TS転生橘ありす 作:湯けむり桶
「…………」
本物の鷺沢文香を前にして、私の身体は完全にフリーズした。
指先ひとつ動かせない。声の出し方すら忘れてしまった。
だって、今、私の網膜に映っているのは、あの美麗なSSRイラストがそのまま3D、いや、現実の肉体を持って存在している姿なのだ。吸い込まれそうな瞳、繊細な指先、かすかに漂う古い紙とインクのような落ち着く香り……。
あまりの尊さに脳のキャパシティが限界を迎え、私がただの石像と化していると、文香さんは少し困惑したように首を傾げた。
「……あの……どうかされましたか……?」
(……っ!!!)
鼓膜を震わせる、あの優しくて、少し控えめな、至高のウィスパーボイス。
その声の振動がトリガーとなり、私の意識は急激に現実へと引き戻された。
「は、はいっ! いえ、なんでもありません! 申し訳ありません、急に立ち止まってしまって!」
慌ててペコペコと頭を下げる。危ない、不審者として通報される一歩手前だった。私は橘ありす、12歳。落ち着くのよ、私。
深呼吸をひとつ挟み、できるだけ背筋を伸ばして、あらかじめ用意していた「アイドルの橘ありす」としての挨拶を口にした。
「今日からこちらの事務所でお世話になることになりました、橘ありすです。12歳です。……その、よろしくお願いします」
私の自己紹介を聞くと、文香さんの表情がふんわりと和らいだ。本をそっと膝の上に閉じ、私を優しく見つめる。
「そうですか……新しく入られた方なのですね。私は鷺沢文香と申します……。これから、慣れない環境で大変なことも多いでしょうが……私で良ければ、わからないことなど、気軽に聞いてくださいね」
(ふぉおおおおおおお!! 本物の文香さんマジ優しい! 聖母! 女神! 好き!!!)
脳内で限界オタクが大暴れして大ローリングを決めている。前世で何万、何十万と貢いだ甲斐があったというものだ。いや、今の私は貢ぐ側ではなく、同じ事務所の仲間なのだが。
しかし、このチャンスを逃す手はない。
私は溢れんばかりのパッションを、橘ありすの「熱心で真面目な後輩」というオブラートに包み込んで、勢いよく文香さんに話しかけた。
「ありがとうございます、文香さん! あの、早速なのですが……! 文香さんはいつもどんな本を読まれているんですか? 事務所でのレッスンの合間とか、どうやって過ごされているのか、その、すごく気になります……!」
「ええと……そう、ですね。私は主に、古い文学や、少し難しい歴史書などを好んで読んでいますが……。レッスンの合間は、こうして静かな場所を探して、読書に没頭していることが多いでしょうか……」
急な質問攻めに少し驚きつつも、文香さんは一つひとつ、丁寧に、そして嬉しそうに答えてくれた。
本の話になると少しだけ口数が多くなる、その仕草すらも愛おしい。
私は文香さんの言葉を1文字たりとも聞き漏らさないよう、目を輝かせながら、そして内心でガッツポーズを連発しながら、夢のような時間を過ごすのだった。
気がつけば、私は自室のベッドの上にいた。
事務所を出てからの記憶がひどく曖昧だ。どうやら無意識のうちに帰宅し、両親に「アイドル事務所と契約してきた」と事後報告を済ませ、出された晩ご飯を食べ、お風呂に入って……そして今、パジャマ姿でベッドに転がっている。
それもこれも、すべてはあの人のせいだ。
(……鷺沢文香さん……)
思い出すだけで、胸の奥がキリキリと締め付けられるように熱くなる。
画面越しに見ていたあの美貌、静かで、どこか儚げな佇まい。私を気遣ってくれた時の、あの耳に心地よい優しくて甘い声。
そして、至近距離で会話した時に鼻腔をくすぐった、古い紙の香りと、彼女自身のものとおぼしき、女の子らしい清潔で、ひどく理性を狂わせる良い匂い──。
(本物の文香さん、本当に綺麗だった……。これから毎日、あの人と同じ事務所で、同じアイドルとして過ごしていくんだ……)
前世ではただの「担当アイドル」と「プロデューサー」だった。交わることなんて絶対にない、まさに次元の違う存在だった。
なのに今は、手を伸ばせば触れられる距離にいる。これからいくらでも、関係性を深めていくことができるのだ。
そんな甘美な期待に胸を膨らませ、ぼーっと天井を見上げていた時のことだ。
パジャマのズボンの中に、妙な圧迫感と熱を覚えた。
「……あれ?」
ふと視線を下に向ける。
薄い布地を押し上げるようにして、そこには12歳の女の子の身体にはおよそ不釣り合いな、しかし天を突かんばかりに凶悪に怒張した「男性の証」が、自己主張の塊となってそそり立っていた。
じっとそれを見つめるうちに、頭の中にドス黒い、それでいて劇薬のような思考が閃いた。
(待って……今の私は橘ありすで、可愛い女の子。だけど、私には『これ』がついている。そして文香さんは女の子……)
ドクン、と心臓がひときわ大きく脈打った。
全身の血液が、一箇所に猛烈な勢いで集まっていくのがわかる。
前世の男としての記憶、そして今の橘ありすとしての肉体が、最悪の形で化学反応を起こしてしまった。
(つまり……これがあるっていうことは……私……文香さんと……セ、セックス……出来る……っ!?)
その禁断の可能性に思い至った瞬間、脳内の理性のリミッターが完全に消し飛んだ。
最推しの聖母、あの鷺沢文香を、この橘ありすの身体の男の部分で──そんな不敬極まりない、しかし男として、オスとしてこれ以上ないほどに背徳的で魅力的な妄想が頭を駆け巡る。
「あ──」
妄想の爆発力に、12歳の身体は耐えきれなかった。
まだ何も触れていない、ただ考えただけだというのに、極限まで高まっていた熱量が、臨界点を突破して一気に決壊した。
「っ!? ぅああっ……!? ふぁああっ……!?」
声にならない悲鳴が口から漏れる。
ドクドクと、激しく、容赦なく、私の内側から熱い塊が何度も何度も放出されていく。パジャマのズボンを、お気に入りのベッドシーツを、容赦なく白くドロドロとした液体が汚していく。
生まれて初めて経験する、女の子の身体(一部男)での絶頂。
脳が真っ白に染まるような激しい快感に身を震わせながら、私は溢れ出るものをただ受け止めるしかなかった。
ハァ、ハァ、と荒い呼吸を繰り返しながら、汚れきった下半身を見つめる。
普通なら絶望するか、自己嫌悪に陥るような状況だ。
しかし、私の胸の中にあったのは、不思議なほどの全能感と、暗く濁った、けれど強烈な「野心」だった。
(そうだ……私には、この身体がある。そして、どんな異常事態も『常識』に変えてしまうチート能力がある……)
もし、この能力をうまく使えば。
事務所のアイドルたちと、私の大好きな彼女たちと、あんなことやこんなことをしても、すべて「そういうもの」として受け入れられてしまうのではないか。
手始めに、あの優しくて美しい文香さんを──。
「ふふ、ふふふ……っ」
シーツを汚したまま、私は暗闇の中で妖しく微笑んだ。
これから始まるアイドル生活。それは単なるトップアイドルへの道ではない。私のチート能力とこの特異な身体をフルに活かした、ドロドロとした欲望と期待に満ち溢れた、秘密のハーレムロードの幕開けだった。