※この作品はR-18です。

とんがロリっ子のアトリエ   作:大軍

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ロリっ子たちの朝

 

キーフリーに連れられて廊下を歩く。

石壁の隙間から差し込む光が、規則的に私の足元を照らしていた。

壁の燭台に灯る炎は、火の匂いがしない。

これも魔法なのだろうか。

 

「ここが君の部屋だ」

 

キーフリーが立ち止まった。

木の扉を開けると、石造りの小さな部屋が二つ並んでいた。

二つの机と二つのベッド。

窓は一つだけ。

質素だけど、清潔な部屋だった。

 

「もう一人、アガットという弟子がいてね。君のルームメイトだ」

 

「アガット……?」

 

さっきのテティアとリチェとは別の子がいるのか。

 

「どうやらまだ休んでるみたいだね」

 

キーフリーが奥のベッドに視線をやる。

シーツは乱れていて、枕元に黒い髪が数本残っていた。

でも、人はいない。

 

「ああ、そうだ。ここの寝室は個別にもう一つあるんだ。奥の階段を上がったところにね。鍵付きだから、おいおいわかるよ」

 

鍵付き。

なぜ鍵がいるのだろう。

魔法使いだから、危険な魔法の道具でもしまっているのかも知れない。

聞こうとしたが、キーフリーはすでに背を向けていた。

 

「じゃあ、僕は少し用事があるから。しばらくしたら戻ってくるよ」

 

「あ、はい……」

 

「その間に荷解きをしておいて。テティアたちに何でも聞いていいからね」

 

にこりと笑って、キーフリーは廊下へ消えた。

 

 

一人になった部屋を見渡す。

壁に貼られた魔法陣のメモ。

整然と並べられたインクの瓶。

どれも見たことのないものばかりだった。

 

「ここが魔法使いの部屋かぁ……」

 

声に出すと、少しだけ実感が湧く。

自分はいま、魔法使いの工房にいる。

お母さんを助けるために、ここで勉強するんだ。

 

机の引き出しを開けてみた。

紙の束と、先端の細いペンが入っている。

紙には細かい円と線が描かれていた。

魔法陣だろう。

繊細な線の一本一本が、誰かの手で丁寧に描かれたものだとわかる。

 

「すごい……」

 

お母さんの仕立ての図面に似ている、と思った。

でも仕立ての図面は服になる。

これは、魔法になるのだ。

手に取って間近で見ると、その精緻さに圧倒される。

 

ルームメイトのアガットという子が描いたものだろうか。

私とは比べものにならない。

こんなに上手に描ける人が同じ部屋にいるなんて、尊敬すると同時に、自分の未熟さが突きつけられるようだった。

 

「私……こんなの描けるようになるのかな」

 

不安がよぎる。

でも、やるしかない。

お母さんのためだから。

 

窓辺に座って、外を眺めた。

草原が地平線まで続いている。

村とは全然違う景色。

ここには人の気配がない。

キーフリーと弟子たちだけの、閉じた世界。

 

 

しばらくして、足音が近づいてきた。

軽い足取り。

でもテティアのように弾むリズムではない。

 

扉が開く。

 

「……誰」

 

黒髪の少女が立っていた。

切り揃えられた前髪の下に、鋭い目。

私より少しだけ背が高い。

額にうっすらと汗が滲んでいて、頬が薄く上気している。

 

「あ、えっと!私、ココって言います。今日からここで——」

 

「聞いてないわ」

 

「え……」

 

遮られた。

黒い瞳が、私を値踏みするように見ている。

 

「……先生が弟子を取ったのね」

 

「は、はい。よろしくお願いしま——」

 

「私の机に触らないで」

 

それだけ言って、アガットは自分のベッドに向かう。

背中が壁を作っている。

これ以上話しかけるな、と全身で言っていた。

 

嫌われた。

初対面で、理由もわからず、拒絶された。

胸の奥がきゅっと縮む。

 

でも——壁に貼られた魔法陣のメモは、やっぱりすごい。

あんなに綺麗な線が描ける人だ。

嫌いなのに、尊敬してしまう自分がいる。

 

(何かしちゃったかな)

 

