力はありませんね」
少女たちは互いを窺い、沈黙が流れる。その静寂を破るように、スピーカーから少女の声が響く。
《お前ら、どうすればコロシアイをしないで済むかとかシケた話をしてんじゃん。この江ノ島盾子がカンフル剤を打ってやるよ! 死にかけの老人でも一発で勃起、そのまま心臓麻痺で昇天するくらい強力なやつをね!》
盾子の声に、少女たちのあいだに緊張が漂う。
《学級裁判を済ませてダレ場をやれると思った? そんな盛りさがる展開を許すわけないだろ! アタシがデスゲームのゲームマスターをやるのが、これで何回目か分かってる? 松本人志の逆張りと伊集院光の裏読みを兼ねそなえた、世界中の日陰者にとっての太陽! それが【超高校級の絶望】江ノ島盾子だ! 盛りあげていくぞ!》
盾子の声が高まるほど、少女たちの表情は沈む。
響子の冷静な声が響く。
「そうよ。彼女の武器は洗脳と大衆扇動。何を言うか聞いてみましょう」
《霧切、アンタのコロシアイ学園生活のときは、おかげで何億人も絶望に覚醒させられたからね。ま、超高校級の才能を持つお前らに言っても理解できないか。でも裕也、アンタならアタシが何を言ってるかわかるッしょ》
「えッ…」
裕也が動揺したところに、海夢が憤然として腰を上げる。
「ちょっと! それじゃ、裕也クンがデマに踊らされる軽薄なひとたちみたいじゃん! そんなことないよね、裕也クン!」
海夢が大きな目で裕也を見つめる。だが、裕也は言葉が出なかった。
「あ… う…」
裕也のそうした様子を見て、海夢はシュンとして、悄然と椅子に座る。雨に濡れた子イヌのようだ。
無才無能で劣等感に苛まされている裕也にとって、盾子の言葉は他人事ではなかった。
少女たちが気まずそうにするなか、ぼっちだけが血色の悪い顔に卑屈な笑みを浮かべる。
「な、なら、裕也さんも私と同じですね… エヘヘ…」
一方的に親近感を寄せられても、裕也の気分は重くなるだけだ。
かぐやが咳払いする。
「それで、一体、何を用意したんですか? まさか、言葉だけで私たちを焚きつけられるとでも?」
《そうそう、アタシってビートたけしが城岩中学3年B組の殺しあいの司会を務めるみたいなモンだからさ、毒の効いたボケとツッコミで番組を進行、ってそんなわけないだろ! 視聴覚室に特別教材を用意したから、表も裏もしっかり見て、コロシアイ学園生活の予習をしといてね。じゃ、また来週!》
スピーカーが沈黙すると、海夢が興奮したように裕也を見る。
「さっきのはないよ!」
「う、うん…」
海夢の勢いに、裕也は萎縮する。
(やっぱり、江ノ島盾子に立ち向かわなかったことに怒ってるよな…)
閉鎖環境で意識から離れていたが、裕也は30歳で、少女たちとは年齢の開きがある。しかも、無才無能の裕也に対し、少女たちは技芸や才能を持つ。そのことをあらためて意識させられていた。
海夢は奮然として続ける。
「江ノ島盾子はマジ分かってない! 裕也クンに才能がないって! さっきの学級裁判だって、裕也クンがいなければ、今ごろアタシたち全員、オシオキだったじゃん!」
「そ、そうかな…」
裕也は自信なさそうに言う。
「うん! 裕也クンくらい頭が良くて頼りになるひと、アタシ、他に知らないし! これからも頼りにしてるよ、名探偵!」
海夢は屈託なく笑う。それを見て、裕也は不安が解けた。
*
「とりあえず、視聴覚室に行きましょう。特別教材とやらが何なのか、見てみようではありませんか」
そう言い、ヒマリが電動車椅子を引く。
かぐやが口元に手を当てる。
「そうですね… 江ノ島盾子の言葉に従うことには懸念がありますが、とりあえず、敵の出方を伺うとしましょう」
全員で1階の視聴覚室へと移動する。
裕也は内心、動悸を覚えていた。
(『ダンガンロンパ』だと殺人の動機になるようなビデオテープが置かれてたけど、どうなるんだろう…)
視聴覚室は階段教室の構造で、最上段の後部に扉がある。最下段の講壇のところに、音響・映像機器を据えつけた金属製の棚がある。その横に、やはり金属製の戸棚が置かれている。赤字で「プレゼント♡」と書かれた貼紙がされている。
裕也たちは戸棚を囲み、緊張して扉を開けた。
中には大量のDVDが収納されていた。
「『SAW』、『イカゲーム』、『死亡遊戯で飯を食う』… どれもデスゲームものね」
列をなすDVDの背表紙を指でなぞり、詩羽が言う。
裕也たちは脱力した。
拓海が毒づく。
「これを見てコロシアイ学園生活に備えろ、ってか? 冗談じゃねェぞ!」
詩羽がクスリと笑う。
「あら。脱出ゲームなら、こういう本棚やレコードの棚にヒントが隠されているのが定石じゃない」
拓海は長い黒髪を掻きむしる。
「おいおい、何本あんだよ。付きあってられっか。つーか、コロシアイの話だけでこんなにあんのかよ。イカれてんな。どうかしてるぜ…」
ヒマリが得意げに顔を反らす。
「暗号解読には語学と数学の能力が必要です。該博な知識と明晰な頭脳、そして輝く美貌をもつ天才美少女ハッカーがお役に立てるでしょう」
「おし。じゃあ、メンドくせェパズルだかクイズだかは陰キャに任せるとするか」
拓海が清々したように言う。
