昼下がりの廊下は、妙に静かだった。
帝都の城内で静かな時間など、だいたい罠だ。
書類が燃える前触れか、誰かが扉の向こうで待っているか、あるいはその両方か。俺は胸の奥に引っかかるものを覚えながら、人気の少ない回廊を進んだ。
角を曲がる前に、百通りの未来を軽く開く。
三十二通りで、何も起きない。
四十七通りで、面倒が起きる。
残り二十一通りで、面倒が笑っていた。
「……帰るか」
「帰っちゃうの?」
背後から声が落ちた。
耳元に近い。近すぎる。
振り向くより先に、細い指が肩口の埃を払った。甘い香の匂いが、紙と石の匂いに混ざる。メズは壁にもたれるように立っていた。いつからいたのか分からない。分かりたくもない。
「距離を取れ」
「最初の一言がそれ? 皇子様、冷たいなぁ」
「君の場合、近いだけで事故になる」
「あはっ。ひどい言い方」
笑い声は軽い。
けれど、目だけは軽くない。こちらの反応を逃さず拾っている。怯えたか、怒ったか、呆れたか。どれを選んでも、彼女は少し楽しそうにする。
「今日は何をしに来た」
「顔を見に」
「嘘だな」
「じゃあ、困った顔を見に」
「正直なのも困る」
メズは口元に指を当て、わざとらしく首を傾けた。
「ねえ、皇子様。私のこと、嫌い?」
「危険だとは思っている」
「答えになってないよ」
「君が欲しい答えを渡すと、碌なことにならない」
一歩、下がる。
その分だけ、メズが一歩近づいた。追い詰めるというより、こちらがどこまで退くか試している足取りだった。
彼女は善意で近づくわけではない。
アカメの静けさとも、レオーネの近さとも違う。チェルシーの観察にはまだ助ける余地がある。エスデスは災害だが、正面から来る。
メズは違う。
火薬庫の横に座り、火打石を指で転がしている。
火をつけるとは言わない。ただ、こちらが止める顔を待っている。
「君は、俺を困らせたいのか」
「うん」
即答だった。
「そこは少し迷え」
「だって、皇子様は困った時の顔がいいんだもの。怒りたいのに怒り切れない。逃げたいのに見捨てない。そういうところ、見てて飽きない」
背筋に冷たいものが走る。
褒め言葉ではない。値踏みでもない。もっと危ない、興味だ。
「俺は見世物じゃない」
「知ってるよ。だから面白いの」
メズの指が、俺の袖をつまむ。強くはない。振り払える。
だが振り払った未来を見た瞬間、廊下の向こうから誰かが来る気配と重なった。騒ぎになる。誤解が増える。胃薬が減る。
最悪だ。
「……離せ」
「お願い?」
「命令だ」
「ふふ。そういう声も出せるんだ」
袖から指が離れた。
意外なほど、あっさりと。
メズは笑ったまま、半歩だけ下がる。こちらの線を越えた後で、越えすぎる前に戻る。その加減がうまい。だから余計に厄介だった。
「安心して。今日は何もしないよ」
「今日は、という言い方をやめろ」
「じゃあ、今は」
「悪化した」
廊下の窓から風が入る。薄い布が揺れ、メズの影が石床の上で小さく伸びた。
「皇子様はさ、私を切り捨てないよね」
声が、少しだけ低くなった。
俺は答えを探した。
百通りではなく、自分の中から。
「切り捨てない。だが、好きにさせる気もない」
メズの目が細くなる。
その奥で、火花のようなものが跳ねた。
「それ、いいね」
「どこがだ」
「止めるって言ってくれるところ」
一瞬だけ、笑みの形が変わった。
からかいではない。油断すると見落とすほど短い、薄い隙間だった。
次の瞬間には、いつもの顔に戻っている。
