「玄明、お前は飲み込みが早い。 教えてからまだ日も浅いというのに、基礎どころか、それを応用した術まで理解するとは……」
知性と威厳に満ちた、懐かしい声。
九霄とは対照的な、静かで重みのある声だ。 この声の主を知っている。今は亡き、僕の師だ。
「お前のような神童を弟子に持てたことを、儂は誇りに思っていたぞ。 お前なら科挙も難なく合格し、立派な官僚となって姉を養えたであろうに……」
師の分厚い手が、優しく僕の頭を撫でる。
その感触に、胸の奥が熱くなった。
「とんでもありません。すべては師の教えあってのことです。 僕はまだ未熟で、愚かで、学ぶべきことは山ほどあります。」
「愚か、か……。そうだな。だからこそお前は、外丹に手を出したのだ。」
「……え?」
思わず息を飲んだ。
師が亡くなった後、外丹に手を出したことを、どうして知っている?師の声が、静かに、しかし重く響いた。
「『外丹は偽りの道。真の長生は内に丹を練り、薬草と鍼で体を養うことにある』いつも教えていたはずだ。それを、お前は姉を助けたいという下らぬ感情に惑わされ、破った。 内丹でも治らぬということは、魂を天に還す時が来たということに、何故気づかぬ。」
……これは夢だ。
師がこんなことを知っているはずがない。すべては師が亡くなった後のことだ。しかし、それを否定するかのように、師の言葉は容赦なく胸に突き刺さる。
「その結果、貴様は姉を殺めた。それに飽き足らず、外法に身を落として姉を僵尸に変え、挙げ句の果てには僵尸と化した姉と交わり、死者に生を分け与えるだと?『一滴の精は一滴の命。無駄に漏らせば内丹の道は遠ざかり、仙となる望みは潰える』 この教えを、貴様はどこへ捨てた? 貴様はどれだけ、儂の顔に泥を塗れば気が済むのだ。」
「師……」
「貴様に師と呼ばれる筋合いはない。貴様は儂の生涯における、唯一にして最大の汚点だ。神童が聞いて呆れる。貴様は道士どころか、人としての道を外れた逆徒だ。この外道め……師の教えを踏みにじり、天道に背き、挙げ句に死者を穢して僵尸とし、死姦まで犯すとは。 貴様など、禽獣にも劣る妖道だ。死んでしまえ。」
「やめて……もう、やめてください……!」
僕の逃避にも似た叫びが届いたのか、師の姿はふっと消えた。その代わりに、目の前に現れたのは——
「……よくも、あたしを殺したわね。」
***
自分でも聞いたことのない悲鳴を上げて、僕は飛び起きた。
師はいない。生前の姉さんもいない。ただ、夜の闇に染まる部屋の壁だけが、僕の視界に映る。
寒い。水を浴びたような寝汗が、体を冷やしていた。まだ夜は更けていないようだ。荒い呼吸をなんとか整え、もう一度横になって目を閉じた。しかし、目が冴えてしまって寝付けない。
いや……それもあるが、また先ほどの悪夢を見るのが怖くて、眠れなかった。
「……。」
そっと横を見ると、姉さんが薄っすらと目を開け、こちらを見つめていた。
「……ごめん、起こしちゃったね。」
一言謝り、姉さんに背を向けて目を閉じる。不意に、冷たいものが僕の体に触れた。
姉さんだった。血の通っていない冷たい手が、僕の腰にそっと回される。
「……あ……あぁ……あ……あ……あ……あぁ……」
姉さんが、微かな声で呻いている。
ただのうめき声ではない。夜の静寂に溶けるように、掠れた旋律が聞こえてくる。
月光光……幼い頃、特に両親を亡くしてしばらくの間、悲しみと寂しさから寝付けなかった僕に、姉さんは膝枕をしてこの歌を聴かせてくれた。これは気のせいじゃない。
今、姉さんは眠れない僕のために、子守唄を歌っている。
歌詞は出ず、掠れた声で、ぎこちなく、でも確かに——僕をあやしてくれている。
「姉さん……。」
自然と、涙が溢れていた。
僵尸になっても、僕への情は残っているのだと、今になって確かに感じた。
次第に泣き疲れたのか、意識がぼんやりとして、瞼が重くなる。
僕が眠りにつくまで、姉さんの歌は止むことはなかった。
***
猪の化け物を倒してから、しばらく経った。
あの武功を聞きつけた各地の有力者から、時折、化け物の類を討伐する依頼が増えてきた。
今、僕たちは家畜や通行人を喰らう巨大な蜥蜴と戦っていた。
一枚一枚が分厚い青銅のような鱗に覆われ、屋敷一軒は余裕で丸呑みできそうな巨体だ。
「分かってはいたが、矢が刺さらねえな……!」
「どこか柔らかい部分は必ずあるはずです!そこを狙いましょう!」
大蜥蜴が猛然と駆け寄り、大口を開けて僕たちを喰らおうとする。
しかし、その動きはすぐに止まった。
「ぁああああ……あ……あああ゛あ゛あ゛あ゛……っ!!」
大蜥蜴の太い尻尾を、姉さんが鷲掴みにしていた。
尻尾が切れてもすぐに掴み直し、執拗に縋りついて動きを封じる。
「へ……できたじゃねえか、柔らかい場所が! もう一つ!」
いつの間にか大蜥蜴の背後に回っていた九霄さんが、矢を放った。
放たれた矢は、自ら切り落とした尻尾の傷跡に吸い込まれるように深々と刺さる。
あの時から、自然と僕たちには役割のようなものが生まれていた。
九霄さんの弓、姉さんの怪力、そして——
ドォォォォン!!!
