「馬鹿者めが!」
アラシェリーケの厳しい 責が飛ぶ。
肩に包帯を巻いたスルマリケが恐縮して直立不動。頭をうなだれている。
いならぶ大臣、長官、将星たちも緊張の渦の中で固まっていた。
「この難局に、よりにもよって警視卿が王都で襲撃を受け重傷とはなんたるていたらくだ。恥を知れ!」
「こ・・・このたびは、小職の」
「余計なことを!口では何とでもいえる。警視卿、たかがと言えばたかが郊外のいち民家と王政庁の往復すら安全に行き来できぬ男が記念式典を警護できるのか。」
スルマリケはただただ黙っている。
「おまけに客人に救われたと聞いた。」
列席の端にアマトールが並んでいる。親指で自分の顔を指し「俺も俺も」とにやにやしていた。
「みなのもの、よく聞け。」
座の全員がアラシェリーケを注視する。
「マチハバは今、過渡期にある。聖俗は分離が止まらず、貴族階級の格差は開くばかり。有力市民達の発言力は日増しに強まる。そして官僚化の進展は王権を支えているが、いっぽう王権の制限はいやがおうにも事実化していく。軍の脱魔術は密科的現代化を推し進め、無力だった大衆が戦力となりつつある。」
アラシェリーケは扇子で口を隠す。
「これらの変化は、皮肉なことにマチハバの国力をあげ、いまやマチハバは押しも押されもせぬ大国として君臨しているのは諸官ら周知のとおりだ。」
「が、しかし!」
アラシェリーケは扇子を前面で振りぬく。
「急激な社会変革は民心の離反を促し、表面上、豊かで強いマチハバの水面下はその実、争乱の魚群が行き交う荒れ海と言えよう。」
「記念式典がいかに成功しようと、それがごときでおさまるものではない。
なれど、記念式典程度の事を成功に導く指導力が王政府になくては、そもそも話にならないのだ。」
「皆も知っての通り、重臣が幾人も欠け、国家の事業の大半は頓挫している。計画の修正は他の計画の修正を呼び、なし崩しの停滞がマチハバを襲っている。
これを、打破するのだ。」
「精神論を私は好かぬ。」
「しかし、まつりごとは臣民の心から発するところ大である。けっしてあなどれぬ要素だ。」
アラシェリーケはしばし呼吸を整える。
「先日、陛下が「お戻り」になられた。手短に近況をご報告申し上げた。」
アラシェリーケは冷たい目で列席の大臣たちを見回す。
「「成功させよ。」そう、申された。
成功させるのだ。これは国の命運をかけた戦争であると心得よ。」
アラシェリーケが退室してからも、列席者はうなだれ、あるいは固まり、集合は解けなかった。アマトールはつきあいきれんと、こっそりと抜けた。
「おじさん怪我してるのにひどくなーい?」
「怪我をした部下に少々厳しいように見受けられたが。」
ホールでスルマリケをアーチェラとアゼミがつかまえて話しかける。
スルマリケは憔悴しきっており、力ない笑顔で、うん、うんと小刻みにうなづくばかり。
「摂政殿の叱責は厳しかったが、警視卿殿も、褒められるとばかり、自慢気に報告したことは手落ちのように感ぜられた。」
アゼミにそういわれてスルマリケは空気の抜ける風船のようにしぼんでいった。
ようようスルマリケが口を開く。
「君たちには感謝している。襲撃されたこと自体すでに失態だが、君たちがいなければ私も命を失い、摂政殿に叱られることさえかなわなかったし、王政府の権威はさらに傷ついていただろう・・・」
「君たちに私が望むのはたった一つ。「記念式典を邪魔しないでほしい。」ただそれだけなのだ。」
