『常識的な括り付け』に不満をぶつけた
少年少女の結末を是非ご覧下さい。
なんてことをしてしまったんだ。
人生の中で死にたいほど辛い時があるとするなら、それは今だろう。
僕は悲しみで息が詰まりそうだった。
いや、実際胸がズキズキと苦しい。
なぜなら、僕は美咲さんにフられてしまったからだ。
上手くいく勝算などまったくなかった。いや、寧ろなぜ勝てると思ったのか自分に小一時間問いただしたい。
先日の美咲さんが今でも鮮明に脳裏に映る。
『霧崎君なんて嫌い……。大嫌い』
僕が彼女を問い詰めた結果、そこまで言わせてしまったのだ。
実際美咲さんは僕のことを嫌ってはいない。
それは遊園地での態度を見れば、一目瞭然だった。
しかし、フられた。
美咲さんの言う通り、『好き』の反対は『嫌い』じゃなかったんだ。
「はは、はははっ」
唇からは、思わず失笑が溢れた。
美咲さんは今日も変わらない。クラスの女子と歓談騒ぎを楽しんでいる。
まるで、何もなかったかのように太陽が昇り、学校が始まった。
僕の中の大事件は、世間にも美咲さんにもとりとめのないことなのだろう。
一番会いたくて、二度と会いたくない彼女は僕のすぐ傍で微笑んでいた。
けれど、その微笑みが僕に向けられることは決してないのだ。
「今日学校休めばよかった……」
今でも胸が締めつけられるほど痛いのに、彼女を目で追ってしまう自分がいる。
幸い姫野さんはまだ学校に来てない。
もしあの子が来たら、もう美咲さんを見るのはやめよう。
僕は二人の愛には勝てなかった。
――引き下がるべきなんだ。
受け入れることは出来ないが、これ以上二人に関わってはいけない。
それがせめてもの誠実さだろう。
意識を研ぎ澄まして耳を澄ませば、女子達の会話が聞こえてきた。
何を話しているんだろうか……。
「ねえねえ、美咲っ! 私昨日遊園地に行ったんだよ」
「へ、へえ。そうなんだ……っ」
『遊園地』というワードに反応したのか、美咲さんの顔が若干歪んだ。
僕のことを思い出しているのだろうか。そんなことを考えながら、引き続き彼女らの雑談に耳を傾ける。
「もしかして、瑠花が行ったとこってマリキングダムっ?」
「そだよ〜! 美咲昨日マリンキングダムにいた? なんかさ、美咲っぽい人見かけたんだけど……」
「えっ、い、行ってないよっ!」
美咲さんは手を左右に動かしながら友達の目撃談を否定する。
マリンキングダムは最近出来たテーマパークのため、皆の注目が集まっているのだ。
そんな場所でデートしたこと――昨日の出来事が無かったことになってしまうのか……。
「ええっ? でも、霧崎っぽい男子と歩いてたんだよね……」
女子生徒は僕の方を向いてニヤリと笑い、美咲さんを問い詰める。
ゴシップニュースの盛り上がりに合わせて、女子グループの視線は一気に僕に集まった。
「えーっ! まじ!?」
「やっぱりお熱いねっ!」
美咲さんを囃し立てる黄色い声がクラス中に響き、クラス全体にざわめきが伝染し始めた。
「え、えっとそれは……」
美咲さんはどうしていいのか分からないのか、視線を右往左往させている。
僕も先週なら、「いやぁ、バレちゃったか……」とクラスの注目を集めていたところだが、状況は変わっている。
もう誰も美咲さんと姫野さんの噂を口に出す者はいない。
だから美咲さんと恋仲であることを言い触らす必要も無くなったのだ。
それに、美咲さんとは、もう……。
「霧崎絶対殺す」
「初音様! 無事ですか!?」
「爆発しろ!」
男子まで僕達の周りに集まってきて汚い野次を飛ばし始める。
もう逃げられない。
諦めかけて動き出そうとしていた時に、それはやってきた。
――姫野恵。
「美咲……。それは本当?」
クラスの人混みを掻き分けて、真っ直ぐ美咲さんに詰め寄る姫野さん。
そんな彼女の只ならぬ威圧感により、クラスメイトは僕ら三人を囲むようにして捌けていった。
鳥かごの中の小鳥のように、群衆の渦に閉じ込められる僕ら。
このままではまずい。
皆の面前で修羅場を始める気なのか。僕の目配せには姫野さんは反応しない。
というより、今の姫野さんは美咲さん以外が見えていないようだ。
このまま話を進めると、隠匿しなければならないはずの二人の関係性が明るみになってしまう。
それは僕にとって――。
「恵、それは――!」
「何もないって言ったじゃない……」
姫野さんの目には光が宿っていない。まるで『感情』を忘れたかのように、灰色の瞳で美咲さんを捉えていた。
「いや、僕達は何も――」
「貴方は黙ってて!」
姫野さんの突然の怒号で、僕を含めクラスが沈黙に包まれる。
このまま行けば美咲さんと姫野さんの秘密の牙城はじきに崩れるだろう。
