性犯罪が存在しない世界の定住ガイド 作:一般ヘテロ市民
2万文字超えちゃったからゆっくり読んでいってね
やあやあ、俺だ。
あれからあの子は冷静に己がレイプされたことを思い出し、もう二度とこのコンビニに訪れることはなく――。
「店長さんっ、そこッ、そこ好き!」
なんてことはなく、平然と遊びに来るような気軽さで来店してきた。しかも閉店時間ギリギリ、客がいなくなったタイミングを見計らったように。
入店するとわざわざ俺の目の前で商品の菓子をひとつポケットに忍ばせて、期待するような眼差しでこちらを見ながら、彼女は退店する素振りだけを見せてくる。
当然、そんなことをされたら焼き直しのように呼び止めるしかない。すると『治安官には通報しないで』と語尾に♡でも付いていそうな声色で上目使いにお菓子を返してくれた。ので、お仕置きに犯し返してあげました。
なんかこの子、この流れが癖になっちゃってない? 大丈夫そ?
訊くと、どうにも言葉でセックスに誘うのが恥ずかしかったらしい。だからこんな婉曲な誘惑をしたそうだ。ここまでまどろっこしいともはや符丁だよ。YESNO枕だよ。でも俺は好き。
彼女が俺のことをどう思っているのかは知らないが、俺は彼女のことをセフレだと認識している。
セフレ。つまりこのセックスフレンドだが、この世界にそんな名称は存在しない。
この世界のセックスとは基本的に恋人以上の関係値から始まる行為であり、友人時点でヤろうとする人間がいないからだ。無論、ベーグル調べでしかないが、欠片も例外が表出しないのでおおよそ間違っていないだろう。
だが『身体だけの関係』という似たような関係性はあるようだ。ただし、これは酷く限定的な状況で、セフレとは似ても似つかない関係を指す言葉だった。
例えば家同士の繋がりを強めるためだけに縁談が組まれ、当人が望まぬ結婚を強いられた場合、相手を愛せず、建前上離婚ができないから跡取りを産んだ後で真に愛し合う相手と愛を契る。『結婚はできないけど、せめて身体だけはアナタに……っ』みたいな状況を身体だけの関係というそうだ。なお、出典は少女漫画である。
つまるところ、『身体だけの関係』とは愛人を指しているわけだ。
なんだろうな。前の世界でいう『メスガキ』とか『オッホアイ』みたいなものだろうか。
この世界でいう『身体だけの関係』は一般人には無縁なマイナー概念すぎて、まだ『愛人』みたいな簡潔な名前がないのだ。名称も表記揺れが多いし、それ以上に関係が誕生しないセフレなど、この世界の住人からしてみると謎の概念でしかない。
なので、もし彼女に『私たちの関係って何なんでしょう?』なんて訊かれた日には、“愛しているよ。でも結婚はしないよ”という意思を伝えるために『身体だけの関係さ』と答えようと思う。誤用だが、一番理解しやすいはずだ。
「にしても、昨日の今日でストレス溜まるの早くない? もしかして昨日のあれじゃ物足りなかった?」
ぬぽッと絶頂したまんこから精子濡れのちんこを引き抜く。彼女は少しだけそれを切なげにしながら俺の疑問に答えた。
「いえ、普段はここまでじゃないんです。店長さんのおかげで我慢しなくても良いんだってなったのもあるんですけど……」
実は今、定期テストに向けた勉強の追い込み時期なんです。そう語る彼女は、少しだけ困ったような表情を見せた。
「でもその、物理の先生の授業が……ですね、なんていうか、板書が個性的でして。でも分かる人は分かるみたいで私も今更先生に指摘しづらくって。半分授業を聴いて、半分教科書で独学、みたいな」
言葉を選ぶように語りながら、こちらにしなだれかかってくる。体温を移し合い、彼女は言葉を続けた。
「そうしたら物理が苦手なクラスメイトが『勉強教えて』って集まって来るんです。私、先生じゃないんだけどなぁって。でも引き受けちゃって、だって先生方が『助かる』って言うんです。断れませんよね」
典型的な委員長タイプだ。言い方は悪いが、良いように利用されているらしい。手の掛からない、どころか手を貸してくれる優等生。評価は高いだろうが、それで本人がストレスを抱えていたら世話ないな。
「責任感が強いんだ」
「もう、違いますよー。私はただ流されちゃっただけです。なので今すっごく忙しくて、いつもよりストレスが溜まりやすくって」
俺の首筋に柔らかな感触が落ちる。
チュッと唇を離した彼女は、そのまますんすんと俺の体臭を嗅ぎながら囁いた。
「だからテストが終わるまで、しばらくはいっぱい甘えさせてくださいね?」
このあとも彼女はたくさんストレス解消した。
二日連続の泊まり込みだったが、親御さんには事前に『テスト勉強のために友達の家に泊まる』と言ったらしい。
人に嘘を信じさせるには真実に嘘を混ぜると良いなんて言うが、テスト勉強(のストレス解消)のために友達(俺)の家に泊まったので、一応これは嘘ではないな。伊達に優等生を維持していたわけではないようだ。
彼女とそんなやり取りがあったのも今や昔の話。
当初こそ万引きごっこで情事に流れを運んでいたわけだが、コンビニ経営が安定してくると閉店時間間際でもチラチラと客がやって来る日が多くなった。
そうなると客の目がある中で危ないお誘いなどできるはずもなく、閉店後の客足を捌き切ったタイミングでようやく安心しておっぱじめることができるようになる。
が、そこまで来るともう万引きというトリガーは陳腐な茶番にしかならない。営業中の店内だからこそ真剣味が生まれるのであって、閉店後の二人っきりでしかないと分かる場所でやっても白けるのだ。
そういうプレイであると念頭に置いた上で、『劇場での演劇』と『自宅での演劇』くらい差が生まれる。
お誘いに慣れ始めた彼女も同意見のようで、なら素直に二階へ上がろうかとなる生活がしばらく続いた。
確かそれが一ヶ月くらい続いたかな。
テスト期間も終われば彼女のストレス解消頻度は週に一、二回ほどに落ち着きを見せ、連日連夜のハードスケジュールは鳴りを潜めていた。
途中、彼女の生理が来てお預けをくらった週もあったけれど、裏を返せば妊娠はしなかったということだ。まだ学園生を続けたい彼女的には良かったのかもしれない。
さて、万引きごっこから放課後ウィークリーセフレにジョブチェンジした女学生たる彼女は、ある日のセックスの終わりにこんなことを言った。
「店長さん……私のこと、雇えますか?」
稼ぎが安定し始めたとピロートークで語っていたときだった。そんなことを言われて、帳簿を思い出して、『たぶん今の稼ぎならいける』と答えた。けれど急になぜ? と問えば――。
「店長さんのお手伝いをしたいって気持ちもあるんですけどね……その、近頃ファンスも入り用でして」
彼女は朱に染まった顔で明言を避けていたが、多少の付き合いから彼女が化粧品やブランドものを買い漁る人間ではないことは知っている。
俺はヘテロシティにやって来て以来、セックスは生挿入しかしておらず、彼女もまたそれを受け入れた上で学園生を続けるつもりでいる。つまるところ、そういうことなのだろう。
恐らくは避妊用ピルの資金が欲しいのだと察しはしつつ、そこには言及しない形で雇うことを約束した。
ただし、俺が雇用に必要な知識を調べるために少しだけ待ってもらい、制服や雇用書など必要なものの用意をして、実際に彼女が働き始めたのは一週間後からとなった。
それからのことだ。
放課後ウィークリーセフレから放課後コンビニバイトセフレに進化した彼女は、学園終わりの数時間をシフト表に入れて、絵に描いたような健気さで働いてくれた。
(人件費分で多少の利益が落ちるかもだけど、彼女とのセックスの時間を買っていると思えば安い出費だよなあ)
そう思っていた時期が俺にもありました。
