※この作品はR-18です。

皇帝が変える   作:ボルメテウスさん

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男だけの避難会議

「緊急任務……じゃないんだよな?」

 

タツミが扉を閉めながら、妙に低い声で聞いた。

帝都城内の小会議室。壁には警備図、机には暗部任務の報告書。大臣が失脚してから、ナイトレイドは表に出ない刃として扱われている。

 

本来なら、血の匂いがする話をする場所だ。

 

だが今日、俺の前に置かれているのは胃薬の小瓶だった。

 

「ある意味では緊急だ」

 

「暗殺か? 潜入か? まさか貴族の残党が暴れたとか?」

 

ラバックが椅子を引きながら身を乗り出す。隣ではブラートが腕を組み、面白そうに笑っていた。

 

俺は深く息を吐いた。

 

「女性陣からの避難だ」

 

空気が止まった。

 

タツミの目が丸くなる。ブラートの口元が持ち上がる。ラバックだけは、世界の裏切りを見た顔になった。

 

「ハハハ! 色恋沙汰か。若いな!」

 

「笑うな、ブラート。俺はかなり真剣だ」

 

「女に追われて疲れたって話を、男三人に聞かせる気かよ」

 

ラバックの声が震えていた。怒りか、嫉妬か。たぶん両方だ。

 

タツミは俺の顔を見て、すぐ表情を変えた。目の下、乱れた髪、半分減った胃薬。冗談で済ませるには、少し材料が揃いすぎていたらしい。

 

「……本当にきつそうだな」

 

「分かってくれるか、タツミ」

 

「いや、最初はちょっと羨ましいと思ったけど」

 

「正直でよろしい」

 

俺は小瓶を指で転がした。机の上で、軽い音が二度鳴る。

 

「まず朝食が増えた」

 

「朝食?」

 

「最初は弁当だった。次の日は二段。その次は討伐任務前の兵士用になった」

 

ブラートが腹の底から笑う。

 

「よく食うのはいいことだ!」

 

「俺は危険種ではない」

 

「心配されてるだけじゃねえか」

 

ラバックが吐き捨てるように言う。目は笑っていない。

 

「断る未来を見た。八十六通りで、無言のまま追加された。残り十四通りは、俺が罪悪感に負けて完食した」

 

「それはあんたが弱い」

 

タツミの言葉が刺さった。正論は刃より痛い。

 

「次に距離が近い。肩を組む。背中を叩く。酒に誘う。逃げ道に、先にいる」

 

「……誰か分かる気がする」

 

タツミが苦笑した。

 

「未来の一つでは窓枠が壊れた」

 

「比喩だよな?」

 

「たぶん」

 

ラバックが頭を抱える。ブラートはまだ笑っている。頼もしいが、少し腹が立つ。

 

「さらに厄介なのが、こちらの逃げ癖を見抜く相手だ。隠した疲労を当てる。言われたくないことだけを正確に言う。花瓶だと思って愚痴を言ったら、中身が本人だった」

 

「怖っ」

 

「花瓶に愚痴る方もどうなんだ……」

 

タツミの視線が痛い。

 

「そして警護だ。名前は警護だが、内容は検問だった。接近者の身元確認、目的確認、危険性確認、正義適性確認」

 

ブラートの眉が動いた。

 

「最後が独特だな!」

 

「止めた。小規模なら、と言われた。さらに止めた」

 

「善意で包囲してくるタイプか」

 

ラバックが急に真顔になる。嫉妬で濁っていた目に、妙な光が戻った。

 

「それから、場を爆発させる相手がいる。何もしない顔で火薬庫に火を近づける。困った顔をすると、少し嬉しそうにする」

 

「皇子さん、それもう戦場じゃねえか」

 

「最後が一番ひどい」

 

小瓶の蓋を開けかけて、やめた。飲めば負けた気がした。

 

「弱いが退屈ではない、らしい」

 

ブラートの笑いが少し収まる。

 

「エスデスか」

 

「恋愛というより災害だ。拒否すると、勝手についてくる未来が九十九通り。残り一つは首根っこを掴まれて運ばれた」

 

「逃げ道ねえじゃねえか」

 

「だから愚痴っている」

 

ラバックの頬が引きつった。次の瞬間、目元から赤いものが一筋落ちた。

 

「俺なら……一つでいい」

 

「ラバック、目から血が出てるぞ」

 

「これは血じゃねえ。男の夢が破れた跡だ」

 

「医学的には血だ」

 

「うるせえ!」

 

机を叩いたラバックは、そのまま身を乗り出した。

 

「いいか、皇子さん。お前はもう包囲されてる。飯、休憩、逃げ道、警備線、混乱要因、外周の災害。しかも反撃禁止。相手を傷つけられないからな」

 

否定できなかった。

ブラートが肩を叩く。重い手だった。

 

「逃げるだけでは勝てんぞ」

 

「勝ちたいわけじゃない。生き延びたい」

 

「なら、腹を括る時も必要だ」

 

聞きたくない正論が、今日も増えた。

 

その時、背中に冷たいものが走った。

目を閉じる。百通りの未来が開く。扉の外の気配。廊下の影。窓の向こうの揺れ。天井の微かな音。

 

顔から血の気が引いた。

 

「まずい」

 

タツミが剣に手をかける。

 

「何が見えた?」

 

「百通り中、九十八通りでこの部屋が見つかる」

 

ラバックが立ち上がった。

 

「残り二つは?」

 

「一つは、お前が天井に吊るされる」

 

「何で俺だけ具体的なんだよ!」

 

「もう一つは、今すぐ全員で逃げる」

 

ブラートが笑った。

 

「なら決まりだ!」

 

ラバックの糸が窓へ走る。タツミが俺の腕を掴み、ブラートが扉側に立つ。廊下の向こうで足音が止まった。

 

「走れ」

 

「女の子から逃げるのに生存率とか言うなよ!」

 

「言ってない。まだな」

 

四人で窓から飛び出す。風が顔を叩き、帝都の朝が一気に遠ざかった。背後の会議室には、飲みかけの茶と、置き忘れた胃薬だけが残る。

 

城壁の外を走りながら、タツミが叫んだ。

 

「これ、本当に必要だったのか!?」

 

「必要だった。少なくとも俺の胃には」

 

「くそっ、羨ましいのに全然羨ましくねえ!」

 

ラバックの悲鳴に、ブラートの笑い声が重なる。

 

「ハハハ! 男同士の撤退戦も悪くない!」

 

「悪い。かなり悪い」

 

背後から、誰かの足音が聞こえた気がした。

俺たちは、そろって速度を上げた。

 

帝国改革より難しい戦いが、今日も始まっている。

 

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