「直樹、落ち着いて。大丈夫」
私は直樹の背中をぽんぽんと軽く叩きながら言う。正直私の精神状態も全く以って大丈夫ではないし、私だってこんな状況で落ち着けるほど余裕のある人間ではない。だから私がこんな言葉を言っても、きっと説得力なんて微塵もない。
実際この言葉を発したときも、若干……というかかなり声が震えていたし、涙のせいで鼻声になっていただろう。直樹が、というか誰が聞いても気付くくらい。
直樹は私を強く抱き締めたまま、大きく首を横に振った。
「もう嫌だ、なんでみんなどこにもいないんだよ..!!!」
私は聞きながら、少し驚いてしまった。「もう嫌だ」なんて、普段なら絶対に言わない言葉だったからだ。
でもそう言う直樹の声は私と同様とても震えていて、普段なんでもそつなくこなしてしまう直樹の人間性がいま、少し見えた気がした。
本当はとても怖くて、不安で、何がどうなっているのか状況が把握できない、この不安定な自体に気持ちが追いついていってないのだろう。私だってそうだ。
強く抱き締めてもらえるのは嬉しいが、夏なのでやはり少し暑い。
「直樹、大丈夫。一回離れて? どこにも、行かないから」
やさしく諭すようにそう語りかけてみるが、直樹はひたすら激しく首を横に振るだけ。困ったなあ、とどうしようか考えてみる。このままでは話がしづらい。高校生になって逞しく成長した直樹の背中が、いまはなんだか小さく見えて少しかわいらしく感じた。
などと言っている場合ではなく、さすがに一旦離れなくては暑いし、先ほども言ったようにとても話がしづらい。どうしよっかな、と思っていると、直樹の弱々しい声がきこえた。
「お願い。もうすこし、このままでいたい」
その声は先ほどよりも震えがおさまっていた。そのあと直樹は小さな声で「宙のこと抱き締めてると、安心する」と付け足した。聞こえてないと思って言ったのか、それとも確信犯なのかは定かではないが、不謹慎にもその言葉にいちいち心臓がバクバクと反応する。
私はなるべくやさしく聞こえる声で「わかった」とだけ言い、直樹の背中をゆっくりとさすった。細かくしゃくりあげる直樹は子供みたいで、母性本能がくすぐられる。
直樹の涙を、泣き顔を、泣いたところを、私は見たことがなかった。泣き声も1度も聞いたことがなくて、想像もできなかった。いつもまっすぐな眼差しで私を見つめてくれて、あまり感情を表に出さないほうだけど、大事なことはちゃんと目を見て伝えてくれて。実は笑顔がかわいいんだよってことも、私だけが知ってて。
そんなことを考えてると、なんだか無性に彼のことが愛おしくなってくる。
自分に抱きついて子供みたいに泣いてる直樹を見ていたら、今度は私の方が「離さないで」と言いたくなってしまいそうだった。