※この作品はR-18です。

皇帝が変える   作:ボルメテウスさん

8 / 16
姉の恋愛面接

「相談がある」

 

昼前の執務室に、アカメの声が落ちた。

机には改革案と暗部報告書、ついでに胃薬。俺は羽ペンを止め、嫌な予感と一緒に顔を上げる。

 

「任務か?」

 

「違う」

 

「暗殺か?」

 

「違う」

 

「食事量の見直しか?」

 

「それは後」

 

「後で来るのか……」

 

アカメは机の前に立ったまま、まばたきを一つした。いつもの無表情。けれど、こういう時ほど危ない。表情が動かない分、何を考えているのか読めない。

 

「クロメに、気になる男がいる気がする」

 

「……ほう」

 

帝国改革より難しい話が来た。

俺は羽ペンを置いた。

 

「本人には聞いたのか?」

 

「聞いた」

 

「何と?」

 

「菓子を食べながら、目を逸らされた」

 

「それはほぼ答えだ」

 

「確認する」

 

短い。決定事項だった。

 

百通りの未来を見るまでもない。いや、見た。見てしまった。七割で誰かが汗をかき、二割で俺が巻き込まれ、残り一割でアカメが一言だけ判定を下していた。

 

逃げ道はなかった。

 

「……呼ぶか」

 

「ありがとう」

 

「まだ承諾したとは言っていない」

 

「ありがとう」

 

負けた。

 

応接室に呼び出されたウェイブは、軍服の襟を正して入ってきた。濃紺の髪はきちんと整えられ、姿勢もいい。いかにも真面目な青年だ。だからこそ、今日の犠牲者に向いていた。

 

「失礼します。お呼びでしょうか、殿下」

 

「ああ。座ってくれ」

 

ウェイブは椅子に腰を下ろす。俺の横に座るアカメを見て、眉がわずかに動いた。

 

「……あの、これはどういう会議ですか?」

 

「俺にも正確には分からない」

 

「殿下も分からないんですか!?」

 

「質問をする」

 

アカメが口を開いた。

 

「クロメについて」

 

ウェイブの背筋が、見事なほど跳ねた。

 

「クロメが何かしたんですか!?」

 

「違う。あなたがクロメをどう思っているのか知りたい」

 

「は?」

 

始まった。

俺は茶に手を伸ばし、飲むふりをした。助けられない男の、せめてもの逃避だ。

 

「大切な仲間です」

 

「仲間」

 

「はい」

 

「それだけ?」

 

「……それだけでは、ないかもしれません」

 

「おお」

 

「殿下、声に出さないでください!」

 

ウェイブの目が泳ぐ。すでに額には汗。早い。だが本番はここからだった。

 

アカメは淡々と続ける。

 

「クロメは任務のために無理をすることがある」

 

「ありますね……」

 

「そんな時、お前はどうする」

 

「えっと、俺に出来ることがあるなら、やります」

 

「止められるか?」

 

ウェイブは一瞬だけ黙った。逃げるためではない。言葉を探す間だった。

 

「止められるなら止めます。でも、あいつが本気で行くなら――俺が命を賭けても、一緒にいます!」

 

沈黙。

 

長い。

 

アカメはウェイブを見ている。

ウェイブは固まっている。

俺は茶を持ったまま、動けない。

 

次の瞬間、ウェイブの視線がこちらへ飛んできた。

 

『でっ、殿下! これ、どっちですか!? 正解ですか!? 不正解ですか!?』

 

目がそう叫んでいた。

 

『知るか! 俺だってアカメのことは全部分からない!』

 

こちらも目で返す。

 

『殿下、結構親しいでしょう!?』

 

『親しいから読めるなら苦労しない! この姉妹、単純な時と深海みたいな時の差が激しいんだ!』

 

『でも殿下、女性関係は凄いじゃないですか!』

 

『凄いんじゃない。喰われてるんだ。というか襲撃されている! その理屈ならタツミの方を見ろ。幼馴染とツンデレに挟まれているぞ!』

 

『今それ関係あります!?』

 

