1.暴利のチキンレース、あるいは1700万の到達点
5月も中旬を過ぎると、高度育成高等学校における「プライベートポイントの枯渇」は、いよいよ致命的なまでの末期症状を呈していた。
4月の入学当初、学校側から何の説明もないまま一律で支給された10万ポイントという大金。それを「毎月貰える小遣い」だと完全に勘違いし、ブランド物の洋服や最新のコスメ、高価なガジェットを買い漁り、放課後になればケヤキモールの高級カフェで自撮りをしながら豪遊していた底辺クラスの生徒たちは、今や完全にそのツケを払わされていた。
昨日までの華やかな生活はどこへやら、今では10ポイントのノート1冊、あるいは1本数十ポイントの最安値のミネラルウォーターすら、残高を気にして買うのを躊躇している有様だ。学生会館の片隅に設けられた、唯一の救済措置である「無料の山菜定食(0ポイント)」のコーナーには、プライドを完全にドブに捨てて飢えを凌ごうとする1年Dクラスを中心とした困窮生徒たちで、毎日朝から晩まで長蛇の列ができていた。
しかし、そんな飢餓状態に陥った偽りの楽園において、1年Dクラスの最後列に座る男――継国漣(つぐくに れん)の生活だけは、学校のルールや世界の経済法則から完全に孤立し、異様なほど浮世離れしていた。
「おいおい、先輩方。今週のチキンレースはもう終わりか? 随分と腰が引けてんじゃねえか。自慢の拳が泣いてるぜ?」
放課後の第二体育館。じっとりとした熱気が籠る武道場の床に、両膝をついて激しく荒い息を吐くボクシング部の2年生エースを見下ろし、漣は首の骨をボキボキと鳴らしながら、いつもの軽薄なヘラヘラとした笑みを浮かべていた。
漣の持つ前世譲りの超高スペック脳と、人間の骨格や筋肉の急所、運動神経の伝達経路を完全に把握した圧倒的な格闘能力からすれば、高校生レベルの上級生アスリートたちを相手にするなど、赤子の手をひねるより容易い。しかし、4月の頃のように、毎日狂ったようにあらゆる部活へ突撃して道場破りを繰り返すことは、5月に入ってからは意図的にセーブしていた。
その理由は極めて単純である。「カモの資源保護」と「学校の運営側に目をつけられすぎないための徹底したリスク管理」だ。
(毎日同じように道場破りをやって、上級生をボコボコにし続けてみろ。いくらプライドが高くて頭の硬い体育会系のバカ先輩どもでも、いずれは『あいつ、わざとギリギリで勝った演技をして、俺たちのポイントを最も効率よく毟り取ってやがるな』ってことに気づいちまう。それに、あまりにも短期間で数百万、数千万という異常な額のプライベートポイントを個人間で動かしすぎると、学校の運営側や生徒会に致命的なレベルで目をつけられ、今後の俺の最大の野望である『女子完全囲い込みハーレム計画』に支障が出るからな。頻度は週に1、2回。ここぞという、プライドが天突くほど高く、かつ未だに裏で大量のポイントを貯め込んでいる体育会系の大物だけを狙い撃ちにするのが、資本効率の面でも一番賢いやり方だ)
この日も、ボクシング部の期待の新星と言われる2年の先輩に「部活動の技術向上を名目とした、賭けポイント付きの1対1のファイト」を仕掛けた。漣はわざと数発の軽いパンチを自分の顔面にかすらせて、鼻血を出す『極上の負け演技』を披露しつつ、相手が油断して大振りのストレートを放った瞬間、その懐に滑り込み、解剖学的に肺の呼吸を完全に停止させる位置への強烈なカウンターのボディブロー一撃で沈めたのだ。
「はい、ルール通り、挑戦者の掛け金の一律10万ポイント、キッチリいただくぜ?」
ピッ、とスマートに端末を操作し、相手の学生証からポイントを確実に吸い上げる。
これで、漣の学生証(最新型端末)に表示された現在の残高は、4月からの莫大な蓄えと、5月の綿密な闇融資活動および格闘ファイトの戦果を合わせて、ついに――