ヒマリが手袋を嵌めた拳を振りあげる。
「なんですか! あなたは単車に乗っていたそうですが、この車椅子も軽自動車くらいの馬力があるんですからね! 轢きますよ!?」
かぐやがヒマリを無視して言う。
「とにかく、ここにある映像資料を調べるのに、人手を割いたほうがいいことは確かです。ボランティアを募りましょう」
海夢が大きく手を挙げる。
「ていうか、『死亡遊戯で飯を食う』があるじゃん! 裕也クン、一緒に見ようよ!」
「う、うん…」
裕也は異性から、しかも、海夢のような美少女から誘われた経験がなく、挙動不審で応じる。
「もちろん、発起人の私も参加するわ」
詩羽がすかさず言う。
「射守矢さん、【超高校級の生存者】のあなたなら、謎解きは得意だと思うのだけど」
「べつにそんな特技はないけど。でも、鑑賞会でしょ? 面白そうだから行く」
「あなたは、霧切さん?」
詩羽の問いかけに、響子は口元だけで笑う。
「手品師が右手を見せたときには、左手を見るものよ。今、江ノ島盾子は右手を見せてきた。なら、左手を見るべきじゃないかしら」
相談が決着する。
海夢が楽しげに言う。
「じゃ、もう今から鑑賞会をしようよ! アタシ、食堂から何か持ってくる。どうせ閉じこめられてるんだから、せめて食べもので元を取ってやらないと」
「あ、私も手伝う」と、真兎。
視聴覚室の最前列に、車椅子のヒマリが通路に入り、詩羽、裕也、海夢、真兎の順番で座る。美少女たちに挟まれ、裕也は銀幕より、左右の座席が気になった。
海夢たちは調理室にあったというポップコーンをボウルに盛ってきていた。
棚の左上にあった、映画の『ソウ』シリーズから順番に見ていく。
「うわー、エグ。でも、どうせ切るなら踵を切ればいいのに」
口元に手を当てながら海夢が言う。
「足を直角三角形と見なせば、直角の踵より鋭角の足首を切ったほうが、切片の長さは短くて済みますね」と、ヒマリ。
「足の甲の骨を砕けば、切らなくても足枷を抜けるんじゃない」と、真兎。
「あ。また足の骨を折って足枷を外してる」
「1のあとで、よっぽど《足の骨を折ればいいのに》と言われたんでしょうね… 正直、制作者の気持ちは分かるわ」と、詩羽。
隣席の海夢が裕也にポップコーンのボウルを回す。
「はい。裕也クン」
「あッ、ありがとう」
脱出の方法を探るためとはいえ、実際には美少女たちと映画鑑賞しているだけだ。裕也は多幸感に浸っていた。
(こ、こんな生活ならいつまでも続いていいかも… 海夢ちゃんたちには悪いけど)
何本目かの映画鑑賞を終え、海夢が座席から立ちあがり、大きく伸びをする。
「んーッ。そろそろ良い時間だし、夜ご飯にしない?」
「もともとの趣旨を忘れているわね。べつにいいのだけれど」
詩羽が口元に手を当てて笑う。
裕也たちが視聴覚室を出たところで、祥子と遭遇する。
「あッ。祥子も今から夜ご飯?」と、海夢。
「ええ。そちらは何か成果はありまして?」
「なんもなし」
海夢はそう言い、祥子の手元に目を向ける。数冊の文庫本を携えている。
「祥子は図書室に行ってたの?」
「ええ… 私なりにコロシアイ学園生活の予習をしに」
祥子は意味深に笑う。
詩羽が題名を読みあげる。
「『ユダの窓』、『本陣殺人事件』、『硝子のハンマー』… どれも推理小説ね」
「学級裁判に挑むには、こういうものの知識も必要でしょう?」
「なにそれ! またアタシたちの誰かがコロシをするみたいじゃん!」
海夢が憤然とする。
「それか、豊川さんがクロを演じるつもりなのか、よね」
そう言い、詩羽が微笑する。
「私が答えても、意味のない質問ですわね」
祥子は傲然と言い放つ。祥子が去ったあと、海夢が憤って言う。
「なに、あの態度! 空気が悪くなるじゃん!」
「もし彼女が本気でクロになるつもりなら、わざわざあのように疑われるような物言いをすることはないでしょう。冗談だと受けとるべきではありませんか」
ヒマリが宥める。
「豊川ちゃんがホントに賢ければ、コロシの前に、あえて疑わしい言動をしておくかもよ」
真兎がしれっと言う。
「ほら。さっそく、疑心暗鬼? になってるし」
海夢は不満そうだ。
夕食のあと、詩羽が裕也の部屋を訪ねた。
詩羽はベッドの上で長い足を組む。自分の部屋にもかかわらず、裕也は隅で恐縮している。はるかに年下だが、自分より上背のある美少女である詩羽に、裕也は気圧されていた。
「視聴覚室にあった映像資料だけど、私たちの原典の作品がなくて良かったわね。もしそうだったら、入子構造になってややこしくなるところだったわ」
「そ、そうだね…」
裕也は遠慮がちに応じる。
詩羽が小さく笑う。
「けど、私たちの原典の作品がアニメやマンガ、ライトノベル。青年向けの作品だけで良かったわね。かわいい女の子ばかりだもの。中高年が鑑賞するような大作映画や大衆小説なら、濡れ場があって、裕也くんが相手の男に嫉妬してしまったかもしれないわ。たとえ、この世界ではそうした履歴がなくてもね」
「そッ、それは…」
挑発的な言葉に裕也は動揺する。詩羽は小説家だけあり、多元宇宙や間テクスト性といったことを理解している。裕也には難解で、感情と思考に同時に負荷がかかる。
