「……で、何故こんな山奥の開発現場に、私が呼ばれたのかしら?」
若き考古学者・
「内容次第では、中国全土を揺るがす大発見になるかもしれませんよ」
「ふぅん……遺体が二体だけなら、たいした話じゃないでしょうに……」
助手の言葉に、明玉はうんざりした様子で髪を掻き上げた。
扉を開けると、部屋の中央に置かれた台の上に、二体の遺体が静かに横たわっていた。
近づいた瞬間、明玉の足が止まった。
……これは、確かに普通ではない。
一人は白く長い髪がほぼそのまま残り、肌にもまだうっすらと柔らかさが感じられる。
もう一方は、ほとんど白骨化し、毛髪もほとんど残っていない。
同じ場所で埋葬されたはずの遺体に、これほど極端な腐敗の差が出ることはありえない。しかも、腐敗の進行が遅い方の遺体は、もう一方の遺体を強く抱きしめるような姿勢で固まっていた。
明玉は無言で屈み込み、じっくりと観察した。やがて、彼女の視線が止まった。
「……牙?」
腐敗の少ない遺体の口元から、明らかに人間のものとは異なる、鋭く長い犬歯が覗いていた。
***
「……亡くなられたのは少なくとも800年代、唐代の人物ね。二人とも十代。少し歳の差があるみたいね。十代前半の男と、十代後半の女……外傷はなく、死因は衰弱……といったところかしら。」
資料をまとめながら、明玉は小さく息を吐いた。しかし、眉間の皺は深くなる一方だった。
極端な腐敗の差。
女性遺体から検出された異常な濃度の高水銀と鉛。
そして、獣のような牙。
どれも、唐代の若者二人という事実に綺麗に符合しない。
「……パートナーが先に死んで、後を追った服毒自殺……?
それなら水銀と鉛の説明はつくけれど……」
明玉は椅子にもたれ、窓の外を見た。
街の明かりが、かなり減っている。相当遅くまで調べていたらしい。
「……まぁ、いいか。明日にしよう」
深い疲労が一気にのしかかってきた。
明玉はデスクに突っ伏すようにして、目を閉じた。
***
雨の音が、竹の屋根を静かに叩いていた。
「……姉さん」
僕は目を閉じると、いつも同じ記憶が蘇る。あの頃、
「
細い指が僕の頰を優しく摘まむ。姉さんはいつもそうやって、僕の弱いところを全部見抜いていた。道観*¹の奥で一人符を書き続け、夜更かしして仙経を読み耽る僕を、決して叱らずに、ただ温かい胸に抱き寄せてくれた。
「姉さんはね、阿明が元気ならそれでいいの。道士の道は険しいけど……あなたは優しすぎるから、たまには自分を大事になさい」
その言葉が、どれほど僕を救ったか。姉さんが病に倒れたのは、去年の秋だった。
高熱と激しい咳。体は日に日に痩せ細り、兄師が調合する湯薬も、存思*²による気功も、もはや効かなくなっていた。医術に明るい道士たちでさえ、首を横に振るばかりだった。
僕は怖かった。震えるほど怖かった。
でも、唯一の家族である姉さんが苦しむ姿をみる方が、もっと怖かった。
「僕が……
今は亡き師の教えに背き、こっそり自力で学んだ
姉さんは弱々しく笑って、僕の頭を撫でた。
「阿明、無理しなくていいのよ。姉さんは……あなたがそばにいてくれるだけで、十分幸せだもの」
それでも僕は丹を完成させた。赤く輝く小さな粒を、蜜で丸めて、姉さんの唇に運んだ。
最初は確かに、顔色が良くなった気がした。
でも、十日も経たないうちに……。
姉さんの体は熱を持ち、唇が紫に変わり、手足が痙攣し始めた。水銀と鉛の毒が、彼女の体を内側から焼き尽くしていた。
「ごめん……姉さん、ごめんなさい……僕が、僕が悪いんだ……」
寝台の上で苦しむ姉さんの手を握りながら、僕はただ泣きじゃくることしかできなかった。弱虫の僕に、できることは何もなかった。最期の瞬間、姉さんは震える指で僕の頰を拭って、微笑んだ。
「……阿明。泣かないで。姉さんは、ずっとあなたを見守ってるから……」
その手が、冷たくなっていくのを感じたとき——
僕の中の何かが、静かに、しかし確かに、音を立てて壊れた。
*¹道観: 道教の寺院。道士たちが修行し生活する場所。
*²存思: 道教における瞑想法。神仙や神々の姿を心に思い描く修行。
*³外丹: 道教の錬金術で作られる丹薬。不老長生を目的として用いられ、歴代皇帝の中でもこれを求める者は少なくなかった。