【 17,400,000 pt 】
1740万プライベートポイント。
通常の生徒が3年間の学校生活をどれだけ真面目に過ごそうが、生涯かけても触れることすらできない、国家予算レベルの巨万の富がそこにはあった。これだけの超巨大な軍資金(資本)があれば、この学校の特異なシステムがこの先どう変形し、どんな理不尽な特別試験が課されようが、すべての状況を圧倒的な金の力で捻じ伏せ、狙った女を金と特権で縛り付けるだけの『絶対的な暴力』となる。
「て、てめえ……! よくもやってくれたな……!」
周囲で見守っていたボクシング部の部員たちが漣を殺気立って睨みつけるが、漣は冷酷な、底知れない闇を孕んだ笑みを浮かべて言い放つ。
「悔しかったら、もっとポイント貯めてから出直してきな、腑抜けども。お前らみたいな雑魚に、俺のオールイン(全額賭け)のチキンレースについてこれる度胸はねえよ。じゃあな、俺はこれから可愛い女の子たちと高級ディナーでも行ってくるわ、ひゃははは!」
いつもの「盛りのついた、キモい女好きの馬鹿」というピエロの皮を完全に被り、漣は体育館を後にした。
2.クラスメイトの基礎学力の底上げ:三つの勉強会
5月の下旬が近づくにつれ、Dクラスにはもう一つの巨大な試練が課されていた。それが「1学期中間テスト」である。
担任の茶柱佐枝から「次の試験で一教科でも赤点(平均点の半分)を出した者は、その時点で即刻退学処分となる」という、あまりにも理不尽なルールが告げられたのだ。
クラスの基礎学力は、全クラスの中でも最底辺。特に「3バカ」と称される須藤健、池寛治、山内春樹の3人は、授業中も寝てばかりで、まともに教科書すら開いていない。このままでは、最初の試験でクラスから大量の脱落者が出ることは確実だった。
クラスの崩壊を防ぐため、そして何よりAクラスへの昇格を目指すため、Dクラスでは大きく分けて三つの「テスト勉強会」が主催されることとなった。
① 堀北鈴音の「エリート勉強会」
一つ目は、学力トップクラスの堀北鈴音が主催する勉強会。彼女は、最も赤点に近い須藤、池、山内をケヤキモールの図書室に強制的に集め、マンツーマンで勉強を教えようとした。
しかし、彼女のスタイルはあまりにも高圧的で、他者を見下すエリートそのものだった。
「どうしてこんな簡単な公式も理解できないの? あなたたちの脳は、単なる飾りとして頭の上に乗っているだけかしら。これ以上クラスの足を引っ張るなら、今すぐここから消えてもらえる?」
「あぁん!? 何を偉そうに上から物言ってやがるんだ、てめえ! 誰がそんなクソ生意気な女に勉強なんて教えてもらうかよ!」
須藤が激昂して椅子を蹴り飛ばし、池や山内も「堀北、マジでムカつく!」と不満を爆発させる。堀北の勉強会は、3バカの猛反発を食らい、開始からわずか数十分で完全に決裂、大失敗に終わった。彼女には、他人の目線に立って物事を教えるという、最低限のコミュニケーション能力(スペック)が決定的に不足していたのだ。
② 平田洋介の「救済勉強会」
二つ目は、クラスの良心であり、サッカー部エースの平田洋介が主催する勉強会。彼は図書室の広いスペースを陣取り、勉強に不安のある中位層の生徒たちを集めて、優しく丁寧に勉強を教えていた。
「みんな、焦らなくて大丈夫だよ。分からないところがあれば、僕が何度でも説明するからね。みんなで一緒に、この中間テストを乗り越えよう!」
平田の持ち前の人徳と、誰に対しても分け隔てなく接する聖人のような態度により、彼の勉強会は終始穏やかな雰囲気で進み、参加した生徒たちの学力は難なく合格ラインへと引き上げられていった。平田の統率力は、まさにクラスの太陽だった。
③ 櫛田桔梗主催の「女子限定勉強会」
