※この作品はR-18です。

よう実 実験   作:鳥ささみ

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第7話:堕ちた天使の救済

 

1.第二回審議のチェス盤:炸裂するプランB

 

高度育成高等学校が誇る特別審議室。

その張り詰めた空気は、まさに両クラスの命運を賭けた戦場そのものであった。

 

中央の長テーブルを挟み、片側には1年Dクラスの担任・茶柱佐枝と、どこか緊張を隠せない堀北鈴音、そして無表情を貫く綾小路清隆が座している。対する側には、Cクラスの担任であり、怜悧な眼鏡の奥に狡猾な光を宿した坂上数馬、そして包帯をこれ見よがしに巻いた石崎哲也たちが、勝利を確信した傲慢な笑みを浮かべていた。

 

「それでは、1年Dクラス須藤健の暴行事件に関する、第二回審議を再開する。双方、新たな主張、あるいは進展となる証拠はあるか?」

 

生徒会長であり、学園の絶対的象徴である堀北学が、冷徹な声で告げる。その左右には、生徒会副会長の南雲雅や書記の橘茜らが並び、冷徹な品定めの視線の送っていた。

 

第一回審議は、Cクラスが提出した綿密な医師の診断書と、石崎たちの巧妙な口裏合わせによって、Dクラスの完全な敗北に終わっていた。このままいけば須藤は停学、最悪の場合は退学処分となり、Dクラスのクラスポイントは奈落の底へ突き落とされる。

 

だが、堀北鈴音の瞳には、まだ絶望の光は灯っていなかった。

彼女の脳裏に、数日前にロビーで悪魔のような笑みを浮かべて語った、クラスの異端児――継国漣の言葉が蘇る。

 

『プランAで確実に負けを受け入れて被害を最小限に抑えるか、プランBで奈落の底に落ちるリスクを背負って大逆転の勝利を掴みに行くか。選ぶのはリーダー(仮)のお前だ、堀北ちゃん』

 

(私は……引かない。あんな男の言いなりになるのは癪だけれど、今のDクラスに退路なんてないのよ!)

 

堀北鈴音は深く息を吸い込み、凛とした声を審議室に響かせた。

 

「――生徒会長。我がDクラスは、前回の主張を全面的に覆します。須藤くんの正当防衛を訴えるだけではなく、Cクラスの石崎くんたちが『嘘の証言』に基づき、計画的に須藤くんを嵌めようとしたことに対する処罰を求めます」

 

その言葉に、審議室の空気が一瞬で凍りついた。

石崎の身体がビクリと跳ね、隣の坂上数馬が冷笑を浮かべながら眼鏡を押し上げる。

 

「ほう……。面白いことを言うね、堀北さん。嘘の証言、かね? 私たちCクラスはすでに、確定的な証拠として診断書を提出している。君たちの身勝手な妄想に付き合うほど、生徒会も暇ではないはずだが?」

 

「妄想ではありません、坂上先生。私たちが提示するのは『和解案』です。もし、この場で石崎くんたちが非を認め、被害届を取り下げるのであれば、私たちはこれ以上の追及を不問にしてもいいわ。ただし条件として、Cクラスのクラスポイントの4分の1、そして石崎くんたちの1週間の停学、ならびに彼らが保有するプライベートポイントを賠償金としてこちらに譲渡すること。これが私たちの提示する、最終和解案よ」

 

提示された法外な条件に、石崎は思わず立ち上がり、机を叩いた。

 

「ふざけんじゃねえぞ、堀北ァ! 何がクラスポイントの譲渡だ! 殴られたのはこっちなんだよ! 証拠もねえくせにハッタリこいてんじゃねえッ!」

 

「静粛に、石崎」

 

坂上が手で石崎を制し、堀北鈴音を蛇のような目で睨みつける。

 