何度帳簿を見ても、彼女がシフトに入っている時間帯の売上が跳ねていたのである。棒グラフにすれば右肩に壁が現れたかのような推移だ。いっそ記録ミスを疑うくらいに。
理由は判明している。
学園の高嶺の花が近場のコンビニでアルバイトをしているようだぞ、なんていう話がクレイモン学園で流行ったこと――前言通り古参ぶり始めた女学生とその友人による犯行――が切っ掛けとなり、片思い男子学園生たちが一言喋ろうと買い物に来るようになったのだ。
特に五百ファンス以上買うと彼女からスタンプを押して貰えるので、あたかもアイドルの握手会がごとくそれ目当ての客が来るわ来るわで大繁盛。
結果、俺が一日レジで立って生み出す利益を彼女はたった数時間で覆す快挙を見せた。
もしかしたらこの客層は学園卒業後も彼女目当てでコンビニに訪れるかもしれない。どころか、今後の新規顧客の心も彼女の笑顔ひとつで掴むことができるかもしれないのだ。
美人というのはそれだけで強烈な武器となりうる。それは理解していたが、ここまで効果が出るなど想定外。
セフレという面を鑑みずとも、こんな有用な人材を他所にやってなるものかと両手を掴んで頼み込む。
「卒業したら正式に『
「そっ!? それはもちろん!! 幸せな家庭を築きましょうねっ!」
閉店後のやり取りで何やら乙女の純情を弄んだ気がしないでもないが、今更である。確約は取れたので良しとした。
ちなみに『わかばマート』の土日は休みだ。
メインターゲットのクレイモン学園が土日休みということなので、うちもそこに合わせて休日を設けるようにしている。
特化型経営だけあって、店を開けても学園生が来ないと客足は激減するから効率が悪い。ならば素直に休んでしまった方がメリハリもつくというものだ。
「大将、寿司舟盛りとビール」
「あいよ」
なので、俺が土曜の昼間から居酒屋ぶどりにいるのは何の問題もない話である。証明終了。以上をもって酒を昼から飲むときの謎の罪悪感とはおさらばだ。これも来週からまた頑張るためだから。エネルギー補給なんだ。大丈夫大丈夫。
「なんだい、こんな昼間っから知ってる顔を見るとは思わなかったよ」
「ありゃ、それはこっちの台詞ですよ。ほとりさん」
カウンターで昼飯をつまみつつ、適度なビールの苦味で喉を潤していたら『隣失礼するよ』と座られた。しかも、更にほとりさんの隣に赤毛の少女が座る。
「そっちの子は連れ?」
「この前言ったろ。うちの骨董品ぶっ壊しやがったガキだ。今は弁償奉公させるために連れ回してんのさ」
「へえ、見た目にそぐわず凶悪犯ってわけだ」
そういえば酒の席でそんな愚痴を聞いた気がする。なるほど件の犯人も今やほとりさんの手足らしい。
なんて思っていたら御本人が弁明してきた。
「いやいや、アレはわざとじゃないっすよ。ほぼ不可抗力で……あとガキじゃない! あっしはナナリ・コリンス。偉大なるコリンスファミリーの一代目っす!」
「ほー、ナナリちゃんはファミリーの頭領さんなんだ」
「その通りっす! いやあ、アンタ話が早いっすね! なんならファミリーに入るっすか? なんと今なら大歓迎!」
「ごめんね。今は忙しいし、止めとこうかな」
賑やかで明るい娘だ。
頭には猫科を思わせる耳、腰付近からうねる尻尾。いわゆる獣人とか、そう形容される身体的特徴の女の子。この世界の常識からして、高クオリティなコスプレじゃないのなら異能者だ。
「エイボンに喧嘩売りに来た時点で不可抗力もクソもないだろうに……ほら、昼飯奢ってやるから好きに選びな」
「姉御ってなんだかんだ優しいっすよね。それならあっしは……むむ、悩ましいっすね〜」
異能者。アノマリーとはまた別の概念で、存在的にはアノマリーの対となる概念らしい。
アノマリーがマイナス。
異能者がプラス。
世界のバランスは均衡を保つようにそれぞれ生まれてくるとかなんとか。
ただの一般人が不意に異能者になることもあるようで、ただの物がアノマリー化する事例も考慮するに、異能者とアノマリーを一緒くたに考える学者もいるようだ。
発生原因が同じなのではないかという“同源説”うんぬん。俺には異能者誕生とヴォルテハイモー値の相関性推察だとか、そういうデータや論文を読む趣味はないので割愛しよう。
つまり、異能者とはアノマリー同様に不思議な力を使えるが、元を辿ればただの人って話だ。
「それで? こんな昼間からいるなんて、ついにコンビニは潰れたか?」
メニュー表とにらめっこしているナナリちゃんを傍目に、ほとりさんが世間話を振ってきた。
「まるで潰れる兆候しかなかったかのような言い草ですね。うまくいってますよ。土日休みってだけです」
現に俺の可愛いセフレがコンビニ店員の仕事を始めて、そろそろ一ヶ月経とうとしている。だのに問題のひとつも起らず、今では俺なしでも上手く経営を回せるようになった。これを順調と言わずして何と言うのか。
おかげさまで彼女が働く数時間は新規スタンプ作成など、雑務に時間を充てられるので大助かりである。
「へえ、やったらやれるもんだね。学生メインのコンビニなんて、最初聞かされたときはどうなるもんかと思ってたけど」
案外心配してくれていたらしい。
まあ開店初日に誰よりも早く来てくれたのだから、俺の思っている以上に気にかけられていたようだ。
「ほとりさんを含め、人の縁に恵まれましたね。我ながら運が良かったと思います」
言った手前あれだが、なかなかに気恥ずかしいことを口にした気がする。
俺は誤魔化すようにジョッキを傾けて、程々に口を湿らした。
「はっ、顔に似合わず臭いことを言うじゃないか。なに、運も実力の内さ。良縁巡って稼げたんなら、今日は良い酒を奢ってもらおうか」
「そんな約束もしてましたね。ええ、今日は奢らせて頂きますよ」
「よしきた。タダ酒ほど美味い酒もないからねえ」
ぶどりで奢るのも勿論だが、今度贈答用の酒で何か一本、御礼の品としてエイボン宛に贈るとしよう。
「姉御ぉ! 決めたっすよ。あっしコレにするっす!」
「おう頼みな頼みな。今日は大活躍だったんだ。遠慮すんじゃないよ」
それに、なんだ。ほとりさんは懐が広いというか、金使いが荒いというか。エイボンの経営状況を知らないのでなんとも言えないが、そのおおらかさは知らない間に破産してそうな印象を受ける。
実際にはそんなこと杞憂でしかないのだろうけど、善人には誰かが恩を返さないと、その人は施してばかりになるからな。いずれ底をついて擦り切れる。
知り合いがそんなつまらないことでいなくなるなど馬鹿馬鹿しいので、俺は受けた恩は必ず返す。今回は趣味の酒だが、いずれ他の形でも助けられるようになりたいものだ。
「ところで、姉御とそっちのお兄さんはどういう関係なんすか?」
注文を終えて、ぶどりの大将が調理を始めた待ち時間。ナナリちゃんがほとりさんと俺を見ながら訊ねてきた。
「飲み友かな」
「……まあ、あとは経営者仲間でもあるね」
「へえ! じゃあじゃあ、お兄さんもアノマリーハンターなんすか!?」
「ん?」
なぜ俺がアノマリーハンターになるんだ。と思ったが、ナナリちゃんが知ってるほとりさんが民間のアノマリーハンター経営者だからか。だからその経営者仲間と聞いて、俺も同業だと思ったわけね。
気づいて訂正しようとするが、その前にほとりさんがナナリちゃんの勘違いを正した。
「こいつはコンビニ経営さ。ほら、この前皆に色々買ってきてやっただろう? あれ、こいつのコンビニで買ったんだよ」
「あー、あの配ってくれたやつ……てかモフモフシッポケアスプレーまで置いてるなんて、お兄さん良いセンスしてんじゃん!! ねえねえ、そのコンビニ、どこにあるんすか? 暇なとき寄ってみていい?」
元気だな。好奇心旺盛とも言える。ほとりさんを挟んでまで、こうも気安く接してくるそのコミュニケーション能力は目を見張るものがある。行動力の塊をそのまま女の子にしたと言われたら信じてしまいそうだ。
