裕也たちは玄関広間の近くにあるエレベーターホールに集まる。
巨大な鉄扉が開き、昇降機が全容を現す。貨物運搬用よりさらに大きく、広さは前後左右10メートルほどある。
全員が乗機し、昇降機が降下を始める。縦坑は長い。昇降機の壁は金網張りで、縦坑に設けられた照明が過ぎるたび、機内が照射される。
長い降下のあいだ、場を沈黙が満たす。
裕也の意識で同じ思考が何度も巡る。
(冴子ちゃん… せっかくのお色気枠だったのに、こんな早く退場するなんて許せないよ。まだ何もしてないのに…! というか、冴子ちゃんが持ってたメモってやっぱり…)
鈍い衝撃とともに昇降機が停止する。
降機したところは、円形闘技場のような空間だ。裁判所で使うような木柵が16人分、円形に並べられている。そのうちの3つは、後ろに東雲茜と薙切アリス、毒島冴子の顔写真が立てられ、大きくバツ印が描かれている。
全員が木柵の後ろに立つと、高い位置の画面が点灯する。
《では、これより学級裁判を始める! 開廷!》
画面で盾子が楽しげに言う。
*
【詩羽】「今回の学級裁判の焦点は当然、密室よね。密室を作った方法が分かれば、おのずとクロが誰かも分かるかもしれないわ」
【かぐや】「霞ヶ丘さんの意見はもっともです。ですが、密室のような謎に囚われるべきではないでしょう。この学級裁判は最終的には投票でクロを決めるのですから。重要なのは、その合意形成です」
【盾子】「四宮! 白けることを言うな! お前らの命運はこの学級裁判に懸かってるんだ。建設的な議論から破壊的な罵りあいまで、最後まで死力を尽くせ!」
【拓海】「クソッ。つッても、結局、手前ェの言いなりじゃねェか…!」
【海夢】「アタシ、思ったんだけど、今回は学級裁判の必要なくない?」
【祥子】「はい? 何を言っていますの。前々から頭の上にアホウドリが飛んでいるようなかただと思っていましたが、ついに頭に留まって巣作りでも始めましたの」
【海夢】「違うよ! つまり、今回、冴子が死んだのは自殺だったんじゃないか、ってこと」
【かぐや】「それはどういう意味でしょうか。喜多川さん」
【海夢】「だって、これはあくまで模擬裁判で、本物の事件じゃないじゃん。冴子だってマジで死んだわけじゃない。前回のオシオキを憶えてる? あんなものを見たら、誰でも逃げたくなるよ。きっと、冴子は自分からゲームを下りたんだよ」
【ぼっち】「た、たしかに… 私も学級裁判で勝ち抜けられる気がしませんし… 安全に脱落できるなら、そのほうがいいかも…」
【海夢】「そうだよ! だいたい、自殺じゃなきゃ、どうして密室だったか説明がつかないじゃん!」
【拓海】「たしかに自殺なら、密室の問題は片がつくな…」
【夢子】「それだけで結論を出すのは性急すぎます。喜多川さんのお話には、疑問となる点が多々あります。そうでしょう? 裕也さん」
【裕也】「な、なんで僕が…」
【海夢】「アタシはなにもおかしいことを言ってないよね! 裕也クン!」
【裕也】「い、いや…」
・ノンストップ議論 - 喜多川海夢 -
【海夢】「冴子は自殺! それ以外に考えらんないよ!」
【裕也】「い、いや… 冴子ちゃんが自殺だったとすると、現場の状況と矛盾することが色々あるんだ。天井の梁に縄を結んだ鉄パイプを引っかけたのだって、本当に自殺なら、きちんと結びつけるんじゃないかな」
【海夢】「それは踏台の高さが足りなかったからだよ! それで縄に結んだ鉄パイプを投げて、鉤縄みたいに引っかけたんだって!」
【裕也】「うん… そもそも踏台の高さが問題だよね。事件現場で踏台になりそうなものは演壇しかなかったけど、冴子ちゃんの身長だと、どうしても演壇まで足が届かないんだ」
【海夢】「そ、それは…! じゃあ、なんで現場が密室だったの!? きっと、冴子が自殺だって教えて、アタシたちが学級裁判で間違ったクロに投票しないようにしたんだよ!」
【裕也】「それなら、冴子ちゃんはきちんと遺書を残すと思うんだ。けど、代わりにあったのは待ち合わせのように読めるメモだけ。これは相当、他殺が疑わしくなると思うんだ」
