「相談がある」
エスデス直属部隊の控室に入った瞬間、三つの視線がこちらへ向いた。
リヴァは作戦書から目を上げ、ニャウは笛を指先で回し、ダイダラは斧の刃を布で磨いている。
普段なら、あまり長居したい部屋ではない。今日は別だ。背に腹は代えられない。
「殿下が我らに相談とは、珍しいですな」
「またエスデス様に何かされたの?」
「戦いなら俺も混ぜろよ」
「戦いではない。だが、俺の中では戦場だ」
三人の顔が、少しだけ近づく。
俺は息を吐いた。
「エスデスに誘われた。危険種の背中に乗って空を飛ぶデートだ」
沈黙。
最初に口を開いたのはダイダラだった。
「面白そうじゃねえか!」
「君とは一生分かり合えない」
「エスデス様らしくていいじゃん」
ニャウが笑う。
リヴァだけは、少し考え込んだ。
「では、軍務を理由に延期してはいかがでしょう。帝国の急務であれば、エスデス様も一考なさるはず」
「まともだな」
俺は目を閉じる。百通りの未来が開いた。
数秒後、こめかみを押さえる。
「駄目だ」
「どうなりました」
「エスデスが『ならば空から視察しよう』と言う。俺は危険種の背中で書類を読まされる」
ニャウが吹き出した。
「それ、ちょっと見たい」
「さらにリヴァ、お前も別の飛行型危険種に乗せられる」
「……私もですか」
「ああ。空中で報告書を読み上げる。風圧で聞こえず、エスデスに『腹から声を出せ』と言われる」
リヴァの顔から、軍人らしい余裕が消えた。
「軍務案は、再考しましょう」
「ようやく真面目になったな」
ニャウが軽く手を上げる。
「じゃあ隠れちゃえば? 殿下の服を着せた人形を置くとか」
「悪趣味だが、一応見る」
未来が走る。
すぐに終わった。
「最悪だ」
「えー、どうして?」
「人形を見たエスデスが笑う。『私から逃げるとは、いい度胸だ』と言う」
「ありそうだねぇ」
「そこから本気の捜索が始まる。そして人形を用意したのがニャウだとバレる」
ニャウの笛が指から落ちた。
「……え」
「共犯扱いだ。その後、お前は危険種の尻尾に括られ、逃亡劇の演出曲を吹かされる」
「やだ! 絶対やだ! 見る側がいい!」
「最低だが正直だな」
ダイダラが鼻を鳴らす。
「面倒くせえ。嫌なら嫌って言やいいだろ。駄目なら根性で乗れ」
「根性で高度は下がらない」
「男なら耐えろ」
「見るぞ」
未来は、すぐに氷の色で染まった。
「失敗だ。俺が嫌だと言うと、エスデスが『ならば慣れさせる』と言う」
「訓練か?」
「デート前に飛行訓練が追加される。しかもダイダラ、お前が呼ばれる」
「俺が?」
「危険種の背でバランス訓練。途中でエスデスが『実戦感覚が足りない。斧を振れ』と言う」
ダイダラの手が止まった。
「空中でか?」
「空中でだ」
「……それは違う。俺は地面の上で強い奴とやりてえ」
「常識が戻ってきたな」
三人の空気が変わった。
自分たちも巻き込まれると分かった途端、ようやく目が本気になる。
リヴァが作戦書を閉じた。
「殿下。止めるのではなく、内容を変えましょう」
「内容を?」
「名目を飛行型危険種の生態確認にする。殿下は地上の監視台から視察。エスデス様は実地確認」
ニャウが笛を拾う。
「僕が音で危険種の気を引いて、低空に留める。尻尾は嫌だし」
ダイダラが斧を肩に担ぐ。
「暴れたら俺が抑える。地上ならな」
「ようやく会議らしくなってきた」
未来を見る。
今度は少しだけ、色がましだった。
「二十七通りで生存率が上がった」
「低くない?」
「俺にとっては大幅改善だ」
その時、部屋の温度が下がった。
リヴァが背筋を伸ばし、ニャウの笑みが引きつり、ダイダラが斧を握る。
足音が近づく。
俺は最後に未来を開いた。
百通り。
全部、空だった。
「……全部バッドエンドだ」
扉が開く。
エスデスが、満足そうに立っていた。
「ここにいたか、第一皇子」
「人違いだ」
「顔も声も同じだ」
「今日は別人ということで」
「無理があるよ」
「ニャウ、黙れ」
エスデスの視線が三獣士をなぞる。
「何を話していた」
リヴァが迷いなく答えた。
「殿下が、危険種飛行についてご相談を」
「正直すぎる!」
エスデスの目が輝く。
「三獣士も同行するか」
三人が同時に固まった。
「お前たち、今こそ忠義を見せる時だぞ」
「エスデス様の命とあれば」
「僕、本当に?」
「地上ならいいんだけどな……」
「崩れるのが早い!」
エスデスが俺の腕を取る。
「まずはお前だ」
「まずは、という言葉が怖い」
「危険種は外に待たせてある。空は晴れているぞ」
「俺の未来は曇天だ」
城外には、巨大な飛行型危険種が翼を広げていた。
風圧で髪が乱れる。
「確認する。これはデートか?」
「ああ」
「規模が遠征なんだが」
「私と行くなら同じだ」
百通り見た。
やはり全部、空にいた。
「……全部バッドエンドだ」
エスデスは笑う。
「なら、一番面白いものを選べ」
「それをデートの誘い文句にするな!」
危険種が跳ねる。
足場が消える。
胃が浮く。
「高度は低めで頼む!」
「慣れるまではな」
「慣れさせる前提かああああ!」
帝国改革より、デートの方が命懸けだった。