師兄たちの叫び声が、ようやく遠ざかっていった。辺りには木々の葉擦れの音と、時折聞こえる虫の声、そして僕の荒い息遣いだけが残っていた。どうやら追手からは逃れられたようだ。
僕は息を整えながら、隣に立つ姉さんを見た。
「……っ!」
一瞬、言葉を失う。
逃げる最中、あられもない姿のままだった僕たちは、道観の裏手で偶然見つけた洗濯物の中から衣類を奪うように持ち出していた。 咄嗟の判断とはいえ、我ながらよくこんなことができたものだと思う。
まず僕がやや大きめの道士服に袖を通す。多少臭うが、動きに支障はない。
問題は姉さんだった。僕は青い布地の質素な襦裙を手に取り、虚ろな赤い瞳で明後日の方向を向いている姉さんに着せようとした。
しかし、寸法を確かめている余裕などなかった。
「……姉さん、ちょっと我慢して」
無理に袖を通し、裙を腰に巻きつけようとした瞬間——
布地が滑り落ち、豊かな乳房がほとんど露わになった。
襦は肩から大きくずれ、深い谷間が強調され、柔らかな膨らみが今にも零れ落ちそうな危うい位置で止まっている。僕は思わず息を飲んだ。
「……なんて姿だ」
自分でも酷いことをしてしまったと、頭を抱えたくなる。
人ならざる怪物に変えてしまっただけでも罪深いのに、まるで春を売る女のような淫らで惨めな格好にさせてしまった。それなのに——
僕の視線はどうしても、姉さんの青白く豊かな胸元に釘付けになっていた。
つい先ほどまでの、冷たくも柔らかい肌の感触。過剰に揺れる乳房。
今まで知らなかった——いや、興味を持つことすら禁じられてきた快楽の記憶が、頭の中で蘇る。
僕は、女を知った。
よりにもよって、僵尸と化した姉さんに。
「……くっ」
顔が熱くなるのを感じ、慌てて視線を逸らした。そんな事を思い出している場合ではない。
裙も同様だった。本来なら踝まで隠すはずの生地が、姉さんの腰回りではまるで布切れのように短く、歩けば白く細い脚が大きく露わになってしまう。
無理に合わせようとすれば、股のあたりまで大胆に裂けてしまいそうだ。
「……最悪、外套で隠すしかないか……」
***
「先生!見て下さい!先生が鍼を打ってくれたおかげで、今まで上がらなかった肩がこんなに楽に上がるようになりました!」
「いえいえ、症状自体は重いものではなかったですから。でも、長い間よく耐えましたね。これなら力仕事に戻っても大丈夫ですよ。」
「先生が来てくれたおかげで、しつこい便秘もすっかり治まりまして……先生にはなんとお礼をすれば良いか……」
「お礼なんてとんでもないですよ。あなたが僕の言いつけ通り、朝晩に静かに呼吸を整え、気を養うようにしてくださったおかげなんですから。」
道観を離れてから、少なくとも数週間は経っていた。
僕はかなり遠く離れた小さな村で、薬師と偽って細々と生計を立てていた。道士として学んだ知識で、最愛の姉を死に追いやったというのに——皮肉なことに、その同じ知識が今は僕の生活を支えていた。
「先生、いつもお薬を処方してくださってありがとうございます。おかげで熱もすっかり引いて、また畑仕事ができるようになりました……」
「体調が良くなったのは嬉しいですが、まだ病み上がりですからね。仕事はほどほどに、体を休めることを第一にしてください。それと、生の葱やニンニクは当分控えてください。」
「へへ……忘れないようにしますよ。」
この村の人々は、僕を腕の立つ薬師として、それなりに信頼してくれていた。
肩の痛みや慢性の便秘、原因不明の高熱など、医者のいない村の患者たちを、何人も救ってきたからだろう。
収入は雀の涙ほどだったけれど、僕一人で質素に暮らすだけなら、何とかやっていけた。もちろん、姉さんのことは誰にも知られないようにしていた。
ほとぼりは冷めているとは思うが、万一にも僕が僵尸と共に暮らしていることがバレてしまったら……。道士でなくとも気味悪がって近づかなくなるだろう。
最悪の場合、「薬と偽って毒を盛られた!」などと、言いがかりをつけられるかもしれない。
僕は静かに息を吐いた。
姉さんをこんな姿にしてしまった罪は、どこへ行っても消えない。
それでも、せめて今は……この平穏を、少しでも長く守りたかった。
