アゼミを差し出すか。自分の体を差し出すか。
アゼミの目玉をくりぬくのは簡単だ。あの二人にはいくらでも罪状がある。
ここ数十年は死文化しているが、身体刑はいまだ有効とされる。
素性の知れぬ東国人から目をくりぬく。
その後、留置さえしてしまえばあとは大法官の権力内のこと。
光を失った東国人の女がカブヒンドの肉人形になるだけだ。
そしてダスランは縛り首となる。
だが、アーチェラは暴れだすだろう。やつはマガッヒの眷属。万一怒りで覚醒でもすれば人知を超えた破壊力は記念式典をつぶすかもしれない。
いやそもそも記念式典どころかマチハバ自体があやうい。
意味がないではないか。
では自分の体を差し出すか。
やつとしとねで。あの盲目の女のようにモノとして扱われ、犯される。
まあ、いっときのことだ。
しかし自分が一市井の女ならともかく、今の私は王政府における行政の長だ。行政や実力組織である軍、警察。各貴族、有力市民を統べる責任者だ。
法曹界に体を差し出す意味は軽くない。
単純な生理的拒否感を度外視したとしても、得策でない。
それでダスランの縛り首を勝ち得たとして。
あの二人が納得して、王政府に何の得があろうか。
あまりにも天秤があわぬ。論外だ。
「差し出す・・・か。」
「ふっかふかのベッド!」
「なんかエグいデザインの水差し!」
「窓の景色ヤッバ!!」
使用人が失礼しますと一礼して入室し、食事を持ってくる。
「ご飯、すっご!コールマじいじの本気おごりよりすごい!」
アーチェラは個室に案内され、その内装や応接に感動しきりだった。
「これ、あとで絶対アゼちんと語りあお。10年は語れるわ・・・」
はしゃぐアーチェラの一方、アゼミは個室で食事をとっていた。
庶民が口にすることはまずない食事。
「ふん、離間策か。」
部屋の内装を見る。東国の超大国、黎の様式を取り入れた東西折衷。モダンなデザイン。
「リィノワールとか言うやつだな。凝っておる。今頃アーチェラははしゃいでいるのだろう。10万年は私とこれで語り合えるとか何とか言って。」
アゼミは微妙にアーチェラを買いかぶっていた。
「ふん、なんとなればアゼミの部屋になにをしてでも駆けつけねばなるまい。なんせアーチェラこそが奴らの狙いそのものだからな。しかし。」
アゼミは部屋を見まわす。ここに連れてこられる時も感じたが、魔法防御策が幾重にもなされている。
「これでは自由自在、というわけにはいかんな。」
アゼミはアラシェリーケの憎々しい顔を思い出し、舌打ちしながらスープを口にする。
「これは・・・カワシナ(魚)の出汁。西国では珍しいと聞いた。わざわざ東国から取り寄せたか。この塩の味。なるほど、干物。生魚を運ぶことは能わぬゆえな。私が東国人ゆえ配慮したか。するとこの惣菜は。
なるほど!ヒカナと青サイの和え物。主膳の粱によくあう。しかもこの粱の銘柄は私が子供のころによく食べていた「ハルナシロ」に近い。粒が良くたち、固めに焚くと歯ごたえが美味。すると後膳に控える甘鉢は、みなれぬ形ではあるが、餡菜ではないか。
なるほどリィノワール趣味者ならば餡菜をあのような形に造形しなおすことも考えられる。いったいこのリィノワール趣味者は誰だ。アシハラの民が好む舌を熟知しつつ、リィノワール造形で包み込む。耐えられん。はやく食べてしまい、後膳の餡菜を口の中で転がさなければ。」
読者諸氏はアゼミが脳内でまくし立てる様を想像したであろうが、これは食べつつ、実際に口に出していたのである。
ここまで一人まくし立て、アゼミはふとさみしさを思った。
いつもなら途中で止めてくる邪魔者がいるが、今日はいない。
この味、その邪魔者となら10万年は語れそうだ。アゼミは後膳を口にすべく、食事を勧めた。
摂政公務室で積みあがる裁可待ちの文書を眺め、腕組みをするアラシェリーケ。
ダスランを無罪にして農政に復帰させる可能性は潰えた。かくなれば、適正に奴を裁いて法の力を満天下に知らしめるが得策。なれど謹慎2か月は逆効果だ。杓子定規ならば2か月。やや無理があるが、アーチェラ、アザミの報告書(体裁は学生の自由文レポートだが・・・)をカブヒンドにねじこめば殺人10数件は認定される。いかな小細工や政治力学が生じようとも、極刑は免れない。謹慎2か月と極刑の2択は議論を呼ぶことであろう。
