「カブヒンド殿、早まられましたな。」
「さて、なんのことやら・・・」
カブヒンドが汗をぬぐいながら答える。
「私としましては。」ちらりとカブヒンドとその横に座る着飾った女性をみる。
着飾った女性はカブヒンドから犯されていた盲目の女だった。
彼女はカブヒンドの人形なのだ。ドレスを着せ、宝飾をちりばめ、思い立った時に犯す。
アラシェリーケはこの女と自分に因縁があることに気づいていた。
父・鞭・マガッヒ・ツーリカル
しかし自分の心が壊れそうなのが怖くてあえてこれ以上思考しない。
よぎる思いを振り払い、カブヒンドに視線を合わせる。
「あの東国人を適当な罪科にて身体刑に処し、大法官の権内にゆだねる準備はできておりました。それをあのような形で。」
「知らぬ。本当に知らぬのだ。」
しばし「歓談」ののち、アラシェリーケは退室し、外に構えていた侍従から肩掛けヴェールをかけてもらい、足早に去った。
側近がかけよる。
「いかがでしたか摂政殿。」
「ダスランか。」
表情を消し、アラシェリーケは首に手を当て、縛り首のしぐさをした。
「それより、だ。」
鷲の間にはすでに大臣などの要職の者たちがそろっていた。
アラシェリーケは各人から任務の進捗報告を受け、指示を行う。
用が済んだものから逐次退室していき、記念式典の4卿が残った。
立ち話ですませている鷲の間の報告会とは違い、この4卿とは椅子に座り、会議形式で記念式典の細部について話をする。
多忙にてやつれた典礼卿ウーカンサ、青ざめ憔悴する警視卿スルマリケ、自信満々兵杖総監ウラバロ、不満げな顔つき財務卿オスタイヤ。
「記念式典はいよいよ明後日。報告によれば、すでに総合予行まで済ませ、明日にでも開催できると。それでよいな。」
ウーカンサ「各地方、周辺国貴賓はすでに王都内に宿泊しております。各部門、特に大きな問題はありません。」
「ご苦労である。最後まで、いや、終えてから片付けまでは気を抜くな。」
ウラバロ「警備に穴はありません。そこな警視卿の張り巡らせた王都周辺は蟻の一匹もあやしい者がちかづけぬようになっており、万一警視の力を超える騒擾があれば王都周辺に駐屯する軍がいかなる場所であっても1刻いや、半刻以内に駆けつける態勢を整えております。
特に王都上空100間に浮かべているアルヒューナ号は、表向き大衆への広報サービスとしていますが、地表50間まで降下すれば、砲による1間精密射撃で暴徒を粉砕することが可能です。」
「先日邪龍を払った空中軍艦だな。軍には期待している。ウラバロ。貴族分担軍は。」
「貴族が持つ所領軍はそれぞれの所領の小規模範囲の警備を命じております。」
「集権軍は強力であるが、貴族分担軍を推すものもまだ少なからずいる。貴様も油断をするな。」
アラシェリーケは財務卿に話を向ける。
「財務卿。なにか不満か。」
「ごきげん麗しゅう摂政殿。不満はありませんが、あえていうならばその強力な集権軍。金食い虫がすぎますな。」
不満たっぷりに答える。
ウラバロがフン、と鼻を鳴らす。
「国庫が火の車なのは摂政殿もご存じのはず。金食い虫は集権軍のみならず。街道整備、鉱石通信網整備、密科学院への投資。数え上げればきりがありません。こたびの記念式典で底をつく基金、財源もあまたあり。まあ、報告の通りでありますが、実情は1割増くらいに思っていただければと。」
アラシェリーケは扇子で口を隠す。
「財務卿、国家財政の差配。財務は常に実戦。そなたでなければなしえぬ仕事だ。近く山系および水系の統治権が国家に属すことになるのは承知の通りだ。それで財政が好転するとは思わぬが、好材料にはなろう。」
「まあ、なんともならないことは・・・ありませんな。」
恰幅の良い財務卿はおおきく張り出した腹の上で腕を組む。
「私は女であるから、財政にはくらく、いささか及ばぬところがある。さすが男の仕事といつも見ているぞ。」
まんざらでもない財務卿
「ま・・・まあ。このオスタイヤ、火の車で走り切ってみせましょう。」
扇子を口から外して畳む。にっこりと破顔一笑「頼りにしているぞオスタイヤ。」
さて、と。
スルマリケに目を向ける。厳しい顔つきだ。
青ざめるスルマリケが、キッと顔つきを変える。
「摂政殿。ここに折り入ってのお話しが。皆様方も聞いていただければ。」
「辞表は却下だ。」
「え?」
完全にスルマリケは見透かされていた。
「おおかた記念式典を最後に警視卿の職を辞したいなどと言うつもりであったのだろう。」
他の三卿がスルマリケを見やる。
「スルマリケ。」アラシェリーケがすっと立ち上がる。
「お前に謝らなければならないことと、かつそのうえで叱責せねばならぬことがある。」
スルマリケがわなわな震える。
「私は前置きなど好まぬ。」
「警備のもの。この部屋の防諜は密科と魔術双方確かだな。」
警備の者と呼ばれ、責任者が入室し万全であると報告した。
「アゼミ。あの者を襲わせたは、この私である。」
スルマリケが顔を上げる。三卿も好奇の耳を立てる。
「謀略に長けたものがいてな。そやつにやらせた。もともと準備でもしていたのか。手早いものだった。言い含めたその日の昼餉にはアゼミはあの通りだ。」
スルマリケ「な、なんということを・・・!」
「これは私がお前に謝らなければならぬことだ。警備の責任者たるお前に事前に諮らずなしたことだからな。それと。」