「平日ならいつでもどうぞ。玉餅商店街ってとこに構えてる『わかばマート』ってコンビニだから、詳しくはベーグルに公式アカウントがあるからそっちからよろしく」
「ほへー、あとでフォローしとくっす!」
快活な笑顔でナナリちゃんはそう答えた。
そのタイミングで大将の調理も終わったらしい。料理の乗った皿がカウンターに差し出され、ほとりさんが受け取る。
「お待ちどう」
「ありがとさん。ほら、こっちはナナリの」
「うひょー! 美味そう! 姉御、ゴチになるっす!」
「はいはい、ゆっくり食いな。喉詰まらすんじゃないよ」
面倒見良いなぁ、なんて傍目で見ながら、俺も自分の寿司を口に運ぶ。
やはりぶどりの海鮮は味がピカイチだ。おろしたての山葵の風味が良いし、魚の脂が甘い。寿司ネタに仕込まれた細やかな隠し包丁が舌触りにしっとりと馴染む。
「ふぅ……ところで、コンビニは上手くいってるって話だったけど、実際どれくらい稼げてるんだい? 誰にも言わないから、こそっとお姉さんに教えてみな」
「えー、野暮じゃないですか?」
「別に大雑把にで良いさ。酒の肴として聞かせておくれよ」
食事が進み、酒も進んだ頃、ほとりさんが俺にそんなことを訊いてきた。
いつもは『これくらい報酬が入ったのに損失が〜』と愚痴に付き合っていた身だ。たまには話す側になるのも悪くはないだろう。
どれくらい儲けたかと他人に言うのは、やや不用心で下世話ではあるが、ほとりさんの口から外に漏れることはあるまい。
幸い、周囲に他の客は少ない。
俺はチラとそれを確認してから、手招きをしてほとりさんの耳に口を寄せた。
「だいたい――くらいです」
「本当に?」
ほとりさんにしか聞こえないような小声で伝えると、大層驚かれた。
「本当ですよ。ただあくまで売上利益なので、個人として好きに使えるファンスは稼ぎほど多くはないですが」
夢のない話だが、利益から次の商品棚に並ぶ棚卸資産などに替えたり、税金やら光熱費なんかを色々差し引いて、そこまでしてようやく余ったものが完全に自由に使える俺の金なのだ。精製作業をしている気分である。
「そりゃ分かってるけどさぁ、うちの依頼の何回分だって話だ。経営を始めて一ヶ月かそこらだろ?」
「もう二ヶ月ちょっと経ちますよ」
「にしてもねえ……あーあ、やだやだ。隣の庭が青く見えてきた」
「実際、立地の差もあるんじゃないですか? クレイモン学園には裕福な家庭のお子さんたちも通ってますからね。少し高めの商品も普通に売れるんですよ」
そういう客は多感な年頃だからか、他の学園生が店内にいるときほど高めの商品を手に取る傾向にある。頑張る自分へのご褒美だとか、周りと違って高価なものを買ってる事実に仄かな優越感を得られるのだろう。
まあ所詮、わかばマートの高価な商品なんて『季節の限定スイーツ』とか『プレミアムな具材のおにぎり』とか、そういう他よりちょっとだけ値が張る程度の嗜好品なのだけれど。
常連から流行の品なんかを聞き入れつつ、仕入れて欲しい商品アンケートなどベーグルで投稿して、強い希望商品を並べれば多少値が張っても売れる。些か高嶺の花効果がデカい気もするが、需要のある商品だからこそ手に取りやすいのだろう。
「うまく商機を掴んだってことか」
「ええ。それに近々大きく稼げるイベントがあるので、忙しくなりそうです」
「イベント?」
「クレイモン学園ではもうすぐ学園祭をやるらしいので、それに合わせたものですね」
常連となった学園生ら曰く、クレイモン学園ではそろそろ学園祭のシーズンらしい。今はクラスごとで何をするか話し合っているんだとか。
なのでもっぱら最近のピロートークでは、優等生モードのセフレちゃんと一緒にあれこれ学園祭に向けた計画を練っている。
今のところ各クラスの出し物が決まったら、必要になるだろうものをこちらで仕入れられる分だけ大量入荷する予定だ。
『学園祭応援キャンペーン』とか銘打って薄利多売で売り捌く方針である。例年色んなところを駆けずり回って準備をしていたそうなので、その二割でもわかばマートに引き込めたらラッキー程度の計画だ。
「はあ、商魂たくましいこった」
「なんか呆れてます?」
「いいや、感心してんのさ」
徳利から澄んだ酒をお猪口に注ぎ、ほとりさんはひょいとそれを呷る。
「稼ぐ分には良い。でも今のまま勢い任せに稼ぐと、今年分の納税額はツラくなるぞぉ?」
「もう、脅すの止めてくださいって」
「ハハハッ、すまないね。だが真面目な話さ。しばらくは先かと思ってたけど、その様子じゃあ近い内に法人化を視野に入れることもオススメするよ。ま、一長一短あるからどうするかは自分で決めるべきだが」
「法人化、ですか」
前の世界では起業なんかしたこともないので、俺は法人化のなんたるかを知らない。具体的にどういうメリットがあるのかとか、デメリットがなんなのかとか。そういう核心的な部分があやふやだ。
そもそも法人化を指す意味が前の世界と同じかどうかも不明なため、知っていても意味があったかは謎である。
そんな俺の理解していない顔から、ほとりさんは柔らかく笑って説明してくれた。
「ざっくりにはなるが、基本的に法人化する目的は節税だ。個人と比べて稼いだ分の納める税率が大幅に抑えられる」
「へえ、具体的にはどれくらいなんです?」
「細かい累進区分は忘れた。でも最大で三十パーセントくらいだ。同じ条件なら個人だと半分近く盗られ……んんッ、納税しないとだからね。えらい違いさ」
一瞬ほとりさんの本心が透けた気もするが、酒の席だ。聞き流そう。
「ただ簡単な話ばかりでもない。登記なんかの初期費用が十数万ファンスするし、経理の付け方も個人のときと変わって混乱の種だ。あと法人化すると均等割っつって赤字でも納税義務が発生するね。ま、赤字じゃなきゃ関係ない話なんだが、これを忘れてると痛い目に遭っちまう」
「へぇ」
なんか、なんだろうな。手元に残る額は増えるんだろうけど、それはそれとして悩みも増えそうな話だ。聞いてる分でしかないため、実際の数字を見たらそうでもないのかもしれないけれど。
こころなしか寿司やビールの味が薄くなってきた気がする。
説明してくれるほとりさんには申し訳ないが、飲食中に聞く話ではなかったかもだ。特にアルコールの入っている今など、新しい知識を覚えるタイミングではない。覚えようとするとざるで必死に水をすくってる感覚になる。
そんな意識が顔に出ていたらしい。
彼女は苦笑して話を打ち切った。
「流石に楽しくなかったか。仕方ない、せっかくの酒も悪くなっちまうものなぁ」
「なんか、すみません」
「謝んのは私の方さ。ま、後のことは自分で調べな。んで分かんなくなったら、そんときまた訊きに来ればいい」
言いながら、ほとりさんはタレが輝く焼き鳥の串をその口へ運び、頬張った。
咀嚼し、嚥下して、酒を飲む。
「んくっ……かぁ、美味いねえ。ほらあんたも、私が言い出した手前勝手かもしれないが、今は小難しいことは忘れちまえ。どうせなるようになる。いざってときは助けてやっから」
「ほとえもん」
「えもん言うな。それどっから来たんだいまったく」
お猪口にまた酒を注ぎ、彼女はそれを俺に向けた。
「ほら、ジョッキ構えな」
「もうだいぶ飲んじゃってますけど」
「いいんだよ。こういうのはやりたいときにやりゃあいいのさ」
言われて、俺も半分も残っていないジョッキを片手に持ち、ほとりさんに面向かう。
「互いの商売繁盛願って、乾杯」
「乾杯」
大きく透けたビールのジョッキ。
小さくも酒を満たした白磁のお猪口。
それらが二つ、静かに鳴った。
「難しい話終わったっすか?」
「余韻が台無しだわクソガキ」
そこに声が割って入る。
ナナリちゃんだ。