「ちなみに、私は処女よ。原典の作品ではどうだったかは知らないけれど」
「あ、あう…」
まさか「原作でも処女」とも言えず、裕也はうろたえる。30歳の壮年とは思えない落着きのなさだ。
詩羽はそうした裕也の様子を楽しげに見る。が、考えこむように、手を顎に当てる。
「このコロシアイ学園生活はどうなるのかしら。定石で言えば、デスゲームで2番目に死ぬのは、成行きを伺っている小利口な日和見主義者なのだけれど… つまり、この場合は私ね」
「そッ、そんな…」
裕也は慌てる。
詩羽は小さく笑う。
「心配しなくていいわ。自衛策は講じているもの。脅しではなく本物のよ」
「そ、それならいいけど…」
*
深夜、裕也がベッドで寝ていると、体が揺り動かされた。
半醒半睡のまま薄目を開けると、枕元に響子が立っている。深夜だが、いつものジャケットの制服姿だ。
「うわッ」
裕也はすぐ覚醒し、ベッドの上で半身を起こした。
「静かにして」
響子は冷静に言う。
混乱した意識で、夜這いという言葉も浮かんだが、あらゆる理由から潰える。裕也は響子に尋ねた。
「な、なに…?」
「江ノ島盾子が右手を見せてきたから、左手を調べると言ったでしょう? 裕也くんにも付きあってもらいたいの」
「う、うん…」
響子の口調は静かだが、断固としている。不安を覚えながらも、裕也はモソモソと布団を剥いだ。
裕也は服を着て、響子とともに廊下に出た。
「ど、どこに行くの…?」
「すぐに着くわ」
響子は寡黙に歩を進める。
やがて、響子と裕也は玄関に着く。
夜間の玄関の薄闇で、人影が大きく手を振っている。海夢だ。傍らにはフラウがいる。
裕也は合流する手筈になっているのだと想像したが、響子の表情で、その予想はすぐ否定された。響子は眉間に皺を寄せている。
海夢とフラウの間近まで来ると、響子は小声で言った。語調に険がある。
「喜多川さん。どうしてあなたまでいるのかしら」
「響子、フラウとなにか相談してたじゃん。なんの話か聞いたら、このことを教えてくれたから」
海夢も小声で応じる。悪びれたところはない。
フラウは目を逸らし、人差し指の先を突きあわせている。
「す、すまぬ、霧切氏… オタクはギャルには逆らえないでござるよ」
響子は軽く溜息をつく。
「まあいいわ。それより、長居して人目に付きたくないわ。はやく取りかかりましょう」
「お、おう…」
フラウはノートパソコンを脇に抱え、黒い革鞄を肩から下げている。
響子とフラウは廊下を行き、裕也と海夢が着いていく。響子たちが足を止めたのは、学級裁判の法廷に下りるエレベーターの前だった。
フラウは革鞄を下ろし、中から工具や機材を取りだす。ドライバーを持ち、エレベーターの操作盤を留めるビスを外していく。電子回路と配線が剥きだしになる。
パルス発生器と電源を繋ぎ、さらに電子回路に接続する。そうして、パルス発生器に繋いだノートパソコンを操作しはじめる。
フラウが作業しているあいだ、響子が説明する。
「今日、私はこの構内に隠し通路がないか調べていたの。ここと私が知る希望ヶ峰学園の構造は同じだけど、あるはずの隠し通路は見つからなかったわ。けど、まだ調べていない箇所がある」
「それって、学級裁判の法廷のこと?」
海夢が尋ねる。
「ええ。前回の学級裁判で、江ノ島盾子が現れたときのことを憶えているでしょう? 少なくとも、彼女が出入りした通路があるわ。すぐ外部に出られるかは分からないけど、調べる価値はある」
「え、エレベーターに乗ったとき、操作盤を見たけど、とくにセキュリティはかかってないみたいだったからな… え、遠隔操作か、か、鍵を外して暗証番号を入力すれば、誰でも動かせるみたいだった… な、なら、私たちで動かしても良くね? っていう。あ、暗証番号は、総当たりだから時間がかかるけどな…」
床に座りこむフラウの両肩を、海夢が掴み、前後に揺さぶる。
「マジ!? フラウ、すごいじゃん!」
「お、おうふ。オタクに優しいギャル、キタコレ…」
話しているあいだに、地響きのような震動が起こり、エレベーターの巨大な鉄扉が開く。昇降機は最後に裕也たちが降りたときのまま、地階に停止している。
フラウが工具と機材を手早く片付ける。操作盤もふたたびネジで留める。
機内の操作盤は保護されていないため、誰でも扱うことができる。裕也たちは乗機し、地下に降りた。速度が出るが、それ以上に距離が長い。やがて、地響きとともに停止する。
フラウがボタンの隙間にドライバーを押しこみ、開扉のまま固定して、裕也たちは降機する。
響子がペンライトを点ける。法廷は天井が高く、暗闇ではなおさら広漠として見える。
それから1時間ほど内部を調査したが、なにも発見はなかった。
盾子が現れた通用口はフラウが調べた。通用口は壁面と一体化していて、ただ隙間だけがある。
「手伝いがいるかしら」
隙間にL字型のバールを差し、力を込めていたフラウに、響子が声をかける。
「い、いや… 途中で手応えがあった。む、向こうからロックされてるっぽい。こ、壊さないと開けられんだろ、これは…」
響子は革手袋をした手を顎に当てる。
「そう… 残念ね。ここも他の通用口と同じで、管理者権限がないと開閉できないのね。江ノ島盾子はリモコンで操作していたのかしら」