「堀北さん。交渉というのは、対等なカードを持って初めて成立するものだ。君の言っていることは、単なる質の低い『ブラフ』に過ぎない。はったりはやめなさい。そんな不条理な要求に、我がCクラスが応じるわけがないだろう。生徒会長、これ以上、彼らの無意味な引き伸ばしに付き合う必要はありません。速やかに須藤くんへの処分を確定させるべきです」

 

坂上の言葉は正論だった。堀北の手元には、実際にはCクラスの不正を暴く決定的な証拠など何一つない。すべては漣が授けた「プランB」という名の、奈落の底を背負った大ハッタリ。石崎たちがビビって自滅することを狙った、極限のチキンレースだった。

 

坂上の冷徹な追及に、堀北鈴音の額から一筋の冷や汗が流れる。

(ここまでなの……? 相手は微塵も揺らいでいない。私のハッタリは見抜かれて――)

 

その時だった。

 

重厚な審議室の扉が、凄まじい勢いで開け放たれた。

 

「――そこまでです! その審議、待ってください!」

 

一之瀬帆波が、息を切らし、美しい桜色の髪をわずかに乱しながら入ってきた。彼女の手には、一台のスマートフォンが握られていた。

 

「一之瀬? 外部の人間が何の用だ。ここは審議の場だぞ」

 

堀北学が鋭く咎めるが、一之瀬は怯むことなく真っ直ぐに歩みを進め、生徒会一同の前に立った。

 

「申し訳ありません、取り込み中なのは重々承知しています。ですが、この審議の結末を左右する、決定的な『証拠』が私の元に届きました。これを見ても、まだ須藤くんが一方的に悪いと言えるのか、皆さんで確認していただきたいんです!」

 

一之瀬は迷うことなくスマートフォンの画面を操作し、生徒会長らの前に差し出した。

再生されたのは、ある動画だった。

 

画面には、薄暗い旧校舎の裏手で、石崎たちが須藤健を取り囲み、意図的に彼を挑発し、先に手を出させるように仕向けている鮮明な映像が写し出されていた。音声もクリアに記録されている。そこには、須藤に殴られた後、石崎たちが「これでDクラスからポイントを毟り取れる」「大成功だ」とニヤニヤしながら語り合っている、決定的な『自白』の瞬間までがバッチリと記録されていた。

 

「な、なんだって……!?」

 

さっきまで余裕の笑みを浮かべていた坂上先生の顔からも、完全に血の気が引いていた。

石崎にいたっては、開いた口が塞がらず、全身をガタガタと震わせている。

 

「こ、これは捏造だ! そんな動画、見たことも――」

 

「嘘を言わないでください、石崎くん! あなたたちの顔も声も、これだけ鮮明に写っているのよ!」

 

一之瀬の正義の追及が審議室に響き渡る。

Cクラスが必死に構築した論理と偽の証拠は、この一撃によって根本から瓦解し、審議室の空気は一気にDクラス有利へと傾き始めた。

 

隣に座る堀北鈴音は、あまりの衝撃に目を見開いたまま固まっていた。

(証拠って……本当にあったの? 継国くん、あなた、最初からこれを……!?)

彼女の脳裏に、数日前にロビーで「さぁな?」と不敵に笑った漣の顔が、鮮烈にフラッシュバックしていた。

 

「……勝負あり、だな」

生徒会長・堀北学の冷徹な声が、Cクラスに事実上の敗北を告げた。

 

2.陰の支配者と、堕天使の予兆

 

審議室の外。

長い廊下の壁に背中を預け、ポケットに手を突っ込んだまま佇んでいる継国漣の姿があった。

閉ざされた扉の奥から聞こえてくる石崎たちの悲鳴のような動揺と、一之瀬の凛とした声。すべてが彼の描いたシナリオ通りに進行している。

 

「相変わらず、いい仕事するねぇ、一之瀬ちゃん」

 

