※この作品はR-18です。

よう実 実験   作:鳥ささみ

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第15話:嵐の予兆

 

1.五日目の朝

 

高度育成高等学校が課した過酷な無人島サバイバル特別試験は、ついに全行程の終盤となる五日目の朝を迎えていた。

 

巨大な岩壁に囲まれた1年Dクラスのベースキャンプ――通称「洞窟」の内部には、依然として外のジャングルの熱気から隔離された、驚くほど涼しく心地よい風が吹き抜けている。

 

初日における継国漣の圧倒的なロジックによるインフラへの初期投資、そして二日目以降の徹底した役割分担によって、我がDクラスの衛生環境と治安は、他クラスに比べれば奇跡的なほど良好に保たれていた。

 

だが、五日目ともなれば、どれほど環境を整えていようとも、文明から遮断された極限状態による精神的な摩耗は避けられない。生徒たちの表情には、隠しきれない焦燥と疲労がじわじわと影を落とし始めていた。

 

「あはは、みんな随分と暗い顔をしてるじゃない。そんなに眉間にシワを寄せていたら、せっかくのバカンスが台無しだよ?」

 

洞窟の入り口近く、手首の端末の生存確認画面を確認しながら、継国漣はいつものようにヘラヘラとした薄笑いを浮かべて声をかけた。そのサングラスの奥にある琥珀色の瞳は、周囲のどんよりとした空気を楽しむかのように怪しく光っている。

 

漣のすぐ隣には、いつものように彼のシャツの裾を遠慮がちに小さく掴み、潤んだ瞳で見つめてくる佐倉愛里が寄り添っていた。彼女にとって、この過酷な無人島で継国漣の傍らにいることだけが、唯一の絶対的な安心の拠り所なのだ。

 

「継国くん……そうは言ってもね、いくら食料や水が足りているとはいえ、毎日毎日同じようなジャングルの中で過ごすのは、精神的にくるものがあるよ」

 

クラスのまとめ役である平田洋介が、少しやつれた顔で苦笑いを浮かべている。

 

「ノンノン、平田くん。心が貧しいから環境に退屈するのさ。それなら、今日は俺がクラスの士気を跳ね上げるような、最高のご馳走(エンターテインメント)を仕込んできてあげようじゃないか」

 

「え? ご馳走って……何か新しい果物でも見つけてくれるのかい?」

 

「いやいや、もっとダイナミックなやつさ。――『釣り』だよ、釣り。池たちに教えた生ぬるい川釣りじゃなくてね、海の大物を狙う本格的なハンティングさ」

 

漣はそう言うと、拠点に保管されていた自作の頑丈な釣り竿を肩に担いだ。しなやかな亜熱帯の木を削り出し、衣服の頑強な繊維を編み込んで作った特製のラインに、硬い木片を精巧に研いだ鋭い針。彼の持つ人間の限界を超えた「超高スペック脳」の知識にかかれば、その辺の廃材や自然物からでも、プロ仕様の一竿を一瞬でクラフトすることが可能だった。

 

「あ、あの……漣くん、私も……私も一緒に行って、お供をしていい、ですか……?」

 

佐倉が顔を赤らめながら、消え入りそうな声で上目遣いに尋ねる。

 

「あはは、愛里ちゃんは本当にかわいいねぇ。よしよし、それじゃあ今日は俺の特等席へ連れて行ってあげよう。足場がかなり荒いから、俺の身体にしっかり掴まっておくんだよ?」

 

「はい……っ! ありがとうございます……っ!」

 

佐倉は林檎のように顔を真っ赤に染め、嬉そうに何度も頷いた。漣は彼女の豊かな栗色の髪をぽんぽんと撫ぜると、二人でベースキャンプを後にした。

 

向かったのは、島の一角にある、荒波が激しく打ち付ける岩礁地帯――いわゆる「一級の磯」だった。通常の高校生であれば、足を滑らせれば命に関わる危険なエリアだが、プロの暗殺術すら凌駕する圧倒的な肉体スペックと空間把握能力を持つ漣にとって、この程度の岩場を佐倉の手を引いて飛び跳ねるなど赤子の手をひねるより容易い。