分かってはいるが、無理矢理にでも止めない僕がいる。
『壊れてしまえばいいのに』
そんな傲慢なエゴが足枷となり、僕は喋ることを止めてしまった。
「霧崎は喋らないで。耳が腐ってしまうわ。美咲、私は信じてたのに……」
「恵っ! 本当に何もないの! だからもうやめて!」
「何もない? 二人きりで遊園地に行くことが――霧崎とデートすることが何もないの?」
姫野さんは笑いながら美咲さんにナイフを突き立てる。
切っ先は彼女の『心』にまで届く、鋭利な言葉の刃物。
姫野さんはデート相手が僕だからこそ我慢出来なかったのだろう。
剥き出しの好意を美咲さんに向け続けている僕だから。クラス内では美咲さんの恋人は僕だから。
僕らを囲う生徒達は姫野さんの言っている意味が分からないようで、ざわざわと騒いでいた。
当然だ。僕と美咲さんは恋仲。
姫野さんと美咲さんは親友。
これが周りの共通認識なのだから。
しかし、中には薄々勘づく者も出始めるかもしれない。元々二人には黒い噂が流れていたのだ。
その情報に今の会話を当てはめていけば、解けないパズルではないだろう。
「恵……。続きは後で」
「後で? 後に回しても貴女は『何もない』『大丈夫』の一点張り。私はそれを信じてたのに!」
姫野さんは今にも折れてしまいそうな華奢な手で、机を力強く叩く。
そんな衝撃音に一切たじろぐことなく、姫野さんを見据えている美咲さん。
「美咲は私の物なの……だって美咲のこ……」
「恵っ!」
美咲さんの制する声は、姫野さんには届いていない。
そして彼女はついに、感情の抜けた眼差しで美咲さんに向けて言い放つ。
決して人前では言ってはいけない言葉。本音。感情。
姫野さんはリミッターが外れてしまった機械のように、止まることはなかった。
「美咲の恋人は……私なのに!」
…………。
……。
時が止まったような静寂。
三秒、いや、五秒。
そんな静止した時間の中で、姫野さんは美咲さんを抱き締めていた。
二人の抱擁を少し離れた場所で見ていた僕は、どんな顔をしているのだろう。
嬉しくないが、悲しくはなかった。
そんな思考と葛藤の渦から僕を連れ出すように、響いたのは音と光。
――パシャッ。
クラスに響き渡るフラッシュ音。
その音を合図に、絶え間ないフラッシュが拍手のように降り注ぐ。
今までの沈黙の反動なのか、二人の姿に観客は擾乱していた。
姫野さんは鳴り止まぬシャッター音が耳に入らないのか、美咲さんの胸で嗚咽を漏らしている。
そんな彼女を見下ろす美咲さんの表情は、僕には読み取れなかった。
怒りも悲しみも笑顔も――今の美咲さんの表情に似つかわしい言葉ではない。
ただ分かることは、全てが終わったということだ。
僕が嘘をついてまで守り通した物。
美咲さんが浮気をしてまで隠し通した物。
姫野さんが我慢してまで、守り通した物。
そんな『真実』が壊れていく音が聞こえた。
「ねえ、恵」
「……ん?」
「どいて」
「え?」
「どいて。皆見てるでしょ?」
「――っ!」
美咲さんが温和な声で姫野さんを諭す。
しかし、そこに優しさが込められているとは思えなかった。そう思える程、美咲さんの顔は冷たく凍っていた。
焦りとも、苛立ちとも、冷静とも違う表情。
姫野さんはようやく理性を取り戻したのか、急いで彼女から離れた。
けれど、もう遅い。依然クラスはざわめいている。
品行方正な初音美咲が姫野さんと――それだけで学校中に広まるようなスキャンダルだろう。
「ねえ、恵。ルール1。覚えてる?」
美咲さんは取り繕うのを諦めたのか、饒舌に喋り出した。
姫野さんはそんな彼女を見て恐怖で顔を歪ませている。自分のしてしまったことを後悔しているのか、目に涙を浮かべて震えていた。
「覚えてるわ……」
「じゃあ、これは何かな?」
薄ら笑いで群衆に向かって手を広げ、姫野さんを追い詰める美咲さん。
クラスの皆は、そんな彼女の演説に耳を傾けている。彼らからは『畏怖』と『敬遠』の感情が垣間見ることが出来た。
”あの”美咲さんがこんなことになっているんだ。無理もないだろう。
当の僕は彼女らの間を割ることすら出来ずに、目の前で立ち尽くしていた。
「だ、だって――!」
「私が悪いんだよね。ごめんね」
「うぐっ。でも……」
「ねえ、私。もう一つ恵に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「……」
「私、霧崎君のことも好きになっちゃった……」
「え……」
「み、美咲さん……?」
彼女は頬を赤らめて僕に視線を移す。
突然の告白にたじろいでしまうが、それよりも彼女の言い回しに疑問を覚えた。
霧崎君のこと『も』……?