矢に仕込んでおいた僕の符が起爆し、大蜥蜴を内側から吹き飛ばした。
頭と背中の筋、骨、臓器を破壊された巨体は、その場で倒れ伏し、二度と起き上がることはなかった。
「……頭?あ、あれ……なんで頭まで……?」
「アイツが口を開けて突っ込んできた時、何本か口の中にくれてやったんだ。やっぱり外は硬くても、中は随分と柔らかいみてえだな。」
***
化け物の死骸をなんとか台車に載せ、休憩を取っているうちに、夜が更けてしまった。
僕たちは火を起こし、その場で一夜を過ごすことにした。
「どうだ? 鹿の肉もなかなか美味いだろ?」
今しがた狩った鹿の腿肉を焼いたものを頬張る僕を見て、九霄さんが上機嫌で感想を求めてきた。
「前の兎よりも味が濃いですね。それでも癖がなくて……同じお肉でも、これほど違うんですね。」
「ああ、部位によって硬さも脂も味わいも全然違ってくるからな。食い物ってのは面白いだろ?」
九霄さんの話に耳を傾けていると、ふと姉さんの気配が変わった。
彼女の方を見ると、虚ろな赤い瞳が、僕が食べている肉にじっと注がれていた。珍しい。蘇生したばかりの頃は、肉など見向きもしなかったのに。
「お? 清ちゃんも食べてみるか?」
九霄さんが面白がるように肉を切り分け、差し出すが、反応はない。どうやら、僕が手に持っている肉が気になるらしい。
「……食べてみる?」
僕が自分の肉を少し差し出すと、姉さんはゆっくりと顔を近づけ、口を大きく開けて鋭い歯を食い込ませた。
口の周りに脂を付けたまま、無表情で咀嚼する。一瞬、眉間に微かな皺が寄った気がした。
飲み込んだ後、彼女はそっぽを向くように視線を逸らし、それ以上肉に興味を示すことはなかった。
「ハハッ! 清ちゃんにはまだ肉の味は分からねえか!」
九霄さんも僕と同じように嬉しそうに笑った。
しかしその笑顔はすぐに穏やかなものへと変わり、我が子を見守るような表情で続けた。
「……なんだか、ちょっとだけ変わってきたな。」
「やっぱり……九霄さんも、そう感じていましたか。」
宿での出来事以降、確かに姉さんは少しずつ変わり始めていた。もちろん、良い方向に。
まず、僕を見る目が変わった。以前は虚ろでどこか遠くを見ているようだった瞳が、今は明らかに僕に焦点を合わせるようになった。こちらを見つめてくれる時間も、ほんの少しだけ長くなった。
それに、距離が近くなった気がする。
歩いている時も、休憩している時も、特に座っている時には、自然と僕に体を寄せてくるようになった。
この肉を少し口にしたことも含めて……失われていた人間性を、少しずつ取り戻し始めているのかもしれない。そう思うと、頰が自然と緩んでしまった。
お腹も膨れたところで火を消し、寝ることになった。僕の向かい側で九霄さんが豪快ないびきをかいて眠っている。目を閉じてまだそれほど経っていないというのに、その寝付きの良さが羨ましかった。
僕は傍らで横になる姉さんを見た。横になってはいるが、瞼は開いたままだ。
「……姉さん。」
冷たい手を引き、僕は少し離れた茂みの奥まで彼女を連れて行った。
最近、姉さんの生気がどれだけ残っているのか、なんとなく分かるようになってきていた。だからこそ、誰にも見つからないこの場所を選んだ。
そして、もう一つ。
僕は、姉さんに生を与える行為に対して、抵抗感が薄れてきている自分に気づいていた。
最初は激しい罪悪感と吐き気のような嫌悪があった。禁じられた行為への羞恥と、道士としての誇りが胸の奥で必死に抵抗していた。
しかし、肌を重ねるたび、それらは少しずつ薄れ、「これは姉さんに生を与える当然の行為だ」という都合の良い理屈にすり替わっていった。
今では、密かにこの時間を楽しみにしている自分さえいる。
……最低だ。
姉を怪物にしたくせに、その怪物にすがりつき、悦びさえ感じ始めている自分が、ひどく醜く思えた。
今もそうだ。意識が曖昧なのをいいことに、僕は姉さんの目の前で、己を激しく慰めていた。