そして三つ目が、クラスの絶対的アイドル・櫛田桔梗が主催する、女子生徒を中心とした勉強会だった。
場所は、寮の共有スペースの談話室。そこに、勉強が苦手な女子生徒たちが集まっていたのだが――なぜかそこには、Dクラス随一の嫌われ者であるはずのセクハラ男、継国漣の姿もあった。
「ちょっと、桔梗ちゃん! なんで継国くんがここにいるのよ!? こいつ、また私たちの身体をいやらしい目で見るに決まってるわ!」
女子生徒の一人が嫌悪感を露わにして叫ぶ。
しかし、この日の漣は違った。彼はいつもの下品なセクハラ発言を完全に「封印」し、どこか知的で落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、そんなに警戒すんなって。今日は桔梗に頼まれて、お前たちの家庭教師(メンター)として来てやったんだよ。俺の脳みそは、伊達に高いスペック誇ってねえからな。ほら、その数学のプリント、見せてみろ」
漣は驚くほど真面目な顔で、女子生徒たちのノートを覗き込んだ。彼の前世の医術・科学・経済学の超高スペック脳にかかれば、高校1年生の勉強など、1万桁の九九を解くよりも容易い。
漣は、解剖学的に脳が最も記憶しやすい効率的な勉強法、そして心理学的にモチベーションが維持できる絶妙な言葉選びを駆使し、女子生徒たちに驚くほど分かりやすく勉強を教え始めた。
「いいか? この公式は丸暗記しようとするから脳が拒絶するんだ。ここの数字と、こっちの変数の『因果関係』を、パズルみたいにつなげて考えてみろ。ほら、一瞬で解けるだろ?」
「え……? 嘘、本当だ……。あんなに授業で分からなかったのに、一発で理解できた……」
女子生徒たちが、驚愕の目で漣を見つめる。
さらに、漣は頃合いを見計らって、自分が事前に手配しておいた特権を披露した。
「よし、そろそろ脳の糖分が切れる頃だろ? 差し入れ持ってきてやったぜ」
漣が談話室のテーブルに並べたのは、ケヤキモールの超高級洋菓子店から取り寄せた、期間限定の特製フルーツタルトと、最高級の無糖ロイヤルミルクティだった。ポイントが枯渇し、毎日もやしや無料の山菜定食を食べて胃袋が限界を迎えていた女子生徒たちにとって、その色鮮やかで甘いスイーツは、まさに砂漠の中で見つけたオアシス(極上の救済)だった。
「キャーッ!! これ、1個1500ポイントもする、今大人気のタルトじゃない!? 嘘、本当に食べていいの!?」
「いいぜ、好きなだけ食え。俺の奢りだ」
漣がヘラヘラと笑う。
女子生徒たちは狂喜乱舞し、タルトを口に運んだ。
「美味しい……! 死ぬほど美味しい……!」
「継国くん……、あんた、普段はキモいセクハラ男だけど、実はめちゃくちゃ頭が良くて、頼りになるいい人……なの?」
女子生徒たちの漣に対する好感度(認知の歪み)が、圧倒的な「学力の救済」と「食の快楽」によって、急速に書き換えられていく。漣の隣で、すべてを知る櫛田桔梗が、裏の顔(悪魔の微笑み)を隠しながら、いつもの天使の笑顔で漣に寄り添っていた。
(ククク……簡単なもんだぜ。胃袋と脳みそを同時に支配してやりゃ、女なんてのは一瞬で俺の信者(奴隷)に早変わりする。こうして外堀からじっくりと、俺の楽園のパーツを増やしていくのさ)
3.月下の遭遇:生徒会長の暴力と、引き裂かれたプライド
その日の夜、20時を過ぎた頃。
漣は、敷地内の自動販売機で冷たい缶コーヒーを買い、男子寮へと戻る道をのんびりと歩いていた。新緑の匂いが混じる夜風が心地いい。
その時、校舎の裏手、人通りの完全に途絶えた特殊棟の影から、地を這うような緊迫した声が聞こえてきた。
「……お前はやはり、ただの泥をこの学校に持ち込んだだけのようだな、鈴音」
(ん? 鈴音……? Dクラスのあの黒髪ツンデレ美少女か?)