カブヒンドは下衆だが、法をこねくらせれば右に出る者はいない。
4大法貴族のひとつイリガルの血族だ。やつの法知識と解釈・運用の力にくわえ、法曹への影響力はすさまじい。カブヒンドのさじ加減は絶対だ。
「差し出す・・・か。」
アゼミは苦しんでいた。
ベッドにたどり着けず、床に転がっていた。心臓の動悸がおかしい。
声も出せない。全身おびただしい汗をかいている。
自分の荒い息遣いすら神経に障る。
誰かが来て服を脱がす。抵抗できない。朦朧とする意識。視界には中年らしき男が二人おさまっている。彼らはアゼミの装束の紐をほどき、下衣の帯革の留め金を外す。
防水加工されたとおぼしきシートが敷かれ、アゼミはその上にひきずられるのを感じた。
アゼミが吐く。
吐しゃ物とよだれが糸をひく。
上半身は裸にされ、下衣は脱がされ、下着だけだ。
耳に何か聞こえる。
「目だけだったか。」「片目か?右か左か?」「お望みはメクラだと。」「お楽しみはアリだっけ?」「知らん。ばれなきゃいいだろ、手短にしろ。」
一人の男が乳房に吸いつき、下半身をまさぐってきた。
掌が股間にあたる。秘部にごつごつした指が侵入してくる。
「東国人は華奢なのがたまんねえな。」乳房を舐め、片方の手でもみしだく。
太い指でつままれ、乳首に刺激を感じる。体が鉛のように重く、指すら動かせない。ごふ。また吐いた。
「おい、早くしろ。」
怖いだとか嫌だとかすら感情が働かない。
「目だ。目だけ先にくりぬくぞ。」
ナイフが左のまなじりに入ってくるのがわかる。
光を失うのか。もうアーチェラの顔をみることも叶わなくなる。それがさみしかった。
なに、手で触らせてもらおう。あの顔、鼻、口、額、眉毛。凸凹を感じさせてもらえばいいか。それもよかろう。髪の毛を引っ張ってやろう。
引っ張り返してくるだろう。耳も引っ張ってやる。
鼻の穴に指を突っ込んでやる。
にゅる
という強い痛みと不快感が襲う。左の視界が歪み、ぷつっと切れて真っ暗になる。
「左はとった。これはカブヒンド様が食べるんだと。」
「うえ、食べんのこれ。グロ。おかげでしなびたぜ。」
「もうお楽しみはやめてさっさとやってずらかろうぜ。」
アゼミが泣き出した。
自分でも驚く。えっ、えっ、えっ、と嗚咽する。右目から涙がこぼれる。
泣ける力がまだ残っているのか。
指がわずかに動く。
「やめて」しぼりだす。小声。
「嬢ちゃん、悪く思うな。」
右のまなじりにナイフの冷たく固い切っ先を感じた。
3分後
床にカラッカラに干からびた二人の男が倒れ、口をぱくぱくさせていた。
そしてアゼミを抱きしめるアーチェラ。
アゼミはアーチェラの介抱で吐くだけ吐き、いくらか体は動くようになった。
「泣くなアーチェラ。」
「だってだって。」
「たいしたことではない。まだ右目が残っている。」
「私の事いつもの半分しかみてくれなくなったじゃん!」
「右で2倍みればことたりる。」
「目が疲れるじゃん!」
「エジーニャ殿がさしておられる目薬。あれを使わせてもらう。」
「ああいえばこういう!」
う
アゼミがこらえていた涙。堰を切って流れ出す。
涙でぐしゃぐしゃ。鼻声で「触らせてくれ。」
アゼミがアーチェラの顔を手で触る。
額、鼻、口、頬
アーチェラの涙で指が滑る。
髪の毛を引っ張る。
「こら!」
アーチェラもアゼミの髪の毛をひっぱった。
アゼミがアーチェラの鼻の穴に指を突っ込んだ。
アーチェラもアゼミの鼻の穴に指を突っ込む。
あははははは!
あははははは!
笑い声が部屋に満ちた。
ノックがあり、住人の意思をたしかめることなく、警備の男どもが入ってきた。
おくれて警備の長。
長はしばらくなにやら二人にあれこれ話しかけていたが、やがてスルマリケが入室してくる。
スルマリケは何も言わず跪き、抱き合う二人をさらに包み込むようにその腕におさめた。
「私の手落ちだ。警視卿なのに、民家と王都の往復もできない。屋敷内なのに、君たちも守れない。警視卿なのに。私は無力だ。すまない。すまない。すまない。」