「それと?」
「謀略はお前の部下サンジャラに私が直接命じた。越権である。許せ。」
スルマリケはすでに発する言葉がない。
「そしてこれは私がお前を叱責せねばならんことだ。
スルマリケ、お前は私に不完全な報告をしていたな。ダスランを謀略で陥れたことだ。」
三卿もこれは初耳でどよめく。
スルマリケはうなだれ、机には彼の汗がしたたっている。
「サンジャラが勝手にやったということはすでに承知済みだ。お前の監督責任だが、なにより許しがたいのは私に正確な報告をしなかったことだ。
些事ならばともかく、かのダスラン事件。ごまかせると思うてか。」
「他の卿も聞け。
カブヒンドは先日、ダスランの刑罰について私に取引を持ち掛けてきた。
かの東国人アゼミを盲目にして売るか、この私に一晩体を差し出すか。さすればダスランを縛り首にしようと。」
スルマリケは一瞬で顔に怒気を現した。三卿も非常に不快な顔をする。
「いずれも論外である。サンジャラに命じ、カブヒンドの息がかかった無頼のものに軽挙妄動させた。カブヒンドの命令を装い、かの者たちにアゼミを襲わせたのだ。なに、カブヒンドは常日頃そういう事をしている。いつものことだと。さして疑わなかったのだろう。」
四人が息をのむ。
「アーチェラとやらにそれとなく勘付かせもした。警備のものをいれる時期に苦労したが、さすがサンジャラ。「ほどよい」ところで入れおった。」
「もし、アゼミが殺されていたらなんとしたのですか。」
「あくまで盲目の性奴隷を、という命令だ。偽物だが。ゆえに無頼も生命はとるまい。かりにとったとして、恨みの矛先はカブヒンドだ。アーチェラなる者。警備の及ばずを指摘し、責める娘とは思えぬ。」
スルマリケは黙る。
「そして私はカブヒンドに畳みかけた。事情を飲み込ませる間もなく問いただした。
奴としてもダスランごとき小物でわけのわからぬトラブルを我ら王政府と抱えたくはない。あっさり妥協した。
これが真実である。」
アラシェリーケは四人をねめつける。
「軽蔑するか。」
四人は顔を曇らせ、アラシェリーケをみあげる。
「繰り返す。スルマリケ。軽蔑して構わぬ。お前にはともにこの地獄につきあってもらう。辞表は却下だ。」
スルマリケは胸に手をあてる。辞表をしまった内ポケットだろう。
ウラバロが口を開く。
「摂政殿。そこまでしてダスランの処刑を、なぜ。」
アラシェリーケ「お前らは知らなかったか。いや、知っているだろうが、おそらく甘く見ている。」
オスタイヤ「マガッヒ・・・でしょうか。」
ウーカンサ「その子、アーチェラですな。」
アラシェリーケは扇子で口を隠す。
「彼女らの目的はダスランの処罰だ。単なる私怨ではあるが、それゆえ他の方法ではおさめがたい。」
「あの者らが暴れ出すと手に負えぬと。」
「そうだ。報告を信ずるならば、いやスルマリケの報告だ。まさにそのとおりであろう。
17歳まで普通の女性として育っていたが、恩師と友人が非業の死をとげ、自身も暴漢に襲われたことで血が覚醒した。マガッヒとはまた違う力を行使するが、性を使う点が同様だ。決してあなどれぬ。マガッヒと同等の力を見積もっておく必要がある。」
ウラバロ「軍、でもだめでしょうか。」
「軍、でもだめだろうな。私はそう見ている。
かつての伝承をそのまま信ずるのはさすがにはばかられるが。
かのフバト帝国を滅ぼす一因であったとも言われており、人類の歴史上に奴はたびたび現れているとも言われている。」
ウーカンサ「さすがにそれは。ただのおとぎ話、神話の類なのでは。」
アラシェリーケ「そうだとよいが。」
スルマリケが発言する。
「20年ほど前になりますが、ツーリカルでわが軍は敗北しております。完全な罠をしかけた決死の作戦でしたが、奴、マガッヒは難なくすりぬけております。そういった事例は数え上げればキリがない。奴だけは誰にも止められない。災厄、なのです。」
「ダスランは処刑。これで当面アーチェラは封じた。アゼミなる者も深手を負った。アーチェラはアゼミと連携することでその戦力を倍加させる。」
「つまり、これでマガッヒの眷属については一旦の安心を得たということですかな。」
オスタイヤは腹を楽しげに叩いた。
アラシェリーケ「いや、懸念することがある。」
3時間前
カブヒンドの部屋に赴く少し前。侍従長から国王が「戻られた」と知らせが入った。
国王は痴呆がすすみ、日頃は迷妄のうちにあるが、何日かに一度、数分正気に戻る。
かけつけたアラシェリーケに国王は言う。
「アラシェ。大きくなったな。」
「恐縮であります。陛下。」
「そなたの悪名の高きは、相変わらずか。」
ふっ、と皮肉な笑みをこめ、回答する。
「ますます、高まっております。」
「記念式典はたいそうな人が詰めかけるであろう。」
「典礼卿は8万の民が王都の会場に集まると計算しております。」
国王はふう、とため息をはく。
「マガッヒがそなたを辱める、最高の舞台であるな。」
アラシェリーケは一瞬言葉に詰まる。
見透かされたか。
「あれは伝説の類でありますれば。」
「そうだとよいが。」
国王は「戻る」と、的確な助言をくれる。
それはまるで予言のようであった。
それがアラシェリーケをして、「戻った」国王のもとに走らせる理由でもある。
「マガッヒは来るであろう。」
そういうと国王はまた「帰って」いった。