漣の超高スペック脳が瞬時に反応する。サバイバル能力をフルに活用し、自らの足音と気配を周囲の空気に完全に溶け込ませて、暗がりの植え込みへと滑り込んだ。
街灯の僅かな光に照らされていたのは、1年Dクラスの堀北鈴音。
術中にはまり、3バカの勉強会を失敗させて孤立している彼女の前に立ちはだかるのは、メガネをかけた冷徹な雰囲気の男だった。その男の胸元には、生徒会長のバッジが妖しく光っていた。3年Aクラス、堀北学。鈴音の実の兄である。
「私は……私は、兄さんに追いつくために、この学校に来ました。Dクラスに配属されたのは何かの間違いです。私はすぐに、実力でAクラスへ上がってみせます!」
鈴音が悲痛な声をあげる。しかし、堀北学の瞳は、実の妹を人間としてすら認めないような、冷酷な光を宿していた。
「間違いではない。お前がDクラスである理由、それはお前が己の致命的な欠点に気づかず、他者を見下し、孤立しているからだ。そんなお前がこれ以上、私の前に立つことは許さん。……この学校のシステムを汚す前に、去れ」
学は冷酷に言い放つと、鈴音の細い手首を強引に掴み上げた。
「な、何を……っ、兄さん……っ!」
学の身体が流れるように動く。合気道、あるいはそれに類する古流武術の体捌き。彼は、抵抗する鈴音をそのままアスファルトの地面へと、容赦なく投げ飛ばそうとした。実の妹に対する、明らかな過剰暴力。
普通の人間の目には、それは一瞬の出来事に見えただろう。だが、植え込みの影に潜んでいた悪魔(漣)の目は違った。
(おいおい、実の妹をコンクリートに叩きつけるか? とんだDV兄貴だな……。だが、これは最高の手札(おもちゃ)になるぜ)
漣は、ポケットの中でスマートフォンのカメラアプリを瞬時に起動させていた。超高画質カメラは、夜間の暗がりでも完璧にピントを合わせる。学が鈴音の手首を掴み、投げに移行するその決定的な暴力の瞬間――。
カシャッ。カシャカシャカシャ。
静寂の夜空に、シャッター音が連続して響き渡った。
「――誰だ」
堀北学の動きがピタリと止まる。彼は鈴音の手首を掴んだまま、鋭い眼光を漣が潜む植え込みへと向けた。
「へえ、さすがは生徒会長。耳が良いな」
漣はヘラヘラと笑いながら、自販機で買った缶コーヒーを片手に、植え込みから姿を現した。
「よお、堀北。それから、その厳つい眼鏡の兄貴。夜中に兄妹でずいぶんと激しいプレイをしてるじゃねえか。生徒会長直々のDVの現場、バッチリ高画質で録画させてもらったぜ?」
「……1年の、継国漣か」
学は妹の手首を放し、ゆっくりと漣に向き直った。その目は、完全に不審者を排除するための戦闘態勢に入っている。
「お前が噂の、全財産を賭けてストリートファイトまがいの道場破りをしているという不届き者か。運動部からポイントを巻き上げているという報告は受けていたが……。そのスマートフォンを渡せ。データを消去しろ。さもなければ、生徒会権限でお前を即刻処分する」
「処分? 脅し文句としては三流だな、兄貴。俺はルールの中でしかポイントを稼いでねえよ」
漣はスマートフォンをポケットにしまい、缶コーヒーを一口飲んだ。
「それより、生徒会長ともあろうお方が、私的な感情で1年の女子、それも実の妹に暴力を振るい、怪我を負わせようとした。これが学校側や理事会に知れたら、お前のその輝かしいキャリアも一瞬でオワコンだぜ? 処分されるのはどっちかなぁ?」
「……言葉で理解できないなら、力で分からせるまでだ」
学の身体が、一瞬でブレた。
常人の反射速度を遥かに超える、電光石火の踏み込み。学の鋭い突きが、漣の顔面に向けて放たれる。
「兄さん、やめて――!」
鈴音が悲鳴をあげる。
だが、次の瞬間、驚愕の光景が広がった。
漣は首をわずかに数センチだけ傾け、その音速の突きを紙一重でかわした。それどころか、空いた左手で学の突きの軌道を軽く叩いて完璧に受け流し(パリング)、同時に右手に持っていた缶コーヒーを、学の顔面スレスレでピタリと止めたのだ。
「――ッ!?」
学の目が見開かれる。
「ふん、合気道に空手、それから少林寺か? 基礎はできてるが、所詮は『ルールのある武道』の動きだな、兄貴。俺の格闘スペックは、戦場で敵を効率よく殺すための暗殺術(リアル)だ。俺に色気出すと、大怪我するぜ?」