【海夢】「あうッ!」
【裕也】「そもそも、自殺の場合、学級裁判の勝者は誰になるのかな。自殺で別人がクロに指名されて、冴子ちゃんが勝利するとする。けど、そうすると今度は、現場が密室だったことが不自然になるんだ。冴子ちゃんが学級裁判での勝利を狙ってたのなら、自殺の証拠を残して得することなんかないんだから」
【海夢】「ああああァーッ!」
【海夢】「容赦ないって、裕也クン… しかも、その寸法のメモ、アタシのだし…」
【裕也】「ご、ごめん…」
(やっぱり、冴子ちゃんが持ってたメモって…)
【夢子】「江ノ島さん。実際、自殺で学級裁判が誤審をしたときの勝敗はどうなるのですか? その場合、自殺した被害者が勝者となるのでしょうか」
【盾子】「アタシが何回、デスゲームの司会をやったと思ってんの。そんなルールの抜け穴を許すはずないッしょ。自殺だろうが、死んだらその時点で敗北。学級裁判でクロの投票がどうなろうが関係ないし。もし投票が間違いだったら、勝者なしってわけ」
【真兎】「でもさ、そんなことルール説明のときには言ってなかったよね? 言ってみれば、いま江ノ島ちゃんが決めたわけでしょ。そんなふうにルールを追加できるなら、ゲームの意味がなくない?」
【盾子】「常識で考えれば分かんだろうが! お前はアメリカのクレーマーか! 濡れたネコを電子レンジで乾かすことはできませんなんて、わざわざ注意書きする必要はないんだよ! それとも《ネコちゃんを電子レンジでチンするときは、軽く濡らしてラップをかけてください》って、ペットショップで売るネコの体に書いとけ、ッつーのかよ!」
【真兎】「もし毒島ちゃんが自殺で勝利条件を達成しようと考えたなら、ルール確認は絶対にするよね。でも、今までそのルール説明はなかったんでしょ? だから、毒島ちゃんは自殺じゃないよ」
【盾子】「アタシをハメたの? 射守矢。愛しの裕也の前で恥をかかせてくれちゃってさあ… 濡れちゃうじゃん♡ お礼に、裕也がアタシに全裸で散歩させる公然露出羞恥プレイのときの、通行人Aの役をやらせてあげる♡」
【真兎】「げッ」
【詩羽】「今の声、本気で嫌がっていたわね…」
【かぐや】「さて。議論の予行演習も終わりましたし、そろそろ本番を始めましょう」
【海夢】「ちょっと! 酷くない!?」
【拓海】「でも、自殺でなけりゃ、誰が毒島をコロしたのか見当もつかないぜ…」
【ヒマリ】「密室の謎があるからですね。たしかにクロの陰謀は巧みでした。ですが、この病弱系天才美少女ハッカー、明星ヒマリの叡智の光のもとに悪の隠れる影はありません! 車椅子探偵の名推理をお聞かせしようではありませんか!」
・ノンストップ議論 - 明星ヒマリ -
【ヒマリ】「冴子が持っていたメモを皆さん、憶えていらっしゃるでしょう。クロはそれで冴子を視聴覚室まで呼びだし、絞殺したのです。そして、犯行計画の中心はここからだったのです。視聴覚室の電子錠はタッチパネルで、扉の隙間から糸を通そうと、外部からの操作は不可能なように見えます。ですが、クロは犯行現場にあった思いがけないものを使って、外部からタッチパネルを操作したのです」
【千束】「もったいぶってないで、早く言ってくれない?」
【ヒマリ】「それは冴子の体です。クロは冴子の手に糸を巻きつけ、さながら傀儡のように操り、扉の外からタッチパネルの施錠のマークを押したのです」
【祥子】「お待ちなさい。冴子の体は教室のもっとも奥にありましてよ。しかも、首を吊ってですわ。その仮説ですと、冴子の体は扉の前、教室のもっとも手前にあるはずではありませんか。馬鹿も休み休みおっしゃい!」
