よければ「クロ」が誰か、「コロシアイ学園生活」の真相はどういうものだったか、感想欄でお答えください。
巨大な昇降機が上昇していく。壁面は金網張りで、縦坑を移動するにつれ、坑内の照明が函内を照射する。
やがて、地響きのような震動とともに昇降機が停止する。裕也たちは昇降機を降りた。
学級裁判もついに第4回を数え、残る生徒数は7人まで減っていた。
3度目の事件では【超高校級のメカニック】神代フラウが【超高校級の暴走族】向井拓海を殺害。学級裁判でクロだと告発、処刑された。
4度目の事件では【超高校級の軽音楽部】後藤ひとりが【超高校級のピアニスト】豊川祥子を殺害。いま行われた学級裁判でクロだと告発され、処刑された。
海夢が遠くを見る目をする。
「クロだって名指しされてからのぼっちちゃん、すごかったねー… まさかギターを掻き鳴らしながら反論するなんて。『逆転裁判』の犯人の豹変みたいだったよ」
4度目ともなると、さすがに裕也たちも馴れを感じはじめていた。一方で、閉塞状況が続き、停滞に対する倦怠感も覚えていた。
かぐやが一同を見回す。
「残念ですが、また私たちの中からクロが出てしまいました。あらためて、今後のことを相談しましょう。よろしいですね?」
「いいわよ。相談というより反省会みたいだけど」
詩羽が笑い、軽口を叩く。
一同は食堂は移動した。裕也、海夢、かぐや、響子、詩羽、千束、夢子、真兎。その8人で長卓を囲む。当初の15人の大人数に対し、閑散とした眺めだ。
海夢が憤然とする。
「みんな、どうして裏切るんだろ。むしろ人数が減ってきたんだから、アタシたちの結束は強まってるはずじゃん! みんなで江ノ島盾子を見返してやろうよ!」
そう言い、グッと両手の拳を固める。
詩羽が細い指を顎に当てる。
「結束がどうこうというのは置いても… たしかに、人数の減ったこの状況でコロシを行うのは愚策よね。すでに好機は過ぎたわ。クローズドサークルを扱った推理小説なら、残りが2人になっても意外な犯人が待っているけれど、現実なら見えみえの犯人しかいないもの」
かぐやが卓上で両手を重ねる。
「霞ヶ丘さんの仰ることはもっともなように思います。もう私たちの中からクロが現れることはないものとして、一致団結すべきではないでしょうか」
「それはどうかなー」
真兎がスクールカーディガンのずり下がった肩で、天秤のように両手を上げる。
「どういうことでしょう。射守矢さん」
かぐやに尋ねられ、真兎は目を見開く。白目の中で黒目が孤立している。
「人数の問題だよ。四宮ちゃん。学級裁判は投票制でしょ? 誰かコロされて7人になれば、裕也くんを除いて、クロは3人で半数の票を押さえることができる。そうなったら学級裁判の審議なんて関係ない。なら、これからは誰と談合するかの多数派工作の勝負になる」
「それじゃ、アタシたちのあいだで仲間割れが起きるみたいじゃん!」
海夢がいきり立つ。
「そんなはずないよね!? 裕也クン!」
「う、うん…」
横から海夢に見られ、裕也は自信なさそうにうなずく。
真兎は飄々としている。
「だって、学級裁判でクロだって指名されたら、冤罪でも諸共に処刑されるんだから。コロシをするつもりがなくても、談合しておく意味はあるよ。2人くらいなら談合に引きこめるだろうし」
詩羽が指を唇に当てる。