漣はそのまま、学の胸元に軽い掌底を叩き込んだ。
ドンッ! と軽い音がしたかと思うと、学の頑強な肉体が、数メートル後方へと弾き飛ばされ、アスファルトの上をよろめきながら大きく後退した。
「くっ……お前、その動き……!」
学は胸を押さえ、信じられないものを見る目で漣を睨みつけた。自分が力で圧倒されるなど、この学校に入学して以来、初めての経験だった。
「さて、生徒会長さんよ」
漣は再びスマートフォンを取り出し、画面を弄ぶ。
「俺はジェントルマンだからな、司法取引(ディール)をしてやるよ。この動画の消去代、それから俺の神聖な夜のお散歩を邪魔した慰謝料として……10万ポイント、今すぐここに振り込め。拒否するなら、今夜中にこの動画を学校の全サーバーにマルチポストしてやる」
学は屈辱に唇を噛み締めた。目の前の男の実力が、自分を遥かに凌駕していることを、その肉体が理解していた。ここで下手に動けば、自分の立場だけでなく、生徒会そのものの威信が崩壊する。
「……いいだろう。今回は私の不徳だ」
学は学生証を取り出し、漣の端末に接触させた。ピッ、という電子音とともに、10万ポイントが漣の口座へと吸い込まれる。
「毎度あり~! さすが3年Aクラス、太っ腹だねぇ!」
漣は満足そうに笑うと、その場で学の目の前で動画ファイルをゴミ箱に入れ、完全に消去してみせた。「約束は守るぜ。じゃあな、DV兄貴。妹ちゃんは俺が優しく慰めてやるから、とっとと失せな」
学は最後に漣を鋭く睨みつけると、一言も発さずに闇の中へと消え去っていった。
後に残されたのは、地面に座り込んだまま呆然としている堀北鈴音と、缶コーヒーをすする漣の二人だけだった。
「……大丈夫かよ、ツンデレ美少女ちゃん」
漣は鈴音の前にしゃがみ込み、その綺麗な顔を覗き込んだ。すると、鈴音はハッと我に返り、信じられないものを見るような、そして強い警戒を孕んだ瞳で漣を睨みつけた。
「継国、くん……。あなた、今の兄さんの動きを、あんな簡単に……。それに、兄さんが言っていたのは本当なの? あなた、上級生の運動部に全財産を賭けた道場破りをして、ポイントを巻き上げているって……。4月から今まで、ずっとそんなことをしていたの?」
「ん? ああ、それな。本当だぜ。俺の持つ圧倒的なスペックを活かして、合法的に先輩たちからポイントをカツアゲ、いや、譲り受けてただけさ」
漣はヘラヘラと笑いながら、自分のスマートフォンの画面を起動させ、これみよがしに鈴音の目の前に突きつけた。
「ほら、見てみなよ。これが俺の現在の『真の実力(パワー)』だ」
画面に表示された、あまりにも非現実的な数字。
【 17,500,000 pt 】
「な……っ!? 1750万ポイント……!?!? 嘘、信じられない……!!」
堀北鈴音は絶句し、その美しい瞳をこれ以上ないほどに大きく見開いた。Dクラスの生徒たちが、数十ポイントのパンを買うのにも苦しみ、もやしを食べて飢えを凌いでいるこの極限状態の中で、目の前の男は一クラスの総保有量を遥かに超える莫大な富を、個人で独占していたのだ。
漣は鈴音の顎をクイッと強引に持ち上げ、その驚愕に震える潤んだ瞳を見つめた。
「今じゃお前らみたいな貧乏クラスの連中とは、住む世界が違うんだよ。なぁ、鈴音。お前、兄貴に認められたいんだろ? でもな、あんな頑固な男、普通にやってちゃ一生無理だぜ。お前には圧倒的に『力』が足りない。クラスメイトを見下して孤立してるお前じゃ、Aクラスに上がるなんて夢のまた夢だ」
「な、何よ……あなたに私の何が分かるっていうのよ……っ、放しなさい!」
鈴音は顔を真っ赤にし、激しく漣の手を振り払って立ち上がった。
「私は、自分の力で兄さんに認めさせてみせるわ! あなたみたいな最低なクズの力を借りるなんて、死んでも御免よ!」
鈴音は激しい足取りで寮の方へと走り去っていった。
漣はその、怒りで揺れる美しい黒髪と、引き締まった後ろ姿を眺めながら、ペロリと舌を巻いた。
「ひゃはは、いいトラだねぇ! 噛みつき甲斐がある。あいつが絶望して、俺の足元で『抱いてください』って泣きついてくる瞬間が、今から楽しみだぜ」