【ヒマリ】「もちろん、その課題も解決済みです。教室の奥の壁に換気口がありました。クロは視聴覚室を施錠する前、あらかじめ冴子の首、もとい体に縄の輪をかけ、もう一端を換気口から出しておいたのです。正確には、縄は2本あり、それぞれ鉄パイプに結びつけてあったのです。クロは施錠後、換気口から出した縄を引き、冴子の体を吊りあげます。そして、鉄パイプが天井の梁に引っかかったところで、室外に出ているほうの縄を鉄パイプから外します。そのためには、縄を輪にして鉄パイプに掛ける、片結びにして糸を結びつけておく、などすればいいでしょう。こうして、後には吊られた冴子の体だけが残ります」
【詩羽】「なるほど。道理は通っているわね」
【千束】「無理が通れば道理が引っこむじゃない?」
【拓海】「で、結局、クロはどいつなんだ!?」
【ヒマリ】「ええ。この巧妙な犯行計画を立て、実行に移したクロは後藤ひとり、あなたです!」
【ぼっち】「え、ええ…!? わ、私ですか…?」
【響子】「はあ…」
【ヒマリ】「この計略には長く頑丈な糸が必要です。【超高校級の軽音楽部】のあなたなら普段から持っていますよね? ギターの弦を」
【ぼっち】「は、はいい…!?」
【ヒマリ】「あなたは曲を奏でるように、この複雑な犯行計画を見事に演じました。ですが、聴衆にはこの私、車椅子探偵の明星ヒマリがいたというわけです」
【響子】「綻びだらけで、どこから指摘したらいいか迷うけど… 裕也くん、教えてあげて」
【裕也】「ぼ、僕が…?」
【響子】「ええ。当事者はあの様子だし」
【ぼっち】「……」
・反論ショーダウン - 明星ヒマリ -
【裕也】「扉の外から冴子ちゃんの体を動かしてタッチパネルを押させた、っていうけど、そんなにうまく行くかな?」
【ヒマリ】「現に電子錠は施錠されていたのです! それが何よりの証拠ではありませんか!」
【裕也】「仮に外から電子錠の鍵をかけることができたとして、教室の後ろから前まで10メートル以上あるんだよ。そんな距離を人ひとりの体をロープで引きずるのは大変だよ」
【ヒマリ】「クロにしても命懸けです! そのくらいのことはやってのけるでしょう」
【裕也】「うん。でも、電子生徒手帳によると、冴子ちゃんの体重は56キロあるんだ。しかも、冴子ちゃんの体を吊りあげる、っていう最後の難関がある。足から床まで132センチ。冴子ちゃんの身長を足せば、3メートル近い高さがあるんだ。女の子の力で、そんな高さまで人間を引きあげることができるとは思えないよ。しかも、ぼっちちゃんの体重は50キロで冴子ちゃんより軽いし…」
【ヒマリ】「人間は極限状況では脳のリミッターが外れます。いわゆる火事場の馬鹿力というものです!」
【裕也】「う、うん… でも、ぼっちちゃんがクロだって推理には、決定的な矛盾があるんだ。冴子ちゃんが持ってたメモだよ。あのメモには隠し通路の扉を開く暗証番号が書かれていたよね。でも、あの番号を知ることができたのは、視聴覚室にあった映画を見た僕たちだけなんだ。僕たちが視聴覚室を出てから、ぼっちちゃんが何本もの映画を見て暗証番号を知るなんて、どう考えても無理だよ!」
【ヒマリ】「きゃあああッ!」
【ヒマリ】「こ、この車椅子探偵がまたしても… これでは探偵失格です…」
【千束】「つまり、ただの車椅子ってこと? 車椅子だけ残して、代わりにぬいぐるみでも置いておく?」
【フラウ】「と、というか、クロが糸を使ったから、ギターを持ってるやつが犯人って雑すぎるだろ… クロが電気を使ってたら、エレキギターを持つやつが犯人だったのかよ…」
【かぐや】「いえ、明星さんの推理は妄言だとしても、今の議論には重要な進展がありました。毒島さんが持っていたメモについて、議論すべきではないでしょうか」
【響子】「そのことについて、私から話させてもらうわ」
・ノンストップ議論 - 霧切響子 -
【響子】「密室について、誰が、どうやって作ったか。それより、物証から話を進めましょう」
【かぐや】「毒島さんが持っていたメモですね」
【響子】「ええ… 《0:00-0:30 AV ROOM 21316119853》。最後の数列は金庫の暗証番号よ。重要なのは、この暗証番号を知ることができたのは、犯行前日、江ノ島盾子が用意した特別教材を調べた5人… 裕也くんを除いて、明星さん、霞ヶ丘さん、喜多川さん、射守矢さんの4人だということよ」
