※この作品はR-18です。

皇帝が変える   作:ボルメテウスさん

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結婚後の悩み

# 本文:既婚者に聞く、結婚後の生存戦略

 

「ボルス、少し聞きたいことがある」

 

休憩室に入ると、ボルスは茶器を並べているところだった。

大柄な体に、例の不気味なマスク。知らない者が見れば、まず一歩引く。だが手つきは驚くほど丁寧で、湯気の立つ茶をこぼさないよう、慎重に器へ注いでいた。

 

向かいの席では、ランが資料に目を落としている。

 

「えっ、私にですか?」

 

ボルスがこちらを見る。声はいつも通り控えめだった。

 

「ああ。既婚者としての意見が聞きたい」

 

茶器の音が止まった。

 

「既婚者として、ですか?」

 

ランが資料から顔を上げる。

その目が、少しだけ興味を帯びた。

 

「それは興味深いですね」

 

「ラン。その顔はやめろ。観察対象を見る目だ」

 

「否定はしません」

 

「否定してくれ」

 

椅子に座ると、ボルスがそっと茶を置いてくれた。胃に優しそうな香りがする。ありがたい。最近は茶の種類だけで、自分の体調を心配されている気がする。

 

「それで、結婚について……ということでしょうか?」

 

「そうだ」

 

「おめでとうございます!」

 

「まだ何も決まっていない!」

 

ボルスが慌てて頭を下げる。

ランは涼しい顔で頷いた。

 

「ですが、候補は多い」

 

「候補と言うな。包囲網だ」

 

「言い換えても状況は変わりません」

 

「正論で刺すな」

 

ボルスは困ったように茶を追加した。

 

「け、結婚生活で大切なのは、相手を思いやることだと思います。疲れている時ほど、きちんと話を聞くこと。無理を隠さないこと。それから……帰る場所を大切にすること、でしょうか」

 

「帰る場所か」

 

「はい。私も、妻と娘が待っていてくれるから、戻ろうと思えます。任務で何を背負っていても、あの場所だけは……私にとって、大切なんです」

 

その言葉は、思ったより静かに胸へ入ってきた。

ボルスの声には、飾りがない。過去を忘れたわけではない。それでも守りたい場所がある。そういう響きだった。

 

「良い話だな」

 

「ありがとうございます」

 

「殿下の場合、帰る場所が複数発生する可能性があります」

 

「ラン」

 

「はい」

 

「せっかくの良い話を、現実で殴るな」

 

ランは紙を一枚取り出した。

 

「皇族の婚姻となれば、個人の感情だけでは済みません。席順、警備、派閥、式典後の権力バランス。どれも火種になります」

 

「結婚式に火種という言葉を使いたくない」

 

「使いたくなくても、発生します」

 

「発生するな」

 

「例えば、誰を上座に置くか」

 

胃が、きゅっと鳴った気がした。

 

「やめろ。見える」

 

百通りの未来が勝手に開く。

白い式場。並ぶ席。静かすぎる視線。料理の量で張り合う影。警護名目で作られる検問所。余興のはずが訓練になる光景。空から危険種で現れる誰か。

 

目を開けた。

 

「……結婚式で戦争が起きそうで怖い」

 

ボルスの手が止まる。

 

「せ、戦争ですか?」

 

「百通り中、七十六通りで戦争。残り二十四通りは冷戦だった」

 

ランが真顔で頷く。

 

「戦争よりはましですね」

 

「結婚式の評価として最低だ」

 

「では、事前に式典管理計画を作りましょう」

 

「作るな」

 

「逃走経路も必要です」

 

「少し欲しい」

 

「殿下……」

 

ボルスの声が、心配で湿った。

そんな目で見るな。俺も自分で情けないと思っている。

 

ランは筆を取り、さらさらと紙に書き始める。

 

「第一次婚礼安定化計画」

 

「戦争前夜みたいな名前にするな」

 

「分かりやすさは重要です」

 

「柔らかくしろ。結婚式なんだから」

 

ボルスがおずおずと手を挙げる。

 

「幸せな結婚式作戦、などは……」

 

「採用」

 

「柔らかすぎます」

 

「柔らかくていいんだ!」

 

ランは少し考え、紙の端に小さく追記した。

 

「副題として採用します」

 

「主題を変えろ!」

 

ボルスが新しい茶を淹れてくれる。

湯気が、疲れた目にやけに優しい。

 

「殿下なら、きっと何とかできますよ」

 

「ボルス」

 

「はい」

 

「今の言葉だけが救いだ」

 

「では、想定される火種を百項目ほど洗い出します」

 

「救いが消えた」

 

ランの筆は止まらない。

ボルスは静かに茶菓子を添える。

 

俺は胃を押さえながら、深く息を吐いた。

 

「俺は既婚者の話を聞きに来ただけだったはずなんだが」

 

「その結果、必要な課題が見えました」

 

「帝国改革より、婚礼改革の方が怖い」

 

休憩室の外で、誰かの足音が止まった気がした。

机の上には、ランの書いた紙。

 

**第一次婚礼安定化計画

副題:幸せな結婚式作戦**

 

嫌な予感がする。

百通り見なくても分かった。

 

この紙は、絶対に外へ出してはいけない。

 

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