 

「漣くん、凄い……波がザブザブ言ってて、ちょっと怖いけど……綺麗です」

 

「ククッ、ここからが本番さ、愛里ちゃん。俺の『資本主義』の網に魚たちがどう引っかかるか、特等席で見ていなよ」

 

漣は岩の隙間に潜む大ぶりのフナムシやカニを、目にも留らぬ速さで数匹捕獲して針に掛けた。そして、海流の渦巻く澱み――潮目へと正確に仕掛けをキャストする。常人にはただの荒波に見える海面も、漣の超スペック脳を通せば、海底の起伏、潮の満ち引き、魚の回遊ルートが立体的な数理モデルとして完全に視覚化されていた。

 

ピクン、と自作のウキが不自然に沈む。魚が反転し、完全に針を飲み込む一瞬のタイミングを待ち、手首のスナップを鋭く利かせて「合わせ」を入れた。

 

ズシン! と、しなやかな自作の竿が綺麗な弧を描き、凄まじい重量感が漣の腕に伝わる。漣はフンと鼻で笑うと、圧倒的な筋力でリール代わりのラインをじわじわと巻き上げた。

 

バシャバシャバシャ! と激しい水飛沫を上げて岩場に揚がったのは、優に40センチを超える立派な磯魚――タマカイの幼魚だった。

 

「わあぁ……! 漣くん、凄いです! こんなに大きな魚、初めて見ました!」

 

佐倉が目を輝かせてパチパチと手を叩く。そこからの漣の独壇場は、まさに神業と言うほかなかった。仕掛けを落とせば秒単位でアタリがあり、黒鯛、シマアジ、巨大なハタに至るまで、わずか一時間足らずの間に、岩場の水溜まりは文字通り銀色に輝く魚たちの絨毯――「大漁」の極みと化していた。

 

漣は衣服を加工して作った頑丈な大容量の蔦袋に、丸々と太った魚たちを詰め込んだ。その重量は数十キロに及んだが、彼はそれを片手で軽々と持ち上げ、佐倉の小さな手を優しく握り直しながら、ヘラヘラと笑いながら海岸線を歩き始めた。

 

2.一之瀬帆波との遭遇

 

海岸沿いをベースキャンプの方角へと戻る途中、白い砂浜が広がる開けたエリアに出た。

 

燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びてエメラルドグリーンに輝く海沿いを、数名の生徒たちが歩いているのが見えた。

 

その中心にいるのは、ひときわ目を引く美しい長髪をなびかせ、快活な笑みを浮かべている少女――1年Bクラスの一之瀬帆波だった。彼女の周りには、同じBクラスの神崎隆二や、数名の生徒が付き従っている。

 

「あ、一之瀬さん、見て! 向こうから誰か歩いてくるよ」

 

女子生徒の一人が指差した先。サングラスをかけ、肩に巨大な袋を担いで佐倉を連れて歩いてくる男――継国漣の姿に、Bクラスの面々は一瞬身構えた。

 

「あれは……Dクラスの、継国くんだね? それと佐倉さんも」

 

一之瀬は持ち前の善性の塊のような笑みを絶やさず、トコトコと漣の方へと歩み寄ってきた。一学期における須藤の暴行疑惑の件で、DクラスはBクラスの一之瀬たちに多大な恩がある。そのため、無駄な衝突を避けるように、周囲のBクラスの面々も比較的穏やかな視線を向けていた。

 

「やあ、一之瀬ちゃん。こんな灼熱の砂浜で、数名の部下を引き連れてお散歩かい? 相変わらず聖女様はマメだねぇ」

 

漣はサングラスの端を指で少し下げ、怪しく琥珀色の瞳を覗かせながらククッと笑った。

 

「もう、継国くん、お散歩じゃないよ。私たちはちょっと、島周辺の地形の確認と、何か使える物資がないか偵察に来てたんだ。……って、それより、その肩に担いでる大きな袋、凄い重そうだけど一体何が入っているの?」