答えは出ない。

アガットはベッドに横になり、こちらに背を向けたまま動かなかった。

何かに耐えているように、布団の端を握りしめている。

その手が微かに震えていることに、私はまだ気づけなかった。

 

 

*

 

 

その夜。

あてがわれたベッドに横になり、薄い毛布を胸元まで引き上げる。

アトリエに来て初めての夜だ。

石壁の部屋は、夜になると底冷えがする。

慣れない硬さの枕に頬を預け、私は目を閉じた。

 

お母さんのベッドとは全然違う。

お母さんのベッドは、お母さんの匂いがした。

布を扱う人の手の匂い。

毎晩、その匂いに包まれて眠っていた。

 

ここにはそれがない。

石と、古い木と、微かなインクの匂いだけ。

 

眠れない。

寝返りを打つたびに、ベッドが軋む。

 

ふと、何かが聞こえた。

 

「ん……ぅ……」

 

低い、くぐもった声。

アガットかと思って暗闇に目を凝らしたが、隣のベッドからは規則的な寝息が聞こえるだけだ。

 

「あ……ぅう……ん、んんっ……」

 

声は、壁の向こうから聞こえていた。

キーフリーが言っていた、鍵付きの部屋がある方だ。

 

何の声だろう。

動物?

魔法の実験?

危険な魔法の生き物を飼っているのだろうか。

 

「ひ……ぁあ……っ、あぁあっ……!」

 

声が大きくなった。

苦しそうな、でも苦しいだけではない、何か別の色を帯びた声。

私の知らない種類の声だった。

 

布団を握りしめる。

心臓が速くなっている。

怖い。

でも、声は止まらない。

 

「やぁ……あ、あぁっ……!ん、あぁっ、あっ、あっ……!!」

 

ぐちゅ、ぐちゅ、と何かが濡れた音も混ざる。

壁が薄いのか、それとも声が大きいのか。

私の耳は、聞きたくなくても拾ってしまう。

 

「あ……ああっ……っ、んん、あぁああ……っ!!」

 

獣の呻きのような、でも獣にしては人間らしすぎる声。

どこか聞き覚えのある声色。

でも昼間に聞いた誰かの声とも、微妙に違う。

普段と全然違うトーンだから、わからないのだ。

 

何分経っただろう。

声は波のように強くなったり弱くなったりを繰り返し、やがて一際高く跳ね上がって——

 

「——っ…………ぁ…………………………」

 

途切れた。

静寂が戻る。

耳の奥で、自分の心臓の音だけが脈打っている。

 

眠れるはずもなかった。

毛布を頭まで被り、縮こまったまま、私は朝を待った。

 

 

*

 

 

翌朝。

重い瞼をこじ開けて起き上がる。

ほとんど眠れなかった。

 

窓から入る弱い朝日。

アガットのベッドはもう空だった。

いつ起きたのかもわからない。

 

のろのろと着替えて部屋を出ると、廊下の先から声が聞こえた。

 

「おっはよ〜!ココ!!」

 

テティアが駆け寄ってくる。

ハーフツインのピンク髪が揺れる。

昨日と変わらない元気さだった。

 

「お、おはよう……テティア」

 

「ふあ………おはよう………」

 

遅れて現れたリチェは、対照的に覇気がない。

うっすらと目が腫れている。

水色の前髪の下、潤んだ瞳はどこか焦点が合っていなかった。

足取りも重い。

 

「リチェ、大丈夫……?顔色悪いよ?」

 

「………平気」

 

短い返事。

いつものリチェだ。

でも首筋に薄く赤い痕が残っているのが見えた。

虫に刺されたのだろうか。

 

テティアは何も言わない。

いつもなら何かしら騒ぐはずのテティアが、リチェの様子について一言も触れなかった。

まるで慣れている、とでも言うように。

 

 

朝食の支度をする。

キーフリーはまだ来ていないらしい。

テティアがパンを切りながら、私の顔を覗き込む。

 

「ココ、目の下くまできてるよ?眠れなかった?」

 

「う、うん……ちょっと」

 

「壁薄いもんねぇ〜、このアトリエ」

 

あっけらかんと言った。

テティアは知っているのだ。

昨夜の声のことを。

 

