日は落ち、家々の灯りがともる。
あかりが止まる夜八の刻まで王都に夜はこない。
街灯にネジロが飛んできてとまった。夜静かに鳴く鳥だ。街灯、街路樹に。
コー、コー、コー
夜の王都でネジロの合唱がはじまった。
呼応するかのように、飲食店の残飯をあさる野良のスイコやマレが鳴きだす。
「オン!オン!」「ナー、ナー」
人通りもまばら。
通りに面した商店の店主が扉を閉める。
「明日は稼げるなあ。」
店主が店の中に入っていった。
3分後
大好きなトリューヘ
今度はいつ帰ってきますか?
あなたが遠方勤務になって2年がたちます。
春夏に一度ずつ七日帰ってくるのが待ち遠しいです。冬も帰ってこれるようにはならないでしょうか。
お仕事はなれましたか。危険なことはやってないでしょうか。
私はいまだにあの日のことを思い出してしまいます。後悔で心が押しつぶされそうになる夜が続きます。
なぜあんなひどいことをやっていたのか、今となっては自分でもよくわからない。
せむしのおばあさんや、目が見えない女の子を鞭でぶつように命じたり、盗賊とはいえ、簡単に首をはねてあやめたり。
許されることではないでしょうが、謝りたい一心です。
目の見えない女の子などは今頃どこで何をしているのかしら。
今も私を恨んでいるかもしれないと思うと、スープも喉を通らない。
もしあなたが会うことがあったら、私ことナゼリハは後悔しています。謝りたいと、伝えていただける?そして、居所を教えてもらって。
直接謝りにいきます。
トリュー、はやく帰ってきて。
一人だと、嫌なことばかりが頭をグルグルまわってしまってだめです。
そして早く家を買いましょう。
庭でサリュフとツァミカを育てて、毎日サラダを作るのが夢です。
あの目の見えない女の子にも振る舞ってあげたい。
あともし、あの男に会うことがあったら、私の復讐なんてしないでね。絶対にかないっこないのだから。
なるべく争わず、怪我をせず、帰ってきてちょうだい。
では。あなたの好きなサリュフの乾物を同封します。
お元気で。
あなたのナゼリハ
トリューは宿舎のベッドに寝っ転がって妻からの手紙を読んだ。
サリュフの乾物は3つ入っていたが、残念ながら一つはカビていた。
乾物を噛みながらつぶやく。
「はー。カミさん、そろそろ心が限界かな。この記念式典が終わったらいよいよ、異動願いを押し込むしかねーかな。」
王都勤務は手当が高く、貯金にうってつけだったが、トリューはすでになかなかの財産を築いていた。
田舎に中古の一軒家を買い求めることができるくらいには。
家はどこに買おうか。
いまさらツーリカルでもないか。まあ、あそこは安そうだ。街は遠いが、それなりに暮らしやすいだろう。
ナゼリハの実家は没落して今は平民同様になっていると聞いた。
ニージャ家が持っていたツーリカル大森林だが、今は国家が管理している。
ニージャ家の森林官制は軍に統合され久しい。
ツーリカル方面森林隊、なんて名前で治安を保っている。
いやな思い出ばかり。やはりツーリカルはよそう。
明日はいよいよ記念式典当日だ。
早めに寝よう。
トリューは体を横に倒して布団をかぶった。
3分後
トムルスは部下たちと106蟻滑空砲の手入れをしていた。
蟻が106匹並んだくらいの大きさの口径。
砲命は60発とされている。まだ27発しか撃っていないので、残り33発を撃つことができる。
この砲はだいたい40発くらいから狙いが狂ってくる。射撃の熱と衝撃に耐えられないのだ。
実際は100発は余裕で撃てるらしいが、安全係数というやつを計算に掛け合わせて出た回数が60発だという。
まあ33発撃てるならたいがいのことは大丈夫だろう。
この大砲の正式名称は「サウラーカ18年式106蟻無旋条砲」
サウラーカという男が開発に携わっていたようだ。
俺達は「10(ヒトマル)滑空」と呼んでいる。
サウラーカとは誰だろうな。
きっと貴族で天才で。美人で太い実家の嫁さんもらっている金持ちだろう。