【夢子】「容疑者が13人から4人ですか。一気に絞りこまれましたね」
【拓海】「こうなったら逃げられねェぞ! とっとと白状しろ、オラァ!」
【響子】「だけど、もっと重要なことがあるの。それはどうしてクロが正直に暗証番号をメモに書いたのかということよ」
【海夢】「なんでって、なにもおかしくないじゃん」
【響子】「いいえ。だって、これで容疑が一挙に狭まったのだもの。そもそも、バカ正直に正しい暗証番号を書く必要はないのよ。適当にそれらしい番号を書くか、そもそも暗証番号なんて書かなくてもよかった」
【海夢】「そ、そんなの、クロがうっかりしてただけかもしんないじゃん!」
【詩羽】「喜多川さん、あなた…」
【響子】「けど、このことに注目すると、この事件のはじめから不自然なところにも説明がつくの。どうやって毒島さんはコロされたのかしら」
【拓海】「毒島は絞殺だろ? それがなんだってんだよ!」
【響子】「毒島さんは【超高校級の剣道部】よ。その彼女を殺せるひとがいるかしら」
【千束】「まあ、私くらいかな。もしかして、私がクロだって言ってる?」
【フラウ】「す、隙をついたんじゃね? け、剣道の達人は殺気を感じとれる、みたいな話か? そ、そんなの神話だろ…」
【響子】「毒島さんがメモで呼びだされたのだとすれば、油断したはずがないわ。このコロシアイ学園生活で密室にひとり呼びだされたら、最大限に警戒していたはずよ。錦木さんでも、正面から襲うのは難しかったんじゃないかしら」
【かぐや】「つまり、毒島さんは呼びだされたのではない、と」
【真兎】「でも、これはゲームなんだから、本当に毒島ちゃんを斃す必要はないんじゃない?」
【響子】「ええ。江ノ島盾子の裁量ね。けど、クロは江ノ島盾子がどう判定するか知らなかったのだから、どのみち危険を冒すはずがないわ。だから、メモは本物で、クロが落としたかそう見せかけたものよ」
【ヒマリ】「論理的ですね」
【詩羽】「細かいことを気にするようだけど、もしクロがメモを落としたように見せかけたなら、やっぱり本物の暗証番号を書くはずないんじゃないかしら」
【響子】「それは結果論よ。もし毒島さんが罠にかからず、クロの落とした偽物のメモを衆目のもとに晒したら、クロが毒島さんを誘いだして、コロそうとしたことが公然の事実になってしまう。暗証番号が正しいなら、まだ本物のメモを落としただけだと言い逃れできるわ」
【詩羽】「《AV ROOM》と暗証番号についてはそれでいいとして、《0:00-0:30》は?」
【響子】「それについても、クロは言い逃れられたのよ。そのことはあとで話すわ。ひとまず、メモが本物だということはいいわね?」
【かぐや】「はい。皆さん、異議はないでしょう」
【響子】「なら、裕也くん。メモが誰のものか、証拠を見せてあげて」
(ダメだ! 海夢ちゃんを吊るしあげるようなことはできない!)
【響子】「裕也くん。庇っても仕方ないわ。もし、裕也くんが言わないなら、私から言うわ」
【拓海】「おい! なにゴチャゴチャ話してんだ!」
(ゴメン… 海夢ちゃん…)
【かぐや】「このメモ用紙とペンは、毒島さんが持っていたメモと同じものです!」
【裕也】「これは… 海夢ちゃんが、僕のために捜査情報をメモしてくれたものなんだ」
【海夢】「…えッ!? アタシ!?」
(気づいてなかったのか…)
【祥子】「お待ちなさい! 喜多川さんは犯行時刻、あなたがたと行動を共にしていたのでしょう? まさか、偽証をしていましたの?」
【フラウ】「そ、そんなことはない! そ、それに霧切氏。体力がなければ人間をひとり吊りあげることは難しいのでは? き、喜多川氏にそんな体力があるようには見えんが」
【響子】「すべて説明がつくのよ。まず、メモが衆目のもとに晒された場合、クロは《0:00-0:30》は私たちとの待ち合わせだと言うつもりだったのよ」
【フラウ】「あ、ああ…」
【海夢】「な、なに言ってんの!? 響子!」