「おい」

 

「「はいっ!」」

 

アカメの声に、俺たちは同時に背筋を伸ばした。

 

「合格」

 

俺とウェイブの視線がぶつかる。

 

『『どういう基準で!?』』

 

声には出さなかった。出したら斬られそうだった。

 

「つ、次は何でしょうか」

 

ウェイブが震える声で聞く。律儀だ。可哀想に。

 

「クロメは菓子が好き」

 

「はい」

 

「あなたの分を取ったら?」

 

「渡します」

 

「全部取ったら?」

 

「追加で買います」

 

「それでも足りなかったら?」

 

「店ごと押さえます!」

 

「軍事行動にするな」

 

思わず突っ込むと、ウェイブがこちらを振り向いた。

 

「質問が追い込んでくるんですよ!」

 

「悪くない」

 

アカメの判定に、ウェイブは肩を震わせる。

 

「また曖昧!」

 

「いい方だ。たぶん」

 

「たぶんを付けないでください!」

 

さらに数問、似たような面接が続いた。危険な菓子を食べようとしたらどうするか。任務帰りに倒れそうならどう運ぶか。クロメが黙って遠くを見る時、隣にいるか。

 

そして、アカメの声が少しだけ低くなる。

 

「クロメは強がる」

 

「……はい」

 

「自分を大事にしない時がある」

 

「知っています」

 

「傷ついていることを、隠す」

 

「それも、知っています」

 

「それでも、隣にいる?」

 

今度のウェイブは騒がなかった。

膝の上で拳を握り、まっすぐアカメを見る。

 

「います」

 

「なぜ」

 

「放っておけないからです」

 

「同情?」

 

「違います」

 

言葉が短く切られた。

ウェイブの目だけは逃げていない。

 

「俺が、そうしたいからです」

 

部屋が静かになった。

今だけは茶化せない。アカメもすぐには答えなかった。

 

やがて、ぽつりと落ちる。

 

「悪くない」

 

「合格って言ってくださいよ!」

 

ウェイブが崩れそうな声を上げた。俺は少しだけ笑った。緊張がほどけたのか、茶の湯気がようやく見えた。

 

「今日はここまで」

 

「今日は、ですか?」

 

「必要なら」

 

「殿下、次までに何を準備すればいいですか」

 

「菓子と覚悟だ」

 

「覚悟が重い!」

 

ウェイブはふらつきながら立ち上がった。戦闘後より消耗している顔だった。

 

「次は、もう少し助けてください」

 

「努力はする」

 

「信用できない返事ですね」

 

「正しい判断だ」

 

「そこは否定してくださいよ!」

 

扉が閉まる。足音が遠ざかっていく。

部屋には俺とアカメだけが残った。

 

「それで、合格なのか。不合格なのか」

 

「クロメに聞く」

 

「ここまでやって、それか」

 

「決めるのはクロメ」

 

正しい。正しいが、ウェイブの消耗はいったい何だったのか。

 

「結果は?」

 

「悪くない」

 

「本人に言ってやれ」

 

「まだ早い」

 

「姉の審査、厳しすぎるだろう」

 

「妹だから」

 

その一言には、言い返せなかった。

 

アカメは机の菓子を一つ取り、俺へ差し出す。

 

「食べて」

 

「なぜ今」

 

「疲れている」

 

「疲れた原因の半分は君だ」

 

「半分なら大丈夫」

 

「その計算はおかしい」

 

「食べて」

 

断る未来は見なかった。どうせ全部、食べるところに行き着く。

 

「……いただく」

 

甘い菓子が、疲れた舌に溶けた。

廊下の向こうから、ウェイブの小さな声がした。

 

「クロメに会ったら、どんな顔すればいいんだ……」

 

俺は茶を置き、天井を仰ぐ。

 

「彼にも胃薬を渡すべきだったか」

 

「菓子の方がいい」

 

「姉妹だな」

 

「うん」

 

「褒めてはいない」

 

アカメは少しだけ首を傾げた。

その顔を見て、俺は小さく息を吐く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。