4.深まる調教:依存の蜜と、過去問の回収
その夜、22時。男子学生寮の401号室、漣の部屋。
室内には、エアコンの微かな作動音と、生々しく濡れた肉体の結合音が、重苦しく響き渡っていた。
ベッドの上では、Aクラスの神室真澄が、全裸で漣の下に敷かれ、黒髪の長髪をシーツに乱れさせながら、声を殺して喘いでいた。
5月に入ってからの漣は、完全に手中に収めたDクラスの櫛田桔梗と、Aクラスの神室真澄の二人を、曜日や状況に応じて完璧な「ローテーション」で部屋に呼び出し、その日の欲望を満たすための性の玩具として交互に調教し続けていた。
神室は最初こそ、万引きの証拠写真と動画による脅迫という『鎖』によって無理やり従わされていたが、漣の医術的知識に基づいた、女性の動脈や神経の集中するスポットを完璧に愛撫し、快楽の限界へと導く「超高スペックな夜の技術」によって、その肉体は確実に漣なしではいられない状態へと作り替えられていた。
「あ、ん、んっ……! れん……、そこ、だめ……っ、あぁっ!」
神室が白い指先で漣の逞しい肩を掴み、背中を反らせる。
「だめじゃないだろ、真澄。ほら、ちゃんとカメラを見ろよ。お前がどんなに淫らな顔で俺を締め付けてるか、バッチリ写してやるからさ」
漣はスマートフォンを片手に構え、神室の濡れた瞳、 そして二人の肉体が激しく交わる結合部を、容赦なく写真と動画に収めていく。神室は恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながらも、肉体から湧き上がる圧倒的な快感の奔流に抗えず、何度も腰を激しく震わせて絶頂へと達していった。
神室を送り出した翌日には、今度は櫛田桔梗がフードを深く被って部屋へとやってくる。
櫛田との行為は、神室の冷淡な反応とは異なり、承認欲求と特権階級の蜜が混じり合った、より狂気的なものだった。クラスの連中がもやしを食べて飢えを凌いでいる中、彼女だけは漣から定期的に与えられる数万ポイントの『維持費』によって、裏で高級なスイーツやコスメを楽しみ、精神的な優越感を保っている。
「あ、あんっ……! 漣くん、すごい、すごいのぉッ……! おかしく、なっちゃうぅ!」
櫛田は白目を剥き、よだれを垂らしながら、漣の強靭な肉体がもたらす圧倒的な快楽に身を委ねていた。隣の部屋に聞こえるかもしれないというスリルが、彼女の理性を完全に粉砕する。
激しい水音が室内に響き渡り、漣は櫛田の引き締まったお腹を抱え込むようにして、最後の猛りを彼女の最深部へと叩き込んだ。
「あ、はぁぁァァッ――! イく、イっちゃうぅぅ!!」
櫛田の身体が大きく弓なりに反り返り、極上の締め付けとともに、二人は同時に絶頂へと達した。
しばらくの後。
シャワーを浴び終え、バスタオルを腰に巻いた漣は、ベッドの上でぐったりと横たわる櫛田の横に座った。櫛田の太ももには、先ほどの激しい交わりの名残が白く垂れている。
漣は櫛田のスマートフォンを手に取り、画面を操作した。
ピッ。
【 プライベートポイントを100,000pt 譲渡しました 】
「ん……? 漣くん、またポイント……?」
櫛田が、まだ熱の冷めない瞳で漣を見上げる。
「違うぜ、桔梗。今回のこれは、お前の小遣いじゃない。『作戦経費』だ」
「作戦……経費?」
漣は櫛田の豊かな胸を軽く揉みながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「今からお前に、Dクラスの救世主になってもらう。いいか、明日、2年Dクラスの先輩を捕まえろ。ポイントに困ってそうな奴なら誰でもいい。その10万ポイントをチラつかせて、『過去の1学期中間テストの問題と解答』を、全教科分、買い取ってこい」
櫛田の目が、ハッと見開かれた。彼女の優秀な頭脳でも、漣の意図が瞬時に理解できたからだ。
「過去問……! そうか、この学校の教師は、毎年同じ試験問題を使い回している可能性があるのね……!?」
「ご名定。学校のシステムが『実力至上主義』である以上、過去のデータを集めて対策を練るのは基本中の基本だ。だが、今の1年Dクラスのバカどもには、そんな発想も、買い取るポイントもねえ」