【かぐや】「たしかに合理的な説明ですが… それなら、霧切さんたちといた喜多川さんは、どうやって視聴覚室にいた毒島さんをコロしたと言うのですか?」
【響子】「毒島さんを吊るす縄が、引くと締まるようになっていたことを思いだして。まるでくくり罠みたいによ。クロは視聴覚室に罠を仕掛けておいたの。映像資料が収められた棚の周りに、縄の輪を巡らせておく。そして、棚の後ろにトランシーバーを置いておく。トランシーバーの通話をオンにすれば、音を不審に思った毒島さんが棚の奥を覗きこむわ。そのタイミングで縄を引けば、毒島さんは吊りあげられる。毒島さんが気づかないように、縄はガムテープか何かで壁から天井に巡らせてあったのでしょうね。縄の端は換気口から外に出ていた。縄の途中には鉄パイプが結びつけてあって、一定の高さまで吊りあげれば、それが釣のように梁に引っかかるようになっていた。近くのエレベーターで梯子と高枝鋏を見つけたわ。縄は2本使ったんじゃなくて、あとで換気口から腕を入れて、高枝鋏で余りを切断したのでしょうね」
【かぐや】「ですが、なぜ喜多川さんはそのような面倒なことを? 文字どおり、毒島さんを罠にかけるにしても、失敗する確率も高く、危険が大きいように思いますが」
【響子】「今回の事件で、犯行現場はなぜか密室だった。クロに密室を作る理由はなかった」
【ぼっち】「い、いや、それは毒島さんの自殺に見せかけるためなんじゃ…」
【響子】「それにしては偽装工作が杜撰すぎるわ。毒島さんの足元に梯子でも倒しておけば、十分に自殺に見せかけられたのだから。つまり、この密室はクロにとっても計画外のことだったのよ。もっとも、密室になりうることも考慮して、事後工作の準備をしておいたのでしょうけど。クロの本来の目的はアリバイ工作だったのよ」
【フラウ】「い、いい加減にしろ…! 霧切氏は喜多川氏が何かの機械で、毒島氏を吊りあげたって言いたいんだろ…! で、でも、そんな機械はどこにもないだろうが…!」
【響子】「あるじゃない。この地下の法廷に下りる荷物用エレベーターが」
【フラウ】「あ、ああ…!」
【海夢】「なんの話? ねえ、響子、なんの話をしてんの…!?」
【響子】「昨日の夜、懐中電灯の明かりだけで、私たちは手元しか見えていなかったわ。だから、視聴覚室の換気口から荷物用エレベーターまで縄が伸びていることに気づかなかった。この荷物用エレベーターはかなり速度が出るわよね。しかも、感知器や安全装置も付いていないわ。荷物用エレベーターに引っぱられた縄は大きな力がかかる。そして、喜多川さんはタイミングを見計らって、ポケットの中にでも入れていたトランシーバーの通話スイッチを入れたのよ。荷物用エレベーターがふたたび上昇したときには縄は弛んでるけど、やっぱり暗くて私たちには見えないわ。それから、私たちと別れて、喜多川さんは事後工作したのよ」
【海夢】「アタシ、そんなことしてない! ねえ、響子、なんでそんな話をするの!?」
【響子】「残念だけど、喜多川さん。すべての証拠が、あなたがクロだと示しているのよ」
【海夢】「そんな、なんかの間違いだって!」
【詩羽】「毒島さんのメモに書かれていた時刻… あれは犯行時刻と同時にクロのアリバイも意味していたのね」
【海夢】「アタシはあんなの書いてない! きっとクロがアタシをハメようとしてるんだよ! メモ帳は大浴場のお風呂に入るとき、置きっぱにしてるし! 誰でも盗めるって!」
【かぐや】「梯子と高枝鋏の証拠もあります。クロの犯行に無関係とは考えにくいかと。霧切さんの推理はすべての証拠に合致します」
【海夢】「だ… だから、それもクロがアタシに罪をなすりつけるためにやったんだよ!」
【かぐや】「冤罪を着せるための証拠の捏造にしては、やりかたが迂遠すぎるように思えますが」
【海夢】「裕也クン! 裕也クンはアタシを信じてるよね!?」
【裕也】「う… うん」
(海夢ちゃんがクロだなんてありえない。でも、響子ちゃんの立証は完璧だよ。反論の糸口がない…!)
