-摂政座-
「アラシェ、今はどのようになっている。」
「戻った」国王がふいに摂政座の前に現れた。
とっさに席を立ち跪くアラシェリーケが国王に尋ねた。
「陛下。退避豪へは参られぬのでしょうか。」
国王は厳かに言った。
「余が。余こそがマチハバなのだ。」
「・・・それは、国家マチハバはマガッヒ如きには退かぬ。という御意思でありましょうか。」
アラシェリーケは上目遣いに国王の返答を待つ。
国王はあごひげをしごきながら答える。
「余がマチハバなのは間違いないのだが、替えが利くか利かぬかといえば、余よりはお前の方が替えが利かぬ。お前が退避豪に行くべきであるな。」
「お言葉でありますが、それはなりませぬ。陛下は象徴。私こそが実質の指揮官。今私が隠れたならば、全軍の崩壊は必至。内乱にまで発展しかねませぬ。」
「左様よな。なれど然るべきものにあとを任せられぬか。」
「陛下。すべて承知の上でのお言葉と存じます。数か月の余裕があれば可能でありましたが、ことここに至っては誰にも任せられませぬ。」
「アラシェ。いやアラシェリーケ。お前を幼少から引き取り、王哲学を学ばせてあげられなんだが、余の後悔するところだ。アラシェリーケ。お前は苛烈に合理を求めることを王者の道と信じておるようだが、それでは足りぬのだ。お前は辣腕で有能で信頼に足る数少ない者だが、王者ではない。」
アラシェリーケは言葉がでてこない。絶句とはこのようなことを言うのだろうか。
わなわなと震える。嫌な汗が頬を伝った。
「お前はよく努力し国家運営を成した。マチハバは発展し大国として君臨している。十分である。もうこれ以上、お前に重責を負わせ続けるのは」
「では、では!!」
「いかにせよと!!」
「陛下!!」
感情的な絶叫が響いた。侍従や側近、武官たちが肩をすくめる。
「アラシェ、森の小道にランケの花が咲いておった。それは見事な。そなたの部屋にどうかと思うて摘もうと思うたが、それもまた花に悪いと思うて摘まなんだ。」
国王が「帰って」行った。
肩で息をしているアラシェリーケはよろよろと二歩、三歩とさがり、崩れるように摂政座に腰を落とした。
顔を両手で覆ったのち、両手を少しおろし、恨みがましい目で宙をみる。
側近のひとりがその目をみて小さく震えた。
目を閉じ、両手をひじ掛けに乗せる。咳ばらいをする。
「陛下を退避豪にお連れせよ。」
-宮内広場-
浮浪者の前進は続いている。
もう浮浪者を阻む者はいない。兵士達は遠巻きに眺めるだけだ。
無駄だ。無駄なのだ。近寄ったところで難なく吹き飛ばされ、その歩みをいささかも緩められないのだ。
その挑戦者たちは数百の数で浮浪者の後に散らばっている。
剣も槍も、炮も、重機械の突進も、浮浪者を止めることはできない。
そこにアルヒューナ号がおりてきた。
兵士たちが見上げる。
はるか上空。だんだん高度を下げてくる。
群衆も兵士たちも沸き立った。
千年の伝承を持つ邪龍トラスゴールを払った聖なる飛行軍艦
群衆は大空に喝采を浴びせる。
その喧噪の片隅でトリュー達は女の亡骸を弔っていた。
まだ任務は残っていたが、もはや戦意はない。
罰するなら罰しろ。全員自棄だった。
女のちぎれた腕、欠けた耳を探し出し、一体を揃えた。
割れた頭をスカーフで結んで元に戻す。
乱れたドレスを整えた。漏れたはらわたも元に戻し、帯革で腹を締めて整復する。
濡れた布で顔をぬぐい、兵がどこからか持ってきた白粉で化粧をする。
廃材で作られた担架に丁重に女を乗せる。
「トリューさん、この女どこに運びますか。」
副分隊長が聞いてきた。
「ツーリカル・・・遠いな。屯所で焼く。」
「役人が飛んできますよ。」
「飛んでくる前に焼き上げる。」
「焼いた後は?」
「俺はな、もう除隊する。嫌な思い出があるから避けていたが。ツーリカルに戻って小さな家を買って妻と住む。庭にこの女を葬るんだ。一生かけて弔う。」
トリューは女の頬をやさしく撫でた。
3分後
-摂政座-
「ご機嫌麗しゅう・・・摂政殿。」
