1.資本の転換:チキンレースの終焉と「見えない鎖」
5月の最終週を迎えた高度育成高等学校は、名実ともに「持てる者」と「持たざる者」の格差が限界に達し、学園全体の生態系が悲鳴を上げていた。
中間テストという最初の大きな障壁を、櫛田桔梗を媒介とした過去問の流布、そして平田洋介や継国漣自身の勉強会によってどうにか乗り越えた1年Dクラスだったが、それで飢えが満たされるわけではない。テストの点数は10万ポイントで買えても、日々の食料や生活必需品は1ポイントたりとも安くはならないからだ。
他クラスも状況は似たり寄ったりだった。特にCクラスやDクラスといった下位クラスの生徒たちは、学生会館の「無料の山菜定食」の列に並ぶことすら日常の光景となり、プライドを摩耗させながら、ただ6月1日のポイント支給日(それすら、クラスポイントの割り振りがどうなるかで微々たるものになるという現実を、彼らはまだ正確には理解していない)を夢見て、首を長くして待っていた。
そんな中、1年Dクラスの最後列に君臨する悪魔――継国漣は、自身の学生証(端末)に表示された【 17,500,000 pt 】という巨万の富を眺めながら、冷徹な思考を巡らせていた。
(5月中旬まで続けていた、体育会系の上級生をターゲットにした、賭けポイント付きの道場破り――通称『暴利のチキンレース』は、これで完全に終了だ。これ以上、暴力と格闘スペックに物を言わせて大金を強奪し続ければ、いくら規約の穴を突いた『部活動の延長線上の勝負』と言い張ろうが、生徒会長の堀北学や、学校の運営側、理事会が本格的なペナルティや規約改定に動くのは目に見えている。先日の夜、堀北学から10万ポイントを脅し取ったのも、あいつのプライドを挫きつつ、俺の武力を知らしめるための前哨戦に過ぎん。ここから先は、武力(ステージ1)から、金融工学(ステージ2)へと、支配の形をシフトさせる)
漣の持つ超高スペック脳は、前世から培ったあらゆる経済学の理論、行動経済学の心理トラップ、そして人間が「金」という概念に対して抱く絶対的な依存度を完全にハッキングしていた。
この学校のシステムは、あらゆるものをポイントで買える。だが、ポイントの個人間譲渡に関しては、スマートフォンの端末同士を接触させるだけで「いつでも、誰とでも、いくらでも」可能という、驚くほどガバガバな自由度が残されている。学校側はあえて生徒たちの自律的な経済活動を促すためにこの仕様にしているのだろうが、それは漣のような悪魔からすれば、合法的な「銀行(闇金融)」を設立してくださいと言っているようなものだった。
「暴力で毟り取るのは三流のやることだ。これからは、バカどもが自ら進んで頭を下げ、俺の足元にひざまずいて金を借り、一生逃れられない『見えない鎖』を首に巻きつけるように仕向けてやるよ。ひゃははは!」
漣は冷酷に笑うと、ベッドの上で寝そべりながら、特製の「ローンシミュレーション・アプリ」を自作のプログラムで端末内に構築し始めた。
2.「救済の支配者」:1000ポイントからの悪魔の融資
漣が始めたのは、学園のルールや生徒会が介入できない、極めて巧妙かつ「常識の範囲内」を装った個人間融資システムだった。
法外なトイチ(10日で1割)やトゴ(10日で5割)といった、絵に描いたような違法闇金をこの学校でやれば、即座に生徒会権限で処分されるか、学校側にポイント移動の不審性を咎められる。漣の脳が弾き出した最適解は、**「法定金利の極限を攻める、親切で紳士的な救済措置」**という欺瞞の皮を被せることだった。
「融資は、1口『1000プライベートポイント』から。最大でも1人5万ポイントまで。利息は月利15%~20%。返済期日は毎月のポイント支給日(1日)から1週間以内。遅延損害金は日歩0.1%」
この条件は、外の世界の一般的な消費者金融やカードローンと比べればやや高いが、この閉鎖された極限環境の学園においては、驚くほど「現実的で、手が出しやすい親切な条件」に見えるように調整されていた。何より、1000ポイントという少額から借りられる手軽さが、飢えた生徒たちの心の防壁を完璧に粉砕する。
漣はまず、すでに肉体とポイントで完全に調教し終えているDクラスの櫛田桔梗を自室に呼び出し、彼女を「フロント(広告塔)」として動かすことにした。