【ぼっち】「あ、あの… 梯子と高枝鋏のことなんですけど… 私、クロを見たかもしれません…」
【祥子】「なッ…! そういう重要なことは早くおっしゃい!」
【ぼっち】「ご、ごめんなさい…! 今まで事件に関係してるとは思わなくて… 私、朝は屋上のエレベーターホールで膝を抱えていたんですけど… あ、あそこは人気がなくて、過ごしやすいので… エレベーターが屋上まで来たんです… で、でも、すぐにドアが閉じて変だな、って思ったんですけど… いま思うと、クロが証拠の梯子と高枝鋏を片づけにきたんじゃないかって…」
【響子】「決まりね。クロは屋上のエレベーターホールに後藤さんがいることは予想できないわ。だから、それは偽装ではありえない。もちろん、クロでもなければ、後藤さんを避ける必要もないしね」
【ぼっち】「わ、私、そんなにウザくないですよね…!?」
【千束】「その質問はウザいかな」
【かぐや】「議論は尽きたようですね。もう採決していいでしょう」
【盾子】「オッケー! お待ちかねの投票タイムだ!」
(待てよ… 今の発言で、明らかにおかしいところがあった。そうか。分かったぞ。クロが誰か、どうやって冴子ちゃんをコロしたのかも!)
【裕也】「待って! そのぼっちちゃんの証言は変だよ!」
【響子】「何かおかしなところがあるかしら。裕也くん」
【裕也】「だ、だって、クロは証拠の梯子と高枝鋏と一緒に、屋上までエレベーターで上がってきたんだよね。それで、ぼっちちゃんがいることに気づくとひき返した。で、でも、それなら先に屋上にひとがいるか確かめると思うんだ。それから屋上までエレベーターを喚ぶのが普通だよ」
【響子】「だから何? クロも完璧というわけではないでしょう」
【夢子】「これまで、クロの行動は完全に合理的だという前提で議論してきました。それを否定しては、今までの議論が無に帰すのではありませんか?」
【響子】「くッ…! なら、どうしてクロはエレベーターで屋上まで上がったと言うの」
(それは…)
【裕也】「クロはエレベーターで屋上まで上がったんじゃない。エレベーターでしか上がれなかったんだよ」
(クロの正体。それは…)
・人物指名
【裕也】「だって… クロは車椅子に乗ってたんだから。だ、だから、階段を使えなかったんだよ」
【響子】「それは…」
【裕也】「クロは明星ヒマリちゃん… 君だ」
【ヒマリ】「……」
【裕也】「そう考えれば、全部、説明がつくんだ。メモに隠し通路の暗証番号を正確に書いてたことも」
【拓海】「おいおい。暗証番号を知ることができたのは、明星、それに喜多川、霞ヶ丘、射守矢の4人なんだろ? 手前ェの首を絞めてるじゃねェか!」
【裕也】「う、うん… でも、クロにはそれ以上に、自分が容疑から逃れる自信があったんだ。今回の事件では隠し通路は扉の上に棚が載っていて使えなかったけど、もし隠し通路が使えたらどうなっていたか、考えてみて」
【真兎】「現場は密室。当然、クロは隠し通路から脱出したことになっただろうね」
【裕也】「そのとき、車椅子のヒマリちゃんは確実に容疑者から外れたはずなんだ。隠し通路は長い縦穴で、両手だけで下りられるものじゃなかったんだから。いわば、今回の密室はクロだけが容疑者から外れる心理的な密室だったんだ」
【海夢】「で、でも、それって結局、密室ってことなんじゃないの?」
【裕也】「ヒマリちゃんが、響子ちゃんが推理したみたいに、視聴覚室の外から冴子ちゃんをコロしたのは間違いないと思う… ただ、クロが誰かが違っていただけで…」
【ヒマリ】「お待ちなさい! 私が荷物用エレベーターを利用したと言うのですか? それができたのは、昨夜、荷物用エレベーターを稼働させた裕也さんたちだけでしょう。そもそも、私は裕也さんたちが荷物用エレベーターを稼働させることを知らなかったのです。利用できるはずがないではありませんか! しかも、犯行時刻には、裕也さんたちがこの地下の法廷に下りていたのでしょう? なら、裕也さんたちに気づかれずに、別個に荷物用エレベーターを稼働させることもできません!」
【詩羽】「あら。いきなり雄弁になったわね」
【フラウ】「ま、マジか、明星…」