「あの……昨日の夜、壁の向こうから声が聞こえて。なんだか怖くて……」

 

「あ〜、あれね〜」

 

テティアがパンを咥えたまま答える。

 

「何の声だったの?動物とか、魔法の実験とか……」

 

テティアとリチェが顔を見合わせた。

ほんの一瞬だけ、空気が変わったのを感じた。

 

「ん〜、何だと思う?」

 

「え……わ、わからないから聞いてるんだけど……」

 

テティアが少し困ったように笑う。

リチェは黙ってパンをちぎっている。

 

「えっとねぇ……キーフリー先生と——」

 

「テティア」

 

リチェが短く遮った。

テティアは「あ」と口を噤む。

また、あの空気だ。

私だけが知らない何か。

 

「……あのね、ココ。私たちには弟子の『お務め』があるの」

 

テティアが声のトーンを少し落として言った。

「お務め」。

朝のお手伝いとは違うものらしい。

 

「お務め……?」

 

「うん。魔法のお勉強だけじゃなくてね、先生のこと、色々お世話するの」

 

「お世話って、掃除とか洗濯とか?」

 

テティアがまた困った顔をする。

この子は嘘がつけないのだろう。

表情に全部出てしまう。

 

「そういうのもあるんだけど……えっと、体の……お世話?」

 

「体の?」

 

「先生のおちんぽを気持ちよくしてあげること。それも弟子のお務めだよ」

 

テティアが言った。

不思議なくらい、淡々と。

大きな瞳で私を見ている。

 

……おちんぽ。

お母さんが言ってた「恥ずかしい言葉」。

恥ずかしいと感じていい、と教わった言葉。

それを、テティアは朝食のテーブルで、パンを片手に、当たり前のように口にした。

 

「えっ……」

 

「ん〜、でも普通のことだと思うよ?先生の弟子なんだし」

 

「……気にしたことない」

 

リチェが相槌を打つ。

気にしたことがない。

この子は本当に気にしていないのだ。

 

「昨日なんてね、ココの迎えがあって先生の朝のお世話ができなかったから、リチェが一晩中——」

 

リチェがテティアの方を見た。

視線だけで言葉を止めた。

テティアは「あ、ごめんごめん」と舌を出す。

 

一晩中。

あの声。

あの、壁の向こうから聞こえていた声。

 

「ま、まさか……昨日の声って……」

 

「うん。リチェだよ?」

 

「………」

 

リチェは何も言わない。

パンをちぎる手が、一瞬だけ止まったように見えた。

 

あの声が、リチェ。

昼間、ほとんど喋らないこの子が。

あんな声を、出していた。

一晩中。

 

頭の中がぐるぐるする。

朝食のパンの匂いが急に遠くなった。

 

——身体は大切なもの。自分の身体を簡単に他人に触らせてはいけない。

 

お母さんの声が、鮮明に蘇る。

 

でも。

テティアもリチェも、苦しんでいるようには見えない。

少なくとも、朝のテーブルでパンを食べるこの二人は、普通だ。

私が知らないだけで、魔法使いの世界では普通のことなのだろうか。

お母さんは魔法使いじゃない。

お母さんが知らない世界の話なのかも知れない。

 

自分にそう言い聞かせなければ、この場にいられなかった。

 

 

*

 

 

朝食の途中だった。

廊下の奥から、キーフリーの足音が聞こえてくる。

 

テティアの顔がぱっと輝いた。

椅子から弾かれたように立ち上がる。

 

「キーフリー先生!」

 

「おはよう、テティア。元気だねぇ……朝から」

 

キーフリーが苦笑しながら食堂に入ってくる。

白銀の髪を後ろに流し、寝起きらしい緩い表情。

 

テティアが駆け寄る。

 

「先生!今日もおちんぽ、したい!」

 

「……ご飯中なのに、しょうがないな」

 

「やったぁ〜〜!」

 

テティアが両手を上げて喜ぶ。

満面の笑み。

何かご褒美をもらった子供のように。

 

——待って。

今、テティアは何と言った?

おちんぽ、したい?

朝食の最中に?

皆がいる前で?