 

一之瀬が興味津々といった様子で、潤んだ瞳を輝かせて漣の持つ蔦袋を覗き込んできた。

 

「あはは、気近くなっちゃうかい? 良いよ、特別に見せてあげる。ほら」

 

漣が袋の口をガバッと開けると、そこにはまだピチピチと新鮮に跳ねている、丸々と太った高級磯魚たちがぎっしりと詰め込まれていた。その異様な量とサイズに、一之瀬だけでなく、後ろに控えていた神崎たちも「なっ……!?」と目を見開いて絶句した。

 

「こ、これ全部、継国くんが一人で獲ったの!? 凄い……! プロの漁師さんでもここまでは中々できないよ!」

 

一之瀬が両手を頬に当て、素直な感嘆の声を上げる。彼女の豊かな胸元が、興奮で小さく上下するのを、漣の目は見逃さなかった。一学期を経てますます魅力を増した一之瀬のプロポーションは、実に扇情的で、漣の捕食者としての本能を心地よく刺激する。

 

「まぁね。俺のハイスペックな脳と肉体にかかれば、無人島の魚を絶滅させることだって簡単なのさ。どうだい一之瀬ちゃん、これ、何個かおすそ分けしてあげようか?」

 

「えっ!? い、いいの? だってこれ、Dクラスの大事な食料でしょう? ポイントを使わずに手に入れた貴重な資源なのに、他のクラスの私たちにくれるなんて……」

 

一之瀬は申し訳なさそうに手を振るが、漣は袋から特に脂の乗った立派なシマアジと黒鯛を三匹ほど掴み出すと、一之瀬の手元へともぎ取るように握らせた。

 

「ノンノン、細かいことは気にしなさんな。一学期には色々と世話になったからねぇ、これはそのほんの気持ちさ。俺はね、可愛い女の子にはとことん甘い主義なんだよ。Bクラスの仲間たちも、そろそろ保存食ばかりで飽きてる頃だろう? 美味しい生魚を食べて、少しは元気を出しなよ」

 

「継国……お前、本当にそれだけでいいのか?」

 

後ろから神崎が少し警戒を孕んだ視線で問いかけてくるが、漣はヘラヘラとした態度を崩さない。

 

「あはは、裏なんて何もないさ。ただの純粋な善意だよ、神崎くん。……あ、でも、一之瀬ちゃん」

 

漣は一歩距離を詰め、一之瀬の耳元に顔を近づけると、低く甘美な響きを帯びた声で囁いた。

 

「これだけの大盤振る舞いだ。試験が終わって豪華客船に戻ったら、お礼に俺と二人きりで『デート』でもしてよ。断ったら、この魚の代金を利息付きでプライベートポイント請求しちゃうからねぇ」

 

「ひゃっ……!? で、デート……!?」

 

耳元に吹きかけられた漣の吐息と、あまりに不意なアプローチに、一之瀬は顔を耳の根元まで真っ赤に染め上げ、慌てて数歩下がった。彼女は両手で魚を抱えたまま、目を白黒させて動揺している。その横では、漣の手を握っていた佐倉が「えっ……で、デート……!?」と小さな胸を痛めるようにハラハラとした表情で漣を見つめていた。

 

「も、もう! 継国くんはいつもそうやってからかうんだから!……でも、お魚は本当にありがたく頂くね。みんなで大切に食べるよ。ありがとう!」

 

一之瀬は恥ずかしさを隠すように、とびきりの笑顔を浮かべてペコリと頭を下げた。

 

「ククッ、楽しみに待ってるよ、一之瀬ちゃん。それじゃあねぇ」

 

漣は再び袋を担ぎ、佐倉の手を引いて、動揺するBクラスの面々を置いてその場を去った。彼の脳内では、一之瀬帆波という「純真な果実」が、自分の資本と魅力によって徐々に揺らぎ始めていた。

 

3.リーダー宛て秘密会議の招集

 

Dクラスのベースキャンプ「洞窟」に戻ると、漣の持ってきた大量の魚を見て、池や山内をはじめとする凡愚どもが狂喜乱舞した。

 

