酔ったアラシェリーケの隣にスルマリケが居住まいをただして座っていた。
事件の後片付け中、急遽呼ばれたのだ。
目の前にはアラシェリーケから手渡されたグラスがあり、蒸留酒が注がれていた。
「どうした飲まんのか。」
「はい、いただきます。」
意を決し、グラスをつかむ。が、その手にアラシェリーケがゆるやかに手を添えた。
「飲む前に。」
アラシェリーケが顔を近づけてくる。
酔って顔を赤らめたアラシェリーケは目をつぶっている。
スルマリケは、座っているため身の引きようもない。
よもや、よもや
アラシェリーケの体温が感じられそうなところで接近は止まった。
「どうした。」アラシェリーケが目を開けた。
「は、いえ!お、お顔が近いと、お、思いまして。」
「声を大にできぬ話じゃ。」
アラシェリーケはにやりと口角を上げた。
-かつがれたか-
ほっとするやら落胆するやら。
その耳に吐息がかかる。
「お前が夕方、私に耳打ちしたマガッヒの眷属だが。さきほど私の前に現れた二人の娘のどちらか、だな。おそらく間違いない。」
ハッとする。おそるおそる蒸留酒を一口飲む。
「どのような二人でしたか。」
「お前の報告の通りだ。お前の報告は正確で助かる。」
スルマリケは耳にフッ!と息をかけられた。
アラシェリーケは顔を離して元の位置に戻り、蒸留酒を一口舐めるように飲む。
「お前が言うとおりなら、マガッヒは18年前にエジーニャと言う女に子を授けたことになる。そしてその娘、エジーニャと言う者がマチハバの女であれば、ベイリーと名乗る者がその娘であろう。そして奴はダスランが殺した教師の事を「先生」と。」
スルマリケは蒸留酒をもう一口飲む。
「それでだいぶ対象を搾ることができます。」
「しかしベイリーとアゼミは偽名であろう。よもや侵入しておいて本名を名乗ろうはずもない。もっともそんな当たり前のことでかけたハッタリに驚くような小娘二人だ。そのあとも家族の安否をにおわせたら飛んで帰っていきおった。ははは」
アラシェリーケは笑った。
「アハハハハハハ!!」背を反らして大笑いした。
スルマリケは摂政のそんな大笑いを初めて見る。
唐突に笑いをやめ、スルマリケに顔を向ける。
「どうした。お前は面白くないのか。」
スルマリケはなんと応じたものか。しばし悩み、素直なところを答えた。
「面白くありませぬ。」
「そうか。」アラシェリーケは残念そうにうつむく。
「いえ、私が面白くないのは、摂政どののお命が危なかったこと。そしてそれを許してしまった警備の手落ち。それが面白いはずもありませぬ。」
「まじめな男だ。」
「・・・」
「・・・帰れ。」
「・・・はい。」
スルマリケは一礼し、退室していった。
アラシェリーケはその背中をしばし眺め、ふふん、と鼻を鳴らし、蒸留酒を飲み干した。
翌日、アズパッド屋敷の侍女寝室。
早朝の屋敷に悲鳴が上がる。
付き人と鷲の間に急いでいたアラシェリーケの耳にもその悲鳴は聞こえた。
付き人が止めるのも聞かず、アラシェリーケは悲鳴のもとに駆けつける。護衛がつきそう。
部屋の前でへたりこむ下男が扉の空いた部屋の中を指さし、「ひ、人殺しだ!」と何度も何度も叫んでいた。
護衛が突入する。安全を確認したアラシェリーケもまた入室する。
アズパッド屋敷の侍女寝室には背中と股間が血で真っ赤に染まった侍女がベッドに尻を掲げて突っ伏していた。女の肛門に陰茎を挿入している返り血で真っ赤なダスランもまた、そこにいた。
「おはようございます。アラシェリーケ摂政殿下」
アラシェリーケはダスランをねめつけ挨拶を返す。
「良い朝だなダスラン。目覚めはいかにあったか。」
「おかげさまで、昨晩は寝付けませんでした。なにせこの肛門、いや女。肛門を使わせないもので。」
そういうとダスランがまた腰を一突きした。
女はまだ生きていた。あうーと唸り、手をなにやら動かしている。
「たすけて」とかすかにきこえた。彼女はごぽっと血を吐いて動かなくなった。
「あとは任せた。ダスラン、のちほどまた会おう。」
アラシェリーケは護衛に後を任せて踵を返す。二人の護衛がアラシェリーケについていった。
次々に消えていく信頼する部下たち。次から次に狂っていく国政計画。
暴かれる大臣たちの悪事。それをもみ消していたとしてアラシェリーケは国民には悪女として憎まれている。そして今度は最も力を入れていた農政の敏腕が消える。
もう、かばいだてはできない。
アラシェリーケは、鷲の間の扉の前でふと立ち止まる。
しずかにひざまづき、嘔吐した。
「あの女にしてやられた。」
「危ないところだったよね!罠にハマりかけたんだよ。」
「いいや、もともと罠なんてなかった。単に警備が緩かっただけだ。」
「え、そうなの。」
アーチェラとアゼミが次の作戦を練っている。
が、そこにエジーニャが乱入してくる。
「二人とも、今度は何をしてきたの!何やってんだか知らないけど危ないことしないの!」
「ママ!なんかね。アゼミと一緒にあそこ行ってきたよ!」
「どこ!」怒気をはらんだエジーニャが問いただす。
アゼミが要領を得ないため、やむなくアゼミが答える。
壁に寄りかかり、腕組みをし、非常に答えたくなさそうな声で。
「王政庁、奥宮殿。アズパッド屋敷。摂政殿下階・・・」
エジーニャが泡を吹いて倒れた。
3分後
家を訪ねる者があった。
エジーニャが倒れているため、アーチェラが対応に出た。
アゼミがエジーニャを介抱している。エジーニャは口をパクパクさせ、なにか言おうとしているがアゼミは大体察していた。
「まことあいすみませぬ、エジーニャ殿。すまぬですむ話ではないが・・・」
意識がハッキリ戻ったエジーニャは「無茶しすぎです!」と小さな声をアゼミにかけた。
玄関からアーチェラの声が聞こえた。
「ママー!アゼミー!」
アゼミとエジーニャが耳を傾ける。
「王政庁からお客さんだってー!」
エジーニャは再び泡を吹いた。