明日は記念式典当日だ。
民衆は飛行船をみるだけで満足する。
砲を放つことはきっとない。
遊覧飛行で給料がもらえるのならそれに越したことはない。
10滑空の射撃なぞ、誰も観ることがない方がいいのだ。
整備が終わったら、部下たちと酒でも飲んで寝よう。この仕事が終わったら俺も嫁さん探してみるか。
トムルスは「整備やめ」の指示をだした。
3分後
「エーレカ。今日はもう寝よう。」
「明日何時に起きる?」
「母さんは早起きしなくても大丈夫だよ。」
「私がご飯作るから。」
サウラーカの家庭団欒だ。
妻のエーレカは病気がちだ。若いころの大怪我で感染症にかかり、未だにぶりかえす。
一方息子は17歳、次女は15歳。
エーレカは夫と子供2人にかこまれ、ベッドに横たわり、ふと自らの半生を顧みた。
武芸の鍛錬にあけくれ、貴族として王政に忠誠を誓い、無茶をしていた若い頃。
あの憎き男にめちゃくちゃにされ、自暴自棄だった頃。
図書館に勤め、心の平安を得つつあった頃。
サウラーカと出会い、自分の命よりも大切なものがあると知った頃。
体を悪くして生死の境をさまよった頃…
死ななくて済んだ。
二人の子供を育てられた。
エーレカは満足に包まれる。
いや…違う。
どす黒い復讐心は胸の底に蠢いていた。
「俺は無視か?お前を辱めた俺は無罪というわけだ。なるほど、俺がいなけりゃ巡り巡ってサウラーカとは会えなかったからな。当然子供二人とも会えていない。むしろ感謝すべきか?お前を犯し、もてあそんだ。楽しかったぞお前が苦しみ恥じらう様は。よいではないか。顔は削れ、指は落ちた。よいではないか。サウラーカと愛する子供2人と会えたのだから。ハハハ。ハハハハハハ!!」
エーレカは布団をはねのけて起き上がる。
サウラーカと子どもたちはエーレカをみまもっている。
エーレカの目から涙が滴り落ちる。
サウラーカがエーレカの肩に手を回す。
つらいね…エーレカ。
子どもたちもエーレカの手を取る。
子どもたちは何も言わない。
はらはらと泣く。
サウラーカは辛かった。
かの暗殺者は刑場の露に消えた。
しかしエーレカを辱めた男(マガッヒというらしい)は行方不明のままだ。
今はどこにいるのだろうか。
居所がわかったところで非力な自分に仇をうてるわけがない。
軍が採用したサウラーカ砲があの男マガッヒを仕留めたら妻は、エーレカは笑顔で暮らせるだろうか。
明日は家族で式典のお祭りに行く。妻も気晴らしになるだろう。あまり悪人のことをあれこれ考えるのはよくない。
過去のことだ。
前を向いて生きていかねばならない。
「さあ、もう寝るとしよう。」
サウラーカが妻に言った。
3分後
ヒューリが狂ったようにアマトールの口を吸う。
アマトールも吸い返す。
やや湿度の高い宿舎のベッドの上で、2人が汗だくになって絡み合っている。
ヒューリもアマトールも互いの背中を無造作に撫で回す。アマトールの陰茎はヒューリの秘部を豪快に出入りし、ヒューリを刺激する。
「アンタ、喧嘩弱いんだから、あん」
「身の程知って、うん!…あ。」
「けなすか感じるかどっちかにしろい。」
しばらくヒューリは無言。荒い吐息が続いた後、アマトールの背中をぎゅっと抱きしめ、深いため息をつく。
アマトールもその後、腰を激しく振り、ヒューリの背中を強く抱きしめた。
「弱いんだから、誰彼かまわず喧嘩ふっかけちゃダメだっていってんだよ。」
「余計なお世話だ。」
二人してベッドに大の字で寝転がる。
アマトールが巻燻に火をつけ、煙をはく。
「明日は会場の端っこで機械閲兵の順番待ち。機械閲兵で無限転帯走らせたら仕事はおわり。喧嘩したくとも明日は相手がいねえよ。」
「いないところに無理やり相手みつけてぶん殴るのがアンタだろ。」
アマトールは苦笑いしながら煙をはく。
煙の輪っかがひとつ、ふたつ。
「そうだな。明日は誰に喧嘩売るかな。」
3分後
王都の灯りが消え、夜がきた。