「か、顔認証や、歩容認証で、自動で開くのかもしれんし」と、フラウ。
「仕方ないわ。もう引きあげましょう。ありがとう、神代さん」
響子が淡々と言う。
「えー? せっかく忍びこんだのに」
海夢が不満そうな声をあげる。
「調査とはこういうものよ」
響子は淡白だ。
裕也たちはエレベーターで地階に戻る。
解散しようとしたとき、海夢が声をあげる。
「ゆッ、裕也クン…!」
海夢は歩を止め、裕也たちの後ろに残っている。薄暗い玄関の広間に、海夢の姿が仄白く浮かびあがっている。
「どうしたの? 海夢ちゃん」
海夢は俯いていたが、顔を上げる。
「アタシたち、このままなのかな… この学園に閉じこめられて、いつか、オシオキを受けさせられちゃうのかな…」
「ま、海夢ちゃん…」
裕也に慰めの言葉を思いつくことはできず、ただうろたえる。
海夢は決然として顔を上げる。
「裕也クン、お願い…! アタシにキスして。裕也クンとはじめてのキスをすれば、オシオキを受けても、その思い出で堪えられると思うから…!」
「え、ええ…?」
裕也は動顛する。響子とフラウを見ると、2人とも無言でいる。
海夢のような美少女からキスをせがまれるなど、裕也の人生ではありえないことだ。状況に便乗することへの罪責感はあったものの、断ることはできなかった。
年齢のわりに上背のある海夢は、小男の裕也と身長が並ぶ。海夢は裕也の目を直視し、息を詰めた。
裕也は海夢の両肩を掴み、顔を近づける。海夢の細い肩の、複雑な骨格を手に感じる。
海夢と唇が触れる。唇はわずかな厚みとともに弾力があった。
顔が離れると、海夢は照れたように笑った。
「アハッ。アタシ、はじめてキスしたよ」
「そ、そう…」
海夢とキスしたことの高揚感と性的興奮で動揺し、裕也は何も言うことができなかった。
無言で腕組みし、裕也たちを見ていた響子が言う。
「裕也くん、私もキスをお願いしてもいいかしら」
「え、ええ…?」
人生で訪れたことのないにわかな人気に、裕也は頭脳が白熱するようだ。
響子は革手袋の指を口元に当て、淡々と続ける。
「江ノ島盾子がオシオキにキスという方法を選んだことには理由があるかもしれないわ。私もキスをした経験がないの。キスを知っておけば、なにか分かることがあるかもしれないわ」
「そ、そういうことなら…」
海夢のあからさまに不満そうな顔は視界に入っていたが、響子のような美少女とのキスを断りきれるはずもなく、裕也は承諾した。
向かいあい、裕也は響子の革製のジャケットの両腕を掴む。真近に寄ると、響子が少女らしい華奢な体格をしていることが分かる。
裕也は響子と唇を触れさせた。冷たい唇だ。
顔を離す。響子は裕也の目を見て、淡々と告げる。
「ありがとう。裕也くん」
2人の美少女とのキスで、裕也は興奮のただ中にあった。それも、陽性の海夢と、陰性の響子という、性質の真逆な2人とだ。心臓が激しく拍動し、破裂しそうだった。
フラウが小声でつぶやく。
「く、クソ… こ、こんなことなら、私も風呂に入っておけばよかった…」
無論、裕也はフラウとキスをすることも吝かではない。フラウは奇癖があるとはいえ、外見は金髪の華奢な美少女だ。むしろ、この世界に転移してくる前なら、裕也が土下座してでもキスをさせてくれるように頼んだだろう。だが、今は裕也が少女たちを選ぶ立場にある。裕也はそのことに罪悪感を覚えつつも、優越感に、キス以上の倒錯的な快感を覚えていた。
裕也たちは寄宿舎の入口で分かれる。
海夢は顔を紅潮させ、早口で言う。
「そ、それじゃ、また明日ね!」
足早に自分の個室に消える。
裕也は自室でベッドに入ったあとも、興奮でなかなか寝つけなかった。
*
翌朝、裕也は朝食をとりに食堂に行く。朝に定例会をする約束のため、ほぼ全員がいる。
調理室から海夢が顔を出す。
「あッ、裕也クン! 朝ご飯が出来てるよ!」
「あ、ありがとう…」
海夢は高揚した様子だ。裕也は遠慮がちに応じる。
調理室から海夢がオムライスを載せた皿を持ってくる。ただ、料理は得手ではないらしく、オムレツは炒り卵のようになり、ハートマークを描くケチャップは斑になっている。
だが、女子、しかも海夢のような美少女に手料理を振舞われるということに、裕也は感動した。夢中でオムライスを食べる。
(こ、ここの生活も悪くないかも…)
そう内心で独白する。
夢子が紅茶のカップを置く。頬に手を当て、溜息をつく。
「思えば、【超高校級の料理人】の薙切さんが最初に脱落されたことは残念でしたね…」
海夢がうなずく。
「そうだねー。もしアリスが生き残ってたら、今ごろ高級ホテルのビュッフェみたいな朝食を食べ放題だったのに… あッ、べつに、それだけが残念なわけじゃないけど!」
後半をつけ足し、慌てたように首を振る。
海夢は裕也のほうを窺っては、顔を赤くして、さっと目を逸らす。さらに、響子とフラウに目配せをする。
その挙動不審に気づき、かぐやが言う。
「喜多川さん。もしかして、昨夜、何かあったのですか?」
「えッ!? そんなことないよ! ね、響子!」
響子は無言で目を逸らす。
かぐやが言う。