***
村から少し離れた荒れ地に、ぼろぼろに崩れかけた廃屋があった。
恐らく少し前まで誰かが住んでいたのであろうその家が、今の僕たちの棲家だ。
「ただいま、姉さん……帰ったよ」
扉を開けると、姉さんはいつものように部屋の隅に座っていた。
僕の声に、虚ろな赤い瞳だけがちらりとこちらを向く。しかしすぐに、また何もない虚空へと視線を戻してしまう。
「疲れた……この村は病人を診られる人がいないとはいえ、僕一人で全員を診るのはやっぱりきついよ。道士として勉強に追われていた頃よりは気は楽だけど……」
僕はそう言いながら、姉さんの隣に腰を下ろした。
相変わらず何も答えない。言葉は出ない。ただ、時折、視線が合う瞬間がある。気のせいかもしれないけれど、きっと僕の話を聞いてくれているのだと思うと、心のどこかが少しだけ温かくなった。
……しかし、少しして異変に気づいた。姉さんの指先が、小刻みに震えている。
微動だにしなかった腕が、ゆっくりと痙攣するように動く。
「あ……ぁ……」「うっ……うぅ……」
苦しげな、獣のような低いうめき声が、喉の奥から漏れ始めた。僕は息を飲んだ。
この反応は、あの時と同じだ。初めて姉さんと交わった夜——仮面のように感情のなかった顔が、突然、飢えた獣のような眼差しを向けてきたあの夜と同じだ。
「……いいよ、姉さん」
僕は掠れた声で囁いた。胸の奥が、熱く疼く。
「もう、お腹が空いたんだよね……。ご飯にしようか。」
***
道観を離れてこの寒村に来てから、定期的にこのような営みが行われるようになった。
姉さんの中の生気が尽きかけると、指先や腕が小刻みに震え始め、やがて苦しげな低いうめき声を漏らすようになる。それを無視した先がどうなるのか、僕は想像したくもなかった。
「……っ」
慌てて頭を振る。
(今はそんな暗いことを考えてはいけない)
隣で姉さんの体が微かに痙攣している。虚ろな赤い瞳が、いつもより少し焦点を失っていた。青白い肌が、わずかにくすんでいるようにも見える。
「……姉さん」
静かに息を吐き、僕は彼女の冷たい肩にそっと手を置いた。
触れた瞬間、氷のような冷たさが掌に染み込んでくる。僕は覚悟を決め、腰帯をゆっくりと解いた。
これは避けられない罪の償い。
僕が彼女を怪物に変えてしまった代償であり、生かし続けるための糧。
そう自分に言い聞かせるしかない。
「あ……ん……」
僕が触れると、姉さんはゆっくりと上体を起こした。乱れた青い襦の襟元から、白く重みのある膨らみがこぼれ落ちる。その妖しく美しい曲線に、僕の下腹部が熱く疼き始めた。禁欲的な道観育ちの身には、まだ慣れぬ反応だ。
「く……」
袴を捲り上げ、自らの熱くなった部分を露わにする。すでに硬く脈打つそれを、姉さんは無言で顔を近づけた。冷たい吐息が直に肌にかかり、背筋がぞくりと震える。
彼女は両手で自らの豊かな胸を持ち上げ、僕の熱をその柔らかく冷たい谷間に包み込んだ。
極端な温度差に、脳が一瞬麻痺する。冷たい柔肉が熱い脈動を締めつけ、上下に動くたび、甘くねっとりとした快楽が腰の奥から這い上がってくる。
道観では決して知り得なかった、屈辱的でありながら甘美な感覚。僕は思わず息を荒げ、その動きに身を委ねてしまった。
しかし、やがて姉さんのうめき声に焦りが混じり始めた。
(……まだ、足りない。もっと、深いところを求めている……)
「……待って、姉さん」
僕は彼女の手を優しく制し、乱れた襦の前を大胆に引き裂いた。糸がぷつりと切れる音が響き、青白く豊満な胸が完全に露わになる。
さらに視線を下方へ移した。
長い裙をゆっくりとめくり上げると、そこに——
「……っ」
息を呑んだ。
磁器のように滑らかな青白い肌の奥に、淡い紅色の花弁が、静かに息づいていた。
今まで見たこともない、秘められた部分。
柔らかく湿り気を帯び、わずかに開きかけているその花は、まるで僕の生気を求めて咲いたかのように艶やかに光っていた。
甘酸っぱい、どこか懐かしいような匂いが鼻腔をくすぐる。
これは……姉さんの、最も秘めやかで、穢れやすい場所。
道観の経典にも、師の教えにも、決して記されていなかった未知の領域。
(こんな……美しい……いや、穢れている……?)
