「豪華な内装だね。」
「怖くはないのか。」「なにが?」
「我らは縛り首になるかもしれぬのだぞ。」
「なんで?」
アゼミがすう~っと息を吸い、まくし立てた。
「あの夜、警備の薄さに疑問も持たず愚かにもお前を連れて摂政の部屋に侵入したことは記憶に新しいはずだ。それが露見し、どういう目論見かわからぬまま、王政庁の要人にいざなわれてこの馬車に乗っているのだ。表向きこの御仁は紳士にみえるが、それが我らが吊るされぬという保証にはならん。我らは」
アゼミはここで息を吐ききり、再度吸い続けた。
「我らはその意図がなんであれ、不法に王政庁中枢に侵入し、摂政殿の寝室に現れたのだ。なんと申し開きをしようが、暗殺だと言われれば、それが通ってしまうのは子供でもわかる理屈であろう。それをなぜそのようにお前はいつも通りなのだ。」
「アゼちんだっていつも通りじゃん。」
アゼミは「ハッ」とした顔をして手を口に当てた。
スルマリケ「縛り首にはしない。君たちは重要参考人だ。それもただの重要参考人ではない。私、警視卿が自ら出迎える重要参考人だ。」
アーチェラ「どーもです。」
アゼミ「警視卿殿、お手数をおかけする。」
「聞きたいことは山ほどあるが・・・」
スルマリケは頭を抱えた。
-本当にただの小娘だった-
その事実がスルマリケの意識を穿った。
アラシェリーケの言葉を思い出す。
鷲の間に大臣らを集め、背を向けて話しはじめた。
「国王即位20周年記念式典。この式典こそはマチハバの玉たる催事なるべし。玉に瑕がつけば、今度こそ王政の威信は失墜する。現世情を判断し、最悪の展開を見積もるならば、それは内乱である。しかしこれは好機でもある。記念式典をして、高まる国民の不満を減殺し、民意の宥和を図る機会となす。」
振り向いて大臣たちを睥睨する。冷酷な目だ。これこそがアラシェリーケだ。
「典礼卿ウーカンサ、兵杖総監ウラバロ、警視卿スルマリケ、財務卿オスタイヤ、四名は記念式典の要職をなし、式典の成功に全力を傾注せよ。序列は典礼卿を長とし、残り三卿は典礼卿を補佐せよ。他卿、他大臣も同様である。」
居並ぶ大臣たち、長官、卿たちは姿勢を正し、一言一句をとりこぼさず耳に刻む。
「警視卿!」
スルマリケは雷に打たれたように直立不動になった。
「どこを見ている!」
どこもみていない。ただ摂政の顔を見続けていた。
やや頬がこけているのが見てとれる。髪の毛もいくらか艶を失っている。
どうにもみとれてしまう。一言一句取りこぼさぬため、スルマリケは他の者たちよりも苦労していた。
「狼藉をはたらいた賊。貴様、なにをすべきかわかっておろうな。」
「いどころの見当はつきました。捕縛し、処すべきかと。」
アラシェリーケは不服そうに、しかし笑みをたたえた。
「ふふん。我らの手に負えるものか。」
「真正面からでは困難かと。搦め手を使います。」
アラシェリーケの怒声が響いた。
「あの義賊を、あろうことかその家族を人質にして捕え、縛り首にするのか!」
一同、突然の雷にひるむ。波乱万丈の政争をくぐりぬけた老臣達の腰が抜ける。
「ふん、私とて本気であやつらを義賊などと思うてはおらぬ。しかしそもそも、民心を安定させるための式典である。搦め手。かように卑劣な手段で義賊とみなされた者どもを捕えて縛り首にすれば、玉に瑕が入ろうというもの。」
兵杖総監が物申す。
「しかしながら!お言葉ではありますが、ならばその二人めを表彰なさるとでも?」
典礼卿も続ける。
「やつらめに干からびさせられた者達はそれぞれに腐敗を民衆に見せたとは言えども、あの二人とて数々の法を破っております。それを露骨に看過するのは、それはそれで得策ではありません。」
アラシェリーケ
「いいか。我らはあの二人の所業を国家機関の情報として扱い、その詳細を承知しておるが、民衆はあの二人が何者か、どこでなにをしたのか、その全貌を知るわけではない。こたびも密かに迎え、我らが掌におさめればよいのだ。密約、そうだな、密約だ。」
財務卿「それは、それはまるで。」
警視卿「いうなれば、同盟」
アラシェリーケ「そうだな。同盟、とでもいおうか。まあ、すくなくとも式典で暴れられては困るからな。その実力はあなどれぬが、所詮は小娘だ。大人の知恵でまるめこめ。」
スルマリケはふと嫌な予感がした。
兵杖総監「して、奴等の首に鈴をつけるのは。」
アラシェリーケ「決まっておろう。」
一同は皆一様にスルマリケに視線をむけた。
馬車の中で無邪気にはしゃぐ二人を横目に見ながら、ふと、この者らが我らをたすけてはくれまいか、などと思った。
鷲の間のあとで受けた報告を忌々しく思い出す。
大役を任せられたスルマリケは青い顔をして執務室に戻る。
腹心であり宮警長官サンジャラが待っていた。
「お待ちしておりました、警視卿」
3分後
スルマリケは激怒していた。
サンジャラの報告はこうである。
良い報告と悪い報告があるとのことで、そういう遊びはよせといいつつ、とりあえず良い報告から聞くことにした。
「かねて卿が逮捕に向けて注力していたダスラン。やつを現行犯で逮捕出来ました。ついに、ですぞ。」
「それはまさにアラシェリーケ摂政が直に教えてくださった。摂政殿おともの宮内警備のお前の部下が捕らえたと聞いた。」
「その仕込みをやったのが私です。」
いわく、ダスランを逮捕するには誰もが、特に国王が直接耳にするような。つまりはダスランによる宮内での公然たる犯罪が必要だった。
宮外でいかに犯罪を犯そうと、やつの小細工が効き、政内力学でもみ消されてしまう。
警視卿は青ざめた。「まさか。」
「私は部下と奴めに罠を張り巡らせましたがなかなか上手くいきませんでした。しかし最近入宮した若い侍女が、やつの素性も知らず、恋慕の情を抱いていたのを知り、それとなく誘導したところ、まんまとやつはあの侍女を殺害した、と。」
スルマリケは湧き上がる怒りをおさえ、震える声で悪い報告を促す。
上司の怒りを察し、サンジャラは控えめな声で悪報を伝えた。
「大法官カブヒンド殿が奴に謹慎2か月を考えております。」
事実上の無罪ではないか!!
スルマリケは怒りかあきれか、体が放心する。
サンジャラが自分のあずかりしらぬところで陰謀を張り巡らせたことも、そしてそれにより無辜たる侍女が犠牲になったことも、さらにはそれをもって良しとするサンジャラの考えも。なにもかもが怒りを湧き上がらせる。
が、それは謹慎2か月という事実上無罪に等しい判断を聞き、落胆のあまり怒りも萎え果てる。
大法官は摂政とは独立した権力体系の長である。自分の知る限り、大法官カブヒンドに影響を及ぼし得る者はいない。
そう、常識の限りでは。
常識の限りでは。
馬車の中でスルマリケは二人を横目で眺める。