漣は櫛田の顎を持ち上げ、優しく唇を重ねた。
「過去問を手に入れたら、お前のルートで、クラスの連中全員に『無料で』配れ。池や山内、須藤みたいなバカどもにな。もちろん、出所が俺だってことは絶対に伏せろ。お前が『先輩に泣きついて、みんなのために手に入れた』ってことにするんだ」
櫛田の身体が、歓喜と興奮で小刻みに震え始めた。
「それって……、私がそれを配れば、クラスのみんなは私を『最高の命の恩人』として、これまで以上に崇拝するようになる……!」
「そうだ。お前の『みんなに好かれたい』っていう承認欲求も満たされるし、クラス全体の平均点も跳ね上がる。クラスの評価が上がれば、巡り巡って俺たちの実利になる。……なにより、クラス全員がお前の手のひらの上で踊ることになるんだぜ? ゾクゾクするだろ?」
櫛田は漣の首に両腕を絡ませ、狂おしいほどの熱い視線を向けた。
「すごい……、本当にすごいいい……! 漣くん、あなたって本当に悪魔ね……。私の欲しいものを全部お見通しで、私をどんどん、あなたの奴隷にしていく……」
櫛田の心は、完全に漣に屈服していた。この男の言う通りに動いていれば、自分は破滅するどころか、クラスの絶対的な聖女として君臨し続けられる。経済的にも、精神的にも、あるいは肉体的にも、彼女はもう継国漣という存在なしでは生きられない依存状態になっていた。
「ひゃはは、気に入ったぜ。じゃあ、明日さっそく動けよ、俺の可愛い牝犬ちゃん」
「はい……っ、ご主人様……❤」
二人は再び、夜の闇の中で激しく乱れ狂った。
5.中間テストの罠:茶柱の冷酷と「1点の価値」
数日後。
櫛田桔梗の裏からの鮮やかな暗躍により、1年Dクラスには「奇跡の救済措置」がもたらされた。
櫛田が「先輩にお願いして、なんとかみんなのために手に入れたの!」と言って配った過去の中間テスト問題。教室内は狂喜乱舞となり、池や山内、須藤らは「桔梗ちゃんマジ天使!」と涙を流して彼女を崇拝した。
結果として、Dクラスの連中は、漣の目論見通り、過去問とほぼ同じ内容だった中間テストを次々と高得点でクリアしていった。
そして、5月下旬。運命の点数発表の日。
教室の教壇に立った担任の茶柱佐枝は、いつもの冷淡な声で、黒板にテストの結果を貼り出した。
「今回の試験、お前たちは実によくやったと言うべきだな。平均点は全教科、合格ラインを遥かに超えている」
クラス中から「よっしゃあ!」と歓声が上がる。過去問のおかげで、赤点の基準はクリアしたと誰もが確信していた。
しかし、茶柱の目は、まったく笑っていなかった。
彼女はトントン、と黒板の一箇所を指差した。
「だが――一人だけ、赤点に届かなかった者がいる」
全体の平均点が過去問および漣の勉強会によって予想以上に跳ね上がった結果、赤点のボーダーライン(平均点の半分)も同時に押し上げられていたのだ。
画面に表示された、須藤健の英語の点数。
【 須藤健:39点 】
「な……っ!?」
須藤の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「1点……? 1点、足りねえ……?」
茶柱は哀れみの色すら見せず、事務的に告げた。
「そうだ。事前のルールの通り、赤点を一教科でも取った者は、その時点で退学処分となる。須藤、荷物をまとめて速やかに教室から退出――」
「ふざけんじゃねえよッ!!!」
須藤が激昂し、机をひっくり返した。ガシャーン! と激しい音が響く。
「たかが1点だぞ!? 1点くらい、おまけしろよ! 先生、頼むよ、俺にはバスケがあるんだ、ここで退学になったら――」
「ルールはルールだ。お前たちの実力が足りなかった、それだけの話だ」
茶柱は冷酷に言い放つと、書類をバインダーに挟み、一切の未練なく教室のドアを開けて去っていった。
教室内は、一瞬にして通夜のような静寂に包まれた。
池や山内は震え、櫛田は可哀想にという表情を浮かべ、堀北鈴音は自分の無力さに唇を噛み締めていた。
そんな中、漣は窓際の席で、ニヤニヤと楽しそうにその光景を眺めていた。
(ククク、1点足りずに退学か。傑作だな。……だが、あの男なら、どう動く?)