「恵のことは愛しているわ。だって、私を愛してくれるから。けど、霧崎君も私を愛してくれているの。そんな彼に惹かれちゃったっ」
「美咲……?」
美咲さんはにっこり微笑みながら甘言を紡ぎ出す。
もう今更クラスの目線など気にしていないのだろう。
皆が憧れる『初音美咲』の偶像が、音を立てて崩れ去っていく。
「美咲さん……」
「私は恵と一生を添い遂げたい。だから霧崎君の告白を断り続けてきた。彼と向き合うことを拒否してきた。でもね、やっぱり足りないの……」
「足りない?」
姫野さんは怯えていた。変わってしまった――いや、全てをさらけ出した美咲さんを前にして。
「私ね、二人とも知ってると思うけど子どもが大好きなんだ」
「それって……」
「霧崎君と結婚すれば、子どもが作れる。お父さんが出来る。その子どもを恵と育てればいんだよっ」
「――嫌。嫌っっ!」
美咲さんは無邪気に笑いながら、泣き喚く姫野さんの手を取って握り締める。
拒絶する彼女を抑え付けるように。力強く。力強く。
「霧崎君は……私と結婚してくれる?」
「……」
元々僕にはチャンスなんて無かった。平穏な日々はもう二度と戻って来ないかもしれない。
学校のマドンナだった彼女は『被愛』の重圧で堕ちてしまった。
けれど、僕はそんな彼女ですら愛おしい。
このまま別れるくらいなら……。
このまま手放すくらいなら……。
「うん。僕は美咲さんについていくよ」
例えこの先が茨の道だったとしても、断崖絶壁が待っていようとも。
彼女を見放す理由にはならなかった。
「馬鹿にしないでよ……」
「え?」
姫野さんは苛立ちを込めた声を漏らしながら、僕を睨みつける。
涙を浮かべたその目には、『憤り』と『憎しみ』が宿っているようだった。
この感情は、美咲さんを奪った僕に向けているのか。僕を迎え入れた彼女に向けたものなのか。
「私だって。私が美咲を幸せにするわ……」
「ありがと……二人とも」
美咲さんの柔和な笑顔は、まるで悪魔の高笑いのようだった。
――ケシゴムで消したって、真っ白になるはずがない。消した後はいつまでも醜く残ってしまう。
嘘で固めた僕らは、何度も消しては書いて消しては書いて。
僕らが彼女を愛している限り、彼女が僕らに愛されている限り、世間は認めはしないだろう。
それどころか、誰も僕達を容認しない。僕達でさえ互いを受容出来ないのだから。
僕は他人の果実を齧ろうとした。
姫野恵は同性愛者。
初音美咲は被愛主義者。
最初からそうだったんだ。こんな『反倫理』の集まりが、正しい答えを導き出せるわけないじゃないか。
美咲さんと姫野さんは『常識』という箱庭から追放された存在。
僕と美咲さんは『貞操観念』という鎖を断ち切ろうとした存在。
そんな三人が行き着く結末としては妥当であり、上等であり、至高だった。
視界に映るのは美咲さんの満面の笑み。
もうそれだけで、十分だった。
…………。
……。
必ず少女ケシゴムは加筆修正版をあげます。恵などにもう少し触れられたら
いいなって思ってます。過去編も考えてあるので、リマスター時に織り交ぜます。
もしよければ少女ケシゴム全体を通しての感想を貰えたら幸いです。
ハーメルンに書いても、Twitterで声掛けて下さっても喜びます。
宜しくお願いします。
次回予告
EGOIST様の楽曲である「名前の無い怪物」を原作にした短編小説を
このサイトに投稿する予定です。
Twitterで後程報告します。
今まで本当にありがとうございました。
皆様のおかげで無事に連載を終了することが出来ました。
またお会いしましょう。