「おい、第一皇子。死んだか?」
執務室の扉が、返事を待たずに開いた。
朝の冷えた空気と一緒に、白い軍服が入ってくる。磨かれた長靴の音が、床に散らばった書類を踏まないぎりぎりの位置で止まった。軍帽の下からのぞく青い髪。氷のように澄んだ瞳が、机に突っ伏した俺を見下ろしていた。
「死んでいたら返事はしない」
「なら生きているな。つまらん」
「将軍閣下。皇族の安否確認にしては物騒すぎる」
「私なりの気遣いだ」
エスデスは悪びれもせず、窓際の椅子に腰を下ろした。そこは本来、来客用ではない。俺が疲れた時に短い仮眠を取るための場所だ。彼女はそれを知っている。知っていて奪う。
机の上には、地方官の処分案、危険種の討伐報告、帝都周辺の不審な資金移動。ついでに、大臣が昨夜の宴で使った食材の一覧まである。牛一頭ならまだ分かる。なぜ香辛料の量が小さな村を越える。
「また妙な顔をしている」
「国の未来について考えていた」
「嘘だな。お前は今、あの太った大臣の食費で頭を抱えていた」
「……なぜ分かる」
「顔が戦場より険しい」
笑った、というほど柔らかくはない。だが口元がわずかに動いた。エスデスは、俺を殺そうとはしない。少なくとも今は。
弱い。
彼女から見れば、俺はそういう生き物なのだろう。剣を取れば一合で床に転がる。軍を率いれば、力押しでは勝てない。帝具を持っていても、正面から戦えば氷漬けになる未来が百通り中、百通り見える。
それでも、この女は俺を退屈とは呼ばなかった。
「昨日の件だが」
エスデスが足を組む。
「東区の粛清命令。お前が止めたな」
「人聞きが悪い。再調査を命じただけだ」
「結果、私の部隊は半日待機。反乱分子は逃げず、証拠は出た。ついでに無関係な住民も死ななかった」
「理想的な結果だ」
「不愉快なほどにな」
机に置いた羽ペンが、指先でかすかに転がった。
氷の殺気はない。ただ、視線だけが鋭い。狩人が、森の奥で見慣れない足跡を見つけた時の目だ。
「お前は弱い。だが、なかなか尻尾を出さない」
「皇族に尻尾があったら大事件だな」
「そういうところだ」
エスデスは椅子の背に身を預けた。
「怯えているくせに、退かない。勝てない相手の前でも、負け方だけは選ぶ。殺すには惜しい」
「褒め言葉として受け取るべきか、脅迫として記録すべきか悩むな」
「観察対象として扱え」
「一番嫌な分類だ」
部屋の外で、兵士たちの足音が遠ざかる。帝都の朝は忙しい。誰かが命令を出し、誰かがそれに従い、誰かがその隙間で泣く。そうならない道を選ぶために、俺は毎朝、百通りの地獄を覗く。
エスデスは、その地獄の中でも特に巨大な氷山だった。
正面から砕けない。避けても回り込まれる。なら、せめて隣に座らせておくしかない。
「で、今日は何の用だ。まさか俺の寝顔を見に来たわけじゃないだろう」
「それも悪くない」
「悪い。とても悪い」
「冗談だ」
一拍置いてから言うな。
エスデスは机の上に、一枚の報告書を滑らせた。北方国境付近。反乱軍とは別の不審な武装集団。さらに、帝都へ向かう若者たちの目撃情報。
紙面を見た瞬間、脳裏で未来が開きかける。
血の匂い。崩れる門。赤い瞳。銃声。叫び声。
そして、なぜかそのうちいくつかの未来で、エスデスが心底楽しそうに笑っていた。
「……聞きたくないが、聞こう。将軍閣下は何を望んでいる?」
「同行する」
「却下」
「まだ何も言っていない」
「言う前に分かる。絶対ろくなことにならない」
エスデスは立ち上がり、机越しに俺を見下ろした。冷たい影が書類の上に落ちる。
「なら、お前の百通りとやらで選べ。私を連れていく未来と、私が勝手についていく未来。どちらがましだ?」
沈黙が落ちた。
俺は目を閉じる。
百の未来が、嫌になるほど鮮明に並んだ。
九十九通りで、エスデスは勝手についてきた。
残り一つでは、なぜか俺が彼女に首根っこを掴まれて運ばれていた。
「……同行を許可する」
「賢い判断だ」
「違う。敗北宣言だ」
エスデスは満足そうに笑い、扉へ向かった。
悪友。
そんな言葉が、ふと頭に浮かんだ。友と呼ぶには危険すぎる。敵と呼ぶには、距離が近すぎる。
そして何より厄介なことに、この女は俺が選んだ未来の外側から、平然と踏み込んでくる。
「第一皇子」
扉の前で、エスデスが振り返る。
「今日も私を退屈させるな」
「努力はしない」
「それでいい。お前は、努力していない時ほど面白い」
扉が閉まる。
俺は深く息を吐き、机に残った報告書を見下ろした。
悲劇を避ける道はある。
ただし、その道の横を氷の女王が楽しそうに歩いている。
今日の胃薬は、二錠では足りないかもしれない。
「悪いが、今は執務中だ」
俺は机に手をつき、身を引いた。だが、目の前の白い軍服は退かない。むしろ、距離を詰めてくる。
「構わないだろう? たまには息抜きも必要だ」
エスデスの指先が、俺の顎を捉えた。冷たい。氷のように冷たい指先だが、その奥には灼熱のような欲望が渦巻いているのを知っている。
脳裏で警報が鳴り響く。帝具が告げる最悪の未来。
机の上の書類が宙を舞う。俺は机に押し倒され、軍服のボタンが弾け飛ぶ。白い肌が迫り、甘い吐息が首筋を濡らす。そして――俺は彼女の所有物として、犯され、果てる。
百通りの未来のうち、九十九通りがそれだった。
「断る」
即答し、俺は行動に移った。
残りの一つ。唯一、彼女の支配を崩せる道。
俺はエスデスの手首を掴み、強引に引き寄せた。彼女の体がバランスを崩す。その隙を突き、体勢を入れ替える。
ドンッ!
