※この作品はR-18です。

月光光─天に背きて姉を抱く─   作:redStrange

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1話──煉屍(※)

夜更けの道観は、ひっそりと静まり返っていた。姉さんが亡くなってから、すでに半月が過ぎていた。

僕は毎夜のように正統の経典を漁り、招魂(しょうこん)*¹の儀式を試し、死者を呼び戻すあらゆる方法を探していた。

しかしどれも無駄だった。魂は天に昇り、魄は体を離れていく——それが天道なのだと、兄師たちは繰り返し諭した。

「……もう、諦めなければならないのか」

胸の奥から嗚咽が漏れた。

僕の手で姉さんを死に追いやった罪悪感と、何一つ救えない無力感が、夜毎に僕を蝕んでいく。

本当に、何もできないのか?

僕は本当に、できることを全てやったと言えるのか?

道観にある経典はほとんど読み尽くした。内容も容易に諳んじられるほどに。

……本当に、それで全部だったのか?

まだ、触れてはいけない何かが、残っているのではないか?

僕には、心当たりがあった。師が生きていた頃、書庫の最も奥深くに、古びた木箱が置かれているのを見たことがある。

師は決してその箱を開けさせず、「触れるな」と厳しく言い渡していた。

一度、好奇心から中を覗こうとした先輩弟子が、師に破門を言い渡されたという噂も聞いた。

……悪いことだ。わかっている。

師の遺した書庫に、無断で入るなど、道士として絶対にやってはならないことだ。それでも——藁にも縋るような思いで、僕は師の書庫の奥深くへと足を踏み入れた。

***

普段は決して触れてはならない、埃をかぶった棚の最上段。師が「決して開けるな」と厳しく言い渡していた古い木箱が、そこにあった。指が震えた。

でも、僕は箱の封を破っていた。姉さんの冷たくなった手を思い浮かべながら。中から出てきたのは、黄ばんだ巻物が何本も。

一番上にあるものは、紐で固く縛られ、朱で「禁」の字が大きく書かれていた。

「……屍解……?」

震える指で紐を解き、最初の数行を読んだとき、背筋が凍った。

『夫れ魄は体に留まり、魂は天に帰す。これ自然の理なり。されど術を以て魄を鎖し、屍を駆る者、古来これを「煉屍」と称す。』

さらに読み進める。

『魄を強いて体に繋ぎ止めんとする者は、屍を僵と為し、陰気を以て養うべし。生前の想いが強ければ強きほど、魄は体を離れ難く……』

心臓が激しく鳴った。これは……蘇らせる方法じゃない。

これは、死体を動かす術だ。姉さんの体を、僵屍*²としてこの世に留め置く、禁断の外法。

「こんな……こんなこと、できるはずがない……」

巻物を握る手が震える。

頭では「やめろ」と叫んでいるのに、目は次の行を貪るように追い続けていた。

『愛深き者ほど、容易くこの道に堕つ。』

最後のその一文が、胸に突き刺さった。僕は巻物を胸に抱きしめ、その場に崩れ落ちた。

涙が止まらなかった。姉さんの最期の微笑み、僕に丹を飲ませるときの優しい眼差し、すべてが蘇ってくる。

「……姉さん」

ごめん。

僕、弱いよ。

でも、もう姉さんなしでは生きていけない。この巻物に書いてある方法が、たとえどれほど穢れたものであろうと——

たとえ天道を踏みにじることになろうと——僕は、姉さんの体を、此の世に引き戻したかった

***

道観の奥、自室の六畳間。 油灯の炎が、壁に不気味な影を長く揺らしていた。

僕は禁書を膝の上に広げ、震える手で最後の符を床に描き終えた。

「……姉さん」

机の上に横たわる姉さんの亡骸は、まだ死の冷たさを帯びたままだ。

青白い肌、乱れた黒髪、わずかに開いた唇。