「ひっどーい!なんか、人をお邪魔虫みたいに。」
「まあ、我らも悪徳とはいえ、貴族の面々を貶めすぎた。本来なら縛り首のところを、こうやって形ばかりでも厚遇してくれるのは、なんらかの政治的駆け引きであろうとはいえ、ありがたいことだ。」
スルマリケは二人とも語彙や思慮の浅い深いの違いはあれ、どちらも愚かに率直であり、やはり小娘なのだなと思いつつ二人を見る。
「君たちが悪と断ずる貴族はまだまだたくさんいるだろう。しかし彼らを一人残らず君たちがやっつけてしまっては、政治が滞ってしまい、我らも困るが、国民も困ってしまう。せめて、記念式典まではおとなしくしてほしいのだ。」
「えーでもー!私たち、貴族が悪いことしてるからあんなことしてたわけじゃなくて、ダスランの悪さの証拠調べてたら出くわしてやっつけたってだけだもんねー」
「私はマガッヒの調査としてアーチェラに付き合っていただけといえば、それだけのことではある。」
「そのふたつだが。」
スルマリケが提案した。
「まずはマガッヒについて。」
アーチェラが身を乗り出す。
「実はねー。マガ」とっさにアゼミがアーチェラの口をふさぐ。
「隠すことはない。アーチェラ殿の父上なのであろう。こちらも承知している。」
「えー!びっくりさせようと思ってたのに!」
アゼミが首を横に振って自重しろと伝えるが、アーチェラはわかってかどうか、笑顔で首を縦に振る。
「身ごもったエジーニャ殿をかくまうようコールマ卿にお命じになったのが、現王陛下なのだ。」
「えー、王様が恩人ー!」
「エジーニャ殿の子供が、あのマガッヒの血を受け継ぎ、我が国の脅威にならぬか、王政府はずっと観察をしていたが、10歳までなにごともなかったため、そこで観察は打ち切られ、あとはコールマ卿に全てをゆだねた。と、こういう経緯なのだ。」
「えー、王様ビビりすぎー!」
「で、マガッヒの居所はいまだ不明であると。」
「18年前にツーリカルで消え、それっきり。我が国はもちろん、周辺国にも、それらしい人物は現れていない。」
「パパ、どこいっちゃったんだろうね。」
「私も手ぶらでは帰りたくないからな・・・
ときに警視卿殿。ダスランについては。」
「ダスランは先日、屋敷内で殺人を犯して現在拘留されており、裁きを待つ身だ。」
「・・・うわ、引く。」
「詳しくはわからぬが、よりによって王政庁中枢で人を殺めるとは、さすがになにか事情がありそうだが。」
「詳しい事情はまだ解明中なので何とも言えないのだが。
(さすがに部下の陰謀だとは言えない。実はまだスルマリケは部下の陰謀の話をアラシェリーケに正確に報告していない。)。
ダスランはやはり、女性に乱暴をはたらき、いつものように背中などを刺して殺害していたのだ。」
「安定の鬼畜・・・」
アゼミ「やはり、肛門だったのか?」
スルマリケは若い女性が平気な口調で「肛門」と言うのにちょっと面食らった。
「そうなのだ。彼はその、普通の性交を異常に避ける。殺された女性は、もちろん普通の女性で、ダスランとベッドに入った後も、ダスランのいうことを聞かず、「普通の性交」を求め、それがダスランの怒りを買った、というのが今回の捜査でわかったことだ。」
「ダスランは、あそこにアレを入れるのが苦手・・・メモメモ、と。」
スルマリケはアーチェラが生々しい単語を発さなかったことに安堵する。
「警視卿殿、それでダスランはどのような裁きになりそうだろうか。」
「それが・・・」
3分後
あん、うん・・・!