「いいか、桔梗。お前の広い人脈を使って、クラスや他クラスで『どうしてもポイントが足りなくて、今日の生活にも困っている可哀想な子』に、耳打ちしてやれ。1年のDクラスの継国が、困っている仲間のために、本当に困った時だけ少額のポイントを融資してくれる『親切な救済口座』を作ったってな」
櫛田は漣の逞しい胸に指を這わせながら、ゾクゾクとした興奮に瞳を潤ませて微笑んだ。
「なるほどね……。私が『みんなを救うための親切な情報』として紹介すれば、私の聖女としての評価はさらに上がるし、みんなは漣くんに感謝しながら、自ら進んで借金まみれになっていくわけだ。本当に、底意地が悪い方法ね、漣くん」
「悪魔って言ってくれよ。ほら、まずは困ってる女子生徒を中心に声をかけていけ。男のバカどもは後回しでいい。まずは、胃袋と物欲を刺激された女子からだ」
「はーい、ご主人様❤」
櫛田の天才的なコミュニケーション能力と口コミの効果は絶大だった。
翌日の放課後から、漣の端末には、匿名のチャットアプリを通じて、続々と「相談」という名の悲鳴が届き始める。
最初の顧客は、Cクラスの大人しそうな女子生徒だった。
彼女は4月にポイントを使い果たし、ここ数日は1日1食の山菜定食だけで過ごしていたため、肌は荒れ、大好きなスイーツやコスメの新作を買うこともできず、精神的に限界を迎えていた。
「あの……継国くん、初めまして。クラスの友達から聞いたんだけど……本当に、ポイントを貸してもらえるの?」
放課後の特別棟の裏、人目のない場所で、彼女は怯えながら漣を見上げた。
漣はいつもの下品な態度を完全に隠し、まるで一流の銀行員か優しいお兄さんのような、極上の紳士スマイル(ビジネス偽装)を浮かべて応じた。
「ああ、初めまして。話は桔梗から聞いてるよ。毎日山菜定食ばかりじゃ、女の子の綺麗な肌が台無しになっちゃうもんな。この学校のシステムは冷酷だけど、俺は同じ1年生として、困っている仲間を放っておけないタチなんだ。……とりあえず、今必要な分として『5000ポイント』で足りるかい?」
「えっ……!? 5000ポイントも……!? でも、利息とか、お高いんでしょう……?」
漣は優しく端末の画面を見せた。そこには、事前に作成した、極めてクリーンな電子契約書(合意書)が表示されている。
「まさか。俺はヤクザじゃないんだから、暴利なんて取らないよ。月利は15%。5000ポイント借りたら、来月の支給日に『5750ポイント』にして返してくれればそれでいい。1日あたりに換算すれば、ほんの数十ポイントの利息だ。ジュース1本分より安いだろ?」
女の子の計算能力では、月利15%が年利換算で180%という超高金利であること、そしてこの学校のポイント支給が「クラスポイント」に依存しているため、来月確実にポイントが入る保証がないというリスクにまで頭が回らない。ただ目の前の「5000ポイント」という大金と、「1日あたり数十ポイント」という甘い言葉に、完全に理性を奪われていた。
「借りる……! 借ります! お願い、継国くん!」
「はい、取引成立(ディール)。端末を出して」
ピッ。
電子音とともに、漣の1750万ポイントの巨海から、わずか5000ポイントの一滴が彼女の端末へと注がれた。彼女の顔が一瞬にして歓喜に染まり、「ありがとう、継国くん! あなたって本当に命の恩人よ!」と、何度も頭を下げて去っていった。
漣はその姿を、冷酷な、獲物を捕らえた蜘蛛のような歪んだ笑顔で見送った。
(ひゃははは! 感謝されたぜ、金を貸して高金利を貪るだけの闇金業者がよ! 人間ってのは面白いな。極限状態に置かれると、自分を破滅へ導く手ですら、救いの神の手だと勘違いして縋り付く。これで彼女は、来月の支給日に俺に利息を払うために、俺の命令(奴隷化)を拒めなくなる『見えない首輪』をハメられたわけだ)
3.増殖する債務者たちと、Dクラス「3バカ」の自滅
融資の噂は、瞬く間に「信頼できる貧困層」の間で広がっていった。
漣の徹底しているところは、誰にでも無差別に貸すわけではない、という点だ。融資を申し込んできた生徒に対して、超高スペック脳による臨時の「与信審査(面談)」を課していた。
