人間をテイムする方法 作:阿鼻巣
それから連日負傷者は増加傾向にあった。
保健室には俺とフィアしかいないから、必然的に仕事量は増していく。
ダンジョンが学生に解放されている時間は限られていて、終了時間前には生徒たちはダンジョンから出てくるが、治療が始まるのはそこからだ。
毎日、陽が落ちるまで残らなければ怪我人の治療が終わらない。
「はぁ、やっと終わりましたね」
名簿を見る限り、今日の治療人数は126人。ほとんどは軽傷だが、稀に【
さすがにこれだけ治療していれば回復術式の腕も上がりそうだ。
「そうね。今日もありがとう」
俺はやや疲労がたまっているが、フィアは俺より多く治療しているはずなのに余裕がありそうだ。
術式を使うためのエネルギーである『魔力』自体が多いわけじゃない。
一人一人に適切な治療をしているのだ。
例えば、俺の【
だから必要魔力を最小限に抑えられる。
怪我の具合を完璧に理解したうえで、緻密に術式を制御する技術と早さ。
認めたくないが、その能力だけで言えば俺以上だな……
俺の専門は補助術式全般であって、回復術式特化のヒーラーじゃない。
本職にある程度劣るのは仕方ないこととも言える。
まぁ、この学園の学生レベルだと、俺より回復術式が得意なヤツなんてヒーラーでも見たことねぇけど……
「にしても、それだけの腕があればダンジョンでも余裕で通用する気がしますけどね」
「そう言ってくれるのは本当に嬉しいわ。でも私、運動神経とかないのよ。それで味方に迷惑かけて……その、なんていうか……」
「ヒーラーのクセに真っ先にやられやがって。自分の重要性を理解してやがらないのか。多少でも自衛の手段くらい確保しとけ……って目で見られるのが嫌ですか?」
自分が魔獣を倒していると思ってるアタッカーほど、そんな他責思考は強くなる。
「でもそれって、味方が悪いと思いますよ」
この前のレイドで俺も同じことを思った。
なんでヒーラーがこんなにすぐやられてんだ、って……
けど、俺がそう思った相手はヒーラー本人じゃなく『前衛』に対してだ。
なんで『守れねぇんだよ?』ってずっと思ってた。前衛が使い物にならないから、ヒーラーを復活させる意味がなくなって、レイドは崩壊しかけた。
責任の所在の話するなら、問題はタンクとアタッカーがヒーラーを支えきれなかったことだ。
だから、俺が今からフィアに言う言葉は、嘘でも偽りでもない。
「俺も同じ、直接戦闘能力がないせいで探索の意欲を失ったんでわかるんです。先生ほど回復術式に優れる人間に対してそれ以上を求めるなんて、求めすぎもいいところですよ」
「……ユウヒくん。そっか、君も同じなのね」
「あ、けど俺は先生にダンジョンに行って欲しいわけじゃないですよ? あんなところ行くヤツの方がおかしいって思ってるのは本当ですから」
「うん、それでも私は今の君の言葉が嬉しかったよ。これあげるね」
そう言ってフィアはまた俺にチョコレート菓子をくれた。
この人俺のこと何歳だと思ってんだろ……
甘っ……
それからも俺はフィアの『相談相手』という地位を得るために、毎日保健室の手伝いをしていた。
同じ境遇で、同じヒーラーで、同じようにダンジョンや探索者に嫌気がさしている。
その想い自体は、俺にもあるから本心で共感できる。
「だってそもそも、どんな術式が得意かってほとんど才能じゃないですか」
「まぁ、それはまったく違うとは言えないよね。回復術式が得意って時点で、近接戦闘系の術式は扱いづらくなるわけだし」
術式には大まかに六つのタイプが存在する。
武闘術式。召喚術式。魔放術式。回復術式。付与術式。特殊術式。
武闘は近接攻撃系。エリーゼやアヤはこのタイプだ。術式自体に攻撃力がある。
魔放は遠距離攻撃系。ライラがこのタイプ。
召喚は文字通り道具や生物を召喚して戦うタイプ。
回復はフィアや俺が使ってる身体や精神を癒す術。
付与は俺の使う身体強化とか。物や生物の能力を向上させる。
特殊はそれ以外。多分俺の【
隣にある術式ほど親和性が高く、単独で複数タイプの術式を使える可能性は上がる。
俺が付与と回復を同時に使えるのは、主タイプである『付与』の隣に『回復』があるからだ。
逆に、遠いところにある『武闘』系の術式を俺が覚えるのは極めて効率が悪いし、出力も出ない可能性が高い。
そして、『最強』と呼ばれるような有名な探索者はほとんどが武闘術式を主タイプとしている。
回復術式が主タイプであろうフィアも、俺ほどではないが『武闘術式』の才能はない。
だから味方のカバーなしで生き残ろうとする場合、付与か魔放の術式で防御系の術式を使うしかないけど、それも階層が上がって戦闘スピードが上がると難しくなる。
つっても、魔放系には『
後は『属性』という概念もあるが、今は思い出す必要はなさそうだ。
「そうですよ。だからヒーラーとかバッファーがダメージを受けるのは本人じゃどうしようもない部分だし、責められるのはおかしな話じゃないですか」
「そうかもしれないけど、自分の不幸を呪ってもなにかが進展するわけじゃないからね。私たちは私たちにできることをするだけだよ」
なんてフィアは言うけれど、その顔は笑みに溢れている。
教師という立場。旦那が探索者。自分はダンジョンから逃げた。
そんな負い目のある彼女が、自分から俺が言ったような愚痴を言える相手は少ないはずだ。