月光に照らされた姉さんの姿が、僕の視界を犯す。
青白い肌、虚ろな赤い瞳、色素が抜けてもなお艶やかな髪、過剰に豊満な胸の膨らみ、ずれた襦裙から覗く深い谷間——それらがすべて、僕の手の中の欲望を硬く、熱く滾らせる。
「はあっ……はあっ……姉さん……姉さん……!!」
その無防備で穢れなき姿が、僕の理性を最後の線まで追い詰めた。
「っ……!!」
熱い奔流が迸り、月光に銀の糸を描いて姉さんの顔面へと落ちた。口元、頰、豊かな胸元を白く濡らし、汚していく。
「あ……あぁ……あっ……!!」
達してなお脈打つ欲望から、最後の一滴まで絞り出す。
姉さんは何の反応も示さず、ぼんやりと僕の昂ったものを眺めているだけだった。
夜露が茂みの葉を濡らし、僕の荒い息だけが静寂を乱している。
安堵と苛立ちが入り混じった余韻が全身を巡る。白濁の跡が、姉さんの頰や襟首を伝い、青白い肌の上に不規則な模様を描いていた。
何も反応しない彼女の瞳に、もう一度自分の影が映り込むと、僕は不意に立ち去りがたい気持ちに駆られた。
その時だった。
「……あ……ぁあ……ぁう……」
今にも崩れ落ちそうだった姉さんの上半身が、不気味な静けさで持ち上がった。虚ろだった赤い瞳が、突如として僕を捕らえる。その視線には冷たく妖しい輝きが宿っていた。
「……ね……姉さん?」
立ち上がろうとした瞬間、冷たい指が僕の腕を鷲掴みにした。次の刹那、強大な力が僕の体を地面に叩きつける。
「がっ……!」
背中に走る衝撃で息が詰まる。朦朧とする意識の中で、青い襦の裾が視界を覆った。姉さんが無表情のまま、僕の胴体に跨っていた。
彼女は片手で僕の両腕を地面に押さえつけ、もう一方の手で自らの裙を捲り上げる。青白い太腿と、月光に濡れた秘部が露わになった。
僕が何か言いかけるより早く、冷たく湿った花園が、僕の熱をゆっくりと呑み込んでいった。
「ま……待って! 今は……九霄さんが……!」
言葉は虚しく、彼女の内部が僕を深く包み込む。熱と冷たさ、潤いと異質な感触が混じり合い、背筋に強烈な快楽が走った。
「あぁ……あうぅ……う……」
姉さんは腰をゆっくりと上下に動かし始めた。ぎこちなかった動きが、次第に飢えを満たすような、獣じみた律動へと変わっていく。
豊満に揺れる胸、乱れる白髪、無表情なのに潤んだ瞳——すべてが僕の理性を溶かしていく。
やがて腰つきが激しさを増したその時——
「おーい!坊主ぅー!」
茂みの向こうから、九霄さんの声が響いた。かなり近い。
「や、やめて姉さんっ……!九霄さんが……!」
しかし姉さんは止まらない。それどころか動きを激しくし、喉から漏れる声も抑えきれなくなっていた。
「あうっ……!うっ……あぁあ……!」
まずい。このままでは——。
咄嗟に僕は体を起こし、姉さんの首に腕を回して唇を強く重ねた。
冷たい唇。墓場の土のような冷たさ。
それでも彼女の舌が僕の口内を探り、ねっとりと絡みついてくる。
「……坊主ー!いるなら返事しろー!」
九霄さんの声が近づいてくる。
僕は姉さんの背中を強く抱きしめ、唇を離さずに声を殺した。彼女の腰は容赦なく動き続け、内部が僕を激しく締め付ける。
「あ……ぐっ……!」
唇を重ねたまま、姉さんの喉から震えるような嗚り声が伝わってくる。九霄さんの足音と声が茂みの近くを通り過ぎ、遠ざかっていくまで、僕は必死に彼女を抱きしめ続けていた。
「ったく……どこ行きやがった……」
気配が完全に消えた瞬間、僕は限界を迎えた。
「あ……あ゛っ……!!」
熱い奔流が、彼女の奥深くへと注ぎ込まれる。
同時に姉さんの体が激しく痙攣し、低く長い喘ぎを僕の口の中に直接響かせた。
放出が終わった後、唇が離れると——
姉さんは、僕と繋がったまま、口角をわずかに吊り上げていた。
虚無でも憤怒でもない、悦楽に蕩けたような、初めて見る表情。
「……姉さん……笑っているの……?」
その顔は、生前の姉でも、ただの僵尸の姉でもなかった。
僕だけに見せる、特別な顔だった。