九霄さんは上機嫌に杯を傾けながら、大声で笑った。
「化け物も倒して俺の武功が増えたし、金もたんまり手に入った……今日は最高の宴日和だなぁ!」
九霄さんと姉さんの活躍のおかげで、初めての妖怪退治は成功に終わった。懸賞金を受け取った上に、依頼主の計らいで一夜を過ごす宿まで用意してくれた。
しかし九霄さんは「知り合いの家がある」と断ったため、結局、姉さんと二人で宿に泊まることになった。
異国の匂いが僅かに漂う、絨毯の敷かれた広い個室。卓の上には、次々と豪華な料理が運ばれてくる。
香辛料をたっぷり纏った羊の腿肉、皿を置いただけでふるふると震える煮込み料理、黄金色に揚げられ、色鮮やかな甘酢餡がたっぷりとかけられた大きな鯉。そして、見たことも聞いたこともない
僕は相変わらず、胡餅と薄い粥だった。だがここの胡餅は、甘い胡麻がたっぷり練り込まれていて、普段口にしているものとは明らかに違う。
「おいおい、こんなめでたい席で道士の飯にこだわるこたぁねえだろ」
「い、いえ……僕、ほとんど何もしていませんし……」
「何言ってんだ。妙な符を使って化け物を倒したのは坊主の手柄だろう。もっと自信持てよ。お前がいなかったら、俺は死んでたんだぜ。それに、さっきから肉に目が釘付けじゃねえか。食べたいんだろ?」
酒が回って上機嫌な九霄さんは、短刀を器用に使って羊肉を次々と切り分ける。刃が通るたび、水晶のように透明な脂が滝のように溢れ出した。
指摘された通り、僕は禁じられていた肉料理の前に、唾を飲み込むのを我慢できなくなっていた。
「ほらよ。祝いの席ぐらい、道祖様とやらも目を瞑って見て見ぬふりしてくれるだろ」
「……で、では……いただきます」
恐る恐る、煮込まれた羊肉に箸を伸ばす。薄紙を破るよりも容易く箸が入り、肉が柔らかく開いた。鼻腔に複雑で濃厚な香辛料の香りが飛び込んでくる。
一口、口に運んだ瞬間——舌の上で、肉が溶けるような錯覚に囚われた。
脂の甘み、深い旨味、香辛料の刺激が、一気に口いっぱいに広がる。昨夜の兎肉も美味しかったが、これは比べ物にならないほどの、圧倒的な味わいだった。
「どうだ、美味いだろ?言葉も出ねえみてえだな!アッハッハハ!!」
僕の反応がよほど面白かったのか、九霄さんは大笑いしながら、僕の杯に濃い琥珀色の葡萄酒を注いだ。
果実の豊潤で甘やかな香りが、ふわりと鼻をくすぐる。以前に飲んだものとは明らかに違う、上品で深みのある香りだった。
「こいつは西方から伝わる酒だぞ。少しだけだ、遠慮なく飲めよ。」
「……ありがとうございます」
勧められるままに杯を傾けると、蜂蜜を思わせる葡萄の甘さと、豊かな果実味が口いっぱいに広がった。舌に残る脂を優しく洗い流してくれるような、心地よい味わいだ。
「本当に、お前は飯を食う顔がいいなあ!」
九霄さんが再び大笑いする。僕の表情が、それほど珍妙になっているらしい。山羊の腿肉、甘酢の鯉、魚翅の煮込み、蟹とアワビ……卓に並ぶ料理の数々は、どれも僕の五感を強く揺さぶった。
香辛料の複雑な香り、脂の甘やかなとろみ、魚の身が崩れる柔らかさ。道観で育った僕にとって、これらは未知の領域だった。
胡餅も、胡麻の香ばしさと甘みが際立っていて、粥でさえ、穀物本来の優しい甘味を丁寧に引き出している。
今までの質素な食事に戻れるかどうか、心配になるほどに——。
「ふっ……」
今、ほんの少しだけ、確かに誰かが笑うような声が聞こえた。
低めで、柔らかな女性の声。個室には僕と九霄さんしかいないはずなのに。
……姉さん?