僕は自分の犯した罪の重さを、胸の奥で噛み締めながら、ゆっくりと筆を置いた。

「ごめん……本当に、ごめんなさい……」

朱と黒狗の血で描かれた陣が、禍々しい赤黒い光を放ち始める。

僕は姉さんの冷たい手を両手で包み込み、額をその手に押し当てた。

「たとえこれが……どれほど穢れた行いでも…… 僕には、姉さんが必要なんだ……」

呪文を唱え終えた瞬間——部屋の空気が重く淀み、灯りが青く歪んだ。

本能が、はっきりと警告を発している。「今すぐ逃げろ」と。

……わかっている。

師の遺した禁忌に手を染め、姉さんの亡骸を穢し、今まさに煉屍の外法を行っている。

これは取り返しのつかない大罪だ。後戻りなど、最初からできない。

恐怖と期待。

後悔と希望。

矛盾した感情が、胸の中で激しく渦を巻いていた。

そして——姉さんの胸が、ゆっくりと……ほんのわずかに、上下した。

「……っ」

息が止まった。

ゆっくりと、まぶたが開く。

そこにあったのは、以前の優しい黒い瞳ではなく、虚ろに赤く輝く双眸だった。

姉さんは上半身を、ぎこちなく起こした。

色素の抜けきった長い白髪が肩から滑り落ち、青白い肌が灯りに照らされる。

唇が微かに開き——

「……あ……ぁ……」

言葉にはならなかった。

ただ、低く掠れた、獣のようなうめき声だけが漏れる。知能が、大きく退化している。

理性の大部分を失い、ただ魄を無理やり鎖されただけの存在。

それでも、彼女はゆっくりと首を傾け、僕の方へ視線を向けた。

「……う……うぅ……」

僕は嗚咽を堪えきれず、その冷たい体にすがりついた。

恐怖はなかった。 ただ、姉さんが——たとえこんな姿でも——再び僕の前にいるという事実に、胸がいっぱいになった。

「姉さん……姉さん……! ごめん……僕のせいだ……全部、僕のせいなんだ……!」

姉さんは無表情のまま、ぎこちない動きで手を上げ、

僕の背中に冷たい指を這わせた。

「……あ……ぁ……」

それは、まるで昔のように僕を抱きしめようとしているかのような、

不器用で、痛々しい仕草だった。僕は彼女の冷たい胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。

「……もう、離さないよ!たとえ姉さんが、こんな姿になっても……僕の傍にいてくれれば……それで……!!」

***

蘇らせてから十日目。姉さんの体は、確実に衰え始めていた。

動きが遅くなり、肌は血の気を失ってさらに青白く、時折、指先が小刻みに震えるようになった。

僕は毎日、必死に生気を送り込もうと試みたが、まるで水の泡のように吸い込まれては消えていくだけだった。人間の食べ物には、一切反応しない。

粥も、果物も、干し肉も、目の前に出しても微動だにしない。まるでこの世のものではないかのように。

「……やっぱり、人の肉を……食べないと、生きていけないのかな……」

その言葉を口にした瞬間、自分でもぞっとした。否、正確には——理解してはいたけど、理解したくないと、心のどこかで必死に目を背けていた。

もし人の食べ物に興味を示さないのなら、残る可能性は一つしかない。 御伽噺に出てくる化け物のように、人を襲い、血肉を貪るしかないのではないか。

(人を……殺して、姉さんに食べさせるなんて……そんなこと、できるわけがない)

外法に手を染めた時点で、もう僕は人としての道を外れているはずだ。

天道を踏みにじり、姉さんの魄を無理やり体に鎖した大罪人だ。

それなのに、まだ「人を殺したくない」などと、綺麗事を考えている自分が、ひどく滑稽に思えた。

──それに、一番重いのは、そこじゃない。

(僕が……他でもない、この僕が、姉さんを殺したんじゃないか)