「談合でなくても、たとえばアリバイ工作で票固めすることは考えられるわね。2人だけでも味方につければ、私たちがクロだと分かっていても、投票で指名することはできないわ。とくに喜多川さんなんて、簡単に騙されそうだし」
「それってどういう意味!?」
海夢が憤然とする。
夢子が微笑して言う。
「なんにせよ、油断は禁物です。一流のポーカープレイヤーは長時間のゲームに耐え、相手が油断するときを虎視眈々と待ちかまえているものですから」
「現実的に対応しましょう」
響子の冷然とした声が響く。黒い革手袋を嵌めた手を肘の下に入れ、固く腕組みしている。
「これ以降は2人1組で行動。夜も同じ部屋で寝る。この人数なら、その相互監視ができるはずよ」
千束が笑顔のまま突き放すように言う。涼やかな声だ。
「えー? 私は他のひとと寝るのは嫌だなー」
かぐやが固めた小さな両手を前に出す。
「ですが、霧切さんの提案は建設的です。決を採ってよいかと。賛成のかたは挙手してください」
詩羽が曲げた指を口元に当てる。微笑を浮かべて響子を見る。
「これでもし誰かがコロされたら、その相方がクロというわけね? けど、推理小説だったら、その状況なら犯人はかならず別人のはずだけど」
「これは現実よ。仮に誰かをコロすことができたとして、その上、自分の相方まで欺くというのは現実的じゃないわ」
響子は無表情で詩羽を見返した。
結局、千束と夢子が反対しただけで賛成多数だった。夢子は「私もプライベートな空間が欲しいですから」と微笑していた。
かぐやが話を進める。
「それで、ペアをどう作るかですが…」
「ぼ、僕は海夢ちゃんとがいいな…」
裕也がおずおずと言うと、場が静まりかえった。沈黙の中で、かぐやが言いにくそうに言葉を継ぐ。
「裕也さんは被害者になることがありませんし、ペアは女性陣のあいだだけで作るものと考えていたのですが…」
瞬間的に裕也は羞恥にかられる。10代の少女たちのあいだに30代の男性が1人だけいるのだから、裕也の発言は非常識としか言いようがない。当人である海夢も、両手をスカートのあいだに挟み、黙りこんでいる。裕也は醜態を晒していた。
夢子が婉然と言う。
「ですが、裕也さんを除くと7人で、奇数人になってしまいます。この際、裕也さんにもペアを組んでもらってはいかがでしょうか」
「いいわ。けれど、それならペアの組みかたも考えなおしたほうがいいわ。例えば、裕也くんと組む相手は当番制にするのはどうかしら」
こころなしか早口で詩羽が言う。
「まず大事なのは裕也くんの安全でしょ? 私がボディガードになったらいいんじゃないかな」
千束が鈴のような声で言う。
一斉に声があがり、長卓の周りが騒がしくなる。
「みなさん、待ってください。そもそもペアはクジで決めるべきです。裕也さんと組む相手のことを考えても、それが公平で…」
かぐやの言葉を裕也は遮る。
「ぼッ、僕は、それでも海夢ちゃんとが良い…!」
ふたたび場が静まる。裕也が海夢を見ると、満面を赤くして、裕也を見返している。
議長を務めるかぐやも無言でいる。ネコが尻尾を立てて固まったときのような表情で硬直している。
「分かったわ。あとは私たちでペアを作りましょう」
放心するかぐやに代わり、響子がそう言う。
結局、残るペアは響子と夢子、かぐやと詩羽、真兎と千束で組むことになった。これは協議で決まり、ほぼ相性による。
食堂を出ると、海夢が裕也を呼びとめた。両手を絡めていて、まだ頬が赤い。少女として背の高い海夢は、中年男性だが短身で小太りの裕也と、身長が並ぶ。