漣はヘラヘラとした笑みを浮かべ、スマートフォンの画面を指先で弄んだ。

この動画は、漣が事前に佐倉愛里から回収……ではなく、彼女の持つ「カメラのデータ」にアクセスし、都合の良い部分だけを抽出してBクラスのネット掲示板の情報募集スレッドに匿名で投下したものだ。正義感の強い一之瀬帆波なら、それを見つければ必ず審議室に乗り込んでくると確信していた。

 

やがて、審議室の扉が開き、関係者たちがゾロゾロと出てきた。

完全に魂の抜けた顔をした石崎たちと、苦虫を噛み潰したような表情の坂上。そして、勝利したはずなのに、どこか釈然としない顔で漣を睨みつける堀北鈴音。

 

漣は堀北と目が合うと、ひらひらと手を振ってみせた。堀北は一瞬、漣に詰め寄ろうとしたが、背後に続く茶柱佐枝に促され、そのまま無言で通り過ぎていった。

 

最後に残ったのは、審議室の英雄となった一之瀬帆波だった。

彼女は漣の姿を見つけると、少し早足で近づいてきた。その美しい瞳には、強い猜疑心と、それ以上の深い興味が宿っている。

 

「――継国くん」

 

「やあ、一之瀬ちゃん。大活躍だったじゃん。正義の味方の登場で、Dクラスは大助かりだよ」

 

「……とぼけないで。私にあの動画を、匿名のメッセージで送ってきたのって、継国くんでしょう?」

 

一之瀬は一歩、漣との距離を詰め、上目遣いに彼の顔を覗き込んだ。爽やかな甘い香りが漣の鼻腔をくすぐる。

 

「おっと、人聞きが悪いな。俺はただのしがない一般生徒だよ? 証拠なんて大層なもの、持ってるわけないじゃん」

 

「嘘。堀北さんが、あのタイミングで『プランB』なんていう、信じられないほどリスクの高いハッタリを仕掛けた。まるで、後から決定的な証拠が届くのを知っていたみたいに。堀北さんにそんな豪胆な真似ができるとは思えない。裏で糸を引いていたのは、あなたしかいないわ」

 

一之瀬の観察眼は鋭かった。彼女は漣が持つ1700万ポイントという異常な資産、あるいはこれまでの学園内での立ち回りを断片的に察知している。

 

「はは、買い被りすぎだって。でもさ、結果オーラインでしょ? 悪い奴らが懲らしめられて、可哀想な須藤が救われた。一之瀬ちゃんの愛する『正義』が勝ったんだから、細かいことは気にしなさんなって」

 

漣は一之瀬の肩を軽く叩こうと手を伸ばしたが、彼女はその場で一歩も動かず、確信に満ちた目で漣をじっと見つめ続けた。

 

(この男の人は、やっぱり普通じゃない。一体、どこまで先を読んで動いているんだろう……)

 

一之瀬の胸の奥で、継国漣という存在に対する強烈な関心と不気味さが、複雑に絡み合いながら膨れ上がっていく。

その時だった。

 

ブルルル、と漣のポケットの中で、スマートフォンが短いバイブレーションを刻んだ。

メッセージの着信ではない。直接の通話、それも特定の相手からの緊急連絡だった。

 

「ん? 誰だ……?」

 

漣が画面を見ると、表示されていたのは『佐倉愛里』の名前だった。

普段、極度の人間不信で自分から連絡など決してしてこない少女からの着信。漣が通話ボタンを押し、耳に当てた瞬間――受話器の向こうから、少女の悲痛な悲鳴が響いた。

 

『――う、嘘……来ないで! 誰か……誰か助けて……っ!!』

 

「……佐倉?」

 

漣の目が、一瞬にして冷酷な捕食者のそれへと変わった。いつものヘラヘラとした笑みが完全に消え去り、底知れない冷気がその身体から立ち上る。ただ事ではない様子の変化に、隣にいた一之瀬も息を呑んだ。

 

『いやぁあ! 触らないで! 継国くん……継国くん、助けてぇええ!!』

 