 

私は自分の耳を疑った。

だが、キーフリーは当然のように頷いている。

リチェは、パンをちぎる手を止めすらしない。

 

キーフリーが、テティアの前に立った。

テティアが膝をつく。

テーブルの横で。

私の、すぐ近くで。

 

キーフリーの手が、自分の服の前を開く。

 

「ああ、ココ。びっくりするよね」

 

私を見て、キーフリーが穏やかに言った。

 

「でもこのアトリエだとこれが普通なんだ。……徐々に慣れると思うよ」

 

「普通……」

 

声が震えた。

キーフリーの手が布を退けると、そこに——

 

「ひっ!!」

 

見たことのないものだった。

男の人のもの。

お母さんが「もう少し大きくなったら」と言って教えてくれなかった、その正体。

太くて、肌色で、血管が浮いていて。

それが、もう硬くなっていた。

 

「そうか、ココは見るの初めてだったかな。これが僕のおちんぽさ」

 

キーフリーが、恥ずかしいことを何でもないように言う。

教え子に魔法の道具を見せるのと同じ声で。

 

「うわぁ〜〜、今日もすっごく硬い!大きくて、きっもちいいんだよ〜ココ!」

 

テティアが、キーフリーのそれを両手で包みながら振り返った。

嬉しそうな顔。

自慢するような声。

まるで気に入った魔道具を見せびらかすみたいに。

 

「じゃ、始めるね〜」

 

テティアの唇が、キーフリーのそれに触れた。

 

「れろ……ちろ……」

 

舌の先が、先端をゆっくりと舐め上げていく。

ぴちゃ、と水音がした。

朝の静かな食堂に、その音はひどく大きく響く。

 

「おっ……いいね、テティアのベロ、あったかいよぉ……」

 

キーフリーが目を細めて言った。

テティアの頬が赤くなる。

 

「えへ……れろ、ちゅ、ちゅ、じゅ……」

 

褒められて、テティアの舌が速くなった。

吸いつくような音。

唾液が光って糸を引いている。

テティアの喉が動く。

飲み込んでいるのだ。

何を——とは、もう聞けなかった。

 

私は硬直していた。

手にしたパンを置くことも忘れて。

視線を逸らすべきなのに、逸らせない。

体が動かない。

 

「これ、何……」

 

声が勝手に出ていた。

 

テティアが口を離さないまま、こちらをちらりと見た。

キーフリーのそれを舌で包みながら、困ったように眉を下げる。

 

「これは……朝のお手伝い、の延長的なもの……かな?」

 

テティアの声が、とろんと蕩けている。

唇の端から透明な液が垂れて、テティアの顎を伝っていく。

さっきまでパンを食べていたその口で。

 

「いいよ、テティア……舌が巻きついて……」

 

キーフリーの手がテティアの頭に乗せられた。

ピンクのハーフツインを撫でる。

「ありがとう」をもらった時と同じ笑顔で、テティアは目を閉じた。

嬉しそうに。

 

「キーフリー先生……」

 

テティアの声が甘くなる。

くちゅ、くちゅ、と規則的に音が響く。

 

キーフリーの表情が、ほんの少し変わった。

穏やかさの奥に、昨日テティアとキスしていた時と同じ色が滲む。

 

「そろそろ……」

 

キーフリーの声が低くなる。

手がテティアの頭の上で、撫でるから掴むに変わったのが見えた。

 

「先生……」

 

テティアが見上げる。

不安そうな目。

何が起きるかわかっているような、でも怖いような。

 

「な、何……」

 

声を出したのは私だった。

 

キーフリーの手が、テティアのツインテールの片方を掴んだ。

ぐ、と手前に引き寄せる。

 

「むぎゅっ!?」

 

テティアの顔が、キーフリーの腰に押し付けられた。

一瞬で、テティアの口の中に、奥まで入ったのがわかった。

喉の形が変わったから。

外側から、形が見えたから。

 

「っ……!」

 

テティアの目が見開かれた。

涙が一気に溢れる。

鼻から息ができない。

苦しそうに、でも逃げない。

逃げられないのか、逃げないのか。

 

「グオっ、グポぉ!ごえっ!ぐ、おぉっ!!」

 