女性のよがり声が聞こえる部屋。大法官カブヒンドがそのやせぎすの体躯で盲目の女性とまぐわっている。
「ダスランが謹慎2か月なのは、特に理由があるわけでも裏取引きがあるわけでもない。妥当な量刑なのだ。」
アラシェリーケはカブヒンドが女と交わるベッドの前の椅子に深々と腰かけている。
女は肩まで伸びた赤毛で、少々痩せていた。あまり豊満とは言えないが、十分に女の体をしていた。年のころは20代後半であろうか。
ツーリカル人の特徴である、広い額、透き通るような白い肌。豊かなまつ毛に下がり気味の眉。頬にほくろがあり、アラシェリーケにはそれがやけになまめかしく見えた。
「確かに。カブヒンド殿。ダスランの貴族級と、殺された侍女の階級との差。本人の反省(反省などしているわけはないが。)の弁。計画性のなさ。真偽は別として、ダスランの言によれば、侍女にも挑発するなどの相当の落ち度があったこと。それと「初犯」であること。これらからすれば、謹慎2か月は確かに妥当かもしれない。」
カブヒンドはアラシェリーケに顔を向けながら女の胸をもみしだき、腰を振り続ける。
女の湿ったうめき声が喉から漏れている。
カブヒンドが女性の右手を強く引っ張り、体を起こす。女は背をそらす。
「ゆえに、摂政殿が何に不服であるのか、こちらにはさっぱり。」
アラシェリーケは紙の束をベッドにそっと置いた。
「ある者が調査したダスランの犯行についての報告書です。」
「ほう。」女の頭をベッドに押さえつけ、その後頭部に書類を乗せてカブヒンドは眺める。
女の苦しそうな息が聞こえる。
一枚一枚、目を通す。「なるほど。書式や報告書の体はなっていない。初級官吏でさえ作らない稚拙さであるが、まあ言わんとすることはわかる。」
「それは初報。後日、部下に精査させて正式な報告書にするつもりです。現段階でも。」
パシン!「ひっ!」
カブヒンドが女の尻を強くたたく。
「現段階でも。最後の項に摂政殿以下、警視卿とその捜査責任者たちの連名がありますな。」
「「概ねの真実を認める。」我々の連名です。裁判でも使えます。」
「ときにアラシェリーケ殿。盲目の女はいいですぞ。」
アラシェリーケは答えない。表情も変えなかった。
カブヒンドは女の髪の毛を引っ張り、むりやり背をおこさせた。女は小さく悲鳴を上げる。
「このものはツーリカルで売られていた女なのだが、幼いころにマガッヒに会っておる。」
アラシェリーケの眉が動いた。
「酷吏に捕まり、哀れにも鞭うたれそうになったその時。正義の英雄が現れ、この女を救ったそうだ。」
リズミカルなペニスの挿入が続く。
「その英雄こそがマガッヒなのだ。村人たちは、いや、ツーリカルの森林地帯の者どもはその後、英雄を崇めるようになり、土着の信仰と融合さえした。」
「聞き及んでおります。国教とは違う土着の異教がマチハバ全土に数限りなくあり、そのなかにマガッヒを崇めるものもあることは。」
カブヒンドは女の体を自らに正対させ、正面から抱きすくめ、顔を舐め、唇を舐め、横目でアラシェリーケを見る。
アラシェリーケは両手を組み、体を机に預けて二人を眺める。
盲目の女はカブヒンドのなすがまま体を揺らしている。涙をこらえているのは、はたから十分伝わる。
「して、話はもどりますがカブヒンド殿。ダスランの裁判、どのような量刑をお考えか。」
「そうさな。最近東国人を抱きたくなりましてな。盲目の。それも盲目になりたての女が。」
「もし、それが叶えば?」
カブヒンドは女の首を絞めてアラシェリーケに目くばせした。
女が苦しみ抵抗するとカブヒンドは笑いながら手を緩めた。
アラシェリーケは無言で席を立ち、ひとこと。
「考えておきましょう。」
「三十路。脂ののった政治家の女。それも冷徹な。こういう女なら盲目の東国人でなくとも考えましょう。なに、ただの一夜で十分ですぞ。ははは。ははははははは!!」
アラシェリーケはカブヒンドの大笑いに一礼し、踵を返した。
「鳴け!」と平手で折檻する音につづいて「あああ!!」という泣きながらのよがり声がアラシェリーケの背中に響く。
アラシェリーケは退室した。