「ありゃ、それはすまねえっす。でも姉御、あっしもう食べ終わっちゃって暇なんすよー!」
「ならもうエイボンに帰ってな。勘定はこっちでやっとくから」
「んー、じゃあお先に失礼するっす! お兄さんもまた今度! ぶどり大将も、ご飯美味しかったっすよ!」
嵐というか、疾風迅雷というか。ともかく元気なナナリちゃんに俺も別れを告げて、その背中を見送る。
「はぁ、騒がしいったらないね」
「良いじゃないですか。賑やかで」
「……別に、誰も悪いとは言ってないさ」
ただ時と場合を考えろってんだ、なんて小さく愚痴をこぼしながらほとりさんは酒を喉に流す。
「じゃ、そろそろ私の愚痴にも付き合って貰おうかね」
「ええ、お付き合いさせて頂きますよ」
土曜の昼下がり。
居酒屋ぶどりで勝手知ったる飲み会が始まった。
楽しいその語らいはいつも彼女の部下、つまりエイボンの従業員がほとりさんを回収しに来るまで続く。
その頃には互いにべろんべろんで、どちらももう何を言ってるんだか判断つかないくらい酔っている。
そうなると俺もなんとなくしか覚えていられないため、飲み会終盤がいつもどうなっているのか、後日にぶどりの店員たちから教えられて初めて知るくらいだ。
「だぁかぁらぁ〜、なぁ? もうちびっとくらい甘えさせてくれたって良いだろぉ? 私だって、私だってなあ」
「もうほとりさんってば、お酒臭いですよぉ。あははっ、普段の姿も形無しですね〜!」
箸が転がっても面白いとはまた違うが、何を話していても面白い。話が弾むからお酒やおつまみも美味しくて、ついついお代わりしちゃうんだなこれが。
そんなときだ。居酒屋ぶどりに入ってくる新たな二つの人影。彼らは俺たちの姿を認めると呆れたように言葉を漏らした。
「やれやれ、ナナリから聞いてはいましたが、既に出来上がっているご様子。少しは加減をして頂きたいものですね」
「アドレーさん、いつも通り潯さんは僕がエイボンに」
「では私はお嬢様のご友人を」
おぉ、イケオジとイケメンだ。
あっ違う。イケメンの胸がデカい。カッコいい美人だ。そんな美人に介抱されてほとりさんいいなぁ。
なんて思っていたら、俺の方にはイケオジが来た。
「さて、宴もたけなわで大変恐縮ではございますが、そろそろ御身体に障る頃合いかと存じます」
燕尾服ではないが、立ち居振る舞いが執事だ。
居酒屋ぶどりは執事サービスを始めた? いやいやなんか見覚えのある人だぞ。確かエイボンの人、だった気がする。前に紹介されたような、されてないような?
記憶に微かに残っている名前を呼んでみる。
「あー、アドレーさん?」
「はい。アロイス・V・アドレーでございます。安全のため、よろしければ御自宅までお送りさせて頂けないでしょうか?」
「じゃあ、お願いします。あっ大将、お勘定」
「まいど」
それからどうしたのだったか。
肩を貸してもらい、タクシーに乗せられて、運転手の人やアドレーさんと何か雑談をしていたような気もして、いつの間にか自宅のベッドの上で転がっていた。
翌日、日も昇っていない日曜日早朝。
締めつけるような頭痛を伴い、目を覚ます。
どうやって居酒屋ぶどりから帰ってきたのか忘れたが、スマホを見る限り土曜の午後を丸々寝潰したことだけは理解した。
「あー、久しぶりに記憶飛んだな。流石に飲み過ぎたかぁ」
洗顔した後に気だるい身体でキッチンへ。
ヤカンでお湯を沸かし、インスタントのしじみの味噌汁を作り、その場で口に含む。
「っはぁ……染みるぅ」
沈殿する味噌を混ぜて、また一口。
二日酔いに効くこの感じがたまらない。
ふと壁のカレンダーを見れば、明日に丸印。重要事項として書き込んだ赤文字が目に入った。
「給料日……初任給か」
脳裏に浮かぶのは学園生兼セフレのよがり顔。先月の中頃からここにアルバイターの側面も追加されたが、人の印象とは早々変わらない。どころかバイト姿とのギャップにより、俺の脳内には鮮烈なイメージが焼きついてしまった。
(仕事中は凄い真面目に接客するのに、ベッドの上ではあの笑顔が乱れるんだもんなあ)
バイトを始めてからというもの、彼女はよく頑張ってくれている。ここは雇用主としてその努力を報いるべく、お賃金はしっかりと払わねばならない。
雇用前の確認では、彼女は給料を口座入金ではなく手渡しで受け取ることを希望していた。なので明日までに彼女に支払うファンスを現金化する必要がある。
が、にくきゅう銀行の支店は残念ながら土日休みの平日営業。今日は開いていないのだ。
とはいえ、問題はない。
そこは事前リサーチ済み。にくきゅう銀行の本店ならば土日も開いているのである。
(天気は……晴れね。丁度良いじゃん)
幸い午前午後ともに天気予報では晴天らしい。ならば運動がてら散歩して銀行に行くのも悪くない。まだあちら方面の街並みを散策したことがなかったので、丁度良い機会とも言えた。
道のりを調べてみれば、どうやら近くには映画館もあるらしい。帰りに寄ってみるのも面白そうだ。
ファンスの引き下ろしと映画。
今日の予定はこれで決まりだ。
それはそれとして、にくきゅう銀行の営業開始時刻まではまだ時間が残っている。シャワーを浴びて、ネットで法人化について調べて、たぶんそれでも時間を持て余すだろう。
暇潰しに漫画でも読もうかな。今度アニメ化が決まったとかでベーグルでバズっていたやつ。買ってからまだ読んでなかったんだよね。
(まさかあの二人が裏切り者だったとは)
漫画の余韻が凄まじい。
けれどいい加減切り替えなければならない。
既に日は頭上高くに輝いている。
俺が足を運んだ先はニューホランド地区。周囲は見上げるだけで首が痛くなりそうなビル群が並んでいる。
そこに構える巨大な建物こそ今日の目的地。ここヘテロシティの金融を司っている組織の大元。
『にくきゅう本店』
ロビーの広さは推して知るべし。汚れなく磨かれたシックなデザインの大理石の床。二階吹き抜けの開放感あふれる圧倒的な空間に、それを支える円柱は一瞬だけパルテノン神殿を想起させるような様式だった。
(客も結構いるなあ)
入ってすぐ、壁際の並べられたATMに列を作る人たちや、奥の窓口で何かの手続きをしている姿が確認できる。
さて、じゃあどこに並ぼうかとATMの列に悩んでいたところで、俺は行員に声をかけられた。
「こ、こんにちは。にくきゅう銀行へようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
聞き覚えのある声だ。
いつぞやのようにそちらを向けば、ピンクの瞳と目が合った。
「……ちぃさん?」
「はい! ……あっ、あなたは新生活キャンペーンの! 私のこと覚えていてくれたんですね」
忘れるわけないだろそんな格好。
などと思ってはいても言葉にしないのが大人である。むしろ俺のことを覚えているそちらの方が驚きだ。
「お久しぶりです。その節は大変お世話になりました」
「い、いえいえ。あれがあの時の私のお仕事でしたので、あまり気になさらないでください」
あの時の、ということは今は違うのだろう。
まあそれは本店に栄転していることからも分かることだが、彼女の人当たりの良さは変わっていないようで安心である。
「あ、お引き止めしてすみません。えっと、よろしければ行員番号018888、ちぃがご用件を承ります」
はっとした様子で背筋を正した彼女は、かしこまるように言う。けれどこちらもそこまで大した用があるわけではないので、軽く返答をした。
「今日はファンスを引き出しに来たんです。丁度どの列に並ぼうか見ていたところでして」
「なるほど、そうだったんですね。でしたら」
ちぃさんの視線が手早く辺りを見渡して、俺に向き直る。
「あちらの奥の列が早そうですね」
こちらですと彼女は俺に促して歩き出した。なので俺もその歩みについていく。
(あれ?)
