______しばらくして、しゃくりはあまり聞こえなくなった。鼻をすするような音は聞こえるが、どうやらだいぶ落ち着いたようだ。私を抱きしめる力が徐々に、少しずつ、弱くなっていく。直樹の腕は私から離れ、温もりだけがのこった。
直樹は私から離れると、泣き顔を見られたくないのか、右腕で顔を隠しながら恥ずかしそうに喋り始めた。
「……ごめん、変なとこ見せた」
まだ弱々しい声ではあったが、先ほどよりも少し声の芯がしっかりしたような気がする。申し訳なさそうに謝る直樹はやっぱりなぜか可愛らしくみえて、私はつくづく不謹慎な女だと思った。
私はできるだけ明るく頷いてみるけれど、心のなかはもうちょっと抱き締めててほしかったな、と残念さと勿体のなさに襲われていた。
「ううん。不安……だもんね、大丈夫だよ」
私がそう言うと、直樹はこくりと頷いた。
そうだ。直樹に抱き締められていることに気をとられてしまっていたが、いま私たちはすごく大変な状況に置かれている。家族も友達もどこかにいってしまい、自分たちだけが取り残されているのだ。これからどうすればいいのか、なにをすればいいのかなんて、高校生の頭ではまだ適切な判断などできるはずがなかった。
自分の立場に置き換えて、1度考えてみてほしい。朝起きたら突然信じられないほどのSNSの通知、内容はすべて同じようなものばかり。不安に駆られて家族を探すも、どこにもいない。こんな真夏に蝉の声ひとつせず、唯一見つかったひとの家に向かう間にも誰もいない。しかもそのひとも同じ状況下で、自分と同じく混乱しきっているとしたら。
こんな広い世界のなかでふたりきりになってしまったかもしれない私たちに、一体なにができるのだろう。所詮どんなに粋がったって、結局ひとりやふたりになれば無力だ。私たちがどう足掻こうと、家族や友人たちはかえってこないかもしれない。
「そら」
そんなことを考えていたら直樹に呼ばれ、フッと顔をあげた。直樹はもう右腕で自分の顔を隠してはいなかった。小さな頃よく歌っていたうたのトナカイみたいに、直樹の鼻はまだ涙のせいでほんのり赤かった。
「なに、直______」
返事をしようとした私の口は突如塞がれ、反射的に目を閉じてしまったが、一瞬なにが起きたのか理解できなかった。でも 唇に感じる、生暖かい感覚。まさかと思い、ゆっくりと目を開けると、目の前には、目を瞑った直樹。の、どアップ。
これはつまり、キスをされたということで間違ってはいなさそうだ。などと冷静に分析している場合ではない。私たちはまだキスどころか、手も繋いだことがなかった。先ほど抱き締められたのもそうだが、初めての経験だ。つまりそう、ファーストキス。でもそれは直樹も同じ。
突然キスをされて、恥ずかしいのと、息が続かないので苦しくて直樹の胸板をとんとんと叩く。すると直樹は苦しいのを理解してくれたのか、すぐに唇を離してくれた。それでも心臓がうるさい。ばくんばくんと鳴り続けて止まらない。
「な、ちょ、直樹……?」
ただでさえ訳が分からない状況なのに更に状況が呑み込めず、思わずまぬけな声をあげる。途中で声も裏返ってしまった。ついさっきまで自分の唇が直樹の唇と繋がっていたと思うと、恥ずかしくてたまらなかった。それに何より突然奪われた唇がまた彼を恋しがっていることが、私にははっきりとわかった。