「じゃあ、またね。皇子様」
「できれば、普通に来てくれ」
「普通じゃつまらないでしょ?」
「俺はつまらなくていい」
メズは返事をしなかった。
「止めるって言ってくれるところ」
その言葉の余韻が消えぬうちに、メズは動いた。
廊下の曲がり角、兵士の足音が遠ざかるのと同時だ。
彼女の体から、異常な熱気が放たれる。
まるで炉の前に立ったかのような蒸気。褐色の肌から、びっしょりと汗が噴き出していた。
「捕まえた」
逃げようとした俺の腕を、彼女の汗で濡れた手が掴む。
ぬるりとした感触。粘液のような汗が、俺の服の上から肌へと浸透してくる。
「なっ……!」
「動けないでしょ?」
メズの体温と汗が、俺の四肢に絡みつく。
彼女の汗は、ただの水ではない。粘着質な糸を引き、俺の関節の動きを阻害する。
袖口から侵入した汗が、腕の付け根にへばりつき、力が入らない。
「私の汗、すごいでしょ? 重力みたいに重くなるんだよ」
彼女は笑いながら、俺の体を壁際へと押し付けた。
廊下の向こうから、誰かの話し声が聞こえる。
近づいてくる。巡回の兵士か、それとも別の誰かか。
「靜かにしてね。見つかったら、大変だもんね」
メズは俺の口元に、汗ばんだ指を押し当てた。
鉄と塩の味がする。
彼女の手が、俺のズボンへと滑り込む。
汗で濡れた指先が、下着の中から屹立し始めた俺自身を引き出した。
「あらら、元気じゃん。汗まみれでも平気なの?」
「くっ……」
否定できない。
彼女の汗の匂いと熱気に煽られ、俺の体は正直に反応していた。
「じゃあ、もっと濡らしてあげる」
メズは自らの体を押し付けてきた。
褐色の腹、汗で光る胸、そして太股。
彼女の全身から溢れる汗が、俺の服を、肌を、そして屹立したモノを容赦なく濡らしていく。
ローションのように滑る。
だが、潤滑剤とは違う。
粘つき、重く、逃げ場を奪う汗。
それが俺の肉棒に絡みつき、彼女の下着の布地越しに秘所を擦り付けてくる。
「んっ……滑るねぇ……お兄さんの、すごい硬いのに、つるつる滑るよ」
メズは楽しそうに腰を回す。
汗の膜を通じて、彼女の膣の熱が直接伝わってくるようだ。
下着を横にずらし、露わになった割れ目に、汗まみれの俺自身を押し当てた。
「入れるよ。いいよね? 言葉、いらないよね?」
問いかけよりも先に、彼女は腰を沈めた。
汗の潤滑と自らの体重を使い、一気に俺自身を飲み込んでいく。
「あはっ! 入ったぁ!」
「うぐっ……!」
きつい。
汗で滑りやすいはずなのに、彼女の中は吸い付くように熾烈だ。
褐色の太股が俺の腰を挟み込み、汗で濡れた肌同士が厭らしい音を立てて擦れ合う。
廊下の向こうで、足音が止まる。
誰かが、近くの部屋に入っていく気配。
「しっ……声、出しちゃダメだよ」
メズは口元に人差し指を当て、悪戯っぽく笑った。
そのまま、壁に押し付けた俺の体に密着し、小刻みに腰を振り始める。
「んっ……んぅっ……お兄さんの中、凄い熱くなってる……」
汗のせいで、感覚が鋭敏になっている。
彼女の内壁の襞が一本一本数えられるほど鮮明に感じる。
そして、互いの体から溢れる汗が、打ち付け合う音を消し、厭らしい水音へと変えていく。
「メズ……っ!」
「あたしも……感じてる……! 汗いっぱい出る……!」
彼女の言う通りだった。
結合部から溢れる愛液に加え、彼女の全身から汗が噴き出し、俺の服を濡らし、床に滴り落ちる。
「あはっ……すごい……お兄さんの中、どんどん熱くなってる……」