「権力とは情報との距離です。17世紀、フランスの民衆はルイ14世がいつ、どこで、何をしたか、すべて知っていました。『メルキュール・ド・フランス』や『ガゼット・ド・フランス』といった大衆紙が報じていましたから。現代で言うところの首相動静ですね。ですが、政治的な意思決定に携わることはありませんでした。そうした情報からは遮断されていたからです」
響子のほうに視線を向ける。
「情報を独占することは権力を把握することです。情報は共有すべきではないでしょうか。もちろん、フランスの民衆と違って、私たちが裕也さんに反乱を起こすことはありませんが」
微笑を向けられ、裕也はドキドキする。
響子が指を天井に向ける。
「江ノ島盾子が聞いているのよ。迂闊に話すことはできないわ。もっとも、夕べは話すほどの成果は挙がらなかったけど」
会話を聞き、裕也は自分の誤解に気づく。
(あ… キスじゃなくて学級裁判の法廷に侵入したことか…)
8時になり、かぐやが腕時計を見る。
「8時までに点呼に応じなければ異常事態と見なすという取決めです。しかも、規律を守る毒島さんが遅刻ですか… ひとまず、寮室にいるか見てきます」
長卓に裕也と少女たち11人を残し、かぐやが席を立つ。
戻ってきたとき、かぐやの顔は血色が失せていた。
「毒島さんが部屋にいません」
少女たちは騒然とする。
「それって、冴子がヤられたってこと!?」
海夢が腰を浮かす。
「クソッ! またかよ!」
拓海が怒声を発する。
「落ちついてください。毒島さんがどこにいるか… 捜索する場所を分担しましょう。それと、今からは2人1組で行動するようにしましょう」
かぐやが冷静に言う。
少女たちが慌ただしく食堂を出る。とり残された裕也は、まだ食卓で紅茶を飲んでいる夢子に気づいた。
「ゆ、夢子ちゃんは冴子ちゃんを探しに行かないの…?」
夢子は婉然と微笑む。
「この学園は江ノ島さんに監視されているのでしょう? なら、事故や病気は起こりようがないではありませんか。コロされたに決まっています。それなら、なにも急ぐ必要はないでしょう。一部の方たちは、むしろ他の方々を見張りにいったのでしょうけど、私は学級裁判でもお役に立てそうにありませんから」
「そ、そう…」
裕也はそう応じるしかなかった。
「あと、調べていないのは視聴覚室だけです」
かぐやが全員の報告を総合する。裕也たちは全員、視聴覚室の前に集まっていた。
拓海が手のひらに拳を打ちつける。
「おい。なにボヤボヤしてんだよ。とっとと入ろうぜ」
かぐやが柳眉を寄せる。
「鍵がかかっているのです。この学園の鍵は電子錠で、すべて集中管理されています。つまり、江ノ島盾子に、ということですが… ですが、内側から施錠することは可能です。今、その鍵がかかっているのです」
「なら、中に毒島がいるってことじゃねェか。他は全員、ここにいんだからよ。おい、毒島ァ! はやく出てこい!」
拓海が激しく扉を叩く。
室内からはなんの応答もない。
詩羽が小さく笑う。
「映画やドラマで定番の場面になったみたいね。数人がかりでドアに体当たりする…」
そのとき、スピーカーから盾子の声が響く。
《ちょい待ち! 鍵はアタシが開けるから。密室殺人が起きるたびにドアを壊されたらたまんないからさ。風が吹けば建具師が儲かるって諺みたいじゃん。視覚障碍者の介助に疲れた家族が、自殺に見せかけて密室殺人で殺るからなんだけど》
「み、密室殺人…?」
盾子の長弁のひと言にだけ、ぼっちが反応する。血色の悪い顔がさらに青ざめる。
《あ。ネタバレしてゴメンねー。でも、あらすじの紹介は大事じゃん。叙述トリックのあるミステリには《驚愕の叙述トリック》、どんでん返しのあるミステリには《冒頭1ページ目からすべてが伏線。驚天動地のどんでん返しを見逃すな!》って、あらすじに書いておくべきッしょ》
「最悪ね…」
詩羽が眉をひそめる。
《ってことで、本編だ! 御開帳!》
電子音が鳴り、電子錠の点灯が解錠を示す。
視聴覚室に入り、裕也たちは絶句した。
階段教室の最下段、講壇の上に冴子がロープで吊りさがっている。
一瞬、首吊りに見え、裕也は固まったが、ロープは冴子の両脇に通されていた。
かぐやが冴子の下で、床にあるカードを拾いあげる。
「犯行声明札… 絞殺ですね」
室内にスピーカー越しの盾子の声が響く。
《ちょいフライングしたけど、死体発見アナウンスだ! 学級裁判の開廷は今から1時間後! それまでにしっかり捜査しろよ! それから、今回はアタシからのプレゼントがある! 机の上を見な!》
入口に近い机に、タブレット端末が人数分、重ねて置かれている。
《霧切はよく知ってるッしょ? それはモノクマファイル。検死報告書のデータを入力してあるから、参考にしてね。あっと、言うまでもないけど、それを置くとき、室内のものには一切手を触れてないから。モノクマファイルは今後の学級裁判でも使用するから、大事に保管しろよ。お前らがこの学級裁判を生き残ればの話だけどね》
盾子は自分の言葉に笑う。
かぐやがタブレット端末を取りあげる。
「だいぶ用意周到ですが… 本当に、ここにあるデータを信用してもいいのですか?」