【ヒマリ】「それなのに、どうして仰ったような計略を講じることができると言うのです! そもそも、美人薄命、才子多病。この病弱系天才美少女ハッカーの細腕では、冴子の体を吊りあげることもままなりません!」
【裕也】「に、荷物用エレベーターじゃなくても動力はあったんだ…」
(それは…)
【詩羽】「明星さん自身…?」
【千束】「車椅子に乗ってるひとは、意外と自分の体重を持ちあげるだけの腕力があるけど。さすがにそれは無理だよ」
【裕也】「ヒマリちゃんじゃなくて、ヒマリちゃんが乗ってる電動車椅子だよ。たしか、軽自動車くらいの馬力があるんだよね」
【ヒマリ】「あッ… ああッ…」
【裕也】「車輪を浮かせてロープの端を結びつければ… 巻上げ機の代わりになるんじゃないかな。これなら視聴覚室のすぐ外にいて、中の様子を伺うことができるし… 海夢ちゃんがタイミングを見計らった、っていうよりは、よっぽど現実的だよ」
【詩羽】「これはもう決まりね」
【ヒマリ】「まだ決着はついていません! クロが誰かは投票によります! 脚立と高枝鋏の証拠もありますし、冴子を罠にかけてコロす仕掛けが使われたことはいいでしょう。ですが、海夢と私のどちらがそれをしたのか、どちらがクロか。決選投票です!」
【裕也】「ひ、ヒマリちゃん… どうして脚立だって知ってるの?」
【ヒマリ】「はい?」
【裕也】「だって、響子ちゃんも海夢ちゃんも、ずっと梯子だって言ってるのに。クロが使ったのが梯子じゃなくて脚立だってことは、実物を見てないと、知りようがないよ」
【ヒマリ】「ああああァーッ!」
【裕也】「クロの行動を最初から説明するよ」
・クライマックス推理
「まず、クロは視聴覚室にある隠し通路を見つけた。これは江ノ島盾子が仕込んだものだ。クロは自分の特性と合わせて、この隠し通路に特別な使いかたをすることにしたんだ」
「クロは冴子ちゃんを被害者に決めると、視聴覚室におびき寄せる罠を仕掛けた。時間と場所を書いたメモを冴子ちゃんに拾わせたんだ。海夢ちゃんが書いたメモに見せかけてね」
「冴子ちゃんが視聴覚室に来る前に、クロは仕掛けをしておいた。棚の後ろにトランシーバーを置いておいた。そして、棚の周りに縄を巡らせておいたんだ。縄はくくり罠の要領で、一方を引けば輪が締まるようになっていた。その一方は換気口から部屋の外に出してあったんだ」
「夜、冴子ちゃんが視聴覚室にやって来る。そこでクロはトランシーバーのスイッチを入れた。冴子ちゃんは棚を動かして、その奥を覗く。その瞬間、クロは外に出た縄を引いた! 縄はモーターに結びつけてあって、一瞬で引けるようになってたんだ。縄の輪は冴子ちゃんに巻きついて、天井に吊りあげる。こうして密室殺人が完成したんだ」
「コロシを終えたあと、クロは換気口から高枝鋏を入れて、縄の余りを切断、犯行声明札を室内に入れた。完璧な密室殺人に見えるけど、むしろクロの狙いは他にあった。犯人が隠し通路から脱出したように見せかけて、自分だけ容疑者の枠から外れることだったんだ。隠し通路の扉の上に棚が載ったままだったせいで、その目論見は失敗したけどね」
「この方法で容疑者の枠から外れることができるのは、僕たちの中で車椅子に乗った1人だけ。縄を引くモーターも、その電動車椅子のものを使ったんだ。こんな複雑な犯行計画を立てて実行できるのは、【超高校級のプログラマー】明星ヒマリ… 君しかいない!」
*
画面で盾子が顔を紅潮させ、息を荒げる。
《はァはァ…♡ 裕也、カッコいい…♡ ホテルでオナニーしたら、マン汁が溢れて下の階から水漏れの苦情が来るくらいのオナネタができちゃった…♡》
ヒマリが正面を見据える。
「もう弁明することはありません。クロになる決意をしたときから、覚悟はできています」
「ヒマリ! どうして… アタシがなにかした!?」
海夢が涙声で訴える。
「いえ。学級裁判でクロが勝てば、クロ以外の全員がオシオキを受ける… 海夢に特別な恨みはありません」
画面で盾子が宣言する。
《よし! お前ら、投票タイムだ! 電子生徒手帳でクロだと思う生徒のアイコンを押しな!》
すでにヒマリは自白している。そのため、裕也たちは粛々と投票した。
