天才幼馴染のヒモ生活 作:猫屋敷てん
町の中心にあるショッピングモール。そこに併設されたカフェにて、俺は緊張した面持ちで向かい合う。
二人用の小さな席にて向かいに座るのは、琴葉のマネージャーである三枝さんだ。
「――なるほど。そういうことになったんですね」
俺は三枝さんに、今回の顛末というか、あの日の後のことを話していた。
それは一度協力関係を結んで握手をした以上、通すべき筋だろうと思った故だ。
「話してくださり、ありがとうございます」
「いえ。三枝さんには話しておきたいと思ったので」
「琴葉ちゃんはあまり話してくれなかったので、助かりました」
そう言って軽く頭を下げる三枝さん。
琴葉はそういうことを言わないだろう。俺のことをずっと隠していたように、そういう子だ。
「あの後どうなってしまったのかというのは不安でしたが、上手く解決できたようで何よりです。私の方でもどうにかしようとしていましたが、お力になれず申し訳ございません」
「いえいえ。これは結局俺達の問題だったので、これでよかったと思います」
三枝さんに協力してもらってあの楽園から脱却する道もあっただろう。
しかしそれでは俺の呪縛も琴葉の呪縛も解くことはできない。過去に向き合って、ぶつかり合うことでしか真の解決はなかったのだ。
あの時は無我夢中で深く考えることもしていなかったから、これで良かったと俺は思う。
「最近の琴葉ちゃん、とても良い表情をしています。それに作る曲もより素晴らしいものばかりで、これも恐らく夜崎さんの功績なのでしょう」
「琴葉が凄いんですよ。あいつは本物の天才ですから」
そう言って俺は否定した。
琴葉は俺のことを凄いと言ってくれるが、やはり俺は凄い人間ではない。
ただ音楽が好きなだけの普通の人間だ。
しかし三枝さんは首を横に振る。
「琴葉ちゃんが、唯一言っていたことがあります」
「ん、それは?」
「最近『なお兄と一緒に楽器を弾くのが一番楽しい』と」
「……そんなこと言ってたんですか」
何か照れる話だ。あまりそういうことを言う子ではないと思っていたが、琴葉も変わってきているのだろう。
いろいろあったが、琴葉も三枝さんのことは結構好きなようだ。
「だから、夜崎さんのおかげだと私は思っています。これからも琴葉ちゃんをよろしくお願いします」
「……もちろんです。まあまずは就活ですが」
俺がそう言って頭を掻けば、三枝さんは柔らかく微笑む。
「応援していますね」
それはあの日の表情とは違い、俺がまた社会に認められた。そんな気がした。
「琴葉のためにも、俺のためにも、頑張ります」
忙しい三枝さんとは、そんな会話をして別れた。
俺はもう一度、社会に出る。今度はよく下調べをして、自分に合った職を見つけよう。
無職を脱却し、もう一度胸を張って生きていく。
俺が無職のヒモでなくなれば、kotoのスキャンダルも一般男性とのお付き合いで終わるだろう。
そんな未来のために、俺は気合いをいれた。
◇
家に帰ればそこには変わらず琴葉がいる。
ただ違うのは、その空気感だ。
どこか退廃的で背徳的な楽園であり監獄であった時の空気感がない。
澄んだような空気がそこにはあった。
「なお兄おかえり」
そう言って俺を出迎えた琴葉も、どこか穏やかだ。
「三枝さんと話してきたんでしょ? なお兄が報告したいなら私からしとくのに」
「そこは俺から言っとくべきだろ。連絡取り付けてくれて助かった」
「なお兄の頼みですから。でもー」
ぴょこぴょこと琴葉は俺に近づいてくる。
そして上目遣いでじっと俺を見て、ぎゅっと抱きついてきた。
「女の人と話してきたなお兄には、私をその倍の時間抱きしめる義務があります」
そう言って琴葉は、深い包容と共にグリグリと頭を首元にこすりつけてきた。
あの束縛とも言えるヤンデレはなりをひそめたかと思ったが、ちょっと丸くなっただけらしい。
「俺には琴葉だけだ。そういう約束だろ?」
「あうー」
故に俺は愛を伝えるように、琴葉を抱きしめるとその頭をグリグリと撫でる。
