※この作品はR-18です。

皇帝が変える   作:ボルメテウスさん

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百通りの未来と、六人の花嫁候補

 帝都は、思っていたより静かだった。

 

 焼け落ちた未来を何度も見た。血の匂いが石畳に染み、玉座が空っぽになり、笑う者さえいなくなる未来もあった。けれど今、窓の外には市場の声があり、兵士の足音があり、誰かが朝食の値段で店主と揉めている。

 

 救えた、のだと思う。

 

 少なくとも、この国はまだ生きている。

 

「殿下。最後の議題です」

 

 ランの声で、俺は現実へ引き戻された。

 

 大会議室。長机の上には、復興政策、軍再編、暗部運用、地方官の監査報告。大臣が失脚してから積み上げてきた仕事の成果が、紙の山になって並んでいる。

 

「珍しく良い流れだったのに、最後という言葉で嫌な予感がした」

 

「第一皇子殿下の婚姻問題です」

 

「解散」

 

「まだ始まっていません」

 

 椅子を引こうとしたところで、背後にいたブラートが笑った。

 

「ハハハ! ついに来たか!」

 

「来なくていい」

 

 タツミは困った顔で俺を見ている。ラバックは机に両手をつき、すでに目が赤い。ウェイブは、クロメの件で受けた尋問を思い出したのか、静かに視線を逸らしていた。

 

 ボルスだけが、そっと茶を置いてくれる。

 

「で、でも、結婚は悪いものではありませんよ」

 

「ボルス。その一言だけで今日は生きられる」

 

「候補者は六名です」

 

「ラン。救いを即座に消すな」

 

 ランは遠慮なく名を読み上げた。

 

 アカメ。レオーネ。チェルシー。エスデス。セリュー。メズ。

 

 名前が一つ増えるごとに、俺の胃は一つずつ沈んだ。

 

「六名って、皇族ってすごいな……」

 

「タツミ、羨ましいなら代わるか」

 

「いや、顔色見たら遠慮する」

 

「賢い」

 

 ラバックが机に額を打ちつけた。

 

「一人でいいから寄越せ……いや、でもこの面子は怖え……!」

 

「ようやく分かってくれたか」

 

 その時、扉が開いた。

 

 まずアカメが入ってきた。無駄のない足取りで、俺の近くに立つ。次にレオーネが肩を回しながら現れ、にやりと笑った。チェルシーはいつからいたのか、窓際で飴を揺らしている。セリューは背筋を伸ばし、メズは楽しそうに目を細めた。

 

 最後に、室温が下がる。

 

 エスデスが来た。

 

「面白い会議をしているな」

 

「面白くない。かなり切実だ」

 

「候補か。足りんな」

 

「最初から戦争を始めるな」

 

 レオーネが俺の背に手を置いた。

 

「ま、逃げなかっただけ偉いじゃん」

 

「逃げる未来は全部失敗した」

 

「だろうね」

 

 チェルシーが小さく笑う。

 

「逃げ道を公式に減らしたわけね」

 

「違う。いや、違わない気もするが、言い方を柔らかくしろ」

 

 セリューが力強く頷いた。

 

「正式な候補であれば、殿下の警護計画も正式に――」

 

「候補と警護を直結させるな」

 

「小規模なら!」

 

「規模の問題ではない」

 

 メズが机の端に指を置き、こちらを覗き込む。

 

「候補って、困らせてもいい立場?」

 

「絶対に違う」

 

「ふふ、残念」

 

 アカメは何も言わなかった。

 ただ、少しだけ近づいた。

 

「候補なら、近くにいていい?」

 

 ずるい聞き方だった。短くて、静かで、断る未来がどこにもない。

 

 俺は目を閉じた。

 

 百通りの未来が開く。

 

 一人を選ぶ未来。誰も選ばない未来。逃げる未来。帝国のために感情を殺す未来。誰かを傷つけてしまう未来。誰も傷つけまいとして、自分が壊れる未来。

 

 どれも完璧ではなかった。

 

 けれど、昔よりはずっとましだった。

 帝都は燃えていない。死ぬはずだった者が歩いている。クロメとウェイブが並ぶ未来もある。ボルスが家族のもとへ帰る未来もある。タツミたちが笑う未来もある。

 

 そして、どの未来でも、俺の隣には誰かがいた。

 

 目を開ける。

 

「花嫁候補は、この六人とする」

 

 ラバックが椅子から転げ落ちた。

 

「言ったああああ!」

 

「うるさい」

 

「だが、今すぐ誰かを選ぶわけじゃない」

 

 会議室が静かになる。

 

「俺は、誰かを帝国の道具として選ぶつもりはない。誰かの好意を、都合よく使うつもりもない」

 

 チェルシーの目が少し細くなる。

 

「言うようになったわね」

 

「言わないと、逃げたことになる」

 

 アカメは小さく頷いた。レオーネは満足そうに笑い、セリューは胸に手を当てた。メズは、困った顔を見つけた子供みたいに目を輝かせる。

 

 エスデスだけは、まっすぐ俺を見ていた。

 

「逃げないか」

 

「逃げたい」

 

「正直だな」

 

「だが、逃げると悪化する。だから時間をくれ。逃げるためじゃない。ちゃんと向き合うために」

 

「面白い」

 

 エスデスが笑った。

 

「その時間で、私を選ばせてみせよう」

 

「だから勝負にするな」

 

 ランが紙を取る。

 

「では、候補期間の制度設計を――」

 

「今は作るな!」

 

 夜。

 

 会議を終え、俺はバルコニーに立っていた。

 帝都の灯りが、遠くまで続いている。静かな平和ではない。面倒で、騒がしくて、胃に悪い平和だ。

 

「……この世界は、最後まで混沌としているな」

 

「今さら?」

 

 背後からチェルシーの声。

 振り返ると、全員がそこにいた。

 

「逃げるなら早めにしな」

 

「でも、逃げたら追う」

 

「殿下の安全確保です!」

 

「困った顔、また見せてね」

 

「逃げてもいい。追う楽しみが増える」

 

 誰一人、俺を休ませる気がない。

 

 それでも、不思議と悪くはなかった。

 

「まあ、死ぬよりはましか」

 

 そう呟いた瞬間、エスデスが笑う。

 

「では、次は空中散歩だな」

 

「前言撤回。やはり命が危ない」

 

 笑い声が夜風に混ざった。

 

 悲劇は避けた。

 だが、修羅場は避けられなかった。

 




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

正直なところ、ここまで多くの方に読んでいただけるとは思っていませんでした。
お気に入り数が増えていくたびに驚き、感想や反応をいただくたびに、続きを書く力をもらっていました。

原作の悲劇をどう避けるか。
そして、避けた先で主人公がどんな騒動に巻き込まれるのか。

そんな勢いで始めた物語でしたが、気づけば帝国も、ナイトレイドも、イェーガーズも、そして主人公の胃も、随分と賑やかなことになりました。

最後まで彼が平穏を手に入れたとは、とても言えません。
けれど、死ぬはずだった誰かが生きて、敵だった誰かが笑い、失われるはずだった未来が少しでも明るくなったのなら、この物語らしい終わり方になったのではないかと思います。

ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。

お気に入り、評価、感想、すべてが励みになりました。
この作品を追いかけてくださった方々に、心から感謝します。

また別の物語でもお会いできれば嬉しいです。
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