「ゆ、裕也クン。さっきはアタシを選んでくれて嬉しかったな…」
快活な海夢にしては、口調がはっきりしない。
「そ、そう…」
さきほど、裕也は30年間の生涯で最大の勇気を出していた。だが、今は安堵するばかりで、どう言葉を継げばいいのか分からなかった。
立ちつくす裕也と海夢を見て、響子が声をかける。
「あなたたち、夜はどうするの? 私たちはどちらかの部屋で寝るつもりでいるけど」
「え、えーと…」
「それなら裕也クンの部屋に泊まろうよ! アタシの部屋は下着とか出しっぱなしで、裕也クンに見られると恥ずかしいし」
海夢が言下にいう。
「そう。くれぐれも施錠は忘れずにね。私たちはどちらかが寝ているあいだに、もうひとりが部屋を抜けださないか監視する必要もあるのだけど… 裕也くん、分かっているわね」
「う、うん…」
返事をしたあと、遅れて、響子の言葉が海夢を監視しろという意味だと気づく。
「でッ、でも、海夢ちゃんがクロになるなんてありえないよ」
「その懸念を消すためにも、女子だけで相互監視したかったのだけど… まあいいわ」
響子は革手袋の手で両肘を掴むと、他所を向いた。
海夢は細い眉根を寄せる。
「ゴメン。今はアタシ、響子と一緒にいるのムリかも」
「謝らなくていいわ。そう思うのは当然よ」
そう言いつつ、響子は海夢と視線を合わせようとしない。
これまでの学級裁判で、響子はつねに海夢をクロだと指名してきた。その推理はつねに証拠と合理的な推論に基づくものだ。だが、後藤ひとりが真犯人の事件の審理で、また響子が海夢を犯人だと推理したことで、ついに我慢できなくなったらしい。
響子は無言で去っていった。
相互監視といっても、それほど厳格ではないらしい。裕也が見るかぎりでも、少女たちはほぼ好きに過ごしているようだった。
図書室に行くと、詩羽とかぐやがそれぞれ読書していた。
詩羽が裕也に顔を向ける。
「裕也くん。定石を踏んだわね」
そう言い、口元に手を当てて笑う。
「な、なんのこと?」
「だって、クローズドサークルものの推理小説で、ひとかたまりになって行動すれば次の犯行を防げるのに、なぜか単独行動をとるひとが現れるのは定石でしょう? べつに、喜多川さんは1人になったわけではないけれど」
「ご、ごめん…」
裕也はおずおずと謝罪する。17歳の少女に叱られ、気鬱そうにする中年男性のすがたは無様だ。
「しかも、夜は密室に2人きりでしょう。推理小説なら、喜多川さんの死体が発見されて、裕也くんに疑いが向くところよ。もっとも、これは私たちにも言えることだけれど」
「そのようなことが起こらないために、同じ部屋で寝ることにしたんでしょう」
かぐやが詩羽を窘める。斑入りの木目調の大机に着き、分厚い法律書を読んでいる。
「分かっているわ。冗談よ」
詩羽は小さく笑った。
午後10時になり、校内放送で江ノ島盾子の声が響く。
《は〜い。午後10時になりました。今から明日の朝7時までは夜時間で〜す。つーわけで、今からは大人の時間だから子供はとっとと寝ろ。児童売春で働かされる子供以外はな!》
裕也たち全員は個室の区画で顔を合わせる。裕也と海夢を除き、それぞれ2人1組で部屋に入っていく。
残された裕也と海夢は顔を見合わせる。同衾することの意味は明らかだ。海夢の顔は上気し、わずかに体も緊張している。