「うおおお! 継国マジすげえ! 今日は刺身と焼き魚のフルコースじゃねえか!」と騒ぐ彼らを横目に、漣は調理チームの篠原に魚を預け、不安そうに自分を見つめる佐倉を優しく宥めてから、洞窟の最奥へと向かった。

 

そこには、体調不良からドクター漣の「特製治療(プロの医術知識による施術)」によって劇的に回復したものの、まだ少し顔色の白い堀北鈴音が、岩壁に背を預けて座っていた。

 

その傍らには、クラスの調整役である平田洋介、いつも通り天使のような笑顔を浮かべているが裏の顔を持つ櫛田桔梗、そして死んだ魚のような目で気配を消している綾小路清隆が集まっていた。

 

「おやおや、Dクラスの幹部会(サミット)かい? 俺も混ぜておくれよ」

 

漣がヘラヘラと笑いながら輪に入ると、堀北が鋭い眼光で彼を睨み据えた。

 

「継国くん、ちょうど貴方を探していたわ。五日目を迎え、この特別試験の最も重要な得点源であり、同時に最大の敗北リスクでもある『各クラスのリーダーの看破』について、本格的な詰めを行う必要があるのよ」

 

堀北の声は低く、周囲の生徒に聞こえないよう配慮されていた。

 

「この特別試験のルールでは、最終日の点趣時に、他クラスの『リーダー』を正確に言い当てれば、一クラスにつき『50ポイント』が与えられる。しかし、もし間違えれば、逆に『50ポイント』のペナルティが課せられる。つまり、確実な証拠や確信がない限り、闇雲に解答するのは自滅行為よ」

 

「そうだね、堀北さん。僕たちのDクラスのリーダーが君であることは、絶対に他クラスに知られてはならない。同時に、他クラスのリーダーを暴くことができれば、Aクラスへの昇格が一気に現実味を帯びてくる」

 

平田が真剣な表情で頷く。

 

「でもぉ、他クラスのみんなも、リーダーが誰かっていう情報は徹底的に隠しているよね? 迂闊に探ろうとしたら、逆にこっちが疑われちゃうし……難しいよ」

 

櫛田が困ったように首を傾げ、いかにもクラスを心配するお淑やかな女子を演じてみせる。漣はその様子をサングラスの奥から見つめ、(相変わらず上手な演技だねぇ、桔梗ちゃん)と内心で嘲笑した。

 

「ふむ。堀北ちゃん、綾小路くん。二日目から四日目にかけて、君たちは島内を広く偵察して回っていたんだろう? 何かリーダーの特定に繋がる『果実(情報)』は手に入ったのかい?」

 

漣が喉をククッと鳴らして尋ねると、綾小路がボソリと口を開いた。

 

「Aクラスに関しては、葛城が中心となって拠点をガチガチに防衛している。だが、妙な違和感があった。葛城は常にクラスの全権を握っているように見えるが、彼が何かを決定する際、時折、特定の人物の動向を気にしているような素振りを見せたんだ」

 

「特定の人物?」堀北が問い返す。

 

「ああ。葛城の派閥とは別に、静観を決め込んでいる一派がいる。特に、戸塚弥彦という生徒だ。彼は葛城の指示に表向き従っているが、葛城は戸塚に対して、単なるクラスメイト以上の『過剰なまでの保護』を行っている形跡があった。拠点の最も安全な位置に彼を配置し、周囲の視線から遮るようにテントを張っていた」

 

「なるほどねぇ」漣はヘラヘラとした笑みを深くした。「葛城くんほどの徹底的な保守派・現実主義者が、無能な足手まといを無意味に過剰保護するわけがない。それは『守らなければならない絶対的な理由』があるからだ。……面白い情報じゃないか、綾小路くん」

 

「次にBクラスだけど」櫛田が発言を引き継ぐ。「一之瀬さんたちのところは、本当にみんな仲が良くて、隠し事をしている風には見えないの。ただ、気になるのは、リーダーに関する話題になると、みんな驚くほど自然にその話を避けるか、一之瀬さんに話を振るような形になっているのよね」