ガサガサという激しい物音と、男の不気味な笑い声。そして次の瞬間、通話画面のバックグラウンドで起動していたチャットアプリから、一通のメッセージが滑り込んできた。

 

そこにあったのは、パニックに陥った佐倉が、最後の力を振り絞ってタップした形跡のある『現在のGPS座標データ(位置情報)』だった。

 

普通の人間なら、ただの数字の羅列にしか見えない経度と緯度。しかし、超高スペック脳を持つ漣は、その瞬間に頭の中に叩き込まれている学園全体の立体マップを展開し、数値を一瞬で座標へと変換した。

 

「チッ、場所は……旧校舎の裏手、資材置き場付近か」

 

「継国くん……? 今の、佐倉さんの声……!? 一体何が――」

 

「佐倉のやつ、不審者に追われてやがる。一之瀬、行くぞ!」

 

スマホの画面を凝視したまま、目的地を完全に補足した漣は、野生の獣のような爆発的な踏み込みで走り出した。

 

「待って、私も行くわ!」

 

一之瀬もまた、彼のただ事ではない気迫と、迷いのない走りを目にして、佐倉の危機を確信し、その背中に必死に飛びついて走った。

 

3.堕ちた天使の蹂躙:暗闇のストーカー

 

その頃、薄暗い旧校舎の裏手、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた資材置き場。

夕暮れの光すら届かないその場所で、地獄のような光景が繰り広げられていた。

 

「ひっ……あ、うあ……っ!」

 

佐倉愛里は、泥だらけの地面に押し倒され、恐怖のあまり涙を流しながら激しく身体を震わせていた。

彼女の上に覆いかぶさっているのは、小太りで薄汚れた服装をした、眼鏡をかけた中年気味の男――ケヤキモールの家電量販店で店員をしている男であり、ネット上で『しずく』としての彼女を狂信的に追いかけていた本物のストーカーだった。

 

「見つけた……やっと見つけたよ、僕のしずくちゃん……! いつも画面の向こうで僕を惑わせておいて、リアルではこんなに冷たいなんて、ひどいじゃないか……!」

 

「いや……来ないで、誰か……誰か助けて……!」

 

佐倉は必死に手を伸ばし、落としたスマートフォンにすがりつこうとしたが、男はそれを容赦なく蹴り飛ばした。それが、漣との通話が切れ、位置情報が送信された直後の瞬間だった。

 

「誰も来ないよぉ。ここは誰も通らない、僕たちだけの秘密の場所さ。さぁ、僕たちの愛を確かめ合おう……!」

 

男は下卑た粘ついた笑みを浮かべ、佐倉の華奢な身体に襲いかかった。

「嫌ァアアア!」

佐倉が抵抗しようと暴れるが、男は狂気に満ちた力で彼女の両手首を地面に縫い付ける。

 

ビリッ!!!

 

凄まじい音を立てて、佐倉の着ていた制服のブラウスが、男の獰猛な手によって引き裂かれた。

白い布地が哀れに裂け、その隙間から、女子高校生のものとは思えないほど豊満で、抜けるように白い乳房が露わになる。薄ピンク色のレースのブラジャーが、激しい呼吸で上下する豊かな膨らみを辛うじて包んでいたが、それも長くは持たなかった。

 

「うわぁ……すごい、すごいよ、しずくちゃん……! 本物はこんなに柔らかそうだ……!」

 

男は興奮で理性を失い、ハアハアと荒い息を吐きながら、佐倉の豊かな胸にその汚い手を伸ばした。

指先が白い肌に食い込み、肉を嬲るように乱暴に揉みしだく。

 

「あ、う、嫌ぁ! 触らないで……っ! うぅ、うあぁ!」

 

佐倉は羞恥と恐怖で顔を歪め、涙で視界を滲ませながら頭を左右に振った。しかし、男の暴挙は止まらない。男はそのまま顔を埋め、佐倉の白く細い首筋に、自身のぬるりとした舌を這わせた。

 

ジュルリ、と不快な音が静かな旧校舎裏に響く。

 