各々の個室の扉には表札が付いている。裕也の個室だけハートマークに「裕也」と書かれたコルクボードが下がっている。海夢と裕也は連れだって部屋に入っていった。
室内でたがいに正面に立つ。
海夢の顔が目前にある。鼻筋が細く、顎が小さい。大きな目は睫毛に縁取られている。薄い頬は紅潮し、赤みが差している。瞳は何度も濡れ、海夢は瞼を瞬かせていた。
「裕也クン。アタシ、嬉しい… 裕也クンに選んでもらえて、人生でこんなに幸せだったことないよ…」
「僕も… 海夢ちゃんと一緒になれて良かったよ」
裕也はすでに覚悟していた。
「決めたよ。このコロシアイ学園生活で僕は海夢ちゃんと一緒になる。誰か1人を選んで、永遠の時を過ごすことになるなら、その1人は海夢ちゃんがいい」
「裕也クン…」
海夢の大きな目から涙が零れる。
顔が近づき、唇が重なる。海夢の柔らかな唇を感じる。
そのまま裕也は海夢の胸に手を伸ばした。
だが、制服のシャツの膨らみに手が届く前に、室内に放送の声が響きわたった。
《コラ! 校則にコロシアイ以外の暴力は禁止、ってあるだろうが! 性暴力も暴力に含むからな! 18禁なことをしたら罰則の対象だぞ!》
裕也と海夢はとっさに体を離す。室内まで監視されているとは思わず、裕也は心臓が驚悸し、ドクドクと脈打っていた。
盾子の声は続ける。
《デスゲームものの映画にも名作と駄作があるだろ? 大根役者の女優がオッパイを見せて間をもたせる低予算映画が駄作だ! だいたい、低予算映画でオッパイを見せるような女優志望の女は最後にはポルノ女優になるんだから、そんなオッパイにはなんの価値もないわけ。喜多川は18禁のコスプレROMを作りたいなら、金に飽かして高い機材を揃えるしか能のない、ハゲでデブのオッサンとでもヤってろ!》
「もう、サイアク…」
海夢は指で目元の涙を拭う。
だが、すでに盾子の口上で性的な雰囲気は雲散霧消していた。
海夢は裕也に背を向ける。そのすらりとした後ろ姿を、裕也はただ見ているしかない。
「ゴメン。先にシャワー借りるね。アタシ、もう寝るから」
「う、うん…」
欲求不満を覚えたものの、裕也にはどうすることもできない。もし性交を強行しても、盾子は遠隔操縦のモノクマを派遣してくるだろう。
(まあ、このコロシアイ学園生活が終わるまでの我慢か…)
裕也はそう自分に言い聞かせた。そしてシャワーでひとり性欲を処理した。当然のように海夢を妄想していた。30歳の中年男性として、まったく情けないすがただった。
部屋に戻ると、すでに海夢はカーペットの上で、持参した布団にくるまっていた。
裕也は燠火のような性欲の疼きを抱きつつ、自身もベッドに入った。
その夜、裕也は夢を見た。夢に独特の、浮遊感のような半醒半睡から意識が定まっている感覚とともに瞼を開く。
依然として個室のベッドで寝ている。だが、盾子がベッドに両手を着き、裕也に覆いかぶさるようにしている。パーマのかかったツインテールが裕也の顔の両脇に垂れている。
個室は裕也自身が施錠した。だからこれは夢だ、と裕也は理解する。
盾子の端整な顔が間近に迫っている。熱い吐息を吹きかけるようにして、盾子は囁く。
「あんたも分かってるッしょ? これが夢だって。今このときじゃない。このコロシアイ学園生活そのものが。かわいい女の子たちにチヤホヤされて、みんなから必要とされて。現実のあんたは誰からも必要とされない人間だもんね?