喉の奥から、潰れたような音が出ている。

テティアの手がキーフリーの太ももを掴んでいた。

爪が食い込むほど強く。

それなのに——テティアの目は、キーフリーを見上げていた。

涙で歪んだ視界で、先生の顔を探している。

 

私は立ち上がっていた。

 

「………!!て、テティアっ……テティアが苦しそうです!!先生!!」

 

声が裏返った。

テティアの顔は真っ赤で、涙と唾液と鼻水で汚れていた。

あの元気で、明るくて、一番最初に私に声をかけてくれたテティアが。

こんな顔をしている。

 

「テティアは喉の奥が苦手でね。これも訓練のうちだよ」

 

キーフリーの声は、変わらなかった。

穏やかで、優しくて、魔法を教えてくれる時と同じ温度の声。

 

「そ、そんな……」

 

「テティアの弛緩の力は喉に向いているんだ。だから練習すれば、もっと上手になるよ」

 

上手に。

何が上手に?

喉に男の人のものを入れることが?

それが「上手い」?

 

テティアの顔がぐしゃぐしゃに歪んでいる。

あの天真爛漫な笑顔は、もうどこにもなかった。

涙を流しながら、それでもキーフリーを見上げている。

弛緩の淫紋。

その言葉の意味を、私はまだ理解できない。

ただ、テティアの膝が震えていて、それなのに自分から離れようとしないことだけが、ひどく不自然だった。

 

「い、いくぅ……!!」

 

キーフリーの腰が一度だけ大きく動いた。

テティアの喉が膨れ上がり——

 

「————っ~~~~!!!!!」

 

テティアの声にならない悲鳴。

目が真っ白に見開かれる。

全身が痙攣して、指がキーフリーの太ももから滑り落ちた。

 

長い、長い数秒だった。

 

キーフリーが腰を引くと、テティアの口からとろりと白い液体が溢れた。

糸を引いて、唇から、顎から、テーブルの前で膝をついたテティアの胸元へと垂れ落ちていく。

 

「ハァ……………ハァ……………」

 

テティアの呼吸が荒い。

肩で息をしている。

両手が床について、体を支えるのがやっとだった。

 

私は駆け寄った。

 

「テティアっ、大丈夫……!?」

 

床に膝をつき、テティアの背中に手を置く。

背中は汗で湿っていた。

細い体が小刻みに震えている。

 

「だ、大丈夫だよ……」

 

テティアが、涙の残る顔で笑った。

あの笑顔だ。

くしゃっとした、太陽みたいな。

 

「テティア喉奥苦手だから……キーフリー先生が訓練してくれるんだよ……」

 

訓練。

これが。

訓練。

 

「うん、いいんだよ。テティア」

 

キーフリーの声が降ってくる。

服を直しながら、テティアを見下ろしている。

顔には、穏やかな微笑み。

 

「僕も気持ち良かったから。『ありがとう』、テティア」

 

ありがとう。

テティアが一番欲しい言葉。

 

テティアの顔が、ぐしゃぐしゃのまま、ほころんだ。

 

「あ、『ありがとう』……あはは……嬉しいな……」

 

口元にはまだ白い液体が残っている。

それを拭いもせずに、テティアは笑っていた。

 

壊れた笑顔だと思った。

でもテティア自身は、心の底から嬉しそうで。

だから余計に、私は何も言えなかった。

 

 

*

 

 

テティアが洗面所に消えてから、食堂に静寂が戻る。

パンは冷め切っていた。

食欲はとうに失せている。

 

リチェが、何事もなかったかのようにパンの最後の一切れを口に入れた。

咀嚼し、飲み込む。

表情に、何の変化もない。

 

「リチェは……驚かないの?」

 

「……何が」

 

「だって、テティアが……」

 

「毎朝のこと」

 

それだけだった。

毎朝。

これが毎朝。

 

私は自分のパンに視線を落とした。

パンの表面は白くて、ところどころ焦げ目がある。

お母さんが焼いてくれたパンと、見た目は変わらない。

でもここは、お母さんの食卓ではない。

 

キーフリーが先に食堂を出ていた。

用事があると言って。

何の用事かは、もう想像したくなかった。

 