「お前、Cクラスの〇〇だな。先週の小テストの点数は? 普段の素行は? 友達は多いか?」
相手のクラス内での立ち位置、情報収集の駒としての価値、そして何より「肉体的・精神的に追い詰めた際、どれだけ俺の言うことを聞くか(従属度のポテンシャル)」を完璧に見極め、貸付額を1000ポイントから数万ポイントの間で細かくコントロールした。
特に、中間テストで退学の危機を免れたものの、ポイント残高が完全にゼロになり、明日生きるための食費すら底を突いていたDクラスの「3バカ」――須藤健、池寛治、山内春樹の3人が、この甘い罠に飛び込んでこないはずがなかった。
「おい、継国……! てめえ、裏でポイント貸し付けてるって本当かよ! 俺たちにも貸せよ!」
放課後の部室棟の影で、須藤が池と山内を引き連れて、漣に詰め寄ってきた。
漣はポケットに手を突っ込み、ヘラヘラと笑いながら応じる。
「お前らか。中間テスト、綾小路と堀北に10万ポイント払ってもらって命拾いしたばかりだろ? よくまあ、そんな偉そうな態度で金の無心ができるな」
「うるせえ! 背に腹は変えられねえんだよ! 毎日あの無料の山菜定食ばかりで、俺の筋肉が落ちちまう! バスケの練習にも影響が出るんだ! 頼む、1万……いや、3万ポイント貸してくれ!」
須藤がプライドをかなぐり捨てて頭を下げる。池と山内も「俺たちにも、可愛い女の子とデートするための資金として、とりあえず1万ポイントずつ頼む!」と、身の程知らずな要求を突きつけてきた。
漣は脳内で素早く、こいつらの「価値」を弾き出した。
(須藤、池、山内。学力は底辺、知能も雑魚レベルだが、須藤の身体能力だけは今後の特別試験で物理的な駒として使える。池と山内は……ただの動く情報漏洩機(スピーカー)だが、こいつらを借金で縛っておけば、クラス内の男子の世論を裏から操作するのに便利だな)
「いいぜ、お前ら。同じDクラスの仲間だ。困った時はお互い様だからな。ただし、俺の融資ルールは厳格だぞ。須藤には2万ポイント、池と山内には5000ポイントずつ。月利は一律20%だ。来月の支給日に、キッチリ利息を上乗せして返してもらう。もし返せなかったら……」
漣は一瞬だけ、前世の修羅場を潜り抜けた暗殺者としての、凍りつくような冷徹な眼光を3人に向けた。
「俺の『体罰(リアル)』を骨の髄まで味わってもらう。それから、俺の犬として、学園内でどんな汚い仕事でもやってもらうからな。それが条件だ」
3人は漣の放った、一瞬の圧倒的な殺気に気圧され、背筋に冷たい汗を流しながらも、目の前に提示されたポイントの魅力に勝てず、ゴクリと唾を飲み込んで頷いた。
「わ、分かったよ……。約束は守る。だから早く、ポイントをくれ……!」
ピッ、ピッ、ピッ。
3人の端末に、合計3万ポイントが転送される。
「よっしゃあ! これでケヤキモールの焼肉に行けるぜ!」
「山内、ナンパの軍資金ができたな!」
大喜びで走り去っていく3バカの後ろ姿を見ながら、漣はククク、と喉を鳴らして笑った。
「バカどもが。来月のDクラスの保有ポイントが何ポイントになるかも分かってねえのに、目先の焼肉のために未来の自由を売り飛ばしやがって。来月、お前たちの首がどれだけ締まるか、今から傑作だな」
4.堀北鈴音の驚愕と、絶対的資本の前に屈する正論
5月の最終日の夜。
学園内のカフェやモールが閉まり、静まり返った寮の共有ロビーで、漣はソファーに深く腰掛け、端末で現在の「融資ポートフォリオ(貸付帳簿)」を確認していた。
わずか1週間の間に、漣からポイントを借り入れた生徒は、1年のAクラスからDクラスまで、合計で**「47名」**に達していた。貸付総額は約60万ポイント。これによって、学園内に張り巡らされた漣の「債権ネットワーク」は、網の目のように生徒たちのプライベートな領域へと侵食していた。
貸し付けた相手の弱み、交友関係、クラスの内部事情といった極秘情報が、金利の支払い交渉や生存確認の面談を通じて、すべて漣の手元に一元化されていく。これこそが、漣の目指した「悪魔の金融工学」の真の成果だった。
そこへ、夜の自販機で冷たいお茶を買いに来たらしい、堀北鈴音が通りかかった。
彼女はソファーに座る漣の姿を見るなり、あからさまに嫌悪感に満ちた表情を浮かべ、足早に通り過ぎようとした。