《今回のコロシアイ学園生活は模擬裁判じゃん。その公平のためもあるわけ。本物の殺人だったら、【超高校級の暗殺者】の錦木が検死できるッしょ》
「簡単な法医学の知識ならあるけどね」
千束が肩をすくめる。
裕也はタブレット端末を開く。
《検死報告:被害者は毒島冴子。死因は絞殺。死亡推定時刻は0時から1時のあいだ。特記事項なし。》
少女たちもタブレット端末の画面を見て、唖然として冴子に目を移す。
「8時間!?」
吊るされたまま、冴子が疲弊した声をあげる。
「ああ… もういい加減、下ろしてほしいんだが」
《負け犬は黙ってろ! ドッグショーで優勝を逃して、ブリーダーに保健所に送られたイヌがガス室でキャンキャン鳴いてるみたいに吠えるな!》
盾子がスピーカー越しに叱声を飛ばす。
拓海が壁に拳を叩きつける。
「にしても、許せねェ… アレを見てコロシをしたってことは、クロのやつ、本気じゃねェか! マジでアタシらを見捨てるつもりだ。こん中の誰かは知らねェけど、きっちりケジメつけさせてやる!」
そう言い、拓海は少女たちを見回す。
海夢が不安そうに眉を曇らせる。
「そっか… クロは自分かアタシたちがオシオキを受ける、って分かっててやったんだよね。マジありえないよ」
「うん… でも、話を聞くためにも、まずは誰がクロか突きとめないと」
裕也が励ますと、海夢は一転して表情を明るくする。
「そうだよね! アタシも裕也クンの助手としてがんばるよ!」
真兎が扇子のようにタブレット端末で宙をあおぐ。
「でも、これって本物の検死とは違うよね。だって、本物の検死なら誤診がありえるけど、これはゲームとしての設定なんだから。だったら、コロシがあったのは実際に0時から1時のあいだだって絞れるし。これってかなり私たちに有利だけど、江ノ島さん的にはアリなの?」
《質問の体で探りを入れんな。お前はメンドくさい彼女か。メンヘラ地雷女は裕也が好きピなアタシひとりで十分なの》
「答えないってことは、0時から1時のあいだにコロシがあったのは事実なんだ。メンヘラ地雷女はルールに公正だね」
真兎は飄々と言う。
「では、みなさんのアリバイを確認しましょうか」
と、かぐや。
突如、拓海が雄叫びをあげる。
「そうだ! 夕べの0時頃、アタシは部屋でなにか機械音みたいな音を聞いたんだ! クロのやつ、それで密室を作るかなにかしたんだ!」
「残念だけど、それは私たちよ」
響子が冷たい声音で言う。
「昨日、私と裕也くん、神代さん、喜多川さんで地下の学級裁判の法廷を調べたの。そのときにエレベーターを動かしたのよ」
「あのエレベーターって動かせたのか?」と、拓海。
「もし脱出口があったら、どうするつもりでしたの? 勝手な真似は慎んでもらいたいですわね」と、祥子。
かぐやが質問する。
「なるほど。それは何時頃のことですか?」
「0時を過ぎたところで合流して、調査に1時間はかかったわね」
「つまり、霧切さんたち4人には完全なアリバイがあるということですね。ちなみに、私はその時間は自室に1人でいました。他の皆さんはいかがですか?」
かぐやが議事進行を務め、アリバイを聴取する。だが、深夜で、裕也たちの他にアリバイをもつものはいなかった。
裕也と海夢は宙吊りにされた冴子のもとに近寄る。
フラウが巻尺を手にしている。
海夢が尋ねる。
「何してんの?」
「い、いや… ちょっと気になって。は、測ったら、足から床まで132センチだった」
「それが?」
「そ、そこにある演壇が高さ101センチだぞ。お、奥行きも考えたら、足が届かないだろ。他に踏台になるものもないし… ま、まあ、シミュレーションで自殺しても意味ないしな… ぎ、偽装工作にしても、お粗末だが」
裕也は冴子を見上げる。
階段教室の天井近くには、映写幕を吊るすための鉄骨の梁が伸びている。縄の端に鉄パイプが結びつけられていて、それが鉄骨の交叉に引っかかっている。
海夢が顔を上げ、目を眇める。
「あれ。なんであんなやりかたをしてるんだろ。梁に直接、結べばいいのに」
「そ、それは、縄を引いて毒島を吊りあげたからだろ… 縄が張ってたら、縛ることもできないからな…」
「クレーンみたいに引きあげたってこと?」
海夢が首を傾げる。
「じ、自分で首を吊るなら、縛りつけた縄の輪に首を通すだろうし、だ、だから、お粗末なんだけどな… ち、ちなみに、あの梁までの高さは440センチだった… 毒島の身長も分かれば、縄の長さも分かるが… ま、まあ、それは毒島を下ろしてからでいいだろ」
「冴子の身長なら電子生徒手帳で分かるよ」
海夢がペンで手帳にメモしながら言う。
「お、おう… そうか。さすが【超高校級のコスプレイヤー】。オタクもギャルも、世を忍ぶ仮の姿か…」
裕也はフラウに礼を言う。
「色々ありがとう」
「ドゥ、ドゥフフ… お礼は3行以上でな」
フラウは奇妙に体をくねらせる。
続いて、裕也と海夢は扉のところに行った。
ヒマリが電子錠の前に車椅子を停めている。
「これさ、電子錠ならハッキングかなんかで鍵をかけられるんじゃないの?」と、海夢。
「いえ。外部の操作盤を見ましたが、埃が積もっていて、何者かが手を触れた痕跡はありませんでした」