「……リチェ」

 

「何」

 

「昨日の夜の声……リチェだったんだよね」

 

リチェがパンくずを払う手を止めた。

水色の瞳が、私を見る。

何も映さない、と思っていた目に、ほんの一瞬だけ何かが揺れた。

 

「………そう」

 

それだけ。

恥ずかしがりもしない、言い訳もしない。

ただ、目を逸らした。

窓の方を見ている。

草原に注ぐ朝日を、じっと。

 

私はリチェに何も聞けなかった。

聞いてはいけない気がした。

リチェの横顔が、朝日に照らされて白く光っている。

その首筋の赤い痕が、やけに鮮明に見えた。

 

 

*

 

 

食事を終え、アガットを呼びに部屋へ戻る。

テティアに「アガットもご飯だよ〜って言ってあげて」と頼まれたからだ。

 

部屋の前で足が止まった。

扉が薄く開いている。

中から声が漏れていた。

 

「………も……できますっ……もうちょっと……あれば……」

 

アガットの声だ。

でも、朝に聞いた冷たい声とは全然違う。

必死で、こらえるような。

何かを懇願するような。

 

「…………大丈夫……………ゆっくりで……………焦らないで…………」

 

キーフリーの声。

いつもの穏やかなトーン。

でも、二人きりの部屋で、あの声で囁いている。

 

「で、でも……先生、私……もう何度も失敗して……っ」

 

「アガット。僕は君に無理をさせたくないんだ」

 

「っ……でも、先生がそう言うと……余計に……頑張らなきゃって……」

 

「……そうか。でも本当に、無理しなくていいよ?」

 

「——っ、頑張りますっ……もう少し……もう少し、頑張りますから……っ!」

 

アガットの声が震えている。

何を頑張っているのかは、わからない。

でもアガットが必死であることだけは、声の一音一音から伝わってくる。

 

私は扉の前で固まっていた。

聞いてはいけない会話だとわかっている。

でも——。

 

足がぶつかった。

廊下に置いてあった何かに。

カタン、と小さな音。

 

声が止まった。

 

扉が開く。

キーフリーが顔を出した。

 

「あ、ココ。どうしたの?」

 

「あ、あの……朝ご飯が……」

 

キーフリーの肩越しに、ベッドの縁に座ったアガットが見えた。

顔が赤い。

目元が光っている。

泣いていたのだ。

服の乱れを必死に直している。

 

目が合った。

 

アガットの表情が、一瞬で凍りついた。

恥辱と、怒りと、傷ついた獣の目。

あの鋭い黒い瞳が、今は剥き出しの刃物のように光っている。

 

「!!」

 

「じゃあ、僕は先に行くから。アガット、準備しておいで」

 

キーフリーが私の肩を軽く叩いて廊下へ出ていく。

何事もなかったかのように。

 

残されたのは、私と、アガット。

沈黙が石壁に反響する。

 

何か——何か言わなければ。

元気づけなければ。

アガットはきっと、何か辛いことがあったのだ。

仲間として、声をかけるべきだ。

 

「あ、あの……上手くいかないことなんてたくさんあるし、私も上手くいかないことばっかりだし……気にしなくていいと思うよ」

 

精一杯の言葉だった。

嘘じゃない。

私は本当に何もできない。

魔法陣も描けないし、魔法も使えない。

だから共感できるはず、だった。

 

「っ!!」

 

アガットが立ち上がった。

唇を噛んでいる。

肩が震えている。

 

「あ、アガット!?」

 

「……あんたに、何がわかるの」

 

低い声。

喉の奥から絞り出すような。

 

「え……」

 

「何も知らない癖に。何もわかってない癖に。わかったような顔しないでっ!!」

 

叩きつけるように言って、アガットは私の横を走り抜けた。

風が頬を掠める。

黒い髪がはためく。

私は動けなかった。

 

アガットが何を「上手くいかない」と嘆いていたのか。

キーフリーと二人きりで何をしていたのか。

私には本当にわかっていなかった。

アガットの言う通りだ。

何もわかっていない。

 

でも、あの目に浮かんでいたものだけは——屈辱と、涙の痕だけは——見間違えようがなかった。

 

