TS転生橘ありす 作:湯けむり桶
私はスタジオを出て、事務所の廊下にある自動販売機の前でスポーツドリンクを喉に流し込んでいた。
「ふぅ……」
冷たい液体が、火照った身体に染み渡っていく。
「橘ありす」としての本格的なレッスンが始まって数日。前世のオタク知識があったとはいえ、実際に身体を動かすボーカルレッスンは想像以上にハードだ。腹式呼吸の維持や細かい音程のコントロールなど、課題は山積み。
(でも……結構、面白いかも)
少しずつだけど、自分の声が思い通りに響くようになっていく感覚がある。アイドルとしてステップアップしていく手応えが、素直に心地よかった。
「よし、ちょっと休憩したら、今日はもう帰りましょう」
ペットボトルのキャップをキュッと締め、カバンを肩にかけて歩き出す。
ロビーの近くを通りかかった時、ふと、窓際にあるいつものソファーに目が留まった。
(あ……文香さん……!)
そこには、スタッフとの打ち合わせを終えたのか、いつものように静かに文庫本を開いている鷺沢文香さんの姿があった。
窓からの柔らかな夕日が彼女の横顔を照らし、まるで一幅の絵画のような美しさを醸し出している。
気がつけば、私の足はまたしても彼女の方へとふらふらと向いていた。
前世の担当アイドルであり、今世の最推し。一度自室であんなドロドロな妄想をしてしまった後ろめたさはあるものの、惹きつけられる引力には抗えない。
ソファーの前に立ち、私は少し緊張しながら、恐る恐る声をかけた。
「あの……文香さん。お疲れ様です。……隣、座っても良いですか?」
文香さんはパチリと瞬きをして本から視線を上げると、私を見てふんわりと微笑んだ。
「ありすちゃん……。ええ、構いませんよ、どうぞ……。レッスン、お疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます!」
内心で小さくガッツポーズをしながら、うきうきとした気分で隣のスペースに腰を下ろす。
すとん、と座ると、ほんの数十センチの距離から、またあの古い紙の香りと、文香さんの甘く清楚な匂いが優しく漂ってきた。先日のレッスン終わりの濃密なフェロモンとは違う、脳の奥をじんわりと溶かすような、至高の癒やしの香りだ。
文香さんは私が隣に座ったのを確認すると、また静かに視線を本へと戻し、ページをめくり始めた。
私はスポーツドリンクのボトルを抱えたまま、横で静かに読書をする文香さんの姿をじっと見つめる。
長い睫毛の動き、ページをめくる繊細な指先、時折、物語に思いを馳せるように小さく動く唇──。
(はぁ……本物の文香さん、本当に綺麗……)
ただ隣にいて、その姿を眺めているだけで、レッスンで疲れた身体も、心の奥の邪念すらも、すべてが美しく浄化されていくような気がした。私は時間を忘れて、そのあまりにも贅沢で、うっとりとするような幸福な時間に、深く深く浸り続けるのだった。
(はぁ……横顔だけで、もう何杯でもいけますね、これ……)
ソファーの隣で本を読む文香さんを盗み見ながら、私の脳内は完全に限界オタクのそれへと逆戻りしていた。
画面の向こうでしか見られなかった彼女の完璧な姿が、今、目と鼻の先にある。
私は彼女に気づかれないよう、呼吸を合わせるようにして、お尻をじわり、じわりとミリ単位で滑らせ、知らないうちに少しずつ距離を詰めていた。
(すうぅぅ……っ)
深く、静かに肺いっぱいに空気を吸い込む。
先日のレッスンルーム前で嗅いだ、お姉さんたちのあの生命力溢れる濃厚な汗の匂いとは違う。文香さんの持つ、古書のインクの香りと混ざり合った、繊細かつどこまでも清らかな匂いが、私の脳の芯を甘く痺れさせていく。
(……♡)
うっとりと目を細め、その至高のフェロモンを堪能していた、その時。
カサッ、と文香さんがページをめくった拍子に、私の右腕が、文香さんのしなやかな身体の側面に、すとんと触れた。
(はっ……!?)