 

「Cクラスについては、私が直接見てきたわ」堀北が悔しげに唇を噛んだ。「龍園くんは初日からポイントを派手に使い込み、バカンスを満喫しているように見せかけていた。だけど、三日目の段階で、何らかの理由によってCクラスのほとんどの生徒が強制的に『リタイア』のボタンを押させられて、船に帰る事態になっていたのよ」

 

「えっ!? 三日目の段階でほとんど全員がリタイアしたのかい?」平田が驚愕の声を上げる。

 

「ええ。現在、Cクラスの拠点に残っているのが具体的に誰なのか、正確な人数や名前まではこちらの情報ソースでは掴みきれていないわ。統率者である龍園翔、職務として我がクラスに潜入していたスパイの伊吹澪以外に、誰が島に残って潜んでいるのかが完全に闇の中なのよ。龍園くんは、クラスポイントの維持を完全に放棄したかのような動きを見せているけれど、これが何を意味しているのか、私にはまだ完全には掴みきれていないの……」

 

堀北は頭を抱え、自身の思考の迷路に陥っているようだった。

 

「あはは! 堀北ちゃん、そんなに悩む必要はないさ」

 

漣は腕を組み、不敵な笑みを浮かべて幹部たちの中心へと一歩踏み出した。彼の超高スペック脳は、今集まったわずかなパズルのピースと、これまでに仕込んできた情報ソースを瞬時に結合し、すでに『正解』という名の絶対的な数式を導き出していた。

 

「良いかい、凡愚な君たちのために、俺がこの試験の裏に隠された『真実の絵図』を、純粋な推理と情報ソースから完全に解き明かしてあげようじゃないか」

 

4.楽園の数理

 

「まず、最も簡単で、最も分かりやすい【Aクラス】から始めようか」

 

漣は指を一本立て、サングラスを外して琥珀色の瞳をギラリと輝かせた。

 

「綾小路の観察通り、葛城くんは戸塚弥彦を異常なまでに保護していた。Aクラスは現在、葛城派と坂柳派の二大派閥に分裂していることは一学期からの既知の事実だ。そして、今回この無人島に坂柳有栖は不参加。つまり、葛城くんがクラスの全権を握ってこの試験を指揮している。

もし、葛城くん自身がリーダーであるならば、彼は自分の身の安全だけを確保すれば良い。わざわざ戸塚くんという目立つ生徒を周囲から隠すような真似は、かえって『ここに重要な何かがいます』と宣伝しているようなもので、彼の合理的精神に反する。

つまり、葛城くんは『自分がリーダーではない』からこそ、真のリーダーである戸塚くんを敵の視線やスパイから守るために、カモフラージュとして自分がリーダーであるかのように横暴に振る舞い、玉座の前に盾として立っていたのさ。学校側のルールを逆手に取った、徹底的な保守派らしいガチガチの防御陣形だねぇ。よって、Aクラスのリーダーは【戸塚弥彦】、これで確定だ」

 

「なるほど……言われてみれば、葛城くんの性格なら、自分が盾になる不器用な作戦を選びそうね……」

 

堀北がハッと息を呑み、漣の論理の正確さに戦慄を覚えた。

 

「次に、最も厄介に見える【Cクラス】、龍園翔の狙いについてだ」

 

漣はククッと喉を鳴らし、楽しげに言葉を続ける。

 

「堀北ちゃん、君は龍園くんがクラスを三日目に大量リタイアさせたことを『暴挙』や『放棄』のように捉えているけれど、それは大きな間違いさ。彼はね、この試験のルールを最高にハックした、極上の『資本主義的奇策』を仕掛けてきたんだよ」

 

「ハック……? どういうこと、継国くん」平田が身を乗り出す。

 

「いいかい? Cクラスの生徒たちが自主リタイアすれば、一人につきマイナス30ポイントのペナルティが発生する。クラスのほとんどが帰れば、それだけで数百ポイントの赤字だ。だが、リタイアした生徒は『これ以上ポイントを消費しない』し、『他クラスにリーダーを看破されるリスクが完全にゼロ』になる。