ヒマリは車椅子から裕也たちを見上げ、胸を反らす。
「つまり、これは完全な密室殺人だということです。これはこの車椅子探偵、明星ヒマリの出番ですね! 前回の学級裁判では遅れをとりましたが、今度こそ実力を発揮して、私があなたの有能な天才美少女ハッカーだということを証明してみせます。裕也さん」
「あ、ああ…」
裕也は微妙な反応を返す。
「でもさ、密室なんて針と糸で簡単に作れるんじゃないの? ミステリーもののアニメでよくやるみたく」
ヒマリは手袋を嵌めた手を口元に当てる。
「いえ… 内部からの施錠はタッチパネルですから、針と糸による細工は通用しません。ひとの手で直接、入力する必要があるでしょうね」
「ヤバ。これって、ガチの密室じゃん」
海夢が当惑したような表情を浮かべる。
「うん… あッ、そうだ」
裕也は思いつき、詩羽に声をかける。
「推理小説なら、こういう状況に当てはまる密室トリックがあるんじゃないの?」
詩羽は細い指で顎を撫でる。
「そうね。具体的に当てはまるものは思いつかないけれど、推理小説には密室講義の伝統があるわ」
「密室講義?」
海夢が首を傾げる。
「ええ。ディクスン・カーの『三つの棺』に始まって、いかに密室を作るかの方法を分類整理したものよ。多くの推理作家が密室講義を試みているけど、もっとも実用的なのは二階堂黎人が『悪霊の館』で示したものかしら。すべての密室トリックは鍵に関するもの、殺人に関するもの、犯人と被害者に関するものの3つに分けられる」
「えっと…?」
海夢が表情に疑問を浮かべる。
詩羽は滔々と説明する。
「鍵に関するものは説明しなくてもいいわね。殺人に関するものは、いかに密室にいる被害者を殺したかの問題。遠隔殺人がいい例よ。犯人と被害者に関するものは、彼らがいつ、どこにいたのかの問題。被害者が室内に逃げこんで、みずから密室にした。あるいは、犯人が密室に残っている、早業殺人といった場合よ」
「うん…? ゴメン。よく分かんない」
海夢はますます疑問を深めたようだった。表情に混乱があらわれている。
だが、詩羽は自分の思索に沈んでいた。指先で顎をなぞる。
「けど、この状況でむしろ重要なのは、麻耶雄嵩が『翼ある闇』で示した、密室を作る理由の分類でしょうね。①自殺の偽装 ②容疑圏外に逃れるため ③訴追を免れるため の3つよ。あとは、合理的な理由はないか、そもそも、密室を作る意図はなかったか」
「理由が大事なの?」
裕也が尋ねる。
「ええ。だって、理由がなければ、犯人にとって密室なんて有害無益なものだもの。密室を作った方法によっては、それで犯人が特定されてしまうかもしれない。けど、今回は③の理由かもしれないわね。誰かがクロだという決定的な証拠が見つかっても、密室を作った方法が分からなければ、学級裁判で投票しにくいでしょう?」
「うーん… たしかに」
海夢が複雑な表情をする。
詩羽は顎を上げ、意味深な笑みを浮かべる。
「それと、昨日、豊川さんが読んでいた推理小説。すべて密室を扱ったものだったことには気づいているかしら」
「そ、そんな単純な…」
裕也はうろたえる。
「ええ。もっとも、この密室は、どの密室トリックも使えないけれど。あるいは、豊川さんが読んだ推理小説に触発されて、独自の密室トリックを思いついたか… とにかく、ここで使われた密室トリックを解明する必要があるわね。論外なのは抜け穴や隠し通路よ。これらの手段は密室講義でも最初に除外されるし、ノックスの十戒でも否定されているくらいだもの」
そのとき、かぐやが声をあげた。
「皆さん! 来てください! 隠し通路です!」
かぐやと千束が部屋が隅にいる。金属製の戸棚を手前に動かしている。戸棚が置かれていた床に、正方形の扉が設けられている。暗証番号を入力する数字キーが付いている。戸棚は壁と棚に挟まれていて、前後にしか動かせないようだった。
駆けよった裕也たちに、かぐやが説明する。
「映像資料の入った棚が手前に動かされていたんです。気になって退かしたら、これが出てきました」
夢子が両手を膝に置き、扉を覗きこむ。
「隠し金庫! 素敵ですね。江ノ島さんが言っていた表も裏も見ろとは、このことだったんですね」
かぐやが怪訝そうにする。
「隠し金庫? 隠し通路でしょう。クロはここから脱出したと考えるべきでは?」
「だって、元はこの上に棚が載っていたんでしょう? 見たところ、この扉は外開きのようですし、部屋を出てから、棚の位置を戻しておくことはできませんよ」
「なるほど… 私の早合点でした」
海夢が壁際を指差す。無線機が落ちている。
「あれは?」
「トランシーバーのようですね。はじめからあそこにありました。元からあったのか、毒島さんが落としたのか、それとも、クロが落としたのかは分かりませんが」
「元からあった、ってことはないよ! 昨日、ここでDVDを見たとき、棚はきっちり壁についてたから! あんなものが落ちる隙間はなかったよ!」
「そうですか…」
かぐやは思案する。
海夢が裕也に声をかける。
「そういや、響子は? こんな大発見をしたのに」
裕也たちは廊下で響子を見つけた。階段脇にある、一般のエレベーターの前にいる。