「んぅうう! いやぁああ! 汚い、汚いよぉ……っ!」

 

首筋にへばりつく粘着質な感触に、佐倉は全身に鳥肌を立てて拒絶する。だが、男の舌はさらに深く、彼女の鎖骨から胸元へと這い進み、豊かな谷間を舐め上げていった。佐倉の純潔が、その汚らわしい欲望によって一歩一歩、確実に蹂躙されていく。

 

男の手はさらに下へと伸び、佐倉の制服のスカートを掴んだ。

 

「さぁ、全部見せてよ、僕の天使……!」

 

「やめて、お願い、それだけは……嫌ぁあああ!!」

 

制服のプリーツスカートが乱暴に引っ張られ、ジッパーが弾け飛ぶ。男は佐倉の細い太ももを掴み、スカートを完全に剥ぎ取って放り投げた。

露わになったのは、清楚な白いショーツに包まれた、肉感的な腰回りと美しい脚線美。

 

男は自身のズボンのベルトを狂ったように外し、ジッパーを引き下げた。

そして、その股間から、興奮で醜悪に膨れ上がった自身の一物を、佐倉の目の前にさらけ出した。

 

「ひっ……!」

 

佐倉はあまりの恐怖と嫌悪感に、息を呑んだまま完全に硬直した。

目の前にある、男のドス黒く汚い肉の塊。それが、今まさに自分の純潔を、身体の奥底を貫き、汚そうとしている。限界を迎えた絶望が、彼女の心を完全に破壊しようとした、その刹那――。

 

「――おい。汚いもんさらしてんじゃねえよ、ゴミ虫が」

 

周囲の空気が一瞬で絶対零度へと氷結するような、冷徹極まりない声が響いた。

 

4.悪魔の裁きと、救済の夜

 

「え――?」

 

ストーカーの男が呆然と振り返った瞬間。

視界に飛び込んできたのは、凄まじい速度で迫る、継国漣の冷酷な瞳だった。

 

送られてきたGPS座標を頼りに、最短ルートを文字通り弾丸のように駆け抜けてきた漣は、一切の躊躇なく男の胸元を掴むと、その強靭な腕力だけで、佐倉の上に覆いかぶさっていた男を強引に引き剥がし、地面へと叩きつけた。

 

ドゴォッ!!!

 

「がはっ……!?」

 

背中を激しく打ち付け、息を詰まらせる男。

その後方から、遅れて一之瀬帆波が息を切らせて駆け込んできた。彼女の目に飛び込んできたのは、衣服を引き裂かれ、涙を流して震えている佐倉の痛々しい姿だった。

 

「佐倉さん!嘘、そんな……!」

 

一之瀬はすぐさま佐倉の元へ駆け寄り、自分の制服の上着を脱いで、彼女の露わになった胸元と脚を覆うように抱きしめた。

 

「う、うあぁ, 一之瀬さん……継国くん……うぅ、うああああん!」

 

佐倉は一之瀬の胸にしがみつき、堰を切ったように大声で泣き崩れた。

一方、地面に倒された男は、変な声を上げながら這い上がり、狂気の目を漣に向けた。

 

「な、なんだお前は! 僕のしずくちゃんだぞ! 僕たちの愛を邪魔するなァアア!」

 

男は懐から、鋭利な折りたたみナイフを取り出し、刃をカチリと飛び出させた。狂乱状態でナイフを旧校舎裏の闇に振り回し、漣に襲いかかる。

 

「死ね、死ねぇえええ!」

 

「継国くん、危ない!」

 

一之瀬が悲鳴を上げる。

だが、漣の表情には、微塵の動揺もなかった。超高スペック脳と、プロの暗殺術すら凌駕する格闘技術を持つ彼にとって、素人の刃物の振り回しなど、止まっている標的も同然だった。

 

漣は半歩身をかわし、ナイフの軌道を完璧に見切ると、男の手首を電光石火の速さで掴み取った。

 