他の超高校級の才能の持ち主とは違う。未来も才能も何もない。ただいい齢だからってだけじゃない。ただ凡人だからってだけじゃない。あんたには何もないんだから。若さと天才で、輝かしい将来のある超高校級の女の子たちが相手にするはずがない。
この学園の外で、今ここにいる女の子たちはあんたのことなんか誰も顧みない。あんたはその他大勢のひとりなんだから。だからひとりで孤独に生きて、孤独に死んでいくんだよ。だから、この学園を出ることなんか考えないで。ずっとこのコロシアイ学園生活を続けよ?♡」
瞼が重くなり、裕也はふたたび目を閉じる。
次に目を醒ましたとき、裕也は全身に寝汗をかいていた。目覚めが悪い。頭に鉛を流しこんだような鈍重感がある。
枕元の時計を見ると、すでに午前7時を過ぎていた。点呼をとる午後8時まで間もなくだ。
(酷い悪夢を見た…)
脱力感を覚える。海夢を探すと、まだ床の上で布団にくるまっている。
裕也は重い体を動かし、両足をベッドから下ろす。立ちあがり、海夢のもとに屈みこむと、その肩を揺らす。
「起きて。海夢ちゃん。みんな待ってるよ」
だが、海夢の体に抵抗がない。海夢はゴロンと仰向けに転がる。裕也の顔を見上げ、苦しげに微笑する。パジャマの前の全面がピンク色のペイントで汚れている。腹に「射殺」と書かれた犯行声明札を抱えている。
「ゴメン、裕也クン。アタシ、コロされちゃった…」
「うわあああァーッ!」
裕也は絶叫した。
間もなく、廊下に数人の足音が駆けつける。扉が激しく叩かれる。
「裕也くん、どうしたの!? ここを開けて!」
ドアノブを回し、前後に動かすガチャガチャという異音がする。
蹌踉とした足どりで裕也は立ちあがり、個室の扉を解錠する。
たちまち少女たちが室内に雪崩こんでくる。仰向けに伏した海夢を見ると、少女たちは足を止めた。
校内放送が響く。
《マイクテス、マイクテス。死体が発見されました。捜査の時間はいつもどおり1時間。モノクマファイルはもう送信してあるから。というわけで、1時間後に学級裁判を開廷するから。お前ら、気張っていけよ!》
スピーカー越しに盾子が朗々と言う。最後に接続の切れるブツッという音がする。
だが、裕也は脱力したままだった。これまで裕也はコロシアイ学園生活でずっと受け身でいた。海夢を選ぶということは、はじめて裕也が自身の意志でしたことだ。そのため、実質的に、これがはじめて裕也がコロシアイ学園生活でこうむった被害だった。
放心している裕也に響子が声をかける。
「時間がないわ。はやく捜査しましょう」
「僕はいいよ… 海夢ちゃんもリタイアさせちゃったし、僕なんか役に立たないよ」
響子は目を細め、薄い色の瞳に鋭気を湛える。
「そんなことはないわ。これまでの学級裁判であなたがいなければ、私たちは全員オシオキを受けていたわ。あなたが私たちを助けてくれたのよ。裕也くん」
「そ、そうかな…?」
裕也が顔を上げる。30歳の中年男性が16歳の少女に励まされるさまは不甲斐ないが、裕也にその自覚はない。
「ええ。よければ、私にあなたの助手をさせてくれないかしら。べつに、喜多川さんの代わりというわけではないのだけど」
「じょ、助手か…」
【超高校級の探偵】である響子が助手につくということに、裕也は自尊心を擽られた。ようやく重い腰を上げ、立ちあがる。
「まずはモノクマファイルを確認しましょう」
響子に促され、裕也は個室にあるタブレット端末を起ちあげる。
《検死報告:被害者は喜多川海夢。死因は射殺。死亡推定時刻は2時から3時のあいだ。特記事項なし。》
「2時くらいか…」
裕也は独りごちる。
「なにか気づくことはあった?」
「ううん。熟睡してたから」
悪夢のことは話さず、裕也は答える。
「あ。でも、僕が寝てたのにクロはどうやって部屋に鍵をかけたんだろう」
ゲームなら主人公である裕也が疑われ、窮地に立つ状況だ。だが、響子たちは全員が裕也に好意を抱き、疑心はもっていない。
響子は革手袋をした手を顎に当てる。
「外から施錠するには電子生徒手帳が必要だわ。裕也くんが施錠したのでないなら、考えられることはひとつ。喜多川さん自身が施錠したのよ」
「どういうこと?」
「クロに襲撃されて、室内に避難。自分で施錠した。けど、死亡の判定を受けた、ということね。凶器の拳銃はクロからもぎとったのでしょう」
裕也はうなずく。
「一応、聞くけど、電子生徒手帳は持っているわね」
「うん。そこにあるよ」
裕也はベッドの脇にあるデスクから電子生徒手帳を取ってくる。まだデスクには誰も近づいていない。
「まだすり替えられた可能性が残っているわ」
そう響子に言われ、個室の扉を施錠できるか確認する。さらに響子は天井のほうを見上げ、声をあげる。
「電子生徒手帳に予備があるということはないわね? 江ノ島盾子」
スピーカーの声が答える。
《電子生徒手帳の再発行を申請できるのは、渡された本人だけだ。知りたいなら裕也に聞きな》
無論、裕也は電子生徒手帳の再発行など頼んでいない。
部屋に戻り、死体役として倒れている海夢のもとに屈みこむ。すでに海夢は目を閉じていて、周囲を見ていない。
(僕は海夢ちゃんと結ばれるつもりでいたのに… クロのやつ、今度だけは許さないからな!)