ついていく道中。その背中……というか、ちぃさんの腰付近に視線を持っていかれた。
もしかして俺が気づかなかっただけで、最初に出会った時点で
今日の目的を忘れてはならない。
「では私はこれで」
案内されて、俺は感謝を伝える。ちぃさんの去っていく背中に、やはり見間違いではないと思いながらも見送った。
指摘するべきか、否か。迷うも俺は沈黙を選んでしまった。もしかしたらそういうファッションなのかもしれない。その可能性を排除しきれない今、それを言葉にするべきではないと思ったのだ。
列が着々と消化されていく待ち時間。俺は突っ立ちながら己が勃起していないか注意を払う。
結論から話そう。
(ちぃさんはどうしてあんな格好なんだ)
純粋な疑問。
当然訊けるわけもなし。
いやだって、初めて会ったときから思ったことだけれども、本当にあんな格好をしている人が銀行内でちぃさんだけなんだよ。他の職員はスーツとか、クールビズなワイシャツとか、そこらの落ち着いた見た目でしかないんだ。
翻って、なんだあのコスプレみたいな服。
肩出てるし、スカート短いし、谷間晒してるし。背中開いているからブラのホックも丸見えで、なんならさっき気づいたことだけど、そこからちょっと黒のパンツも見えちゃってたからなアレ。羞恥はどうなってんだ羞恥は。
このモヤモヤをひた隠し、喉まで出かかった疑問を言葉にせず呑み込めたのだ。我慢できた俺偉い。マジ頑張ったよ。
気づけば俺の番となり、予定通りに給料分の金額を引き出して持ってきた封筒に仕舞う。それを懐の奥の方に忍ばせて、粛々と列から退く。
ひとまず今日の第一目標は終わりだ。
あとは適当に映画でも観て帰るとしよう。
「あっ、お帰りですか?」
帰り際、ロビーでまたちぃさんと立ち会った。
妙にその格好に目を引かれる。
「はい、おかげさまで早く終わりました」
「それは良かったです。ではまたのお越しを――」
「あぁその前に」
つい、止めてしまった。
魔が差してしまった。
「はい、何かありましたでしょうか?」
脳裏にあの背中の光景がフラッシュバックしている。なまじ本人が目の前にいるからこそ、生々しく妄想を掻き立てられてしまう。
(まつ毛、綺麗だな)
よく見なくとも可愛らしい顔だ。身体だって柔らかそうで、きっと抱き心地は最高なんだろう。そのしっとりと甘い声を出す喉から、鼓膜を蕩かすような嬌声を聞きたくてたまらない。
その辺で止めておけと理性が言う。
相手は恩人だぞと諭してくる。
今度から来るとき気まずいよと現実を持ち出す。
ヘテロシティに迷い込んだ当初の俺では考えられない行為だ。常識が、道徳心が、ストップをかけた妄想だ。
けれど、今はどうだ。二度の成功体験が『チャレンジしてみろよ』って言っている。
汚い我欲がこちらを覗いていた。衝動が抑えられなかった。だって見た目がエロい上に、ゴリ押せばヤれそうな気弱な雰囲気があったから。
だから、止まれなかった。
「その、トイレ……貸してもらえませんか?」
「あ、ええと、お急ぎですか?」
「はい、急に催してしまって、割と余裕が……」
無論、嘘である。
けれどそんな嘘にもちぃさんは真摯に対応してくれた。
「でしたらスタッフ専用のトイレをお貸しいたしますね。歩けますか?」
「なんとか、お願いします」
「かしこまりました。ついてきてください」
言って、ちぃさん先導のもと職員トイレの前まで案内された。辺りに人影はない。
「あちら男子トイレとなりますので、お使いください」
今ならまだ引き返せる。
ただトイレを借りただけの客になれる。
今回は今までとは違う。
一度目は相手が抵抗できない状態だった。
二度目は相手に非があって主導権を握れた。
けれどちぃさんは、今はそうじゃない。
性行為に運べるという保証はない。もしかしたら失敗に終わり、嫌悪と侮蔑の目を向けられるだけの結果に終わるかもしれない。
「あの……」
だが、ここで退くことに意味はあるのか?
俺はちぃさんと今セックスしたいと思ってしまった。なら、理由はそれだけで充分なはずだ。だってそれはこの世界で我欲を満たす動機となるのだから。
(俺は困っている……俺は要救助者……俺は助けを求めてる。よし、自己暗示完了)
大層困った表情を顔に浮かばせて、俺はちぃさんの手を取って頼み込む。
「へ!? ど、どうされましたか?」
「貴女にしか頼めないことがあるんです。お願いです。助けてください」
「わ、分かりました! 私に何でもお申しつけください!」
はい言質取りました。今何でもって言ったね。じゃあ助けてもらおうか。
「とりあえず、トイレへ」
「えっと……私はどうしたら」
「事態は急を要します。今は何も言わずついてきてください」
「っ、はい!」
一刻を争う救急現場で慌ててはいけない。ちぃさんの表情にも真剣さが増し、二人揃って男子トイレへ。中には誰も居らず、そのまま個室トイレの中に連れ込んだ。
「それで、私は何をすればよろしいでしょうか?」
鍵をかけたところでちぃさんがそんなことを言う。
狭い室内、襲うのは簡単だ。けれどそれでは普通に反撃される。股間を蹴り上げられたりすれば、せっかくの興奮も台無しだ。
こちらが襲ってきたと、ちぃさんを害する行為だと彼女に思われたら、その時点でアウト。だから無理筋でも相手に行為を許容する隙を作らなければならない。
それを可能にする一手。
仕事に真面目なちぃさんならば、もしかするかもしれない会心の一撃。
「これは他言無用でお願いします」
「はい」
できるだけ深刻に。
可能な限り重々しく。
「実は俺、定期的にセックスしないと死んでしまう病なんです」
「そうなんですか!?」
そんなわけないだろ。
「今その持病で、発作が……うっ」
「だ、大丈夫ですか!? 今、救急車を呼びますので安静に」
「今すぐにセックスしないと!! 間に合わなくなりそうなんですッ!!」
医者に診察なんかされたら健康だとバレてしまう。それはさすまいと彼女がスマホを取り出した手を掴み、懇願するような仕草を装って阻止する。
「で、ですがそういった行為は……いえ、そもそも今まではどうされていたんですか? お相手がいたはずでは……?」
おや鋭い。やっぱ勢い任せの話は粗があっていけない。考えろよ俺、絶好の魚を逃したくはないだろう。
「……先日、縁を切られました。もう付き合いきれない、と」
「そんな……だって、あなたは相手がいないと」
「彼女も半信半疑だったんです。こんな馬鹿げた病、信じられないって。本当に好きな人ができたから、もうあんたと身体を重ねる時間はないんだって」
あぁなんて俺は可哀想なんだろう。信じていた女性に半ば見殺しにされる形で捨てられるなんて、本当に可哀想なやつ。
ねえ、ちぃさんも見捨てますか?