だから俺が代わりに言ってやる。それを宥めることであんたは教師としての充足感を感じる。
同じ境遇の俺が信条を代弁することで、現役時代の足手纏い扱いされていた時の鬱憤が晴れる感覚。
それがフィアに満足感を与えていることは、この数日の変化を見れば明らかだ。
笑顔が増えたし、稀に俺に家庭の話をしてくるようにもなった。その中には旦那に対する愚痴も少し含まれている。
「よしよし、大丈夫だよ。ダンジョンに行っていなくても、君は多くの怪我人を助けてる。感謝されるべき人間なんだから」
そう言って俺の頭を優しく撫で始めたフィアに、俺は軽く笑みを作って言う。
「でも俺なんか先生の足下にも及びませんよ。先生ほどの実力なら探索者としても余裕でやっていけると思いますけど、よほど『運が悪かった』んですね」
言外に告げた『仲間が雑魚で残念でしたね』という俺の意図をキッチリ受け取ってくれたのか、フィアは少し俯いた。
即座に否定しないところを見るに、そういう思いがまったくなかったわけではないらしい。
順調だ……
そこで保健室の扉が開く。
中へ入ってくるのは一人の少女。俺と同じクラスの金髪ギャル。
「ユウヒ……頼みがあるんだけど……」
「ライラ……怪我でもしたのか?」
「違うよ」
ライラがここに来るのは想定外だったが、頼みの内容は大体わかる。
エリーゼやアヤと同じ、ライラはマシロに対して典型的な『嫉妬』を抱えている。
それを解消するには類まれなる才能と努力が必要。
だが、俺の強化術式の恩恵はお前の才能と努力を凌駕する。
端的に言えば俺の存在はライラにとって、簡単に強くなれるドーピング剤だ。
一度知ってしまったその味を、大抵の人間は忘れられない。
麻薬や媚薬のように、その心は俺の術式に依存していく。
「またあたしと一緒にダンジョンに行って欲しいんだけど……」
丁度いい。今が一番いいタイミングだ。
「約束、破ってないよな?」
「うん。もちろんだよ」
「じゃあいいよ」
「えっ?」
「やった。ありがと!」
俺が二つ返事でオーケーしたことにフィアは驚きを隠しきれない表情を浮かべ、ライラは飛び跳ねて喜んでいる。
「すいませんフィア先生、今日は保健委員の仕事休ませてください」
「そ、それはいいけど、君は本当にそれでいいの?」
「はい。ちょっと行ってきます」
俺は荷物を持って、ライラと共に保健室を出た。
そうすると、すぐにライラは俺にグイっと身体を寄せてくる。
「よかった。断られたらどうしようかと思ったよ」
「別に。けど、まさかタダで俺の力を使えると思ってるわけじゃないよな?」
「わかってるって、陰キャの考えることって単純で助かるわ」
◆
リフトロア第25階層。フィールドタイプ『森林』。
ダンジョンは完全な閉鎖空間だ。
その内部でなにが起こっているかは学園側でも完全に把握はできない。
だから、こういうことは普通に存在する。
「じゃあ、手コキ一回で一時間あたしとパーティーを組んでくれるってことでいい?」
「あぁ」
学内で強い探索者の男が、そうでもない女子と一緒に探索する見返りに性的な要求をすることはよくある。
三年で90階層に到達してるヤツに彼女が二十人いるみたいな話を聞いたことがあるけど、そいつの顔は普通だった。それだけ探索者としての実力はモテるうえで重要なステータスってことだ。
実際、マシロなんかは没落しかかってる貴族の家の出身だけど、この学校に来たのは家の復権のために将来有望な探索者と婚約しろと親に命令されてのことだ。
これは別段珍しいことではなく、そこまで面が良いわけでもない女子の中では不倫相手やオナホ扱いでもいいからと才能ある探索者に媚びる女すらいる。
それに比べれば、ライラの価値観や対応は割と普通だ。自分の実績のために俺を利用するという魂胆は丸わかりだが、自分で戦おうとしてる分マシに思える。
「ほら、いつでもイっていいよ。あたしの手の中で気持ちよくビューってしようね。よしよし、いいおちんぽくんだねー」
俺の背中に抱き付くような姿勢のライラは、そのまま俺の性器を手で扱きながら、耳元でそう囁いてくる。
マシロやアヤ、エリーゼとは違う。
何人も男を相手してきたような手捌きで、俺はすぐにイかされた。
亀頭を撫でながらライラは、俺の腕に胸を押し付けてくる。
ちなみにダンジョン内でこんなことをして魔獣に襲われないのかという話はあるが、そこも慣れているらしくライラは魔放術式の『
「ちなみにフェラは何時間?」
「んー、まだそれはダメだよ。でももっと付き合ってくれたら考えるかも。こっちもね」
そう言ってライラはスカートを少しまくって、小麦色の素足を見せつけてくる。
微妙にイラつくなこいつ。
いや、だがこれもフィアを堕とすため。我慢だ我慢。アヤの時と同じ轍は踏まないようにしなければ。
「じゃあこの前みたいに
だから下一桁に5がつく25階層ってわけね……
「いいだろう」
「ありがと。あと、これもよろしく」
そう言ってライラが投げ渡して来たのはモノクル型の魔道具だった。
たしか、マシロが文化祭のために購入してた映像記録用の魔道具だ。
こいつ、文化祭実行委員だからって勝手だな……
「あたし一人で
昨日より10階層分も浅い階層だ。
昨日のヤツを一撃で倒せた俺の補助術式とライラの術式があれば、負ける道理は存在しない。
リフトロア第25階層、
某漫画の系統と違って円形じゃないので、特殊と武闘に親和性はないです。