裕也は自分勝手な理由で憤る。
そのとき、「射殺」の犯行声明札の下に、もう1枚、札があることに気づく。取りあげると、その札には「毒殺」と書かれていた。
(あれ。でもモノクマファイルでは死因は射殺ってなってたよな。なら、なんで関係のない犯行声明札があるんだ…?)
不思議に思い、隣の千束を見る。千束は片膝を立てて屈み、不思議そうに拳銃をあらためている。拳銃は手のひらに収まるほど小型のものだ。
「裕也くん、本当に何も気づかなかったの?」
「う、うん…」
「変だな。だって発射されるのはペイント弾だけど、これは実銃だからね。銃声が聞こえないはずないと思うんだけど」
「で、でも、小さな拳銃でしょ? 銃声も小さいから、寝てて気づかなかったんじゃないかな」
千束は冗談を聞いたように、目を閉じて笑う。無邪気な笑みだ。
「銃声は弾が発するんだから、銃は関係ないよ。むしろ、銃が小さいほど音が洩れるんだから」
「そッ、そっか…」
裕也はすごすごと引さがった。アニメやマンガで銃撃戦はよく見ているものの、実際の銃器には無知だ。
かぐやが裕也のもとに歩みよる。
「少々よろしいでしょうか。全員のアリバイを確認したので、裕也さんにお伝えしたいのですが」
手元に黒い表紙の手帳を携えている。
「ほッ、本当?」
「はい。少しでも裕也さんのお役に立てればと思いまして。私は物事を整理するのは得意ですが、裕也さんのような発想力はありません。ですので、せめてお手伝いできればと」
「う、うん。報告して」
裕也は褒められて気を良くした。鼻息を押さえつつ、小柄なかぐやに命令する。
「はい。まずは私ですが、御承知のとおり、霞ヶ丘さんと昨夜の午後10時から今朝の午前6時半ごろまで霞ヶ丘さんの部屋にいました。なお、私はたしかに昨夜の午前2時20分ごろ、なにかの破裂音を聞いています。それで目を覚まして、時刻を確認したので確かです。自分で言うのもなんですが、私と霞ヶ丘さんのアリバイは確実かと」
「で、でも、どっちかが寝てるときに部屋を抜けだしても分からないんじゃないの…? だ、だって、かぐやちゃんも銃声を聞いたのに、詩羽ちゃんは気づかなかったって」
かぐやはうなずく。
「はい。私が部屋を出なかったことには理由があります。部屋の扉には紙で封をして、開けば破けるようにしておいたんです。紙にそれぞれサインをしましたから、貼りなおすこともできません。いわば封緘ですね」
「そ、そっか…」
賢明なかぐやと詩羽らしい措置だ。
「もっとも、それがなくても用心して、部屋の扉を開けることはなかったかもしれませんが。次に錦木さんと射守矢さんですが、昨夜の午後10時から今朝の午前7時過ぎまで、錦木さんの部屋を出ていないそうです。最後に霧切さんと蛇喰さんですが、やはり昨夜の午後10時から今朝の午前7時前まで、蛇喰さんの部屋を出ていないそうです。気づいたことがないかも聴取しましたが、芳しい答えはいただけませんでした」
そう言い、手帳を閉じる。
裕也の心に疑問が萌す。
(あれ? 僕の部屋が密室だったのはいいとしても、もしかして、誰も自分たちの部屋から出ることができなくて、結局は密室だった…?)