姉さんが、僕が美味しそうに食べる姿を見て、笑ったのか……?まさか、とは思った。
それでも、美食と葡萄酒で限界まで昂ぶっていた情緒は、「姉さんが笑った」という事実——あるいはただの思い込み——だけで、簡単に決壊した。
目頭が熱くなり、涙が溢れ出すのを止められなかった。
「お……お前、泣いてんのか?」
宴の席に似合わないほど、九霄さんがどこか引いたような声で言った。
「え……?」
「いや、初めての飯だからって……そこまで泣くこたぁねえだろ……」
……僕も、すっかり酔いが回っているのだろうか。
自分のことなのに、自分でもよく分からなかった。
***
「……お前の姉さんよ。生前はどんな人だったんだ?」
酒がかなり回った九霄さんが、座った目で聞いてきた。
「俺は兄弟はたくさんいたが、みんな男だったからよ……姉ってのがどんな感じなのか、よく分からねえんだ。」
「とにかく、優しい人でした。自分のことよりも、いつも僕のことを一番に考えてくれていて……些細なことでもすぐに心配してくれる人でした。」
「心配、ねぇ……」
九霄さんは杯を傾けながら、しんみりとした顔で頷いた。
「男同士だと『放っておけばどうとでもなる』って感じだったから、羨ましいもんだな。」
「ええ……夜遅くまで経典を読みふけっていた時も、符の修行や薬学の勉強をしていた時も、いつも『阿明は頑張りすぎるから、たまには肩の力を抜いていいのよ』って、頭を撫でてくれました。他のお弟子さんにもそうでした。皆の名前はもちろん、その人の良いところを全部覚えていて、何かあるたびに褒めて、慰めて……まるで道観の皆の母のような人でした。」
「ふぅん……僵尸になってもあれだけ別嬪だからな。長生きして普通に嫁いでりゃ、いい奥さんになったろうに……勿体ねえ……」
腕を組み、九霄さんは少し遠い目をした。その言葉に、僕の胸の奥が熱く締めつけられた。
「俺の故郷にも、姉ではねえが許嫁がいたんだ。明芳といってな……明るくて、面倒見が良くて、頭も良い。村のガキ共を纏める姉御肌のようないい女だったよ。」
九霄さんは杯をちびちびと傾けながら、頰杖を突いて、
「……俺の親父は弓の腕しか取り柄のねえろくでなしでよ。」
と、右の耳に小指を突っ込んだ後、指についた垢をどこかに飛ばした後に、続けた。
「貧乏なのに酒ばかり飲んでは母ちゃんや兄弟に八つ当たりしてた。親父が狩りの途中で崖から落ちて死んだ時は……正直、胸のつかえが下りたような気もした。
だが、母ちゃん一人で俺たち兄弟を養うのは限界だった。そんな時、村の連中が『九霄の家を見捨てるわけにはいかねえ』って、みんなで助けようと言い出してくれたんだ。……その中心にいたのが、明芳だった。」
九霄さんは杯を回しながら、苦笑した。
「あの頃の俺はまだガキだったが、村のみんなに助けられた恩は一生忘れられねえ。あいつらの助けがなけりゃ、今頃俺は野盗になるか野垂れ死ぬか、どっちかだったろうな。だから俺は、村のために金を稼ぎ続けるしかねえんだ。明芳と立派な式を挙げて、明芳と、村の連中に、ちゃんと幸せな顔を見せてやりてえ……村そのものを金持ちにして、どんな飢饉の時でも、誰一人食いっぱぐれることのない村にする……それが俺の夢だ。」
杯を大きく傾け、ひと息つくと、九霄さんは白い歯を見せて笑った。
「酒のせいか、なんだか湿っぽい話になっちまったな!いや、酔っ払っちまったようで悪かった!そろそろ出るか!」
九霄さんは立ち上がり、代金に色を付けて勘定を済ませた。
そして店を出ると……待ち構えていたかのように、襦裙を緩く纏い、大胆に胸元を覗かせる遊女が三人ほど九霄さんに飛びついてきた。
「あの……その人達は?」
「言ったろ? 『今夜は知り合いの世話になる』って。知り合ったのはさっきだがな。」
「……許嫁はいいんですか?」