「…………ご飯はいらないと伝えておいて」

 

廊下の角から、アガットの声だけが戻ってきた。

 

 

*

 

 

テティアとリチェに相談した。

食堂の片付けをしながら。

 

「あ〜〜……アガット、お尻苦手だもんね〜」

 

テティアが皿を重ねながら、困った顔で言った。

 

「お尻?」

 

「もう何度も失敗してるから、気にしてるんだよ」

 

「失敗って?お尻に、失敗って?」

 

テティアが、ちらっとリチェを見た。

リチェは洗い物をしながら微かに頷く。

言っていい、のサインだろうか。

 

「キーフリー先生のおちんぽをお尻に入れるのを失敗してるってことだよ〜」

 

テティアが、普通の会話のように言った。

皿を拭く手は止まらない。

 

「…………え?」

 

お尻に。

入れる。

あの太くて硬いものを。

お尻に。

 

「アガットは完璧主義だからさ〜。できないことがあると自分を許せなくなっちゃうんだよね」

 

「……アガットはずっと練習してる。でもうまくいかない」

 

リチェが、蛇口の水音に紛れるように言った。

 

「で、でも……あんなに泣いてたのに」

 

「泣いてたの?アガットが?」

 

テティアの目が丸くなった。

それから、小さく唇を噛む。

 

「……あの子、泣いてるとこ見られるの一番嫌がるのに」

 

「私……見ちゃった」

 

「それで怒ったんだ、アガット……」

 

テティアが皿を置いて、ため息をつく。

その息は、同情とも諦めとも取れるものだった。

 

「ココ、あんまり気にしないであげてね。アガットはプライド高いから、弱いとこ見られると余計に意地張るんだよ」

 

「でも……お尻にって……痛くないの?」

 

テティアが小首を傾げた。

 

「ん〜、慣れだと思うよ?」

 

慣れ。

お尻に男の人のものを入れることに。

慣れ。

 

「……テティアも?」

 

「テティアはまだだよ〜。先生はね、一人ひとりに合ったお勉強を教えてくれるの。テティアは喉の訓練がメインだし」

 

さっきの光景が蘇った。

テティアの喉が変形する。

涙と唾液にまみれた顔。

それを「訓練」と呼ぶ。

 

「リチェは……」

 

「……別に」

 

リチェが蛇口を閉める。

話はここまで、という空気が流れた。

 

私は黙った。

洗い物の水音が止んで、食堂は静かになる。

窓の外で鳥が鳴いている。

平和な朝の音。

でも私の頭の中は、何一つ平和じゃなかった。

 

テティアが口を開いた。

 

「ねえ、ココ」

 

「……うん」

 

「ここではね、これが普通なんだよ。先生が教えてくれることは全部、私たちが魔法使いになるためのお勉強。おちんぽのことも、お尻のことも。最初はびっくりするけど、すぐ慣れるから」

 

テティアの目は、まっすぐだった。

優しくて、嘘がなくて、純粋に私を安心させようとしている目。

「ありがとう」を言ってほしくて、誰かの役に立ちたくて、だから一生懸命に。

 

だからこそ、怖かった。

テティアが嘘をついていないことが。

本当に、心の底から普通だと思っていることが。

 

——お母さん。

お母さんは「身体は大切にしなさい」って言ってた。

「恥ずかしいことは恥ずかしいと感じていい」って。

 

でも、ここでは。

誰も恥ずかしがっていない。

テティアも、リチェも。

アガットでさえ——恥ずかしいのは行為そのものではなく、うまくできない自分に対してだった。

 

私がおかしいのだろうか。

お母さんの教えが、ここでは通じないだけなのだろうか。

 

わからない。

わからないけど。

お母さんを助けるためには、ここにいるしかない。

魔法を覚えるしかない。

 

だから——考えないようにしよう。

考えたら、きっと、ここにいられなくなるから。

 

テティアが笑った。

いつもの、満開の花のような笑顔。

その笑顔に救われて、同時に、何かが少しずつ壊れていく音が聞こえた気がした。

 

(お母さん、ごめんなさい)

 

心の中で、小さく謝った。

何に対してかもわからないまま。

 

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