-被服廠・造兵廠広場-
閲兵部隊ひしめく被服廠と造兵廠はざわついていた。
式典に乱入した何者かが大暴れして警備隊を全滅させたとかさせないとか。
国王と摂政ほか大臣たちはおそれをなして逃げ出したとか。
隣国の工作員であるとか、ゴーレムが現れただとか。
指揮官や参謀の将校たちが混乱を鎮めるため骨を折っていた。
そのうち、運弾兵が広場の一角にあった天幕を増設する。
そして配られる実包。
戦争が始まったのではないかと、混乱の度は増していった。
王政府宮側に配置されていた部隊から順に、予定外の入宮が始まる。
「暴れているのはたった一人らしい。」
「マガッヒって知ってるか。」
「故郷で親父たちがなんかそういう神様信じてた。神様か?」
「子供のころに聞いたことある。」
整列して移動する部隊だが、将校や下士官の統率もむなしくひそひそ話は止まらなかった。
それらの隊列を横目に、アマトールの無限転帯が宮に向け、乱暴に走った。
アマトールが天蓋から上半身を出して追い越す徒歩部隊に手をかざす。
「お先に失礼するぜ!」
徒歩部隊の指揮官がなにか怒鳴っている。おおかた進行序列が違うと言っているのだろう。
「後片付けはお前らに任せる。ついでに麗しのアラシェ殿も「コレ」だ!」
アマトールは性交を意味する指のジェスチャーを徒歩部隊に見せつけて追い越していった。
無限転帯は追い抜きざま徒歩部隊に土煙をお見舞いした。
造兵廠門を抜けたところで「う!」っと、アマトールがうめく。
股間が強くにぎられた。「アラシェ殿となんだって?」
ヒューリが下から覗く。
「はは、妬いてんのかヒューリ。暴れん坊をやっつけたら、あのヒスねーちゃんもついでに俺の相棒で退治してやんのさ!」
「そんなこたぁ、暴れん坊をやっつけてから言いな!」
「さあ、喧嘩だ喧嘩だ!エドュゴー、最大回転で行くぞ!」
操兵のエドュゴーは「やれやれ」つきあいきれませんという風に回転数を増した。
-王都中心部から20町里東方上空アルヒューナ号-
広い王都行政区上空を周回中のアルヒューナに鉱石通信が入る。
「王政府宮内広場に敵有力部隊展開中。アルヒューナ号はただちに宮内上空に移動し、地上部隊を支援せよ。」
鉱石通信の不明瞭な音が風雲急を告げる。
艦長「軍警両部隊による、あの万全の警備の中に有力部隊を投入するなど不可能。なにか情報に誤りがある、というのが妥当な見立てだろう。」
艦長が参集した各部の長を前に語る。
「しかし、宮内に相当な混乱が生じているのは確かでしょう。」
「もし少人数となると手練れの術師による破壊工作が考えられますな。」
「あの警備の中を潜り抜ける。少人数。一人か二人としか考えられない。」
「宮内を混乱の極みに陥れるのだ。少人数といっても10人程はいるだろう。」
「ゴーレムでもいれば別だが、そんな少人数相手でアルヒューナにできることは少ない。」
侃侃諤諤の議論。その間にもアルヒューナは宮内上空に向かっている。
トムルスは一人、腕組をしながら、ある想像を働かせていた。
「もし奴なら、たった一人で可能だ。奴だったらな・・・」
ただひとり、トムルスは人間一人を狙撃する手管を頭の中で整理していた。
-王政府宮内・貴賓席-
日傘をさす中年の貴婦人のとなりに高齢の貴族が座っている。
ここは貴賓席。退避誘導がなされ、あわただしく離席する来賓たちを尻目に二人は騒動を注視していた。
「あいつか、ヤカルサ」
日傘を傾げ、貴婦人はにっこり笑う。
「間違いありません。あいつです。タラスバン卿」
-宮内群衆の波-
豪奢なドレスをまとい、宝飾を身に着けた女が野次馬と兵士の間をかきわけかきわけ、混乱の中心を目指していた。目が見えない女はぶつかった相手に「不審者」の方向を尋ねる。その都度方向を修正する。
何度繰り返しただろうか。女はついに野次馬の最前列に到達した。「不審者」は方陣の兵士たちを文字通り吹っ飛ばしながら歩みをとめない。
騒動の中心は音でわかった。
「マガッヒ様!」
女はひざまずいて両手を組み崇める。女にとなりあわせた野次馬が好奇の目でちらりと見やったが、野次馬の興味は再び「不審者」に向いた。