メズの耳元での囁きが、汗の蒸気と共に脳に浸透してくる。
彼女の全身から溢れ出す汗は、もはや単なる生理現象の域を超えていた。
粘液状のそれが、俺の服を浸し、肌に張り付き、まるで全身が彼女の体内に包まれているかのような錯覚を覚える。
廊下の向こう、部屋の中では誰かが書類の整理をしているのか、カサカサと紙の擦れる音が聞こえる。
日常の風景。その僅僅かな壁一枚隔てた場所で、俺たちは粘着質な汗水にまみれ、肉を交わらせている。
「動いてるの、バレちゃうよ? ……だから、あたしが動くね」
メズは俺の首に腕を回し、壁に背中を預けた俺に全体重を預けてくる。
褐色の腹が俺の腹に密着し、汗の膜が空気を遮断する。
彼女は足の指先を床につき、微妙な体重移動だけでペニスを蹴り上げるように腰を動かした。
「んぅっ……っ!」
声が出そうになるのを、俺は唇を噛みしめて堪えた。
汗で滑る結合部は、摩擦こそ少ないが、その分、肉壁の襞が生々しくペニスに吸い付いてくる感覚が鮮明だ。
熱い。狹い。そして重い。
彼女の汗の重みと、内臓の締め付けが、俺の理性を順番に削ぎ落としていく。
「ふふっ……いい顔。必死に声我慢してる顔、すごく好き」
メズは楽しんでいる。
廊下を通り過ぎる兵士の足音に合わせて腰を止め、遠ざかった瞬間に深く打ち付ける。
この syncopation(切分音)のようなリズムが、神経を逆撫ですると同時に、背徳的な快感を増幅させる。
「あたしも……もうちょっと……っ!」
メズの息遣いが荒くなる。
彼女の肌から噴き出す汗の量がさらに増し、俺の顎から首筋へと熱い雫が伝い落ちる。
粘つく汗がローションとなり、打ち付け合う音は湿った水音へと変わる。
じゅぽっ、じゅぽっ、ねちゃっ、ねちゃっ。
厭らしい音が、二人の密着した隙間から漏れ出す。
「メズ……限界が……!」
「いいよ……来て! あたしの中に全部……注いで!」
彼女の内部が、猛然と収縮を始めた。
汗で滑る腰を強引に押し付け、最奥までペニスを咥え込む。
子宮口が亀頭を飲み込もうとするほどの圧力。
「くっ、うぅぅっ!!」
俺は耐えきれず、彼女の褐色の背に手を回し、強く抱きしめた。
爪が食い込み、汗と共に肌が混ざり合う。
「ああっ! あたしもっ! イクっ!」
ビクンッ! ビクンッ!
メズの体が電流に打たれたように痙攣する。
同時に、彼女の体内から熱い液体が噴き出し、俺のペニスを煮えたぎる magma のように包み込んだ。
俺もまた、堰を切った。
彼女の最奥に向けて、濃厚な精液をぶちまける。
ドクッ、ドクッ、ドクッ!
脈打つたびに、彼女の子宮が痙攣し、一滴残らず搾り取ろうと吸い付いてくる。
「あはぁ……っ! きてる……熱いの……いっぱい……」
汗まみれの体が重なり合い、互いの心臓の鼓動が直接伝わってくる。
射精が終わっても、彼女の体内は長く収縮を繰り返し、余韻を貪っていた。
しばらくして、メズは満足げに息を吐き、俺の肩に顔を擦り付けた。
汗と体液の混じった匂いが、鼻腔を満たす。
「ふぅ……お疲れ様、皇子様」
彼女はようやく体を離した。
ずるりとペニスが抜け、混ざり合った白濁液が、汗と共に彼女の太股を伝って床に滴り落ちる。
「……服、どうしてくれんだ」
「汗乾けば大丈夫でしょ。それとも、あたしが舐めてあげようか?」
悪戯っぽく笑う彼女の笑顔には、まだ熱が残っていた。
俺は深く息を吐き、壁に背を預けたまま天井を仰いだ。
廊下の向こうでは、また新たな足音が響き始めている。
日常は続く。
汗と共に。