俺は更に苦悶の表情を作って、呼吸を荒くする。
「くっ、うっ……でも、コレも天罰、なのかもしれません。誰かとお付き合いするでもなく、ただ命惜しさにセックスしようだなんて考えていたから」
心底ツラそうに、俺はちぃさんを見る。彼女の瞳はどうするべきか迷っているように揺れていた。
だから最後の一押しとして、俺は彼女の肩に手を置いて、力なく
「やっぱり、さっきのお願いは忘れてください。俺が馬鹿だった――」
「諦めないでくださいッ!!」
ヒット。
「私が、私があなたを助けます! ですからそんな悲しいこと、言わないでくださいっ」
身体を抱き締められ、押し退けて開いた距離が埋められる。柔らかな胸が押し当てられ、香水の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「すぐに対処しましょう。私はあなたと、その、セックスをすれば良いんですよね」
「して、くれるんですか?」
訊けば、彼女ははにかんで答えた。
「命には替えられませんから」
感動的だな。
素晴らしい精神性だ。
これが茶番でなければ危うく心打たれていたかもしれない。
「さあ、時間がないんですよね? 急いで脱いでください」
切り替えるようにちぃさんは言葉を紡ぎ、自身もまたそのスカート部分をたくし上げ、躊躇なく下着を下ろしてみせた。
人命救助という名目がとんでもない覚悟を決めさせたらしい。
陰毛もピンクなんだなぁなんて呑気に視姦してしまうが、苦しそうな演技も忘れてはならない。俺は今、馬鹿みたいな病に蝕まれている設定なのだから余裕があってはならないのだ。
ただただ苦しそうに、もう立つのもツラいといった風体で便器に座す。ここでいそいそと脱ぎだせば説得力に欠けるからな。自分からは動かない。
そんな様子を見て、俺から何か言い出さずともちぃさんは気づいてくれた。
「よろしければ脱ぐのをお手伝いさせてください」
「お願い、します」
これからセックスをするとは思えない真剣な顔でちぃさんはしゃがみ込む。
「少しだけ腰を浮かせてください。はい、そうです。ズボン下ろしますね」
絵面はまるで介護のよう。
座ったままの俺は見下ろす形で、ちぃさんが懸命にちんこを露出させんと俺の下半身の衣類を剥いでいく様を観察する。見ようによっては逆レイプに見えなくもない。大変エッチだ。
そして一瞬、ちぃさんの手が止まる。
その視線はただ一処に。
ズボンを下ろしたことで露わになる勃起テントだ。
いやズボンの段階でも多少盛り上がってはいたが、柔らかな素材だとより如実にその輪郭を際立たせて見せていた。
「……下着も失礼しますね。はい、腰をそのまま」
それをあたかも気にしていないように振る舞うちぃさんは、俺の下半身を己の手で剥き出しにさせて――。
「ペニス……これが」
そう小さく言葉をこぼした。
何秒ほどか。ただ見つめるだけで動かず、やがてどうすれば良いのか分からないとばかりに、おっかなびっくりと手で触れてくる。
血流激しく熱くなったちんこにひんやりとしたちぃさんの手が気持ち良い。覚束ないその触れ方が、普段とは違う刺激となって竿を翻弄し、もどかしかった。
「これを私の中に挿れるん、ですよね?」
独り言のように彼女はセックスの流れを言葉にする。ここまで来て何か勘違いをしていないか。本当にするのか。擦り合わせるように言葉にして、俺は否定しなかった。
「あっ、避妊具。コンドームは?」
俺の股間に向いていたちぃさんが見上げて訊ねてくる。
性行為の前の大切な確認。愛を確かめ合い、けれど望まぬタイミングの妊娠を避けるための必須アイテム。通常の営みであれば、それは当然持っていて然るべきエチケットだ。
が、俺は首を振る。
心底申し訳なさそうに。
「この病は女性の膣内で射精したとき、子宮から分泌される特殊な成分が亀頭に触れることで治まるんです。そしてそれは空気に触れると劣化する、から……中に出すしか方法がなく……」
要は中出ししたいという言い訳。
それを聞き、ちぃさんは明確に躊躇を見せた。
「アフターピルは持っていますか?」
「……それは、前に協力してくれていた女性が持ち歩いていたので」
言外に俺は持っていないと伝える。この様子ではちぃさんもそういったものを持っていないと思われる。
セックスをして、妊娠を望まないのなら彼女はアフターピルを買って飲む必要がある。要求されたら俺が買って渡すなり、必要分のファンスを払うなりするが、問題はそこではない。
行為後、アフターピルは時間が経てば経つほど効果が望めなくなるという。だが、すぐに飲んだとしても効果は確実ではない。
前に調べた限りでは、行為後すぐの避妊失敗確率が一般的なソシャゲガチャの最高レアを引く確率とトントン。場合によっては妊娠の方が当たりやすいという具合だった。
まあどこかの万引きした娘は初日の行為後に避妊を成功させているので、本当にここは人によりけり。当たるときはするっと当たるのだろう。
つまり、中出しすればちぃさんが万全を期しても妊娠する可能性があるのだ。
「やっぱり嫌、ですよね。よく知りもしない男に、子どもを孕まされるかもしれないんですから。戸惑って当然です」
押し黙るちぃさんに理解を示す。
躊躇したことは当たり前だと語る。
今ここで逃げても何も悪くないんだと。
「ちぃさん、貴女の人生です。俺は貴女が何を選ぼうと恨みません。だから、止めても、良いんですよ?」
俺から仕掛けた上で、俺が受動側に回り、ちぃさんに決断させる。
“助けると言った手前、今更逃げることはできない”などという安易な逃げ道は残させない。せっかくここまで事を運べたのだ。仕方なくセックスさせてもつまらないし、俺も心地良くない。
だから俺とセックスするかどうか、改めて貴女の意思で決めるんだ。生で挿れるか、見捨てるか。
それらを聞いて、ちぃさんは目蓋を閉じ、ひとつ深く呼吸をした。
「……安心してください」
やがて瞳を開いた彼女は決意の宿る眼差しで俺を射抜く。語る言葉は果たして――。
「私は、あなたを見捨てません」
中出しを受け入れるOKサインだった。
言葉はそれだけ。
言って、立ち上がり、俺の腰上へと跨る。俺ももう何も言わない。互いに無言で、静かな狭い個室に男と女の息だけが響く。
ちぃさんが天井を向くイチモツを撫でるように掴む。そうして亀頭の向きを固定して、そっとその陰唇に添え当てた。
――つぷ。
「ん……くっ」
太く膨らんだ亀頭が呑まれていく。狭く締まりの良い膣を押し広げ、奥へ奥へと進んで行く。
そして、ぶちっと何かを破いた。
「ぅぐっ」
一瞬にして苦悶に歪むちぃさんは、俺にしがみついてその痛みに耐える。しかし決して腰を下ろすことを止めようとはしなかった。
「ふぅっ……ふーっ……すぅっ……はぁ」
ろくに解さず、ほとんど濡れてもいない膣だ。
その上で破瓜までして、きっと耐えがたい痛みに襲われているに違いない。俺にしがみついて震える手や、荒々しい呼吸からもそれは分かる。