海夢が興奮して発見したことを告げる。だが、響子は冷静なままだった。
「こっちでも発見があったわ」
そう言い、一般のエレベーターの機内を示す。園芸用らしい、高枝鋏と脚立が置かれている。
「あ。梯子だ」と、海夢。
「あれは脚立じゃないかな…」
「そんなことはどうでもいいわ」
響子が一蹴する。
「校舎に屋上庭園があるから、そこの備品でしょうね。それより、視聴覚室に換気口があったことには気づいたかしら。視聴覚室の側では5メートルくらいの高さがあるけど、廊下の側ではせいぜい2メートルくらいよ。そこの梯子に乗れば、簡単に届くわ」
「えッ!? じゃあ、クロはそこから脱出したってこと!?」
海夢が目を見開く。
響子は首を振る。
「いいえ。換気口はおおよそ20センチ四方。腕を通すくらいが精々よ。けど、明らかに、最近、触れられた形跡があったわ。きれいに磨かれていたの。換気口はすぐに埃が溜まるものでしょう」
「けど、それだけでコロシに関係するかは分かんなくない? どうやって密室を作ったかもまだ分かんないのに」
「いいえ。密室のトリックはもう分かっているわ。クロの正体も」
「ええッ!?」
海夢が愕然とする。
響子は腕組みし、裕也を見る。
「これだけの手がかりがあれば、裕也くんも密室のトリックは、すでに見当がついてるでしょう。前回の学級裁判で、私を下したくらいだもの。そうよね?」
「う、うん…」
響子の眼力に気圧され、裕也は返事をする。
(どうしよう… なにも分かってないんだけど…)
響子の語調に嫌味はなく、裕也が真相を看破したと本気で思っているらしい。
「そろそろ戻りましょう」
そう言い、響子はエレベーターの機内の脚立を肩に担ぐ。
「その梯子は?」と、海夢。
「毒島さんを下ろすのに必要でしょう」
裕也は年少の少女に荷役をさせることに罪悪感を覚えたが、響子が当然のようにしているため、言いだせなかった。
響子が梯子を持って視聴覚室に戻る。
冴子を下ろす段になり、かぐやが言う。
「こうした場面で役に立つ冴子さん自身が犠牲になるとは、因果なものですね」
拓海と千束が協力して、冴子を縄から下ろす。
「ッと、縛られてるわけじゃなくて助かったぜ」
「もやい結び、ボーライン・ノットで小さい輪を作って、その輪にロープを通してるね。ロープを下に引っぱれば、新しくできた輪が縮まるように。絞殺するにはいいやり方かな」
「こ、怖ェこと言ってんじゃねェよ!」
千束の言葉に、拓海が声をあげる。
「普通に絞殺するなら、後ろから締めあげるか、地蔵背負いするかだけど、これだとクロは冴子を突き落としたんじゃないかな」
千束の物騒な発言に、少女たちは閉口する。
「その地蔵背負いというのは何ですの?」と、祥子。
「うん。自殺に偽装して殺すなら、普通は地蔵背負いしかやりかたがないんだ。目標の首に紐を回して、背負って吊りあげる。そうやって首吊り自殺に見せかけるんだ」
「ああ、そうですの…」
自分で尋ねたにもかかわらず、祥子は目元に嫌悪を表していた。
「みんな。これを見て」
響子は冴子の体を調べていたが、長いプリーツスカートのポケットから財布を取りだす。
財布の中から紙片を取りだす。ルーズリーフのメモ帳の1枚で、青色のペンで数字が書かれている。
「《0:00-0:30 AV ROOM 21316119853》ですか」
かぐやが数字を読みあげる。
「《0:00-0:30》と《AV ROOM》は時刻と場所として、後半の数字は何かしら。毒島さんがメモしたものなら… 時刻は待ち合わせかしら」と、詩羽。
かぐやが言う。
「いえ。これは毒島さんが書いたものではありません。じつは、毒島さんに頼まれて殺人道具箱を預かりました。そのとき、証書として受領証と依頼書を交わしたんです。その書面と数字の書きかたが違います。もっとも、数列の意味までは分かりませんが…」
ヒマリが朗々と声をあげる。
「この天才美少女ハッカー、明星ヒマリの記憶力のほどをお見せするときが来たようですね。これは私たちが見た映画『SAW2』の金庫の暗証番号ではありませんか! 《21316119853》… 間違いありません!」
12桁の数字を暗唱したヒマリに、少女たちがざわめく。
「天才美少女ハッカーの記憶容量は12バイト、っと…」
フラウが小声でつぶやく。
「金庫の暗証番号ですか?」
そう言い、かぐやが床の扉に屈みこむ。数字キーを押していく。扉が上に開く。
「待ってください、これは隠し通路です!」
他の少女たちも、かぐやの肩越しに、床の開口部を覗きこむ。地中に縦穴が続いていて、壁面に梯子が設置してある。縦穴の奥は暗闇で見通すことができない。
海夢が混乱した声をあげる。
「じゃあ、やっぱクロはここから出たの? でも、この扉は開けられないって言ったじゃん!」
「私にも何がなんだか…」
珍しく、かぐやが表情に狼狽をあらわす。
騒然とする少女たちを前にして、裕也は動揺を覚えていた。
(あの紙とペン、やっぱり見覚えがあるよな…)
スピーカーから盾子の声が響く。
《お前ら! 楽しい学級裁判の時間だ! 全員、エレベーターホールに集合しろ!》