「遊びならいいんだよ。バレたら青痣を山ほどもらう羽目になるがな。」
そう言い残し、九霄さんは豪快な笑い声をあげながら、遊女たちを侍らせて夜の街へと歩いていった。
僕らは無言で、その背中を見送った。
気のせいか、九霄さんを見送る姉さんのその眼差しが、いつもより少し冷たく感じられた。
「……僕らも宿に戻ろうか。」
***
中級程度の客店は、商人を相手にするだけあって清潔で、設備もそれなりに整っていた。部屋は二階の奥まった一室。六畳半ほどの広さで、磨かれた木の床板の中央に寝台と薄めの布団が用意されている。油灯の柔らかな光が、部屋を淡く照らしていた。
僕は荷物を下ろし、姉さんを振り返った。
「……姉さん、少し待っていて。湯を頼んでくるよ。」
使用人に声をかけ、追加の銭を渡すと、若い男は少し驚いた顔をしたが快く引き受けてくれた。
ほどなくして大きな木製の浴桶が運び込まれ、熱い湯が何度も往復して注がれた。浴室は部屋に隣接した小さな個室で、簡易的な仕切りがある程度の設備だった。湯気の中に、かすかに蘭草の香りが混じっている。
使用人が去った後、僕は扉をしっかり閉め、かんぬきを下ろした。
「姉さん……おいで。今日はちゃんと湯浴びができるよ。」
姉さんは無言のまま、ゆっくりと僕について浴室に入ってきた。
熱い湯気が立ち上る中、彼女の青白い肌がぼんやりと浮かび上がる。僕はそっと彼女の肩に手を置き、乱れた襦の紐を解き始めた。
薄い絹の布がするりと肩から滑り落ち、青白く冷たい肌が露わになる。左手も皮膚が張り、完治したようだった。豊かな胸のふくらみが、重力に引かれるようにわずかに揺れ、深い谷間が灯りに艶やかに照らされる。
「……っ」
息が詰まった。
何度肌を重ねても、慣れることのない美しさと、死の冷たさが胸を締めつける。僕はさらに襦を滑らせ、裙の結び目を解いた。布地が落ち、白く長い脚が完全に露わになる。
彼女の体は、死者の冷たさを宿したまま、それでも儚く美しい曲線を描いていた。虚ろな赤い瞳が、ぼんやりと僕を見つめている。
「姉さん……入るよ。」
僕も着物を脱ぎ捨て、まず姉さんの冷たい体を抱きかかえるようにして、熱い湯の張られた浴桶へと導いた。
湯に浸かった瞬間、白い湯気が激しく立ち上り、彼女の青白い肌が熱でわずかに血色を帯びる。それでもなお、死人のような芯の冷たさは残っていた。
僕は彼女の背後に回り、湯の中にゆっくりと身を沈めた。熱い湯が体を包み、姉さんの背中に僕の胸がぴったりと密着する。
湯を手ですくい、彼女の肩や背中にそっと注ぎかける。水滴が冷たい肌を伝う小さな音が、湯気の中に溶けていった。
「……姉さん、今日も頑張ったね。」
囁くように言うと、姉さんは「うー……」とか細い声で応えた。その声が、湯の中に柔らかく響く。
「姉さんはいつも僕を守ってくれる。本当に……ありがとう。」
言葉を続けながら、僕は胸元の布を濡らし、彼女の胸を優しく拭った。ふくよかな柔らかさを通し、心臓の鼓動は感じられない。ただ静かな冷たさだけが、そこにあった。
ふと、僕の脳裏にこれまでの夜が蘇った。
感情をほとんど失い、言葉を発せない代わりに、体を捩らせて僕の愛撫に応えてくれる姉さん。冷たい死人の肌と、内部の熱い包み込み。生と死が混じり合う異様な快楽。そして、虚ろな瞳の奥にだけ灯る、微かな生の光。
その記憶に呼応するように、姉さんの喉から低いうめき声が漏れた。
「あ……あうぅっ……」
これは、彼女が生気を強く求めている時の声だ。妖怪退治で相当な力を消耗したのだろう。
その切ない響きに、僕の胸の奥が熱くなった。
僕は彼女の背中に顔を寄せ、湯で温められた耳元に唇を近づけた。そして、ゆっくりと両手を前に回し、重みのある柔らかな乳房を下からそっと包み込んだ。
「……あ……」