去年、姉さんが重い病に倒れたとき。

僕は師から禁じられていた外丹を必死で練った。丹砂と水銀と鉛を何度も精製し、ようやく完成させた還丹を、姉さんに飲ませた。

最初は本当に、顔色が良くなった気がした。姉さんは優しく微笑んで、「ありがとう、阿明」と頭を撫でてくれた。でも、十日も経たないうちに——

高熱と激しい痙攣。唇は紫色になり、体は内側から焼けるように苦しんだ。水銀と鉛の毒が、姉さんの体を蝕み、殺した。

結局、僕は姉さんを救おうとして、殺してしまった。

そして今、またしても「姉さんのため」という名目で、外法に手を染め、彼女を僵屍という穢れた存在に変えてしまった。

「……最低だ。僕は、本当に最低だ」

涙が止まらなかった。

胸の奥が、締め付けられるように痛い。

姉さんが生きていた頃の温かい抱擁、優しい声、僕を叱りながらも甘やかしてくれた全てが、頭の中でぐるぐると回る。それなのに、僕はまだ諦められない。

たとえ姉さんが人を襲う怪物になったとしても、たとえこの先、地獄に落ちて永遠に罰せられるのだとしても——僕は、姉さんをまた失うことだけは、絶対に耐えられなかった。

「ごめん……姉さん。 本当に、ごめん……」

***

翌日の夕方、村はずれの山道で、野盗に殺されたらしい男の死体を見つけた。

まだ血の気が残り、比較的新鮮だった。僕は震える足で姉さんをその場に連れてきた。もし肉が必要なら……ここで……と、胸が張り裂けそうな思いで。

しかし、姉さんは死体に近づこうともしなかった。 ただ冷たい目で一瞥しただけで、興味を示す様子は全くない。

「……肉じゃないのか。じゃあ、何を……?」

正直、ほっとした。

自分勝手なのは分かっているけど、姉さんには、人を食べてほしくなかったからだ。ただ、そうなると一つの問題が浮かび上がる。

「普通の食べ物もダメ。人の血も肉もダメ……他に何があるんだ……?」

持っている知識、覚えている記憶をすべてひっくり返してみるが、答えは出てこない。 ただ、僕の「うーん」という唸り声だけが虚しく響く。

「あー……あ……あー……うー……」

姉さんの低い唸り声で我に返った。 そうだ、いつまでもこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。人が来てしまっては大変なことになる。血肉に興味を示さないのなら、もうここには用はない。一度道観に帰って、もう一度禁書を読み直そう。

僕は誰とも知らない男の亡骸に向かって、軽く手を合わせて頭を垂れた。

道士として、せめてもの供養の意を込めて。

「……ご愁傷様です」

僕は小さく呟き、姉さんと共にその場を後にした。

***

その夜、道観に戻ってから異変は起きた。

姉さんが、異様に近くに寄ってくるようになった。今まではいつも一歩か二歩後ろを歩いていたのに、今日は肩が触れ合うほど近く。時折、僕の首筋や胸元に顔を寄せ、冷たい息を長く吸い込むような仕草をする。

「……姉さん?」

後ずさろうとしたが、背中が壁にぶつかった。逃げ場がない。

姉さんの顔が、ゆっくりと僕の喉元に近づいてくる。冷たい唇が、肌に触れそうな距離まで——

「……やめて……姉さん……怖い……」

声が震えた。目の前の姉は、今や生きた人間の生気を求める存在に変わってしまったという認識が、僕の全身から血の気を奪っていく。

(これは……僕を、食うつもりなのか……?)

「……あ……」

姉さんの冷たい指が、僕の服の胸元を掴み、無造作に引き裂いた。

「ひっ……!」

夜の冷気が露わになった胸を撫でる。赤く輝く瞳が、僕の胸から下腹部へと移っていく。飢えた、底知れぬ渇きを宿した目だった。

次の瞬間、姉さんは膝から崩れるように僕の前に跪いた。

「……姉さん……? 何を……?」

答えはない。

姉さんはゆっくりと、僕の下半身へと顔を寄せた。冷たい息が、布越しに当たる。

そのとき、僕は理解した。

姉さんが求めているのは血肉ではない。もっと根源的な——人の生気を宿した、禁忌の源だ。

(まさか……そんな……僕の、そこに……?)