我に返って驚愕する。
じわりじわりと近づきすぎたせいで、いつの間にか二人の間の隙間は完全にゼロになっていたのだ。
心臓がバクバクと激しく鐘を鳴らす。
慌てて離れようとしたが、文香さんは物語に没頭しているのか、軽く触れただけの腕には特に気にする様子もなく、静かに視線を活字に走らせている。
(……ふぅ。文香さんは、気づいていないみたいですね……)
信じられないほどの近距離に焦りつつも、私はなんとか安堵の息を漏らした。
冷や汗がすっと引いていく。しかし、それと同時に、一度触れてしまったその肌の柔らかさと温もりが、私の内なる「オス」のスイッチを容赦なく押し込んでしまった。
(待って……少しくらいなら……別に、良いですよね? 今の私は『橘ありす』なんだし。女の子同士のスキンシップ……そう、ただのスキンシップです……)
自分で自分に都合のいい言い訳をしながら、私は触れ合っている右腕に、じわりと力を込めた。
離れるどころか、その細く柔らかい文香さんの身体に向けて、自分の腕をぐいぐいと押し当てていく。
「……っ」
布地越しに伝わってくる、文香さんのリアルな肉体の質感。女の子としての華奢な骨格と、その奥にある確かな柔らかさ。
ゲームのイラストを眺めているだけでは絶対に得られなかった「鷺沢文香をこの手で触っている」という凶悪な現実が、私の理性をじりじりと焼き焦がしていく。
ハァ、ハァ、と、自然と呼吸が熱く、荒くなっていく。
文香さんの体温を、もっと、もっと肌に刻み込みたい。
欲望の加速に比例して、押し当てる私の腕の力は次第に強くなっていき、12歳の橘ありすの小さな身体は、熱い肉食の獣のような気配を孕みながら、最推しの担当アイドルへとさらに深くのしかかっていった。
「ふーっ♡ ふぅーっ♡」
私は完全に正気を失いかけていた。文香さんの美しい横顔を見つめながら、その首筋から漂う繊細で清らかな匂いを一滴たりとも逃すまいと、荒い息で深く、深く空気を吸い込み続ける。押し当てた腕からは、彼女の柔らかい体温がドクドクと伝わってきて、頭の芯がとろけそうだった。
「……あの、ありすちゃん? どこか、お体の調子でも悪いのですか……?」
不意に、文香さんが本を閉じ、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。
その瞳には、至近距離で荒い息を繰り返す後輩への、純粋な心配の色が浮かんでいる。
(やばっ!? やりすぎたっ、完全に不審者だった……!?)
我に返った瞬間、背中から滝のような冷や汗が噴き出した。
「お顔が、すごく赤いです……。やはりどこか悪いのでは……? まだレッスンにも慣れていないでしょうし、無理をしてしまったのですね……」
「は、はいっ! いえ、その……! ちょ、ちょっと熱っぽいというか、仮眠室で少し休めば、すぐに大丈夫になりますから……っ!」
心臓をバクバクさせながら、私は必死の形相で言い訳を取り繕った。すると文香さんは、優しく目を細めてソファーから立ち上がった。
「では、私が付いていきますので……仮眠室で少し休みましょう。歩けますか……?」
そう言って、文香さんは私の小さな手を、そっと包み込むように握ってくれた。
(ふぉおおお……っ! 手、手が触れてる、文香さんの手が……っ!!)
限界オタクの魂が天にも昇る心地のまま、私は「おっ、お願いしましゅ……っ」と声を盛大に上ずらせながら、その柔らかくて、少しひんやりとした至高の手の感触を全身の細胞で味わいつつ、手を引かれて仮眠室へと向かった。
「ここです……」
文香さんが仮眠室のドアを静かに開ける。中にはいくつかのベッドが並び、薄暗く静まり返っていた。
「この時間帯なら、他に使用する方はいないので……落ち着いて休めますよ」
(ああ、文香さんは本当に優しいなぁ……。前世で天井叩いてでもお迎えして本当に良かった……)
そんな風に、じんと胸を熱くしていた、その時だった。
私の脳内に、男としての最悪で最高な思考の火花がパチパチと飛び散った。
(待って。仮眠室……。この時間帯は、使用者が、誰もいない……?)
気づいてしまった。気づいてしまった瞬間、心臓の鼓動がドキン、ドキンと、防音の室内で響き渡るほどに速度を上げていく。ズボンの下では、さっきまで大人しくしていた「男性の証」が、弾かれたように熱く、硬く怒張し始めていた。
(これって……チャンスなのでは……? いっ、今まさに、二度とない千載一遇のチャンス……っ!?)
ゴクリ、と唾を飲み込む。
薄暗い密室。二人きり。私の身体には、女の子を喜ばせるためのモノがついている。そして、私にはあの『世界を書き換える能力』がある──。
「……どうしました? 大丈夫ですよ。今なら、使っても……」
躊躇して立ち尽くす私に、文香さんが振り返り、どこまでも無防備で優しい微笑みを向けてくれた。
その言葉が、最後のトリガーだった。
「……大丈夫……? ……今なら……使っても……いい、ですよね……? 文香さん……♡」
私はうつむき、熱い吐息を漏らしながら、脳内のチートスキルを全力で『アクティブ発動』させた。
【常識改変・概念上書き(アクティブ)】
対象:鷺沢文香。
改変内容:『芸能事務所において、先輩アイドルが後輩アイドルを一人前に指導・ケアするためには、お互いの身体を重ね合わせ、性的な行為を行うことがごく一般的なレッスンであり、当然の義務である』
ジワリ、と仮眠室の空気が歪み、文香さんの脳内の「常識」が、私の都合の良いドロドロとした欲望の形へと急速に書き換えられていく。
「……ええ。そう、ですね……」
文香さんの瞳の奥から、ほんの少しだけ焦点が消え、すぐにとろりとした、艶やかな熱を帯びた光へと変わった。彼女は自分のブラウスのボタンに細い指先をかけ、信じられないほど色っぽい仕草で、それを一つずつ外し始める。
「ありすちゃんを……一人前のアイドルにするための、指導……。ええ、当然のこと、ですから……。さあ、こちらへ……」
「はい……っ、文香さん……♡」
常識を書き換えられた聖母が、自ら衣類を脱ぎ去り、ベッドへと横たわる。
私はカバンを床に放り投げ、ショートパンツを押し上げる自身の凶暴な質量を解放しながら、愛しい、大好きな担当アイドルの身体へと、ゆっくりと覆いかぶさっていった。