「じゃあ、動き、ますね?」
なのに、ちぃさんは気丈にもそう言った。
涙目なのに笑顔まで作って、今動けば痛みが響くはずだろうに、下ろした腰を上げて、落とした。それを彼女はゆっくりと繰り返す。
「く……んっ……出せ、そう、ですか? 大丈夫、ですから……気にせず」
(気にせず、と言われてもなあ)
彼女の言葉に続く上下運動は、お世辞にも上手とは言えなかった。膣内はぬめりが少なく、所々引っ掛かるようなぎこちなさがある。カリ首が膣ヒダを擦る度、それが少しだけ痛かった。
ついでにちぃさんの痛みを我慢する様子が痛々しすぎて興奮できない。快感の波を我慢する女の子は可愛いが、痛みに顔を歪める女の子は可哀想なだけである。
けれど膣の締まりが良いから圧迫感が微妙に気持ちいい。些かスローペース気味ではあるが、拙いなりに必死に射精を促そうとしてくるのは分かる。
分かるが、もう少し性的な刺激が欲しかった。しかし、今の彼女を下からガンガン突くわけにもいかない。
俺はそっとちぃさんに触れて、持ち上がろうとした腰を静止させる。
「ちぃさん、その動きは痛いでしょう?」
「……ですが、あなたを射精させないと」
「やり方を変えてみてください」
腰を下ろさせたまま、深くイチモツを挿入させた状態で、いったん話をする。
「腰を上下ではなく、前後左右に、円を描くように動かせませんか?」
「円……えっと、こう、ですか?」
ちぃさんは俺の両肩を掴んでバランスを取りながら、試すように腰を動かす。俺のイチモツを軸に、その膣内をちぃさん自身の動きで掻き回す。
「んっ、これなら、あまり痛くないかも。でも、これはあなたも気持ち……えっと、出せそうですか?」
「ええ、これなら俺“も”気持ち良く射精できそうです」
「そうですか。それなら……っ」
言外に、もうちぃさんは感じているんですねと言ってみればその耳がカッと赤く染まり、羞恥で可愛らしく口元が引き結ばれた。
彼女はそれを誤魔化すように腰をうねらせる。腹筋に力を入れているのか、上下運動をしていたときよりも膣圧が強く、僅かに擦れるだけでもイチモツ全体から快感が伝わってくる。
彼女は腰振りダンスの才能があるのかもしれない。振れば振るほど、動きが最適化されていくかのようにこちらを絞り上げてくるのだ。
「ん……んふ……ぁ」
おまけになんだこの声は。しがみついて耳元で流してくる吐息混じりのソレのせいで、我慢が必要になるほど射精感が込み上がる。天然でやっているのなら魔性の女だ。
甘く痺れる音を漏らすも、彼女の動きは止まらない。気持ち良すぎる。カリ首も竿も裏筋も、全部しゃぶられるような刺激がグチュグチュと続いて終わらない。
献身的なまでにちぃさんが腰を揺する。
声を漏らし、膣を締めて、腰をうねらせる。その一挙手一投足が彼女の子宮へ中出しさせようとする意思の表れであり、それが何よりもエロかった。
快感の波が最高潮に達しようとしている。今射精したら絶対に気持ちいい。亀頭が限界まで膨らんで、もう鈴口から精液が漏れているかもしれないくらいの瀬戸際。
出る。出そう。出すぞと、俺は目の前の愛おしい肉体を抱き締める。
そんなときだ。
「……!」
「おっと」
外から、複数の足音がした。
ここは職員用男子トイレ。必然、入ってくるのはちぃさんの職場の男性同僚とみて間違いない。
この世界、青姦などの他人に見せつけるような行為は罪には当たらない。だが、とんでもない変人の奇行くらいには思われると聞く。だから不特定多数に晒すエロ動画サイトもアングラ扱いだったわけだ。
職場のトイレ、しかも男子トイレでセックスしてましたなどと同僚にバレようものなら、明日からちぃさんは変人奇人の烙印を押されるかもしれない。ともすれば交友関係にヒビが入りかねない危機である。
だからだろう。
彼女の動きは止まり、口元をその両手で押さえて間違えても声が出ないように息を殺していた。
(なんか……エッチだな)
周囲にバレてはいけないというシチュエーションは中々に唆るものがある。日常が台無しになるかもしれないリスクが背徳的な刺激を生むのだ。
とはいえ、それはそれ。
俺は最悪のタイミングで生殺しされ、射精を放ち損ねた。我慢汁みたいにチョロっと出て、終わり。その後の本命の波が引いて、完全に勢いが削がれてしまった。
だから俺は、外の様子に耳をそばだてていたちぃさんの肩をつつく。
「……?」
「しーっ」
ひっそりと、ジェスチャーも交えて事前に静かにするようちぃさんに伝えておく。これからすることに驚いて声を上げられたら意味がなくなるからな。
「……!?」
俺は両手を滑らせるように彼女の臀部に持っていく。ゆっくり、静かに、彼女がこの後の展開を想像できるようにしっかりと鷲掴みにする。
下手にバランスを崩すと扉に彼女をぶつけて大惨事。気をつけなければならない。
ちぃさんも俺が何をしようとしているのか察したか、そうでなくとも何かをしようとしていることに首を振る。まるで『今動いてはダメです!』と目で訴えかけているみたいだ。
俺はコクリと頷いて見せて、足を肩幅ほどに開き、腹筋に力を入れて、一息に立ち上がる。
それに合わせて彼女は慌てたように、けれど音を立てず、俺にしがみついた。器用なことだが、事実酷く静かに身体同士が密着する。
そして、ちぃさん自身の体重によりイチモツが膣深くに押し込まれ、彼女の子宮口を突き上げた。
「ん……っ」
通称、駅弁。
駅弁を売る売り子のように、俺がちぃさんを持ち上げ、支えた状態でセックスをする体位だ。
(ちょっと重いけど、これなら大きな音は立たないだろ)
便器の上の騎乗位だと、動く度に便座がガタガタ鳴ってセックスしているとバレかねない。ならばどうするか。ご覧の通りの駅弁である。これなら下手に腰同士を打ちつけない限り音は出るまい。
外からは小便の音が聞こえる。
一人は隣の個室に入ったらしい。
合計二人。最低でもこの二人が出ていくまで異音を発生させてはならないわけだ。
「動きますね」
俺は蚊の鳴くような声で呟く。
これなら頬同士が触れそうなくらい近くにあるちぃさんの耳には聞こえたはずだ。よしんば拾えてなかったとしても、彼女は片手で必死に口を押さえているようなので問題はないだろう。
やるのはねちっこいくらいのスローセックス。ゆっくり、じっくり、カリ首が外に出ない程度に引いて、また押し込む。
「ふ……ふっ……ん」
ちぃさんは涙を浮かべている。声を抑えたい状況なのに、それでも声は吐息と一緒に漏れていく。それが同僚に聞かれているかもしれない可能性に頭が一杯になっているのか。
顔を真っ赤にさせて必死に声を押し殺しながら、それでも快楽を下半身で味わって離れようとはしない。
だって彼女は俺を助けると言ったから。俺を射精させて、それを子宮で受け止めるには今の行為を止めるわけにはいかない。
だから社会的地位が台無しになるかもしれない危機においても、彼女は俺と情事に耽るしかない。与えられる刺激に身を震わせて、どうか気づかれませんようにと祈るしかないのだ。