そうすれば猫のように気持ちよさそうな声を上げた。
「今日もセッションしようよ。なお兄と一緒に演奏するのとか、歌うの好き!」
「俺は琴葉ほど上手くないぞ」
「上手いとか下手とかじゃないの! わかってるでしょ?」
俺がそう言えば、むーっとふくれっ面をした琴葉はつんつんと俺の頬を突いてくる。
無論言ってみただけでわかっている。琴葉は技術をあまり重要視していない。そこに籠もった心や熱が一番大事なのだ。
俺もまた、あの日みたいに楽しく音楽をしている。
密かにオリジナルソングをネットに上げてみたりもしたのだ。
無論琴葉みたいに直撮り初投稿で再生数百万回なんて化け物みたいなことは起こらなかった。
頑張って編集して再生数二十四は心が折れかけたが、まあ凡人はそんなものだ。
「音楽は楽しいよね。それを教えてくれたのがなお兄だよ。だから楽しくやろう。それが音楽だ」
「ああ。だけど楽しくやるためにはもっと上手くなりたい。練習につきあってくれ」
「もちろん。あの時とは立場が逆だね。先生と呼んで」
「先生!」
そんな会話もできるようになって、俺達の雰囲気はとても良くなっただろう。
そしてそれだけではない。
「あ、先生プレイとかする?」
ふと琴葉はにやっと笑うと俺から離れる。そして服の裾をチラッと捲ってアピールしてきた。
琴葉の柔らかなお腹と、徐々にまくれば巨乳を表す下乳が見える。
「せ、先生プレイ!?」
「普通にするのもマンネリ化しちゃうもんね。しちゅえーしょん? 男の人はそういうのが大事なんでしょ。なお兄のエッチな本に書いてあった」
「……読んだのか」
まさか俺の
確かにあれにはいろんなシチュエーションがあって、家庭教師ものもあったか。
「まあもっとエッチなこともしようね。……それに、子供も」
「……琴葉」
「私はいつでも良いからね」
そう言って琴葉は、どこからか婚姻届を取り出した。
すでに琴葉側は記入済みで、後は俺が記入して判を押すだけだ。
用意周到というか、気が早いと言うか。
「……就職してそれが落ち着いてきたらな」
「待ってます」
どうやら俺は琴葉の傍から一生離れられないらしい。
結婚という契約により、俺を離さぬつもりだろう。
琴葉が言わなければ俺から言ったから、まあ問題はないが。
「というわけで、仕事終わらせてくる! そしたら
蠱惑的に笑い、己の巨乳をアピールする琴葉。
俺はそれにお手上げで、やれやれと首を振った。
「ヒーヒー言わせてやる」
「きゃっ♡ こわーい♡♡ この前みたいな一日ハメ殺し種付けプレスとか、ザーメンお口便器週間とか?」
「……言語化されると俺達とんでもないことしてるな」
「これバレたら炎上するかもね。ふひひ。じゃあ秘密ってことで♡」
そう言って琴葉は、足早に二階へ上がっていった。
今夜も激しい夜になるだろう。俺達の性の関係はあまり変化はないが、どんどん過激になっているのは間違いない。
これが世間にバレぬよう細心の注意を払うばかりだ。
「……まあ、全部上手いこと行った。それで良いか」
俺はドサッとソファに腰を下ろすと求人サイトを開く。
琴葉に心を折られ、拗らせ、ぶっ壊れ、甘やかされたその果てに一番良い場所に着地できただろう。
遠回りをした自覚はある。間違い続けた自覚もあるし、みっともない情けない姿も沢山みせた。
しかし昔の人は上手いことを言うもので、終わり良ければ全て良しだ。
つまりはこれでハッピーエンド。俺は心の中で、そんな結論をつけた。
――天才幼馴染のヒモ生活[完]
●あとがき
最後まで読んでくださりありがとうございました!
これにて本作は完結です。
ヤンデレというか共依存てきなのを書きたいという思いから生まれた天才幼馴染のヒモ生活ですが、十八話で良い感じにまとまりつつ終われたかなと思います。
他にも一対一の純愛物をたくさん書いているので、ぜひ下記のXから確認してみてください!
猫屋敷てん
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