天才幼馴染のヒモ生活 作:猫屋敷てん
そのキスは、琴葉の本気のベロチューだった。
ベッドの上で、気分が最高潮まで高まった時しかしないような激しいキス。
そんなもんを三枝さんの目の前で披露するのだ。俺も動揺するし、三枝さんの動揺も視界の端によく見える。
俺の口内を琴葉の舌が蹂躙し、唾液を絶え間なく流し込まれる。
三枝さんの目の前だというのに、とても気持ちいいキスだった。
そしてようやく解放された俺は息も絶え絶えで、琴葉と唾液の橋を口元に架けていた。
「こ、琴葉ちゃん?」
「三枝さん。これが知りたかったことだよ」
目を見開いて愕然としている三枝さんと、俺をぎゅっと抱きしめて蠱惑的に笑う琴葉。
そして何が起きたのかと目を白黒させる俺だ。
ただ一つわかるのは、やはり琴葉は常人とは違った思考回路をしているということ。
「一人暮らしって言っていたはずなのに、なお兄がいて驚いたんでしょ? なので手っ取り早くなお兄がどういう存在か示しました」
ああなるほど。確かに手っ取り早い。
全ての議論をすっ飛ばして、俺と琴葉の関係性を説明する行動だ。
だが常人の発想ではない。三枝さんが来ているから、キスをして手っ取り早く関係を示そうなんて普通は思いつかないだろう。
「こ、恋人ということ?」
「そう!」
「えっ!?」
力強く頷いた琴葉に、俺と三枝さんは驚く。
「な、なんで夜崎さんも驚いてるんですか?」
「あ、いや……ヒモじゃなくて?」
「ヒモ!?!?」
あ、失言した。
今の俺の言葉により、三枝さんの中には様々な考察が渦巻いているだろう。
そしてたどり着くのは、若く常識の足りない琴葉が俺という悪人に騙されているのではないか、という結論だ。
俺だってそう思う。
「こ、琴葉ちゃん! 一旦冷静になろう。夜崎さんはヒモって言ってるよ? 琴葉ちゃんはちょっと常識を知らないところがあるから……」
「三枝さん――」
琴葉を正気に戻そうとまくし立てるその口を、琴葉はその名を呼ぶことで閉じさせる。
その目は俺への深い執着があって、絶対に放さないと言いたげだ。
「私が好きで養ってる。それで良いでしょ? これは私のプライベート。私が誰を養って誰とセックスしてても、それは私の問題。もう子供じゃないんだから」
「セッ!? で、でも琴葉ちゃん」
「それで、良いでしょ?」
有無を言わさなかった。
底冷えするような視線は三枝さんを貫いて、もうこの関係に言及させないと言っている。
琴葉の愛は、とても深い。
常人とは違った感性を持っている琴葉の愛を、三枝さんが理解するのは難しいだろう。
俺も、なんでこんなに愛されているか理解していない。
「……良くありません」
しかし三枝さんは折れていなかった。
「琴葉ちゃんは、kotoの価値を理解していない。あなたはアーティストでもあるけど、同時にkotoでもあるのよ!」
「…………」
「若き天才アーティストというブランドイメージで、曲の依頼も受けている。それがもし〝無職のヒモを養っている〟となったらブランドの失墜よ」
「…………なるほどねー」
それはあまりにも耳が痛い正論だった。
琴葉が一切表にでない作曲家であったら話は違っただろうが、kotoとして顔は出していないが表に出ている。
そこにはブランドとイメージが存在し、社会が求めるkotoでなければならない。
大衆は残酷だ。有名人には正しくあることを押しつける。
俺達の関係は別に犯罪ではない。ただ社会的にみて間違いというだけだ。
しかし社会にとっての間違いというのは、露呈すれば炎上という結果が待っている。それが現実だ。
「ブランドの失墜はタイアップの中止や違約金にも発展しかねない。最近の企業は炎上に敏感よ。琴葉ちゃんの音楽生命が終わるかもしれないのよ!」
三枝さんの熱い言葉が部屋中に響く。
しかし琴葉は――
「大丈夫だよ」
きっぱりと言い切った。
「もしバレてもね、その時はその時。全ての損害は私がどうにかする。音楽生命の終わり? 違う。私の音楽は終わらない。ただkotoが死んだだけ」
「琴葉ちゃん!」
「それに――今これを知っているのは三枝さんだけ。なら三枝さんが黙っていたら大丈夫だよね?」