・集計結果
明星ヒマリ 12票
棄権 2票
《投票の結果… 明星ヒマリさんがクロに決まりました! でもって正解だ! お前らの勝利!》
画面で盾子がクラッカーを鳴らす。紙吹雪と紙テープが画面に降りそそぐ。
詩羽が腕組みをして、ヒマリに視線を遣る。
「ゴホウビに釣られたのかしら? 裕也くんを独占したいのは分かるけれど、功を焦ったわね」
ヒマリは周囲を睨む。
「誤解なさらないでください。私は私利私欲のためにゴホウビを狙ったのではありません。もっとも優秀な女性が裕也さんと結ばれる。コロシアイ学園生活のこの理念に賛同したのです。ですから、勝負に敗れたことに… 悔いはありません」
《クロのヒマリさんには… オシオキを開始します!》
画面の下の壁が開き、盾子が現れる。
「おっと。お前ら、考えてから動けよ。これがなにか分かる? 首輪爆弾。こんな素敵なアクセサリーを、デスゲームのプレイヤーにだけ着けさせとくのはもったいないじゃん。ってことで、アタシくらいのオシャレ上級者になると、ゲームマスターのほうが着けちゃうわけ。ドミノピザとかピザーラとかの、次の制服に採用するといいと思うんだけど」
盾子は黒いチョーカーに手榴弾らしい物体を吊るしている。
自身を人質に取り、盾子は裕也たちのほうに歩みよる。
「2回戦の敗者は毒島と明星か。ま、寝取られマゾのアタシでも、裕也が身障の女と結ばれるのは気に喰わないから、さっさと退場してくれてよかったわ」
「あら。コロシアイ学園生活は多様性を重んじるんじゃなかったの?」
詩羽が挑発的な笑みを浮かべる。
「人種とか性別とか、多様性の割当てで配役された端役は途中で退場するもんッしょ。出番の終わった役者はとっとと田舎に帰りな! ノンステップバスに乗ってな!」
ヒマリは青ざめた顔で言う。
「裕也さん… これから私がどうなろうと、裕也さんと出会ったことに、この運命に、後悔はありません」
「それじゃ、オシオキターイム!」
盾子は看護師のようにヒマリの電動車椅子の後部を持ち、壁際まで押していく。ヒマリは蒼白な顔で唇を噛みしめている。
壁の開口部に10歳ほどの少年が現れる。少年は状況をよく把握していないらしく、挙動不審だ。顔立ちが整っているため、少女のようにも見える。
盾子はヒマリの車椅子を停めると、少年の背中を革靴の靴底で蹴る。
「ほら。さっさとやんな」
少年は躊躇するように周囲を見ていたが、おずおずとヒマリの車椅子の上に昇る。
「ひッ…!」
少年が近づき、ヒマリは怯えた表情で顔を逸らせる。
ヒマリの膝の上で、少年はサランラップを広げ、ヒマリの顔の前に張る。サランラップ越しにヒマリに顔を近づける。ついにヒマリが悲鳴をあげる。
「いやァーッ! やっぱり堪えられません! 裕也さァーん!」
地下の法廷にヒマリの絶叫が響く。だが、車椅子の上で、ヒマリは身動きがとれない。とうとう、サランラップを介して少年とヒマリの唇が触れる。
「うッ…」
ヒマリは涙の滲む目を見開き、口から吐瀉物を溢れさせる。
海夢は顔面蒼白になり、両手で自分の口を押さえる。膝が折れ、全身が小刻みに震えている。
「酷い… なんであんなことができるの…」
「狂ってやがる…」
拓海がつぶやく。平静を装っているが、顔面から血色が退いている。
気絶したヒマリの車椅子を、盾子が押していく。背中を蹴飛ばし、少年も追いたてる。去りぎわ、盾子がふり返る。
「そうだ。特別アイテムの隠し通路は今回の1回きりだから。アレはもう使えないようにしとくね。けど、今後も特別アイテムはステージに追加してくから。コロシアイ学園生活に役立ててね。残り12人… お前らの健闘を祈ってるよ!」
壁の開口部が閉じ、盾子たちが姿を消す。
響子が海夢に話しかける。
「喜多川さん… その、今回のことはごめんなさい」
海夢は俯き、響子と目を合わせない。
「ゴメン… 今は響子と話したくないかも」
海夢たちの様子を見て、夢子が楽しげにつぶやく。
「この状況… 殺られる前に殺れ、ということですか。いよいよコロシアイらしくなってきたではありませんか」
その嬉々とした声音を聞きつつ、裕也はなすべきことが分からず、呆然としていた。