漣の視線の先――。
茶髪の目立たない男、綾小路清隆が、静かに席を立った。正式に呼応するように、堀北鈴音もまた、何かに縋り付くように席を立ち、教室を飛び出していった。茶柱の後を追うために。
(ほう、やっぱり動くか。……さて、この学校の『点数』が、一体いくらで買えるのか、俺も見届けさせてもらおうじゃねえか)
漣は誰にも気づかれないように、音もなく席を立ち、二人の後を追って廊下へと滑り出した。
廊下の奥、人気のない階段の踊り場で、綾小路と堀北は茶柱を呼び止めていた。
「茶柱先生。待ってください」
綾小路の声は、いつもと変わらず平坦だった。
「何だ、綾小路、それに堀北。須藤の処分に異議でもあるのか? 言っておくが覆らんぞ」
茶柱が振り返る。
堀北が前に出た。
「先生、この学校は『ポイントであらゆるものが買える』と言いました。……ならば、須藤の『テストの点数』を買うことは可能ですか?」
その言葉に、茶柱の目がわずかに見開かれた。
「……ほう。面白いことを言うな」
影からその様子を見ていた漣は、脳内でニヤリと笑った。
(やっぱりな。ポイント=自由、そしてルールすらも書き換える絶対の資本。点数を買うなんて発想、普通の学生じゃ出てこねえ。綾小路、お前やっぱり面白い奴だぜ)
茶柱は冷酷に笑い、交換条件を突きつけた。
「いいだろう。確かにこの学校では、ポイントであらゆるものが買える。……ただし、安くはないぞ。テストの点数、1点につき『10万プライベートポイント』だ」
「10万……っ! 払えないわ……」
堀北が息を呑む。現在のDクラスの残高では、そんな大金は払えない。堀北自身の残りポイントも、数万ポイント程度しか残っていなかったのだ。1750万という漣の圧倒的な残高を見た直後だからこそ、彼女は自分の無力さと貧しさに血の涙を流すほどの屈辱を味わっていた。
「どうした、払えないなら話は終わりだ」
茶柱が歩き出そうとしたその時、綾小路が静かに自分の学生証を取り出した。
「俺のポイントも足します。それで、須藤の1点分――10万ポイントになりますか?」
「……あ、綾小路くん……?」
堀北が驚愕の目で隣の男を見る。
茶柱は二人の端末を確認し、フッと口元を緩めた。
「確かに、二人合わせれば10万ポイントだな。よかろう、取引成立だ。須藤の英語の点数を40点に書き換え、退学処分は撤回とする」
ピッ、という電子音とともに、二人の残り少ないポイントが茶柱の端末へと吸い込まれていった。
すべてを見届けた漣は、影からゆっくりと姿を現し、パチ、パチ、パチ、と皮肉な拍手を送りながら歩み出た。
「へえ、素晴らしいクラス愛(自己犠牲)だねぇ、綾小路くんに堀北ちゃん」
「――継国!?」
堀北が驚き、険しい表情で漣を睨みつけた。「あなた、いつからそこに……!」
「最初からだよ。いやー、1点が10万ポイントか。勉強になったぜ。この学校、マジで金(ポイント)が全てなんだな。……なぁ堀北、そんなカツカツの状態で、これからどうするんだよ? 今回は1点で済んだから二人で払えたけど、次は数百万、数千万のポイントが必要になる特別試験が来るぜ?」
漣は堀北のすぐ目の前まで歩み寄り、彼女の冷たい美貌を見下ろした。
「だから言ったろ? 俺を頼れって。俺の持つ『力(資本)』があれば、須藤の退学どころか、クラスごとAクラスへ引き上げてやるってな。……まぁ、じっくり考えておきなよ。お前がいつ、その高いプライドを完全に捨てて、俺のベッドに飛び込んでくるかをさ、ひゃははは!」
漣はそれだけ言い残すと、驚愕と屈辱に震える堀北と、相変わらず無表情な綾小路を置き去りにして、悠然と歩き去っていった。
(1740万ポイント。これだけの軍資金と、すでに手中に収めた駒があれば、次からの特別試験、女子の囲い込みも思いのままだ。さあ、次はどの美少女を俺の毒牙にかけてやろうかねぇ……!)
5月の激動の裏で、絶対的な富と力を拡大し続ける継国漣。彼の楽園支配の足音は、着実に、そして容赦なく学校全体へと響き渡りつつあった。