その表情がとても唆られる。
知人に知られるかもしれないという羞恥心がキュッと膣を締めることに一役買ったらしい。先程までとは比にならないほど締められて、もはや膣とイチモツの間に隙間などないのではなかろうか。そう錯覚するくらいの一体感が、俺とちぃさんを性器同士で繋いでいた。
外から排水の流れる音がする。
どうやら一人は用を足し終わったらしい。
残るお隣さんからは踏ん張る唸り声。中々のデカブツのようだ。
(お前が出ていかないと俺たちも安心して出られないんだ。頑張れ。もしくは諦めろ)
当の大便と格闘しているやつは、隣の個室で最高のまんこを味わっている男がいるなんて夢にも思っていないだろう。俺がその立場だったら知りたくもない現実だ。職場の美人が恋人でもないただの客にすぐ側で犯されていました、なんて。
だから教えてやらない。
知らないまま、知らされないまま職場に戻ってくれ。俺も音を立てないように努めるから、どうか気づかないで去るといい。この優越感と興奮を味わわせてくれてありがとう。
「ちぃさん」
「……んっ……?」
腰を止めて囁く。彼女に聞こえたか分からない。絶対隣の個室には届かない程度に声を潜めて、けれどちぃさんの意識をこちらに向かせることはできた。
目が合い、俺はにっこりと笑う。
それで意図を察してくれた。彼女も表情を柔らかなものにして、頷いてくれた。
射精の我慢が限界だ。
だから言葉にはせず、出しますよと意思だけ伝え、きっと彼女はそれに了承してくれた。
同時、僅かな動きによってビュルルッとせき止めていた精子を解き放つ。じんわりとちぃさんの体温とは別の熱がイチモツに絡む。
その熱はちぃさんにも伝わったはずだ。膣内が今どうなったのか、ひょっとすると俺よりも鮮明に理解しているかもしれない。
そんな彼女は目を瞑っていた。射精を受け止めるときからキュッと目蓋を閉じて、今は息を整えながら静かにしていた。
口を押さえていた片手を己の腹に当て、ただひたすらにその感覚を感じようとしているみたいだった。それがまるで妊婦のように見えて、どこか妖艶ですらある。
そんな様子を見ていれば、目蓋を開けた彼女と再び視線が交じる。
「……しー」
性器が繋がれた状態で、彼女は俺に抱えられながらも、笑顔で人差し指を口に沿えた。『射精できて良かったですね』と言うみたいに、安らかな優しい微笑みだった。
やがて隣の個室で水が流された。
時計を見ていないので感覚でしかないが、なかなかに長時間の戦いだったのではなかろうか。まあ音からして結果は敗北だったようだが、野菜食えとしか思わない。
「はぁ……ふぅ……お疲れ様でした。これで大丈夫、なんですよね?」
足音も遠ざかり、ようやく喋れる第一声。
中出しされて、最初が俺の心配なところがちぃさんらしい。これで実は病とか嘘でしたとか言ったらどうなるだろうか。やらないけど。
「はい、本当にありがとうございました」
「良かったです。あ、でも念のため、後で病院に行くことをお勧めします。素人判断は危険ですから」
「ええ、そうします」
余韻を楽しみながら俺は適当に返事をする。
便器に座り、ちぃさんの足を床に降ろす。密着していた彼女の体温が離れていき、少しだけ惜しく感じる。
そこからちぃさんが腰を浮かせて栓になっていたイチモツを抜くと、秘部から待ってましたとばかりにどろっとした精液が便器の中に流れ落ちた。
「手伝いますよ」
「ありがとうございます」
「いえ、俺のせいですから」
何巻きかしたトイレットペーパーをまんこに宛てがって、撫で上げるように拭う。ペーパー越しに膣肉の柔らかな感触が指先に伝った。この中に出したんだよなあ、なんて思いながら念入りに。
「ん……取れ、ましたか?」
「まだちょっと垂れてきますね」
本当はもう一度くらい出したかったが、ついた嘘からして難しい。そうポンポン都合良く……もとい都合悪く彼女の前で発作が起きるのも不自然だからな。今日はもう我慢だ。
「んー、こんなものですかね」
「ありがとうございました。……あっ、じゃあ代わりにあなたのは私が綺麗にしますね」
そう言うちぃさんに、俺はお願いしますと頼む。お掃除フェラでもしてくれるのかと一瞬期待するが、流石に無理な妄想だった。
俺がそうしたように、彼女も精液を纏って垂れるイチモツをトイレットペーパーで拭ってくれる。
(まあこれはこれで手コキみたいでいいな)
ちょっと勃つが、そこで終わり。
綺麗になりましたねと汚れたペーパーをトイレに入れて、流した。後始末完了である。
お互い衣類に下半身を通し、これでもう誰もここでセックスしていたなんて思わない。残留する臭いも換気扇によってすぐ消えることだろう。
個室から俺が先見して、誰も周囲にいないことを確認して、ちぃさんが後を追うように外に出る。
廊下まで来ればもう日常風景の一片だ。
先程まで本当に俺はちぃさんとセックスしていたのかと現実味が薄くなるくらい普通の風体。
「そうでした……えっと、よし……よろしければこちらを」
廊下の半ばでちぃさんがスマホを見せてくる。
画面にはスマホにデフォルトで入っているチャットアプリ。そのフレンド登録用のQRコードだった。
「定期的な発作とおっしゃっていたので……その、もし私でよければ今後も、お、お相手になりますのでっ……私と、お友達になりませんか?」
上目使いで問われる。
ピンクの瞳が不安そうに俺を見上げていた。まさかこの期に及んで断られるとでも思っているのだろうか。そうなら自身の魅力を分かっていなさすぎる。
返答は当然肯定だ。
「よろこんで。病とか関係無しに仲良くさせてください」
「は、はい! それはもちろん! えへ、初めて異性の友人ができました」
俺のスマホに『ちぃちゃん』というチャット先が追加される。これで今後は“発作を未然に防ぐために〜”とか言って好きなときに抱けるわけだ。設定を遵守するならば頻繁には無理だろうが儲け物である。今日ここに来てよかった。
それからロビーまで戻ってきた俺たちは、行員とお客様の関係であるからして、今日はこの場で別れることとなった。
「では、私は通常業務に戻りますので、お帰りはお気をつけて」
「ちぃさんも、お仕事頑張ってください」
俺はにくきゅう本店から外に出る。
空は予報通りに快晴のまま。俺の気分も同じくらいに晴れやかだ。
ふとスマホの揺れに見てみれば、ちぃさんから『これからよろしく!』というスタンプがひとつ送られてきていた。なので俺も似たように返して、通りを歩く。
「映画、何観ようかな」
作品の前評判なんて調べていない。だが仮にそれがどんな駄作であったとしても、今の俺は許容できる自信がある。だって、今日の思い出は既に充実しているのだから。
私の中で密かに『ちぃちゃんの名前の由来、母親の舌打ちを自分の名前だと思っちゃった説』が浮上したんですが、流石に“最初から愛されてなどいなかった”は可哀想がすぎるので沈め直しました。