思案する裕也のほうに、夢子が背中で両手を組み、頭を突きだす。艷やかな長い黒髪が揺れる。
「裕也さん。喜多川さんが脱落してしまい、お困りではありませんか? もし助手が必要なら、私など御用命いただければ、お役に立てると思いますが…」
助手の志願者が殺到している。裕也は喜悦を感じそうになるのを堪える。
「夢子ちゃん。夕べ、響子ちゃんが部屋を出てないのは確かなんだよね」
「ええ」
と、夢子はにこやかにうなずく。
「寝る前に私と霧切さんで、バリケードになるように、ベッドを扉の前まで移動させておいたんです。2人がかりでないと動かせませんから、中から外に出ることもできません。何より、そのベッドで寝ていたんです。ベッドが動かされたら、さすがに起きていたでしょう」
「響子ちゃんと夢子ちゃん。2人とも同じベッドに寝てたの?」
裕也は美少女2人が同衾する光景を想像し、ひそかに興奮した。
「ええ。霧切さんは意外に寝相が悪くて… 私も寝乱れてしまいました♡」
夢子は媚びを含んだ口調で言う。
「もっとも… それがなくても、霧切さんが喜多川さんをコロスのは不可能なのではありませんか? 最近、おふたりは仲が悪かったでしょう。深夜、霧切さんが喜多川さんを訪ねたとして、喜多川さんが迎えいれるとは思えません」
「それもそっか…」
裕也は納得した。
近くにいた千束にも同様のことを尋ねる。
千束は一笑した。鈴のような声で言う。
「これでも暗殺者だからね。部屋に誰かが出入りして、気づかないわけないよ。すぐ起きるって。片目を開けて寝てるからね。って、冗談だよ」
「そっか…」
裕也は戸惑った。
(でも、それなら誰にもコロシはできないことになるよな…)
ただでさえ当惑しているところに、さらに響子が声をかける。
「この部屋のゴミ箱からこれを見つけたわ」
そう言って薬瓶と注射器を見せる。瓶は貼られたラベルに化学式が書かれている。
「ぼッ、僕、そんなの知らないよ!」
裕也は慌てて弁解する。響子は冷静なままだ。
「ええ。誰かが捜査中に捨てたのでしょうね。もちろん、喜多川さんが捨てたということも考えられるけど」
響子の言葉に、裕也は狼狽する。仮に被害者でなくとも、海夢を疑うことはありえなかった。うろたえる裕也を無視し、響子は続ける。
「バルビツール酸系睡眠薬よ。裕也くん、心当たりはないかしら」
「そういえば、昨日は眠りが深かった気もするけど… 悪夢を見ても起きられなかったし。でも、注射器は?」
「部屋にペットボトル入りのミネラルウォーターを置いているわね。夕べも飲んだかしら」
「う、うん… いつも調理室の倉庫から持ってきてるから」
「蛇喰さんもそうしていたわ。おそらく、注射器でペットボトルに睡眠薬の溶液を注入したのでしょうね」
「でも、いつの間に…」
「夜に動きやすくなるように、昼間のうちに仕込んでおいたのよ。この部屋だけじゃなく、他の個室のペットボトル飲料にも仕込まれているかもしれないわね。でも、だとすると… 裕也くん、状況を確認してもいいかしら」
響子は少女たち全員のアリバイを確かめた。得心したようにうなずく。
「クロが誰か分かったわ。裕也くんも、もう分かっているわね」
「う、うん…」
(全然分かってないけど…)
内心で裕也は独りごちる。
スピーカーから盾子の声が響く。
《お前ら! 楽しい学級裁判の時間だ! 全員、エレベーターホールに集合しろ!》
「クロ」が誰かはメタ読みできると思います。ですが、例によって学級裁判は二転三転するので、どうぞご期待ください。