女ははらはら泣きながらマガッヒをみつめていた。見えない眼で。
-摂政座-
アラシェリーケが遠眼鏡を眼からはずす。
「遠眼鏡では今一つだな。」侍従が術者を呼び、現場の拡大投影をする。
混乱の中心が、荒いが半透明の立体で映し出される。
-まだまだ魔術でなければ出来ないことは多いな-
アラシェリーケは頬を拳に乗せ、嘆息する。
報告にあった「不審者」。その風体は浮浪者。
「マガッヒ。」
アラシェリーケはそうつぶやいたきり、口を結んで戦況を眺めた。
-長炮屯所-
「広場で暴れている奴がいる。長炮で斉射しろという命令だ。」
閲兵部隊ではなかったトリューの隊はもともと実包が配られていた。
トリュー達は王政府宮南門から10町里、移動に半刻かかる屯所にいた。
下級貴族である上官から鉱石通信で移動と「不審者」の掃討を命じられる。
「トリューさん、どうも相手はたったの一人らしいですよ。」
「たった一人相手になにやってんだ。」
部下たちが軽口をたたいている。
ふと、トリューの心のなにかがざわついた。そのざわつきは摩擦で火花を散らし、可燃物であったトリューの男の野望を燃やす。
-もしかしたら、もしかしたら!復讐、できるのか俺は-
あの日以来、快活さを失った妻ナゼリハの顔が浮かぶ。
-取り戻せるのか、俺は-
「トリューさん、トリューさん!」
「隊長、隊長!」
部下に体をゆすられる。「お、ああ。ちょっとぼおっとしていた。」
「隊長。さあ、命令してください。行きましょう。」
「たったの一人ですもん、さっさと片付けて酒でも飲みましょう。」
トリューはいつになくこわばった顔で命令する。
「気を引き締めろ。敵は一人。ゆえに人知を超えた能力をもっているかもしれない。
傾注!これより分隊は宮内の「不審者」掃討のため、王政府宮内へ前進する。行進隊形!宮南門までは2列縦隊第2速足。入門後は並足に移行し横隊。隊長位置、中央後方。」
副分隊長が行進隊形を取らせる。
トリューはナゼリハへの手紙の文面をどうしようか考えながら歩いた。
拝啓
愛するナゼリハへ
今日、僕はついに「あいつ」に出会います。
あの日の無念を晴らすつもりです。
平穏無事な人生を送りたいのですが、ごめんなさい。どうしても「あいつ」に一矢報いたいのです。そうでないと僕の人生は始まらないのです。
トリューは頭の中で便箋をくしゃくしゃに丸めてごみ箱に捨てた。
-宮外小公園-
宮外の小公園のベンチにサウラーカ夫婦が座っている。
行き交う野次馬から噂話がいやがおうでも耳に入る。
エーレカが両手を交差させ肩をつかんで震えている。
「あいつ・・・あいつだ。」
子供二人は母親に飲み物を買うため出店に行っている。
サウラーカ「あいつって。あいつ?君が言っていた。」
エーレカはサウラーカに抱き着いて胸に顔をうずめる。
「間違いない・・・あいつ。あいつ!」
サウラーカは空を見上げる。
アルヒューナ号が見えてきた。
「頼むぞ、アルヒューナ」
3分後
-アマトール-
アマトールが「不審者」の前面に到着した。
覗き窓から不審者をみたヒューリが「あ!」と小さく叫ぶ。
アマトール「いよおおおおお!!久しぶりだな。マガッヒさんよおおお!!」
アマトールが大きく手を振る。
「ヒューリ!極上の喧嘩相手だ。エドュゴー用意はいいかァ!」
「つきあいきれませんやあ!!」
エドュゴーは回転舵を回し、ペダルを踏んで回転数を上げた。
-トリュー-
トリューの隊が横隊で宮内に進入した。野次馬を発砲で追いちらしながら進む。
果たしてそこにはトリューの胸をざわつかせる張本人がいた。
周囲にちらばる人事不省の兵士たち。
歩みを止めない「不審者」
「ひさしいなマガッヒ!ツーリカル以来だ!」
トリューは隊の前進を止め、集め、斉射の隊形を命じる。
-トムルス-
アルヒューナが上空に達する。
監視兵が叫ぶ。
「ひとり・・・たった一人です!」
艦長「地上部隊を支援するぞ。」
トムルスは独り言ちる。
「支援?ふん。俺たちが、いや、俺が主役だ。」
屈辱のあの日がよみがえる。