人間をテイムする方法 作:阿鼻巣
黒のタイトのスカートに白衣を纏った彼女の身長はピンヒール込みで俺より少し低い。
窓から入ってくる風に揺らめくサラサラとした銀髪は細い腰まで伸びていて、右目の下のホクロは妖艶な雰囲気を纏わせる。
そんな彼女、フィア・リゼティと俺は二人で保健室にいた。
「悪いわねユウヒくん、回復術式って貴重じゃない? 色んなパーティーで引っ張りだこだし、保健委員になってくれる子なんて少ないのよ。だからいつも感謝してるわ」
「いえ、俺はダンジョンとか嫌いなんで、こうしてる方が楽なんですよ」
普通の学校とは違ってベッドが数十個並ぶ保健室。
それは、この学園の死傷者の数を示している。
多い日は百人近い怪我人が運ばれてくるから、ベッドはいくらあっても足りないし、その数の怪我人を今までこの教師、フィア・リゼティが一人で治療し続けていたことが異常なのだ。
保健委員はクラスごとに一人選ばれるが、そいつが必ずしも回復術式を修めているわけでもないし、修めていたとしても真面なレベルで使えるかもわからない。
俺やフィアのようなまっとうな術士からすれば、いない方が助かるヤツが大半だ。
だから保健委員の仕事には強制力が存在しない。
それが災いして、保健委員になろうとするヤツは委員会の仕事をサボりたいってヤツが多い。
そんな複数の理由が混ざり合った結果、放課後に保健室にやって来てまでフィアの手伝いをするような学生はこの学園に俺だけしかいなかった。
「ユウヒくんは探索者になりたくてこの学園に入ったんじゃないの?」
「……最初はそうでしたよ。でもなんか、もういいかなって」
去年、【
むしろ、俺こそが世界最強、世界一の探索者になると信じていた。
才能もあったと思うし、努力も欠かしたことはなかった。
だが、【
それ以上の術式は俺の生涯を費やしても創れないと、何故か確信できてしまった。
だから俺は……
「先生こそ、ダンジョンに入ってるところ見たことないですけど?」
ガーデンの教師は学生とパーティーを組むことは禁止されているが、教師同士でパーティーを組んでリフトロアに挑むことは禁止されてるわけじゃない。
教師にも向上心が必要というのが、学園理念なのだろう。
とはいえそれは強制ではないし、フィアのようにまったくダンジョンに入っている姿を見ない教師も少数だが存在する。
「恥ずかしい話なんだけどね、私は魔獣が恐いの。カッコ悪いでしょ? 教師なのに……」
「いや、なんで? 恐いのなんて当たり前だし、殺されるかもしれない化け物がいる場所に自ら進んで行くヤツの方が気が狂ってるでしょ」
「え……?」
「それに先生は一日に数十人、多い日は数百人の生徒の命を救ってる。それを格好悪いなんて言うヤツは目が腐ってるとしか思えない」
「ふふ、君はいい子ね。そんな君にはこれを上げましょう」
そう言ってフィアがポケットから取り出したのは、一口サイズのチョコレート菓子だった。
「え、あ、どうも」
甘っ。
「ほうひや……んっ。一カ月後ですね、文化祭」
「そうね。文化祭はよくわからない素材や魔道具が沢山並ぶし、術式を使った射的屋とかもあって、それが変に暴走していつも怪我人が沢山でるのよね。学外の人も来るから、その分被害に遭う総数も増えるし」
「そりゃ大変ですね」
そんなモン毎年の行事にすんなよと学園と国に抗議したくなるところが、それが許されるくらいこの国にとってダンジョン産業ってのは重要ってことなんだろう。
「ユウヒくんのクラスはなにをするの?」
「リフトロアのダンジョン内の様子を撮影して上映するとか言ってましたね」
「へぇ、動画の撮影機なんてかなり高いんじゃないの?」
「それはまぁ、うちのクラスには学園最強がいるんで、ポケットマネーでどうとでもなるんじゃないですか?」