頭が真っ白になった。

道観で育った僕は、情欲のことをほとんど知らなかった。自慰すら、師から固く禁じられ、穢れとして忌み嫌われてきた。男の体がどう反応するのか、快楽などというものがどれほど恐ろしいものか、想像すらしたことがなかった。

必死に抵抗しようとした。

「やめろ」と心の中で叫び、体をよじろうとした。

だが、姉さんの細い指が帯に掛かった瞬間、僕の体は恐怖で固まってしまった。

帯が解け、袴がずり落ちる。夜の冷気が素肌を包んだ。

「……やめて、姉さん……お願い……」

か細い声は、ほとんど響かない。

姉さんの冷たい指が、太ももの内側を優しく撫でる。その仕草は、昔、病に伏せっていた頃に僕の寝顔を撫でてくれた優しい手つきと重なって見えた。慈しむように、愛おしむように。

(どうして……姉さんが、こんな……)

その優しさが、今は異様な戦慄と、決して認めたくない疼きを生む。

戒律が、師の教えが、頭の中で警鐘を鳴らしていた。

情欲は穢れなり。一滴の精は一滴の命。

そんなことを教えられて育った自分が、今、姉さんに——最も愛おしい人に——秘めやかな部分を曝け出されている。

「……あ……」

姉さんの唇が、僕の最も弱く、秘められた部分に触れた。

「っ……!!」

全身が硬直した。死のように冷たい唇が、しかし信じられない熱を帯びて、僕の知らない神経を一気に焼き尽くす。

「う……あ……ぐっ……!」

(熱い……こんな……こんな感覚、知らない……!)

姉さんの口が、それを深く包み込んだ。冷たい舌が、ゆっくりと絡みつき、動き始める。

「あ……あっ……あああッ!」

今まで味わったことのない、電流のような快感が腰の奥から爆発した。

頭の中が真っ白になる。膝が震え、立っていられない。

(やめなければ……これは、穢れだ……道を外れる……!)

そう思っているのに、体は正反対の反応を示す。

姉さんの冷たい口内が、熱く窄まり、僕の弱い部分を刺激するたび、未知の愉悦が波のように押し寄せてくる。

「やめ……て……姉さん……ひぐっ……! だめ……僕……壊れる……!」

涙が止まらなかった。

屈辱と罪悪感と、底知れぬ恐怖。

それなのに、下半身は抗うことなどできず、熱く脈打って、姉さんの口内に、大量の生気を解放してしまった。

***

僕はぐったりと壁にもたれ落ちた。全身が汗で濡れ、手足は小刻みに震え、荒い息が止まらない。

姉さんはゆっくりと顔を上げ、唇を湿らせると、赤い瞳で僕を見つめた。

その瞳に、今まで見たことのない色が浮かんでいた。

もっと、もっと、と貪欲に求める、飢えた獣の色だった。

「……あ……あ……」

姉さんは立ち上がり、破れたままの服の裾をゆっくりと脱ぎ捨てた。青白い肌が油灯に浮かび上がる。それはもはや生者の肌ではなく、冷たく硬い、精巧な人形のような姿だった。

僕は目を逸らせなかった。

これは僕が犯した罪の、紛れもない結果なのだから。

姉さんは僕の腰に跨がるように乗りかかってきた。

「……ひっ……!」

冷たい肌が、僕の熱くなった体に触れる。

「姉さん……やめて……もう、許して……」

最後の抵抗の言葉は、虚しく響いた。

姉さんは一度果ててなお硬さを保つそれを、自分の最も秘めやかな部分にあてがい、ゆっくりと腰を沈めてきた。

「うっ……ぐ……あああッ!」

痛みと、得体の知れない快感が同時に襲ってきた。

生と死の狭間で、僕の意識が大きく揺らぐ。

「……あ……あ……」

姉さんの腰が、ぎこちなく動き始めた。本能のままの、不器用な律動。

しかしその一つ一つが、僕の知らない神経を容赦なく刺激し、頭の中を白く染めていく。

これは……夢か……悪夢か……

「ひっ……あっ……ああッ!」

もう抵抗する力も、意志も残っていない。

ただ、姉さんの冷たい体内に包まれ、翻弄されるだけだった。

冷たい肌が僕の熱を貪るように動き、僕の生気が彼女の中に流れ込んでいく感覚が、はっきりと伝わってくる。

これが、禁書に記された、僵尸を養う穢れた方法なのか。

師に叩き込まれた戒律も、長年抱えてきた羞恥も、すべてが意味を失っていく。

自慰すら固く禁じられ、情欲などというものを知らなかったこの身体が、今や最も愛おしい姉の冷たい肢体によって、甘美な堕落の淵に沈められていく。

 

