「ううん、..いいの。」
私が首を横に振ると、直樹は少しホッとしたのか、抱き締める力を緩めた。さっきの狂ったような直樹と比べると、まるで別人みたいだ。直樹は私を抱き寄せるのをやめて、私の上半身をそっとベッドの上におろした。直樹は私をおろすと、私の近くに座ってそっと私の髪を撫でた。
私は仰向けから、直樹の方を向く体制に変える。直樹は私の髪を汲み取っては撫で、汲み取っては撫でを繰り返していた。時折、髪にキスをすることもあった。外国のドラマみたいで、こっぱずかしい。
「そら」
私の髪を撫でながら、直樹は私の名前を呼んだ。「ん?」と返事をすると、直樹は顔だけ私の方に向けてまた話し始めた。
「これからどうする?」
先に、直樹に言われてしまった。なんだか直樹の家に来てからの短時間で色んなことが起きすぎて、頭と気持ちが追いつかない。私自身もう余裕なんてないのは誰が見たってまるわかりだが、直樹が余裕そうなのがひたすら悔しいばかりだ。
なんて考えている場合ではなく、ちゃんと話し合いをしなければならない。とはいえ、これからどうすると言われても、何をどうすればいいのかなんて私にはわからない。たぶん、直樹にも。
私は首をかしげ、そんなに有能ではないが、あるだけの脳をぜんぶ使って考える。
「……とりあえず、外に出て現状確認した方がいいかも」
直樹はひらめいたようにそう呟く。まるで独り言のようだ。普段なら蝉の鳴き声で聞こえなかったであろう、そんな声だ。私に言っているのか、それとも自分の考えをまとめようとして頭を整理しているのか、頭の回転速度がまったくちがう彼の考えはわからない。
私も彼に負けじと、これからすべきこと、できることを考える。
「..あ。ニュースとかついてないのかな」
だが結局、彼の頭の回転の速さに負ける。正直最初から勝てる気はあまりしていなかったけれど。
今更ながら自分の無能さが悲しい。直樹のひらめきは一体どこからきているのだろうか。
直樹はおもむろに立ち上がり、自室に置いてあるテレビのリモコンを手に取った。そしてまた私の近くに座って、リモコンをかちゃかちゃと弄り始めた。不意に「あ、これか」という声が聞こえたかと思うと、真っ暗だったテレビ画面が明るくなった。
私は上体を起こして直樹の隣に座り、テレビ画面をじっと凝視する直樹と同じことをした。カップルで揃ってベッドに座りテレビ画面を凝視するなんて、珍しい体験をしているものだ。
1分ほど待っても、テレビは白く発光するだけ。何も映らない画面を見つめ、私たちは沈黙を保っていた。どちらかが言葉を発するのを、お互い待っているようだった。
「……なんも映んないな」
そんなことを思っていたら、直樹がぽつりと呟いた。私は軽くうなずき、ベッドのシーツをぎゅっと握り締める。特に電波に問題はない状況のはずなのにテレビも映らないなんて、一体どうすればいいの。
そうだ。スマホ。
「ちょっとスマホ使えないか見てみる」
幸い私のスマホはどこでもネットがつながるように設定されている。スマホの電源をつけ、ネットに繋げてみるが、反応はなし。[読み込みできません]という文字が何度も表示されるが、自分のしていることに反応してくれているだけでも少し安堵した。
でも結局読み込みはできず、時間の無駄だと判断した私はスマホの電源を落とした。
「スマホも使えない」
私たち二人から同時にため息が漏れる。希望故の脱力感。期待するようにスマホの画面を覗き込んでいた直樹に期待損をさせてしまったようで、なんだか申し訳なかった。私は項垂れて、どうしようかと悩んだ。
すると、直樹にまた頭を撫でられた。吃驚して顔を上げ直樹を見ると、直樹は優しく微笑んだ。
「そんな申し訳なさそうにしなくていいよ。外に出る前にもっかい他の方法探そう」
直樹はそう言うと照れ臭そうに、こっちもテレビつけたけど反応なかったしね、と付け加える。直樹はこんなに優しい顔でわらうひとだったんだ、と思うと、こんなひとと付き合えている私を誇らしく思えた。同時に、こんな私がこんないい人の彼女でいいのだろうか、と思ったが。
実は直樹とは小さな頃から互いの祖母の仲が良く、腐れ縁だった。実際に初めて会ったのは私も覚えていないくらい小さな頃らしいが、私の記憶にはない。私がはっきり覚えているのは、小学生になってから友達になったということだ。同じクラスになって、話が合う合わないとたくさん話して喧嘩して、なんだかんだ仲良くなった末に付き合い始めた私たち。
私たちが実際に付き合い始めたのは中学生の頃だが、その前には直樹にも別の彼女がいた。その子は私よりも背が低くて愛嬌があったが、とっても嘘つきな子だった。彼女と直樹が付き合う前から仲の良かった私に嫉妬してあらぬ噂を流したり、家の近い私たちが一緒に下校しているところにストーカーしたり待ち伏せしたり。その頃には私にも彼氏がいたが、それでも嫌だったらしい。
他にも、人のものを盗んだり、親の財布から奪ったお金を学校に持ってくるなんて当たり前だった。
その頃から直樹の性格が少しずつ歪み始めたのだ。
彼女と付き合う前は純粋無垢で、人の幸せを喜ぶ可愛らしい笑顔。それが彼女と付き合いだしてからはあまり笑わなくなり、挙句の果てには人の不幸を聞いて喜ぶようになる始末。標準体型よりも少しぷくっとしていた体は病気かと思うほどに痩せ細り、相当のストレスがうかがえた。
最初の方はそれでも耐えて彼女のことをすきだと言っていたけれど、あの事件のせいで直樹は__________。
「……ら。そら?」
はっとして顔を上げると、目の前には心配そうに私を見る直樹。
両肩には掴まれている感覚があり、どうやら私がぼーっとしている間に、直樹はずっと肩を揺さぶってくれていたようだった。
「どした? さっきから呼んでも全然気付かなかったし、冷や汗すごいよ」
そう言われて首筋を撫でてみると、確かに汗と思われる水滴が付着した。
おかしい。どうして冷や汗なんかかいてるんだろう。
さっきから直樹の元カノのことを、藍奈のことを、考えていただけなのに_____。
突然、頭にはしる激痛。と同時に、動悸がどんどんはやくなっていくのが自分でもわかる。
「顔色悪いし、なんか息も荒いし体調悪そうだよ。ベッド貸すから寝ときな」
直樹にそう声をかけられ、ありがとう、とだけ言って彼のベッドにもぐった。彼の匂いに、香りに全身が包まれて、また抱き締められているような感覚に陥った。
ふわふわしていて本当に気持ちがよくて、うっかり気を抜いたらもう、すぐにでも寝てしまいそう____。