「よお、ツンデレ美少女ちゃん。そんなに俺を避けるなよ。寂しいじゃねえか」
漣がヘラヘラと声をかける。
堀北は足を止め、氷のように冷たい瞳で漣を射抜いた。
「継国くん。あなた、裏で何をしているの? 最近、クラスの須藤くんや池くんたちが、急に羽振りが良くなったり、あなたの前でだけ妙に縮こまった態度を取っているわ。それに、他クラスの女子生徒たちが、あなたに怯えるようにして接触しているという噂も聞いている。……あなた、また何か不届きなルール違反をしているんじゃないでしょうね?」
漣は端末をポケットにしまい、ニヤニヤしながら立ち上がった。
「ルール違反? 心外だな。俺はただの『救済活動』をしてるだけさ。ポイントが枯渇して飢えてる可哀想な1年生たちに、俺の有り余る資産から、ほんの少しだけ小遣いを『融資(ローン)』してやってるんだよ。もちろん、お互いの合意の上の、完全な合法契約でな」
「融資……? あなた、この学校で金貸し(闇金融)を始めているの!? 正気なの?」
堀北の顔が驚愕と怒りで険しくなる。「そんなことをすれば、いずれ生徒会や学校側に発覚して、あなたがペナルティを受けるだけじゃないわ! Dクラス全体の評価(クラスポイント)にも悪影響を及ぼす可能性がある。今すぐ止めなさい!」
「止めろ、か。相変わらずお前は、中身のない『正論(綺麗事)』ばかり吐くねぇ、堀北ちゃん」
漣は一歩、また一歩と堀北との距離を詰め、彼女をロビーの壁際へと追い詰めていった。
「な、何よ……」
後退りした堀北の背中が、冷たい壁に当たる。漣の強靭な肉体と、圧倒的なプレッシャーが、彼女の華奢な身体を完全に覆い尽くした。
「いいか、堀北。お前の言う『正論』じゃ、明日飢えて死にそうになっている須藤の腹は膨らまない。お前のその高いプライドじゃ、1点の点数を買うための10万ポイントすら用意できなかったろ? この学校における絶対の真理を、教えてやるよ」
漣は堀北の顔のすぐ横の壁に、ドンッ! と激しく手を突いた(壁ドン)。
堀北がビクリと身体を震わせる。
「この学校における実力とは、知力でも武力でもない。『ルールの中で、どれだけ圧倒的な資本(ポイント)を動かし、他者を支配できるか』――それだけだ。お前がいくら勉強ができようが、兄貴に認められたかろうが、俺の持つこの圧倒的な資本の前には、お前たちの存在なんていつでも一瞬で買い叩ける奴隷候補に過ぎねえんだよ」
漣はポケットからスマートフォンを取り出し、再びその画面を堀北の目の前で光らせた。
そこには、融資による利息の自動計算と、日々の道場破りの残高が合算された、さらに増殖を続ける莫大な数字が刻まれていた。
【 17,560,000 pt 】
「1756万……。さらに、増えている……!?」
堀北は息を呑み、言葉を失った。自分が毎日、クラスをAクラスに上げるためにどれだけ必死に脳を回転させ、冷徹に振る舞おうとしても、目の前の悪魔は、ただソファーに座って端末を弄っているだけで、自分たちの生涯獲得ポイントを遥かに凌駕する富を、呼吸をするように生み出し続けている。その圧倒的な「現実」の前に、彼女の築き上げてきたプライドは、跡形もなく粉々に粉砕されていった。
「なぁ、鈴音」
漣は堀北の耳元に顔を近づけ、その滑らかな首筋に、ゾクゾクとするような熱い吐息を吹きかけた。
「来月になれば、この学校の本当の『地獄』が始まるぜ。その時、お前がその薄っぺらなプライドを守り通せるか、俺が特等席で見物してやる。もし、どうしても耐えられなくなったら……いつでも俺の部屋に来いよ。お前のその綺麗な身体と、従順なプライドを担保に差し出すなら、俺の1700万ポイントの力で、お前をどんな絶望からでも『救済』してやるからさ、ひゃははは!」
漣はそう言い残すと、驚愕と屈辱、そして未知の恐怖に身体を小刻みに震わせる堀北鈴音を置き去りにして、悠然とエレベーターへと乗り込んでいった。
5月の終わり。高度育成高等学校の地下深くには、継国漣という悪魔が仕掛けた「金融工学」という名の、巨大な見えない蜘蛛の巣が完全に張り巡らされていた。絡め取られた生徒たちが、自らが奴隷であることすら気づかずに快楽と救済の蜜をすする中、漣の楽園支配への第2ステージは、完璧な形で幕を閉じるのだった。