「そっかマシロさんね。彼女すごいわよね、教師も中々到達できない階層に一人で行けるんだから」
マシロがすごいか、まぁそう言われて悪い気はしないな。
「とはいえ、ダンジョンに行かない俺は文化祭中も暇なんで保健委員の仕事をさせてもらいますよ」
「ありがたいわ」
◆
それからすぐに文化祭の準備期間が始まった。
各クラス、出店物の確保のためにダンジョン探索が活発化していく。
それはうちのクラスも同じだ。
マシロがいるとは言え、その学園最強が間近にいるからこそ対抗意識を持つ生徒は多い。
きっとこいつもそんな一人なんだろう。
「ちょっと待ちなよ」
文化祭実行委員に選ばれた女が、保健室に向かおうと準備する俺を引き留めた。
遊びのある派手な金髪に浅黒い肌。濃い化粧とデコレーションされた両手の爪。
耳のピアスは数えるのが面倒なくらい空いていて、俺に向けられた眼光は少しきつめ。
たしか名前はライラ・クインテ。
いわゆる、ギャルだ。
「なに? 俺いまから保健委員の仕事があるんだけど」
「あんたさ、クラスの皆に悪いと思わないの?」
「なにが?」
「あんただけだよ。仕事してないの」
「いやぁ、俺がいても邪魔かと思って」
「へぇ、じゃあ手伝う気はあるんだ。一応あんた回復術式使えるんでしょ? なら手伝ってよ。レイド」
レイド、大規模戦闘。
30人以上の探索者が参加するダンジョン戦闘の総称だ。
大体それが行われるのは、数人のパーティーじゃ討伐できないような強力な敵が現れた時。
めんどうくさい香りしかしない。
「マシロを誘えばいいんじゃない? あいつなら倒せない敵なんていないだろ」
「それじゃあ意味ないでしょ……」
「え?」
「あんただって一年の時はマシロと組んでたらしいじゃない。でも今はダンジョンに行く気力すらない。気持ちはわかるわ、あいつを間近で見たら誰だって敵わないって思う」
なに言ってんだこいつ。
あいつに敵わないなんて思ったこともない。
「だからこそ、マシロ抜きで成果を出したいって思うでしょ?」
あぁ、そういうことね。
典型的な嫉妬だ。
けど、人数を揃えてマシロに勝とうって魂胆はエリーゼ以下。
自分が凡人だって心底理解してんだろう。だからこそ、マシロという才能に自分独りでは勝てないことを理解している。
まぁけどここで断って変にクラスで浮くのも面倒くさい。
「わかったよ。じゃあ保健の先生に今日は休むって伝えてくるからちょっと待っててくれ」
「いいわ。ダンジョンの出入り口で待ってるからすぐ集合してね。ちなみに相手は第35層の【
フィアに今日は休むと告げ、俺は待ち合わせ場所に向かう。
どの階層に現れる
ちなみに、同じ十の位の階層に生息する『守護者』より強力な場合がほとんど。
「まったく、面倒くさいのを相手にしようと思ったもんだな……」
誰にも聞こえない声でぼやきながら、俺はクラスの連中と共に35階層への転移陣を潜った。
◆
こいつらマジかよ……
クラスの連中の戦力を言い表す言葉は二文字で済む。
こいつらめちゃくちゃ『雑魚』だ。
相手の
ただし、外皮は鉄で覆われていて口元では無数の刃が回転し続けている。
基本行動は砂漠の内部に潜り込み、足下から一気に対象を口の中に放り込む『掘削食い』。
その際に発生する地震のせいでこっちの回避率を下げてくるが、こいつの見た目や行動パターン、戦い方なんて図書室に行けば調べられる内容だ。
なのに、死者こそ出ていないが重傷者はすでに10人以上。
しかも、俺以外に2人いたヒーラーはどんくさすぎて真っ先に吹っ飛ばされた。
ついでに言えば、相手へ与えたダメージはほぼなしだ。
ふざけんなよこいつら、これで勝つ気だったのかよ。正気疑うわ。
つーかこれ、俺が戦った方が早くね?