胸の内で矛盾した思いが渦巻く。罪悪感と、抑えきれない好奇心。
僕は思わず顔を近づけ、その甘い匂いを深く吸い込んだ。そして、震える舌を、その柔らかな花弁に這わせた。
「あうっ……うっ!」
今まで聞いたことのない、切れて高らかな声が姉さんの喉から上がった。
腰がびくりと跳ね、冷たい太ももが僕の頭を強く挟み込む。
戸惑いながらも、僕はその熱く湿った花を丁寧に、舌先でなぞり続けた。甘くねっとりとした蜜のような味わいが、舌に広がる。
「う……あ……ぁ……」
姉さんのうめきが、次第に切なく甘い響きへと変わっていく。その声に後押しされるように、僕は彼女の体を覆いかぶさり、自らの熱く硬くなった先端を、その濡れた入口にゆっくりと押し当てた。
抵抗はなく、ゆっくりと、熱い包み込みが僕を襲った。
まだ学んで間もない、獣じみた交わりの感触に、僕は思わず目を閉じた。
「……くっ……ああ……」
僕は腰を動かし始めた。義務という名目など、もう遠くに置き去りにして、ただ純粋な欲望に突き動かされるままに。
姉さんの体は、僕の動きに合わせてしなやかに反応し、肌がぶつかる甘く湿った音が狭い部屋に響き渡る。僕は彼女の冷たい背中に手を回し、しっかりと抱き寄せた。
この体は、僕が犯した罪の結果だ。
それでも今、僕はこの冷たい肢体から目を離せなかった。乱れる白い髪、汗でわずかに濡れた青白い額、快楽に蕩けゆく赤い瞳——すべてが、僕の理性を溶かしていく。
姉さんの声が、次第に切実さを増していく。
もはや単なる飢えのうめきではなく、生者の快楽と死者の渇望が混じり合った、忘れがたい旋律だった。
「あっ……あっ……ああっ!」
その声に後押しされるように、僕の腰の動きは激しさを増した。
僕は彼女の膝の裏に手を這わせ、自分の肩に乗せるようにして、より深くその秘奥へと沈み込んでいった。
「あっ……ああっ……姉さん……もう、ダメ……」
言葉が、絞り出すように零れ落ちる。
目の前で、姉さんの豊かな曲線が激しく波打っている。僕は耐えきれず前かがみになり、彼女の首筋に唇を這わせた。
かすかに立ち上る、甘く重い香り——腐りかけた花のような、ねっとりとした死の匂い。それが鼻腔を満たすたび、胸の奥が背徳の悦びで熱く焦がされた。
(こんな香りさえ……今は姉さんの一部だ)
その冷たい肌の感触と、内部の熱が混じり合う感覚が、僕の理性の最後の糸を断ち切った。
「で……出る……っ!」
彼女の最も深い場所で、僕は激しく脈動しながら、すべてを解き放った。
熱く濃い生気が、堤防を決壊したように溢れ出す。
その瞬間、姉さんの全身が固く強張った。
凍てついたような静寂の後、彼女の唇から、裂けんばかりの細い声が漏れた。
次の瞬間、姉さんの体が激しく痙攣した。
腕が僕の背中に爪を立て、脚が僕の腰を締め付けるように絡みつく。
冷たい肢体が、まるで僕を溶かし尽くそうとするかのように、激しく揺れ動いた。
僕はその嵐に翻弄されながら、姉さんのうめき声に酔い、彼女の体内で最後の生気を注ぎ込んでいた。
***
「……そういえば僕、まだご飯を食べていなかったな……」
天井の暗い木目をぼんやりと見つめながら、僕は小さく呟いた。
誰に聞かせるわけでもない、ただの独り言だ。疲労と濃密な悦楽の余韻で、体が鉛のように重い。 起き上がる気力など、到底湧いてこなかった。
「……明日、山に行こう。薬草を摘んで、お粥に入れられそうな山菜も採って…… それから、姉さんにも花を摘んできてあげるよ。 今頃は菊が、綺麗に咲いている頃だろうから。」
もちろん、返事はない。
姉さんはただ、冷たい体を床に預けたまま、静かに横たわっている。
──それでも、僕はかすかに微笑んだ。返事の有無なんて、どうだっていい。
こうして姉さんと一緒に同じ屋根の下で過ごし、肌を重ね、こうして並んで横になる。
歪で、穢れていて、決して許されるものではないかもしれない。
けれど、僕がずっと望んでいた“一緒にいる”という生活は、確かにここにあった。