そう言って琴葉にっこりと笑い、有無を言わせぬ圧をかけた。
その目にあるのは常人に理解できぬ狂気である。己の全てを捨ててもこの愛を貫く。それを常識とした狂愛だ。
「そ、それでもいつかはバレる。週刊誌に嗅ぎつけられたら、面白おかしく書かれてスキャンダルにされるわ!」
「その時はその時。私には〝なお兄を手放すという選択肢はない〟別にkotoでなくたって良い。kotoは成り行きでやってるだけだから」
「琴葉ちゃん……っ」
その覚悟や思いの強さに、三枝さんは口を開けて、しかし何も言えなくなっていた。
そしてそれは俺も同じで、この場で発言する言葉を持てない。
どちらかと言えば俺は三枝さんの立場だ。
俺が琴葉に大きな迷惑をかける存在であることはわかっている。確かに琴葉はアイドル売りをしているわけではなく、音楽で勝負するアーティストだ。
しかし今のkotoはそんなことを言える存在ではない。
それほどまでに大きなアーティストになってしまったのだ。
「私にとって大切なのは、なお兄だけだから」
だがそれを全部理解した上で、琴葉はそう言い切るのだ。
kotoのキャリアを全部捨てたって良い。琴葉は何億円を生み出すkotoを捨てて、無職のクソ男を選ぶのだ。
イカれているとしか思えない。
天才なんて言葉で片づけられない常識外れの思考だ。
「……わ、わかったわ。上には一旦黙っておきます」
「お願い。ありがとう三枝さん!」
三枝さんは琴葉の狂気に折れて、琴葉は満足げに頷く。
ただ俺だけが、その場で目を伏せていた。
ここはぬるま湯だ。いずれ上がらないといけない、いつまでも浸かっていてはいけないぬるま湯なのだ。
◇
三枝さんを見送ってから、暫く琴葉は俺から離れてくれなかった。
リビングのソファに座って、胡座をかいた俺の中に琴葉はスッポリ収まっている。
後ろから抱きしめて頭を撫でて、それでようやく高ぶっていた感情が落ち着いてくれた。
「んふふー。なお兄は温かいね」
俺の腕の中で気持ちよさそうに目を細めて、猫のように体をこすりつけてくる琴葉。
ただ俺は、そんな琴葉の様子にふと手を止める。
「ん、どうしたの?」
「本気なのか? 琴葉……」
「何が?」
「俺のためにキャリアを捨てるというのは」
それはあの場では言わなかった台詞である。
あの時は口から出てこなかった言葉が、二人きりになり、落ち着いてくることでポンッと口から零れ出る。
それに対し琴葉は、二ヒヒと笑って答えた。
「うん。なお兄とkotoなら、私はなお兄を取るよ。もう離さないから」
「お前にとって俺は何なんだよ……」
腹の奥底から、そんな台詞が飛び出した。
少なくとも、俺はkotoのキャリアを捨ててまで選ばれるような人間ではない。
どれだけの聖人であろうとも、天秤にかければ俺は捨てられる存在だ。そうでなければならないのだ。
「……憧れ。大好きな人。それじゃ足りない?」
「足りない」
足りるはずがない。どれだけ考えてみても、俺はkotoを捨てるほど立派な人間ではない。
「そっかー。私はそうなんだけどな。私の思いって伝わらないものかな?」
「琴葉は特別だからな」
「むー」
チラッと俺の方を振り向いた琴葉は、わかりやすく頬を膨らませている。
試しに突いてみれば、プシュッと音を立てて潰れた。
「俺は格好悪いよ。俺のことなんか見捨ててくれないか?」
「何言っているの! だーめー!! なお兄が私の音なの! ずっとずっと好きな人! だめでーす。だめだめ」
ものすごい勢いで拒否してくる琴葉。手でバッテンをつくると、鼻と鼻がくっつくほど目の前に顔を近づけてくる。
これが琴葉の思いであるなら、俺はもうお手上げだ。
「…………」
「んー!」
ただ一つ、方法がないわけじゃない。
全て俺が格好悪いから問題になっているのだ。
俺が社会に認められるような人間になれば、スキャンダルではなく一般男性とのお付き合いになる。
それならアイドルではないkotoに大きな問題は起きないだろう。ガチ恋勢を失うぐらいだ。
「……頑張るよ。俺はもっと」
「頑張らないで良いよ」
ただ俺が真人間になろうとするのを、琴葉は拒んでくる。
これが一番の問題だ。