持ち上げるように乳房に触れると、姉さんの肩がぴくりと跳ねた。
湯の熱が指先に伝わり、冷たい肌をほんのりと温めていく。僕は柔らかな重みを手のひらで包み込み、指先で優しく撫で続けた。
もう片方の手を彼女の腰に回し、そっと引き寄せる。背中と胸が密着し、湯の中で二人の体が溶け合うような感覚に包まれた。
「あ……うっ……」
耳元で囁く。
「姉さん……僕が、足りない分を全部あげるから。」
湯の中で体位を変え、彼女の体を軽く反らせる。胸が湯面から露わになり、水滴が谷間を伝う。僕は胸に唇を寄せ、冷たい肌を温めるように舌を這わせた。
やがて、僕の指が彼女の秘められた場所に辿り着いた。柔らかな肉の盛り上がりをそっと撫でると、姉さんの腰が激しく跳ねた。
「あっ……!」
「感じる……? 姉さん」
ゆっくりと指を滑らせ、優しく刺激を続ける。ぬめりと共に内側が熱を持ち、指を締め付けてくる。指を一本、また一本と増やし、湯の中で彼女の奥を掻き回した。
「あ……ああっ……あぁ……うっ……」
姉さんの声が次第に甘く、切なく、荒くなっていく。虚ろだった赤い瞳がわずかに潤み、腰が僕の指の動きに合わせて無意識に揺れる。
これまでに見せたことのない反応だった。
「あっ……あ、ああっ! ……ひっ……ううっ!」
指の動きを速め、彼女の内壁を強く擦るように刺激する。すると、姉さんの体が急に硬直し、喉の奥からこれまで聞いたことのない声が漏れ始めた。
「う……あ……あぐっ……! あ……ああぁっ……!」
声が次第に低く、湿り気を帯びてくる。
体が小刻みに痙攣し、湯が激しく波立つ。彼女の内壁が僕の指を強く、まるで貪るように締め付けてきた。
「姉さん……!」
「あ……あっ……ああぁ……! あぐっ……うううっ……! あ……ああぁぁっ!!」
突然、姉さんの全身が大きく弓なりに仰け反った。
冷たい肢体が激しく震え、湯の中で何度も跳ねる。内側が僕の指を潰さんばかりに収縮し、彼女の喉から低く掠れた、獣じみた喘ぎが連続して溢れ出した。
「ううっ……! あぐ……ああぁぁっ……! あ……あ゛っ……!!」
細かな痙攣が何度も続き、やがて彼女は糸の切れたように僕の胸に崩れ落ちた。
荒い息を繰り返し、虚ろな赤い瞳の奥に、初めて見るような蕩けた悦楽の色が残っていた。
……達したのだ。
姉さんが、初めて絶頂を迎えたのだと、僕はぼんやりと理解した。
やおら姉さんは立ち上がり、壁に両手を預けた。青白く豊満な体を支えるように大きな尻をこちらに突き出し、脚をゆっくりと開く。
自らの指で、解れきった秘部を卑猥に広げて見せた。
血の気を失った外側とは対照的に、薄桃色の内側が蜜で濡れ、物欲しそうにひくひくと蠢いている。
──姉さんが、僕を求めている。こちらから誘っている。
僕は浴桶から立ち上がり、滴る湯を意に介さず彼女の背後に寄り添った。冷たい背中に熱い胸を密着させる。
自らを彼女のくぼみに据え、ゆっくりと腰を押し出した。先端が蜜に濡れた入口に触れた瞬間、内側が生き物のように吸い寄せてくる。
「あ……あっ……」
か細いが、はっきりとした欲求の声。
僕はもうためらわなかった。ゆっくりと、しかし確実に、熱を彼女の冷たい内奥へと沈めていく。
「んぐっ……! あ……ああぁっ……!」
死者の体であるはずなのに、内部は信じられないほど熱く、ぬめりに満ち、僕を締め付けてきた。まるで僕のすべてを貪ろうとするかのように。
僕は彼女の腰を強く掴み、激しく突き上げ始めた。湯が激しく跳ね、二人の体がぶつかる湿った音が浴室に響き渡る。
「う……あっ……ああ……ああぁっ!」
姉さんの声が次第に高く、甘く、荒くなっていく。僕は腰の動きをさらに激しくし、奥深くを抉るように何度も突き立てた。白く波打つ尻、湯に濡れて激しく揺れる豊かな胸、冷たい肌と熱い内部の対比——すべてが僕の理性を焼き尽くす。
