次回の投稿は少し間が空いてしまうと思いますが、ご容赦ください。
普段はゲームシナリオライター目指して、同人ゲームのシナリオを書かせて頂いています。この作品は、練習と気分転換を込めた私的作品となっておりますので、宜しくお願いします。
霧崎蓮(キリサキレン)
姫野恵(ヒメノメグミ)
初音美咲(ハツネミサキ)
美咲が去った後の部屋は、静寂に包まれていた。
音のない世界に一人取り残される。
机の上の飲みかけの紅茶が、既に美咲がいないことを告げていた。
溶けきれない量の砂糖が行き場を失って沈殿している。
美咲は甘い物が大好きだった。あんぱんや駄菓子を今でも美味しそうに食べている。
しかし、クラスでは一目を気にしているのか、ストレートティーやサンドイッチをつまんでいた。
そう、彼女は皆が羨む高嶺に咲き誇る花――初音美咲なのだ。
あんぱんやお菓子を笑顔で頬張る初音美咲は、私だけが知っている彼女の一面。
「美咲……」
一連の流れと事情は聞かせて貰ったので、美咲を責めることは出来ない。
私に言わずに抱え込んでいたことは見過ごせないが、言えない雰囲気を作ってしまった私にも非がある。
しかし、霧崎蓮。
あいつだけは認めない。
美咲は貸しを作ってしまったような言い回しをしていたが、私は霧崎蓮に微塵も恩を感じていない。
それどころか、煮えたぎるような憎悪すら感じていた。
あいつの原動力は『善意』ではなく『好意』だ。ただ下心を忍ばせながら、善意を売りつけているに過ぎない。
二人の偽物の関係がクラスで肯定されている光景を見ていると、私だけが世界から追い出されたような錯覚すら覚える。
初音美咲は鈍感ではない。むしろ感情の機微に鋭く、人の顔色ばかり伺うような子だった。
だから、美咲は霧崎の思惑も察しているはず……。
それでも偽りの関係を止めない二人を見ていると、心が壊れてしまいそうだった。行き場のない苛立ちが私の心を乱反射する。
私の家に来てくれた美咲は、今日も変わらず愛してくれた。
美咲と想い合っているはずなのに。
心を体も繋がっているのに、空いた穴を埋める物が見つからなかった。
…………。
……。
*
その夜は、お風呂に入った後、そのままベッドに転がり込んだ。
今日はいろんなことがあった。
霧崎君の彼女として振る舞い、放課後は恵と……。
恵がくれた感触がまだ残っている。思い出しただけで、疼いてしまいそうなくらい。
しかし、それに反して私の心は冷えきっていた。
心さえ繋がっていれば、私はそれで満たされていた……。
――っ!
「ん?」
携帯が軽快な音をたてて鳴り響く。この音は――LINESの通知。
『美咲っ!』
という緑色のポップアップが映し出され、恵の朗らかな声が脳内を反芻した。
「……はぁ」
私はSNSが嫌いだ。
意識せずとも常に監視し合っている関係をお互いが強要しているようで。
文字で伝わる情報など限りがあるし、内容のない会話に意味を見い出せなかった。
恵と付き合い始めた頃はメールの一件一件を開けるのが楽しくて仕方なかった。
けど、もうそんな時期ではない。
散々縛ってはまた解いて。そんな何処にでもある連鎖の上に今の私達が成り立っている。
だから恵は隣に居て当たり前――そんな傲慢な悦に浸ってしまっていた。
今日は特に、生産性のないLINESに耽る気分ではなかった。
そのまま閉じるを選択し、再びベッドに寝転ぶ。
――今日は早く寝ちゃったことにしよう。
このまま眠りに落ちてしまえば、嘘はついていないことになる。
「恵……」
彼女に対して負い目や罪悪感を抱きかけてる自分が許せない。
私は疚しいことは一切していないし、心は恵の物だと思っている。
そんな自問自答を遮るように、それは訪れた。
――!
またLINESの着信音。
いつまでも既読にならないからって、恵がしびれを切らしているのだろうか。
内容だけ確認するために携帯を手に取ると、私の心臓は音を立てて跳ね上がった。
『美咲さん。今日は軽率なことをしてすみません。でも、これで噂は消えると思います』
霧崎君……。
クラスメイトになった時に、連絡先だけ交換していた記憶が思い起こされた。
確か最初のオリエンテーションの時だった気がする。
「ふふっ」
霧崎君が他人行儀なメールを打っている姿を想像して、つい微笑んでしまう。
私に好意を抱いていること
――私はすぐに『ありがと』と返信して、携帯をそっとベッドの横に置いた。
…………。
……。
*
今日もクラスは、僕と美咲さんが恋仲だと言う話題で持ちきりだった。
予想以上に反響が大きいようで、廊下を歩くとひそひそと話し声が聞こえて来る。
僕が美咲さんの彼氏(役)だということがそんなに信じられない事件なのか……。
不釣り合いなのは自覚している。いや、この関係は偽物なのだから事実不釣り合いだ。
「おはよ、蓮君」
「おはよ、美咲」
恋人のように、お互い挨拶を交わし微笑み合う。
皆が見ている前では美咲さんは僕の『彼女』でいてくれる。
世間が羨むような理想のカップル像だった。
それだけでいい――わけがない。
僕は美咲さんが欲しい。
「ねえ、美咲。ちょっといいか?」
「う、うん……」
「今日も熱いな!」
「おおっ!」
女子の黄色い喚き声と、海斗らの囃し立てが聞こえてくる。
その中に一際強い殺意が一つ。
姫野さんが僕を真っ直ぐ睨み据えていたので、すぐさま目線を外した。
美咲さんを階段の裏に連れ出して向かい合う。
「美咲さん」
「何かな?」
「この関係さ、いつまで続ける?」
これは僕の方から切り出さなくてはいけないことだった。
美咲さんは優しいから言い出せないでいるかもしれない――。
いや、違う。
僕が美咲さんの口から聞きたくなかったからだ。
『いつまで続けるの?』
という言葉を。
僕はそんな卑しい人間だった。
「噂も消えたし、私はもう大丈夫だよ」
胸に杭を打ち付けられたような感覚に陥る。
『貴方とこれ以上関係を持ちたくない』
そんな美咲さんの言葉の裏が聞こえて来る。
彼女と僕の間には何もない。僕が勝手に何かを求めているだけなんだ。
噂だってすっかり消えてなくなったし、美咲さんがこの関係を続けるメリットはない。
頭では分かっているが、飲み込みたくなかった。
「僕は……」
「霧崎君……?」
震える僕を気遣うように、美咲さんは僕の名前を呼んでくれる。
霧崎君……か。
『霧崎君』と『蓮君』
律儀に使い分けている彼女から、決して埋まらない『距離』を叩きつけられているようだった。
「次の日曜日。僕とデートして下さい」
「……へ!?」
「それを最後にこの関係を終わらせましょう。だから、最後くらい僕の『彼女』になってください」
我ながらずるいと思った。
こちらは噂を消したという恩を売った状況。そんな立場を良いことに、美咲さんに要求を突き付けているようで。
ただ、こうするしかない。
僕にとっては、正真正銘のこれはラストチャンスだった。
「分かったよ、霧崎君」
道理の通らない提案だったが、美咲さんはそれでも微笑み返してくれた。
「ありがとう。追って連絡するね」
「うん……」
彼女の気が変わらないうちにその場から立ち去る。
行き当たりばったりなようで計算尽くめな自分の行動に、嫌悪感を覚えた。
あと三日で僕達の関係は終わりを迎える。
これからまた始めるために。
日曜日が、最後だ……。
…………。
……。
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