そして、試験のルールをよく思い出してごらん。リーダーに割り当てられた端末だけは、絶対に本人が保持し、島内に残り続けなければならない。

現在、島に残っているCクラスのメンバーが誰であるか、正確な名前は不明だが、そんなことは問題じゃない。重要なのは、龍園くんが『自分を含めた極少数の人間だけを島に残し、他の看破されるリスクのある凡愚をすべて船の楽園へと送り返した』という事実そのものさ」

 

漣の目が妖しく細められた。

 

「さらに、伊吹澪という猟犬を我がDクラスに送り込んできた理由。それは、 Dクラスの拠点を混乱させ、リーダーの正体を暴くためだ。

龍園くんは、自クラスのリーダーを完璧な安全圏に置きつつ、自分は他クラスのリーダーをすべて看破して『50ポイント×3クラス=150ポイント』を強奪する絵図を描いている。

自クラスのマイナス分など、他クラスのリーダーを全看破し、さらに裏でAクラスの葛城くんあたりと『ポイントの売買契約』を結んでいれば、いくらでも回収できると踏んだのさ。あの男の傲慢さと捕食者としての世界観を考えれば、自分がリーダーという守る立場に就くはずがない。彼は常に、敵を殴り倒すための『矛』でありたいのさ。

ならば、島に残された数名のうち、他の誰かをリーダーにして隠している可能性もあるが、龍園くんが自分のクラスの命運を決める端末を、他人に預けるようなリスクを冒すとは思えない。彼は自分がリーダーとして端末を握り、絶対に看破されないという絶対の自信のもとで動いているのさ。彼は自分がリーダーという爆弾を背負いながら、最前線で他クラスを蹂躙する狂気を選んだ。よって、Cクラスのリーダーは【龍園翔】だ」

 

「そんな……最初からポイントのマイナスを前提にして、裏での取引と他クラスの看破だけでプラスにするなんて……なんて恐ろしい作戦なの……」

 

櫛田が怯えるような表情を作るが、その瞳の奥には冷酷な計算が見え隠れしていた。漣はそれを見逃さず、心の中でククッと笑った。

 

「そして――最後に【Bクラス】だ」

 

漣はふっと息を吐き、ヘラヘラとした笑みを消して、底知れない冷徹な表情になった。

 

「Bクラスの一之瀬帆波は、誰もが認めるリーダーだ。彼女が指示を出し、クラスをまとめている。だからこそ、誰もが『一之瀬がリーダーだろう』と錯覚する。だが、一之瀬帆波という少女の本質は『異常なまでの仲間想い』であり、かつ『自己犠牲の精神』の塊だ。

もし、彼女自身がリーダーになった場合、彼女は自分が看破された際のリスク(クラスへの50ポイントのペナルティ)を恐れ、過度に慎重になり、いつものような伸び伸びとしたリーダーシップを発揮できなくなる。彼女の善性と責任感の強さは、時に最大の弱点になるのさ。

Bクラスの知将である神崎くんや、クラスのブレーンたちがその弱点に気づかないはずがない。一之瀬をリーダーにすることは、彼女に過度な重圧を与え、クラス全体の崩壊を招くリスクがある。櫛田ちゃんが言った『リーダーの話題を徹底的に避ける指示』も、一之瀬への視線を偽装するための情報統制さ」

 

漣は腕を組み、洞窟の天井を見上げた。

 

「一之瀬ちゃんを完全に『無害で、かつ目立つ看板(デコイ)』として最前線に立たせ、敵の視線をすべて彼女に集中させる。その間に、全く目立たない、他クラスの誰も名前すら知らないような『無名な生徒』にリーダーの端末を持たせて、拠点の奥でひっそりとサバイバルをさせる。これこそが、Bクラスが取るべき最も合理的で、かつ一之瀬帆波という精神的支柱を守るための唯一の最適解(ストラテジー)だ。