「姉さん……! もっと……もっと感じて……!」
僕は片手を前に回し、彼女の乳房を強く揉みしだきながら、腰を荒々しく打ちつけた。湯のしぶきが飛び、彼女の背中に伝う。
姉さんの内壁が波打ち、僕を強く締め付けて離さない。生と死が混じり合う、異様な快楽が脊髄を駆け上がる。
「あぐっ……! あ……ああぁ……ううっ……! あ゛……あ゛っ……!」
姉さんの声が低く掠れ、獣じみた響きを帯びてくる。壁を爪で掻き毟り、体を激しく震わせながら、僕の動きに必死に応えてくる。
僕は彼女の腰を引き寄せ、より深く、より激しく突き上げる。湯が溢れんばかりに波立ち、浴室全体が二人の熱気と水音で満たされていく。
「もう……駄目……出すよ……姉さん……このまま中に出すよ……! 全部、受け取って……!」
「あ……あぐっ……! あ……ああぁ……ううっ……!」
姉さんの内壁が激しく収縮し、僕を締め付ける。
そして——
「あ゛……あ゛……あ゛あ゛あ゛っ!!」
姉さんの体が激しく仰け反り、獣のような低く掠れた喘ぎが浴室に響き渡った。全身が激しく痙攣し、指が壁を掻き毟る。内側が僕を強く、貪るように締め付けてくる。
その瞬間、僕の視界が白く染まった。
「あ……ぐっ……!」
熱い奔流が堰を切ったように、彼女の最も深い場所へ注ぎ込まれる。
僕は彼女を抱きしめたまま、脈打つたびに生気を注ぎ続けた。
やがて激しい痙攣が収まり、姉さんの体がぐったりと僕の腕の中に崩れ落ちた。
湯が少しずつ冷めていく中、僕は彼女を優しく抱きしめ、ゆっくりと自身を引き抜いた。白く濁った生が、彼女の太ももを伝って落ちていく。
「……姉さん……」
冷たい頰に唇を寄せると、彼女の唇が、ほんのわずかに僕に応えるように動いた。
「あ……」
その声は、かつての優しい彼女を思わせる、微かな響きを帯びていた。
虚ろな赤い瞳の奥に、一瞬だけ、確かに光が灯った気がした。
***
窓の外から、街の喧騒に混じって微かに二胡の音色が聞こえてくる。
曲は知らない。きっとこの都で今、流行っているものなのだろう。
……心地良い。
いつ追手に追われるか、いつ姉さんが僵尸だとバレるか、そんな不安に怯える必要がないことが、ただただ心地良かった。
全てを忘れ、清潔な寝台に横たわり、柔らかい布団に包まれている。
いつぶりだろう。
土の上で寝たことも、草むらに身を横たえたことも、廃屋に置き去りにされた汚れた敷物でも、道観の質素で硬い寝床でもない、こんなに柔らかくて清潔な寝台で眠るのは。
僕はそっと横に目をやった。
微睡む姉さんの長い髪を、指先で優しく撫でる。屍とは思えないほど瑞々しく、絹のように滑らかな手触りだった。そういえば、生前、姉さんは髪を結わずに、こうして長く流していたっけ。
ふと、聞き覚えのある旋律が聞こえてきた。
清廉で優しい乙女を思わせる高音の、柔らかな歌声。
『月光光,照池塘。
骑竹马,过洪塘。』
……ああ、この歌は知っている。
幼い頃、姉さんがよく僕を寝かしつける時に、そっと歌ってくれていた子守唄だ。
──月明かりよ、池塘を照らして。
竹馬に乗って、洪塘を越えて。 ──
『洪塘水深不能渡,
娘子撑船来郎接。』
──洪塘の水は深くて渡れない、
娘子が船を漕いで、郎を迎えに来てくれた。 ──
不意に、景色が変わった。
僕は寝台に横になっていたはずが、いつの間にか大木にもたれかかるように座っていた。そのすぐ横で、美しい女性が二胡を奏でながら歌っている。
絹のように長い黒髪を背中に流し、地味ながらも品の良い襦と裙をきちんと着こなした姿——僕は、無意識のうちに、その名前を静かに呼んでいた。
「……清蘭……姉さん……」
『问郎长,问郎短,
此去何时返。』
──郎よ、元気? 郎よ、どうしてるの?
この先、いつになったら帰ってくるの……?──