「――あ?」

 

みしり、と不穏な骨の軋む音が響く。漣が指先に力を込めると、男の関節は容易に極められ、激痛に男が悲鳴をあげる前に、ナイフが地面に落ちた。

 

「ぐあああッ!?」

 

「調子に乗るなよ、凡人が。俺の所有物に手を出して、タダで済むと思ってんのか?」

 

漣は持ち前の圧倒的な格闘術で男の腕を背後にねじ上げ、地面に顔面を叩きつけて完全に拘束した。男は泥水をすすりながら、苦しみに悶絶する。

 

漣は冷淡な目で、青ざめて震えている一之瀬を一瞥した。

 

「一之瀬ちゃん。何ボサッとしてんだ。さっさとその端末で、学校の警備と警察に通報しな」

 

「あ、う、うん……! すぐに、すぐに掛けるわ!」

 

一之瀬は震える手でスマートフォンを操作し、警察への通報を行った。

数十分後、静まり返った旧校舎裏に、パトカーの赤色灯が激しく点滅した。ストーカーの男は、警察官たちによって現行犯逮捕され、引きずられるようにして連行されていった。学校側にもすぐにこの重大なストーカーの件が報告として上がり、夜の学園は一時騒然となった。

 

5.揺らぐチェス盤、あるいは仕組まれた正義

 

一夜明け。

事件の興奮冷めやらぬ高度育成高等学校の、1年Cクラスの教室。

最後列に座る男――龍園翔は、不機嫌そのものの表情で、自身のスマートフォンの画面を見つめていた。

 

画面に表示されているのは、昨日の須藤健の審議結果。そして、学校側からCクラスに下された、石崎たちの「1週間の停学処分」および「ペナルティによるクラスポイントの減点」の通知だった。

 

「チッ……ふざけやがって」

 

龍園は低く吐き捨て、机に足を投げ出した。

背後で、謹慎処分を言い渡される前の石崎が、怯えながら頭を下げている。

 

「す、すみません、龍園さん……。まさか、あんな動画が残っているなんて思わなくて……」

 

「あぁ? テメェらの無能さは今に始まったことじゃねえ。だが、おかしいな……。あの堀北の女が、最初の審議で完全に折れかけていたくせに、第二回でいきなりあんな法外なブラフを仕換けてくるわけがねえ。まるで、あの動画が手に入るのを事前に知っていたかのような動きだ」

 

龍園の鋭い観察眼は、審議の裏にある不自然な『歪み』を見抜いていた。

一之瀬帆波が動画を持って突入したタイミング。そして、それに合わせたかのような堀北の強気な態度。

 

「堀北鈴音が全てを仕組んだ……? いや、あの女にそこまでの度胸と先読みの力はねえ。じゃあ、誰だ? 綾小路か……? それとも、あの1700万ポイントを持ってる不気味な男、継国漣か?」

 

龍園の瞳に、獰猛な捕食者の光が宿る。

Dクラスの裏で、自分たちの計画を完全に嘲笑い、チェス盤をひっくり返した『真の黒幕』の存在。龍園は初めて、Dクラスという泥舟の中にいる、真の怪物の影を意識し始めていた。

 

一方、Bクラスの教室。

一之瀬帆波は、授業の内容が全く頭に入らないまま、窓の外を眺めていた。

彼女の頭の中にあるのは、昨夜の事件の一部始終、そして――継国漣という男のことばかりだった。

 

(あの時、継国くんはパニックになった佐倉さんから送られてきたただの数値データを、まるで最初から知っていたみたいに一瞬で理解して動いた。動画の件もそう。彼は全部、自分の思い通りに学園を動かしているの……?)

 

恐怖、猜疑、しかしそれを上回るほどの強烈な神秘性と惹きつけられる何か。一之瀬は主人公である継国漣のことがどうしても気になって仕方がなかった。彼女の心は、すでにこの悪魔の存在によって、深く侵食され始めていた。

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