「今度は誰だ。ダスランか。」
物陰からダスランが現れた。側近たちがアラシェリーケを囲う。
「ダスラン殿。牢にいたのではなかったかな。」武官が武器の柄に手をかけ尋ねる。
ダスランは宮の外に上る煙に視線を向けた。「焼けましてね。失火でしょうか。私は心優しい獄吏に解放してもらい、命からがらこちらへ、といった次第」
「獄吏は?」
「不幸にも逃げ遅れたようで。」
アラシェリーケ「ふん、それで何色だったのだ。その獄吏は。」
ダスランはにやりと口角を上げ回答した。
ダスラン「摂政殿、お話しがございます。」
アラシェリーケ「心優しい獄吏に放ってもらえたとしても、おまえの罪状は動かぬ。もう一度牢に入ってもらうだけだ。すでにお前を農政に携わらせる選択肢はない。」
「法など方便ではありませぬか。私ならばマチハバの人口を養うに足る農業生産を摂政殿に献上できます。100万の国民が生きていけます。」
「それで何人、何人まで目をつぶれと。」
ダスランはしてやったり笑みを隠さない。
「こたびは私も少々凝りました。ですので、5人。
5人ほど。5人でいかがでしょうか。」
側近たちもかねて噂には聞いていた。摂政とダスランの黒い密約。
いざ目の当たりにすると醜怪極まる。
「ダスランをひっとらえろ。」
即座に反応したダスランが脱兎のごとく逃げた。
あまりにとっさのことで側近達は反応できなかった。
一人二人がダスランを追って喧噪のなかに消えていったが、もう捕まらないだろう。
武官「も、申し訳ありません。」
アラシェリーケ
「式典警備隊本部にスルマリケがいる。やつにダスランを追わせろ。」
武官「はい、直ちに伝令をだします。」
その時!
「スルマリケさんをこき使いすぎでーーーす!」
どこからともなく声が響いた。
側近「誰だ!?」
アラシェリーケ「来客が続くな。」
左のまなじりに鋭く固いものが当たった。
「アゼミだ。」アゼミがアラシェリーケの背後をとり、左のまなじりに刃を当てている。
側近が振り向くと後ろからぴょんと、面積の少ない煽情的な服を着た女が現れた。
「ベアリーでっす!よろしくごきげんよう!うるわしく!」
人差指と中指でV字をつくって眉あたりに当てて挨拶をする。
「アゼミとやら。左目、くれてやる。」
アゼミが刃をしまう。「・・・いらぬ。」
武官が抜剣し、構える。「貴様ら、何者だ。」
「えーっとぉ。さきほど自己紹介いたしました。ベアリーちゃんと」
「アゼミだ。今後ともよろしく。」
武官「名前ではない。氏素性を名乗れ!」
「マガッヒの娘でーす。パパ暴れてるって?」
「アシハラからマガッヒを追い求めてやってきた。」
武官が露骨にたじろぐ。
アラシェリーケ「双方、剣をおさめよ。」
ベイリー「私ら剣もってませーん!」ベロを出す。
「私に復讐にきたのではないのか。」
「やっつけようと思ってたんですけど!さっきダスラン追い払ったから私らからはもうやんないことにしたの。」
「復讐はせぬが、私はお前が嫌いだ。」
「ところで私らは単純に「かっけー!」って思ったんですけど、摂政的にはダスランの100万人農業大作戦捨てて5人助けるのって大丈夫だったの?」
アラシェリーケは間をおいて答えた。
「5人を助けて100万人を切り捨てるのも帝王の振舞いであろうかと思ってな。」
「な、なんかカッケーっス!でも100万人死ぬのはさすがにマズいとおもう。」
「なに、他の方法で救って見せる。」
「カッケー!」
アゼミ「私はお前が嫌いだ。」
「アゼちん、いまはそれやめとこ?」
アゼミがふん!とそっぽをむいた。
「それじゃ、おばさんのお仕置きはパパに任せて、私らは!」
「ダスランを追う。」
アゼミはふん!とアラシェリーケにそっぽを向く。
二人はすぅっと消えていった。
武官「いったい・・・な、なんだったのだ。」
側近「アラシェリーケ様、奴らは追わなくてもよろしいので。」
アラシェリーケ「消えたのだ。追いようもあるまい。」
スルマリケ。3倍。何が3倍だったのだ。