「頑張ったから、壊れたんだよ。もうあんななお兄見たくない。死んだように生きてた。布団にくるまってジーッとスマホ見てるなお兄は、人間じゃないみたいだった」
「……琴葉」
「だから、頑張らせない」
そう言って琴葉は、俺を深く抱きしめた。
己の豊満な胸に俺の頭を置いて、まるで母が子を愛おしむような抱擁をする。
こうして甘やかされるから、いつも奮い立った心は折れるのだ。
俺は琴葉に大きなトラウマを植え付けてしまったらしい。確かに休職中の俺は人とは思えない酷い生き物だった。
「なお兄おっぱい好きだねー。昔からさ、私の胸見てたよね」
「っ!? ……バレ、てたのか」
「当たり前なのです。女の子は男の子の視線に敏感だよ」
そう言いつつ琴葉はTシャツの裾をまくり、ブラのホックを外す。
そして俺の頭を、スポッと服の中に入れて包み込んだ。
「でも未成年に手は出さなかったえらーいなお兄に、成人した琴葉ちゃんのご褒美だよ」
「こ、琴葉っ、もご、もご」
「喋らないでね。おっぱいで包んであげる」
そこは端的に言って天国だった。
服の中は琴葉の甘い匂いが充満していて、俺の顔はその大きな胸に包まれる。
学生時代、なんなら中学生の頃から大きかったが、今ではすっかり巨乳の仲間入りだ。
Hカップだと言っていたおっぱいの谷間に顔を埋めて、思いっきり息を吸う。
そうすれば脳に充満したその香りは、まるで薬物のように思考を奪う。
「はい、ぎゅーっ♡ 私の音、聞こえるでしょ?」
俺の頭を琴葉は抱きしめ、おっぱいの中に閉じ込める。
全てが琴葉の中にいて、トクン、トクンという琴葉の音が聞こえてくる。
俺はバクバクと鳴っているのに、琴葉は平常心だ。
これが琴葉の音。しかし俺には、どれだけ聞こうとも曲なんて浮んでこない。
これが天才と凡人の差なのだろうか。
「ほらなお兄。大きく息を吸って♡ たくさん吸わないと窒息しちゃうよ♡」
ああ、琴葉の声が聞こえてくる。確かにそうだ。こんなおっきなおっぱいに顔を埋めていたら、息ができなくなって死んでしまう。
だから俺は必死になって息を吸う。
琴葉の体に抱きつきながら、グリグリとおっぱいに顔をこすりつけ、荒い呼吸を繰り返す。
そうすれば鼻腔が焼き切れそうな程に甘い匂いを吸い込むことになった。
これはシャンプーや香水の匂いではない。琴葉自身が放つ男をを狂わす甘い香りで、俺の理性を溶かすフェロモンだ。
息を吸うために口や鼻を動かせば、きめ細かくて柔らかな肌に当たる。
とても熱くて、とても柔い。俺の頬は左右からHカップの質量に押しつぶされて、どれだけ息を吸っても足りなかった。
「偉いねなお兄。頑張ったね♡ 頑張ったから、ここにいるんだよ♡ もう頑張らなくて良い。ずーっとおっぱいで暮らそうね♡」
琴葉の誘惑が聞こえてくる。ぐにゃ♡ぐにゃ♡と柔らかなおっぱいが俺を包もうと蠢いて、俺の脳は琴葉のフェロモンで犯される。
俺の頑張るという思いを、琴葉は全て上書きするようであった。
「おちんぽ、またおっきくなってる♡ でもこれは寝る前だね♡ ベッドの上で、私にぎゅっー♡て抱きついて、たくさん腰を振ろう♡」
そう言って琴葉は、服越しにちんぽに体重をかけてくる。
ズボンに阻まれてもどかしいが、琴葉のおまんこの形がハッキリとわかった。
「おっぱいに包まれながら沢山パンパン♡ってして、気持ちよくなったらビュルビュル~♡ ね、気持ちいね♡ ここが良いよね♡」
「ん……ここが、良い♡」
「はーい♡ よく言えました♡ えらいえらい」
そう言って琴葉は、赤ん坊をあやすように頭を撫でて、ゆさゆさと胸を揺らす。
ああ、駄目だ。俺の中にあった理性とかそういうものが、全部この母性と快楽でぐちゃぐちゃに溶かされる。
「もう――どこにも行かせない♡」
その言葉が、この温かくて柔らかくて甘い天国のようなぬるま湯に縛り付ける。
これは上がらないといけないぬるま湯なのだ。抜け出して、俺は社会に戻らないといけない。
止めてくれと俺は悲鳴を上げて、もがき続ける。
ただ俺の無駄な足掻きは、おっぱいに阻まれるだけだった。
俺の力は抜けていく。このままじゃ駄目だという思考だけはあるのに、力が入らない。
琴葉の作った箱庭に閉じ込められて、もう逃げられる気がしなかった。