多分、俺の単独戦闘能力でも
けどな……、こいつらに俺の力がバレるのは面倒過ぎる……
俺は、杖の武装を構えながらまったく意味があるように見えない炎の弾を
「おい、ライラ」
「なによ?」
「どうすんだよ? このままじゃ全滅だろ?」
「わかってる、どうにか立て直してから……」
残ってるヒーラーは俺一人。
ヒーラーから率先して直したとしても、その頃には重傷者が量産される。
しかも、復活したヒーラーもどうせソッコウで戦闘不能になるのは目に見えてる。
俺なら今回の面子42人全員を回復させて、戦線を維持することはできる。
だが、決め手がねぇんじゃそんなことしても無意味だ。
「お前さ、本当にそんな理想論がまかり通ると思ってるのか? お前だろ、こいつら焚きつけたの。文化祭の熱に浮かされて、実力以上の相手に挑んで、危ない橋もみんなで渡れば怖くなかったか? いいか、俺たちは全員お前に殺されるんだ。お前のせいで死ぬんだ」
「ち、違う……あたしはただマシロのヤツに……」
じゃああいつのせいじゃん。
帰ったらお仕置きしよ。
「けど俺もこんなところで死ぬのは御免だから、お前が俺と約束してくれるならお前らを助けてやる」
「なにか方法があるの? だったらさっさと……」
「なに上から目線で命令してんだ? 状況わかってねぇのか? それとも死にてぇのか? お前は俺と約束するかどうかを決めればいいんだよ」
「約束って、なに……?」
「俺がこれからお前に施すものを、口外しないこと」
「そ、それくらいならいくらでも約束してやるわよ!」
「オーケー、契約成立だ」
遠距離攻撃系のライラの場合、
術式威力そのものを向上させる必要がある。
補助する対象は、【魔力】――
――
それと外されても敵わねぇし、コンディションも戻しておくか。
――
「ほら、さっさと終わらせちまえ」
「――
その詠唱と共に、ライラの杖の先から現れたのはさっきまでの火球とはまるでサイズの違う、直径5メートル以上の巨大な炎の塊だった。
それがライラの杖の軌道に従うように、地面から飛び出して来たワームに放たれる。
鉄の魔獣とはいえ、あの高温に耐えられるようには見えない。
着弾と同時に大爆発を起こした火球によって、
同時に、クラスの奴らの視線が一気にライラに集まる。
「おい、約束守れよ」
小さくそう言いながらライラから離れると、クラスの奴らが一斉にライラに集まっていき「今のなに!?」「すげぇぇ!」「天才!?」「実力を隠していたの!?」とか、胴上げでもし始めそうな勢いだ。
「い、いやあたしってほら、やっぱりピンチになってからが本番っていうか。こういうのってやっぱノリと勢いじゃん?」
少し様子を伺ったが、ライラが俺との約束を破る気配はなさそうだ。
つーか、もっとマシな言い訳しろよ。
なんて考えながら、俺は周囲に転がっている奴らの応急処置を済ませていく。
全快させることもできるが、さっさと帰りたいからこれ以上の探索が可能な状態にはしてやらない。
◆
それから俺は負傷者を保健室に運び込み、フィアと共に一人ずつ回復させた。
全員の治療が終わり彼ら出て行ったのは午後七時を回った後だった。
「ユウヒくん大丈夫なの? ダンジョンには行きたくないって言ってたのに、一体なにが。もしかして無理矢理連れて行かれたの? だったら先生が代わりに断ってあげようか!?」
まぁ、行かざるを得ない状態にされたのはたしかだが、今回は俺もクラスの奴らがもう少しできると思っていた節はある。
今回は俺の判断ミスだ。
「いえ、そんなことないですよ。俺の意志で行ったんです。さすがにクラスの出し物にまったく協力しないのも悪いと思って……」
「そう、なんだ。だったらいいけど、無理したらダメだよ。ダンジョンに入ってるからって偉いわけじゃないんだから……」
フィアのその言葉は、どこか自分に言い聞かせているようだった。
「探索者はみんな、それ以外を自分より下だと思ってるのよ……」
◆
「んお゛、イグ! んっ、お゛っ!」
「黙れメスブタ。馬鹿みたいに腰振ってろ、お前のせいで今日は変なヤツに絡まれたんだ」
「ごめんなしゃい。ご主人しゃまイライラさせてごめんなしゃい。いっぱい腰振って謝罪しましゅ」
全自動オナホの刑に処したマシロを土下座の体勢で動かせながら、エリーゼとアヤを両手に侍らせて胸を揉みしだきながら俺は三人に今日のことを話していた。
「え、ご主人様知らないの?」
「たしかフィア先生の旦那さんってBランクの探索者らしいですよ。フィア先生も学校を卒業してすぐは探索者として活動してたみたいですけど、回復術式以外はからきしだったことが理由で引退したそうです」
「へぇ、なるほどね。偉いぞアヤ、よく知ってたな」
俺が見る限りフィアの回復術式の腕前は超一流だ。
だが、ダンジョン内という秒単位で状況が変わるフィールドで、回復しかできないヤツを守りながら戦うのはかなり難しい。
つまり、フィアが探索者をやめた理由は単純。回復以外の実力不足ってわけだ。
だから、見下されてる、なんて被害妄想が捗るんだろう。
「えへ、ねぇご主人様、アナル舐めてもいいですか?」
「好きにしろ」
「やった!」
「ズル、私だって知ってたのに……」
「拗ねんなよエリーゼ。お前は俺の乳首でも舐めてろ」
「はいはい」