鈍い音と共に、白い軍服が机に背中から打ち付けられた。書類の束が雪崩のように崩れ落ちる。
俺は彼女の両手首を片手で拘束し、頭上に押し付けた。見下ろす形になる。
沈黙。
だが、その沈黙は長くは続かなかった。
「ククッ……」
エスデスの口元から、抑えきれない笑いが漏れた。
「アハハハハッ!」
それは歓喜の笑いだった。氷の女王が、獲物を前にして喉を鳴らすような、残酷で美しい笑顔。
「やるではないか。まさか、この私を押し倒すとはな」
「不満か?」
「いいや、最高だ」
エスデスは抵抗しなかった。拘束された手首に力を込めることもなく、ただ俺を見上げている。その青い瞳は爛々と輝き、頬は紅潮していた。
「お前のような弱者が、私に背徳を演じる。……ゾクゾクするな」
彼女の太股が、俺の腰に絡みついた。軍服のスカートが捲れ上がり、黒いストッキングに包まれた脚が俺を逃がさないと言わんばかりに締め上げる。
「だが、勘違いするなよ。主導権を渡したわけではない」
「黙れ」
俺は空いた手で、彼女の軍服のボタンを引きちぎった。プチッ、プチッという小さな音と共に白い布が左右に開き、豊かな膨らみを包み込む黒い下着が露わになる。
「んっ……粗野だな。だが嫌いじゃない」
エスデスが挑発的に舌なめずりをする。
俺は下着の上からその膨らみを掴み取った。容赦なく指を食い込ませ、形を崩すように揉みしだく。
「あぁっ……!」
彼女の口から甘い喘ぎが漏れる。だが、その表情には余裕が残っている。支配されているのは体だけで、その精神はまだ高い位置から俺を見下ろしているようだ。
それが気に入らない。
俺は下着をずらし、露わになった乳首に噛み付いた。
「ひぐっ!」
歯を立て、舌で転がす。強く吸い上げるたびに、彼女の体がビクビクと跳ねた。
「痛いぞ……だが、もっとだ。もっと私を壊してみせろ」
「望み通りにしてやる」
俺はベルトのバックルを外し、ズボンを下ろした。すでに限界まで勃起したモノが露わになる。
彼女の脚を掴み、さらに大きく開かせる。秘所はすでに濡れていた。俺自身を見ているだけで興奮しているのか。それとも、押し倒されたことへの屈辱を悦びに変えているのか。
どちらでもいい。
俺は前傾し、濡れた割れ目に先端を押し当てた。
「行くぞ」
「来い!」
一気に腰を進める。
「あああああっ!!」
肉壁が猛然と押し返してくる。きつい。熱い。締め付けられる感覚に脳が焼かれそうになる。
「くっ……!」
「はぁっ! はぁっ! ……いいぞ! その顔だ! 私を犯す男の顔だ!」
エスデスは拘束された手首で俺の手を握り返し、さらに深く迎え入れようと腰を浮かせた。
俺は彼女の腰を掴み直し、激しくピストン運動を開始した。
パンッ! パンッ! パンッ!
肉と肉がぶつかる音が執務室に響き渡る。机が軋み、インク瓶が床に落ちて砕ける。
「あっ! あぁっ! そこっ! ……あはっ! いいっ!」
エスデスの喘ぎ声は悲鳴ではなく、歓喜の叫びだった。犯されているのに、まるで俺を支配しているかのような笑みを浮かべている。
それが癇に障る。
俺は彼女の脚を肩に担ぎ上げ、さらに深く突き上げた。子宮口を小突くたびに、彼女の中が痙攣し、淫蜜が溢れ出す。
「エスデス……っ!」
「私を呼ぶな! ……もっと! もっと奥へ! 私の中全てを埋め尽くせ!」
彼女の中は底なし沼のようだった。どれほど突き上げても、どれほど注ぎ込んでも、満たされる気配がない。むしろ、俺の方が飲み込まれそうになる。
だが、引くわけにはいかない。
俺は帝国第一皇子としてではなく、ただの雄として彼女を征服するために腰を振り続けた。
「イくぞ……!」
「来い! 私の中に注ぎ込め! 私の全てを孕ませろ!」
彼女の叫びと共に、俺は最奥へと欲望を迸らせた。
ドクドクと脈打つ感覚。互いの荒い息遣いだけが残る。
だが……
「……ふぅ」
エスデスは呆気なく体を起こした。俺の精液を受け止めた腹を押さえながらも、その顔には涼しい笑みが貼り付いていた。
「悪くない休憩だったな」
「……返せ、俺の気力」
「減るものじゃあるまい」
彼女は俺の頬に指を滑らせた。
「次はもっと楽しませてくれよ。……私の皇子」
その指先はまだ冷たかったが、その瞳だけは熱く俺を捕らえて離さなかった。
結局のところ、俺は百通りの未来を見通しても、この女だけは制御できないのかもしれない。