【挿絵表示】

 

「……あ……ああ……」

姉さんの赤い瞳が、僕の真上で揺れている。その奥には、かつての優しさの欠片もない。ただ本能的な、獣のような飢えだけが宿っていた。

その瞳に見つめられるたび、魂の奥底がえぐられるような罪悪感に襲われる。

それなのに、体は勝手に反応してしまう。

腰が浮き、彼女の動きに合わせて自ら押しつけてしまう。

「ひぐっ……! もう……やめて……お願い……!」

懇願など、姉さんには届かない。

彼女の腰つきは次第に激しくなり、青白く豊かな胸が灯りに照らされて大きく揺れる。その光景すら、僕の理性をさらに溶かしていく。

「や……やだ……! また……っ!!」

先ほど尽きたばかりの熱が、再び急速に込み上げてくる。

このままではまた、姉さんの中で——

「ひぃ……ああああッ!」

限界だった。

僕の中で抑えきれない熱潮が、堰を切ったように溢れ出す。

抵抗も、理性も、とうに砕かれていた。

ただ、姉さんに与えられるまま、熱い生気を深く注ぎ込んでしまった。

「ぐぅッ……あああああッ!」

獣のような叫びが部屋に響く。

全身が激しく痙攣し、僕の命の源が、姉さんの冷たい体内に注がれる瞬間——

一瞬だけ、彼女の赤い瞳が、潤んだように見えた。

「……あ……あ……」

満足したような、低い唸り声。

やがて姉さんは長い息を吐くと、そのまま僕の胸に倒れ込んできた。

---

部屋の中に、僕の荒い息遣いと、灯りが揺れる音だけが響いている。

姉さんは、僕の上に乗ったまま、動かない。

ただ、ゆっくりと胸を上下させている。僕の生気を吸収して、彼女の体が、少しだけ温かくなったような気がした。

「……」

僕は何も言えない。

ただ、天井を見つめていた。

もう、涙も出ない。ただ、虚脱感が、僕の体を包み込んでいく。

これが、僕が望んだことだったのか?

姉さんを、この手で、この姿に変えてしまうことだったのか?

僕は知らない。

「阿明?お前、今、妙な声が……どうしたんだ?」

扉の向こうから聞こえた師兄の声で、我に返った。 床が軋む音やうめき声を聞きつけたのか、様子を見に来たらしい。

扉を叩く音が、次第に激しくなる。僕は血の気が引くのを感じた。

慌てて体を起こし、姉さんの冷たい裸身を押し退け、布を被せようとしたが、手が震えて上手く動かない。

「阿明!開けろ!お前、何かおかしいぞ!」

ガチャリ。

扉が、勢いよく開けられた。師兄の顔が、凍りついた。部屋の奥で、青白い肌をした清蘭が、無表情に上半身を起こしていた。

死人のような目。

そして、明らかに人間のものではない、冷たい屍気が部屋に満ちている。

「……これは……僵屍……?お前……外法に手を出したのか……!?」

師兄の声が震えた。

次の瞬間、叫び声が夜の道観に響き渡った。

「妖道だ!李玄明(り げんめい)が外法を使って姉を僵屍にしたぞ!」

僕は、姉さんの冷たい手を強く握った。

涙が溢れ、声が掠れる。

「……ごめん、姉さん。 もう、隠しきれない……」

この道観にいることは、もうできない。

僕は震える足で立ち上がり、姉さんを抱きかかえるようにして、闇夜の裏口へと逃げ出した。




*¹招魂:死者の魂を招き返す儀式
*²僵屍:死体を操る中国の伝説上の存在。本作では外法によって蘇生した存在。いわゆる「キョンシー」

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