つまり、Bクラスのリーダーは一之瀬ちゃんでも神崎くんでもない。他クラスの誰もマークしていない、名もなき一般生徒――【不明(現時点では特定不能の凡愚)】だ。彼らのリーダーは、一之瀬帆波という太陽の影に隠された、完全なる『透明人間』なのさ」

 

「……そこまで見抜いているのなら、Bクラスのリーダーがその『無名な一般生徒』の誰かである以上、最終日までになんとかして炙り出す手段を考えるべきじゃないかしら? 50ポイントが手に入るチャンスなのだから」

 

堀北が探るような視線で、漣に追加の作戦を求めた。

だが、漣はフッと鼻で笑い、首を横に振った。

 

「ノンノン、堀北ちゃん。それは悪手、いや『無作法』というものさ。俺たちのDクラスは、一学期の須藤の暴行疑惑の件で、一之瀬ちゃんをはじめとするBクラスに多大なる『大恩』を受けている。彼女たちの善意の協力がなければ、今のDクラスの平穏も、俺の築いた楽園の数理も成り立っていなかった。

受けた恩を仇で返すような品性の欠いた真似は、俺の美学、ひいては『資本主義的倫理』が許さないのさ。それに、Bクラスは現状、明確にこちらと敵対する意思を見せていない。そんなクラスのリーダーをわざわざ暴いて50ポイントを毟り取るより、Bクラスには一之瀬ちゃんを中心に健全に生き残ってもらい、将来的にAクラスを引きずり落とすための『強力な共闘関係(パートナー)』として温存しておく方が、中長期的に見て遥かに莫大な利益(リターン)を産む。

だから、Bクラスのリーダーについては、これ以上一切探る必要はないし、最終日の解答用紙にも何も書かない――つまり【解答回避】が絶対の指示さ。看板の罠を警戒するという建前も含めて、Bクラスには手を出さないのが最も賢い選択なのさ」

 

「恩、ね……。貴方がそんな殊勝な理由を持ち出すなんて意外だけど、中長期的な利害の一致という観点には同意するわ。確かに、ここで不必要に一之瀬さんたちを敵に回すのは得策ではないものね」

 

堀北は納得したように小さく息を吐いた。自分たちがどれほど視野狭窄に陥っていたか、そして継国漣という男が、どれほど冷徹に、かつ正確に世界を見通しているかを、改めて見せつけられたからだ。

 

「凄いよ、継国くん……。君の推理には、一切の無駄がない。僕たちだけでは、到底そこまで辿り着けなかった」

 

平田が心からの敬意を瞳に宿して漣を見つめる。

 

「あはは、これくらい俺の超スペック脳にとっては、おままごとのパズルを解くようなものさ。さて、堀北ちゃん。俺の導き出した答えは、Aクラスが【戸塚弥彦】、Bクラスは恩義と戦略的撤退を兼ねて【白紙(解答回避)】、Cクラスは【龍園翔】だ。最終日にどう解答するかは、暫定リーダーである君の自由だけどねぇ」

 

漣は再びサングラスをかけると、ヘラヘラとした薄笑いを浮かべて幹部会の輪から離れた。

 

去り際、漣は一瞬だけ、背後に立つ綾小路清隆と視線を交わした。綾小路の死んだ魚のような目の奥に、微かな「愉悦」あるいは「値踏み」するような光が宿ったのを、漣は確かに捉えていた。

 

(綾小路、お前も俺と全く同じ答えに辿り着いていたんだろう? だが、お前はそれを表に出さず、俺に喋らせた。……まぁいいさ。お前がどんな影のキャパシティを持っていようが、この無人島(ゲーム)を完璧に支配し、美しい果実たちを骨の髄まで貪り尽くすのは、この俺――継国漣なんだからねぇ)

 

ジャングルから吹き抜ける熱い風と、洞窟の冷涼な空気が混ざり合う中、漣は自作のベッドへと横たわり、五日目の夜の訪れを静かに待つのだった。嵐の前触れとなる、最高に刺激的な夜を。

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