-二人の貴人-
暮れなずむ広場。
煙を噴くアルヒューナ号。転がった無限転帯。
散らばる戦友の肩を担ぎ、救出する兵士たち。
野次馬を整理しようと奮闘する軍警と警吏たち。
喧噪の宮前広場を二人の貴人が歩く。
タラスバン卿は不満げに言う。
「ふん、どうやらケーネットは無罪のようだな。」
「マガッヒ。あの日のままでした。」
かつてオールスはケーネットを斬りこみ部隊としてマチハバの脇腹を突き刺す必殺の奇襲作戦を行ったが「ケーネットの裏切り。それも情夫になびくという最悪の裏切り」のため作戦は冒頭で頓挫した。
オールスは上層部から庶民まで一様に皆そう思った。
思わざるを得なかった、というのが正しいのだが。
ヤカルサは朱色の空を眺め、つぶやくように言う。
「私も、あの日までは信じていませんでした。」
獣化の術、そのほか様々な改造がすべて抜け落ち、ただの女になったヤカルサは健康的で美しい淑女になっていた。
「もうケーネットを追う意味もない。もう10何年たっただろうか。本国でもケーネットなど話題にすらのぼらん。ケーネットの首を追うのは私個人の意地だったが、それも今日を限りに消え失せた。」
もうもうと煙を吐くアルヒューナ号をみあげ、タラスバンは、ふうと深いため息をついた。
「今日の被害は甚大だ。マチハバが統制を取り戻すまで数年かかるだろう。我らはそれまでマチハバを支援し、恩を売るのだ。」
「それが賢明かと。タラスバン卿」
ヤカルサはタラスバン卿の肩に頭を傾け、あずけた。笑顔と言うよりはにやけていた。
タラスバンは小さく「許す。」と言いながら「ふん」と、わざとらしい不満な顔をする。
二人の貴人は人ごみの中に消えていった。
-数学者と-
アルヒューナ号の乗員たちは着陸後にめいめい下艦し、幾人かの重傷者を除き皆軽傷であった。
トムルスは右腕と右足首を骨折の重傷組だった。
広場の片隅に並べて寝かされ、医療班の助けを待っていたトムルスたちに大興奮の声であれこれと尋ねまわる者がいた。
「アルヒューナの勇士たち!見事な戦いでした!」
疲れ切った乗組員たちは苦笑いをするのが精いっぱいだったが、その変わり者が続けた質問に押し黙った。
「上空約30間、あの急角度での射撃となると、浮体での反動吸収が困難かと思われますが、第二射はつつがなく行われた。しかも命中していた!
これは驚異的なことです。いったいどなたのどういった工夫であの射撃が成功したのでしょうか!」
乗組員たちは顔を見合わせ、しばらくあれこれ話し合ったが、全員一致して一人の男を指さす。
「トムルスのオヤジだ。」
サウラーカは大きな声で礼を言うと、上半身を起こしていたトムルスに駆け寄る。
男を追って一人の女が駆けていく。
眼帯をし、髪の毛を伸ばして顔の大半を隠した女。
彼女は乗組員たちに「すみません!すみません!」と謝りながらトムルスに追いつく。
女は男の肩をつかみ、なにやらたしなめていた。
男はいいわけをするように女に言う。
「僕はこの勇士たちの見事であざやかなサウラーカ砲の扱いを聞きたいんだ。」
トムルスはやれやれ、とんだ変わり者がいたものだと感心したが・・・
「サウラーカ!勇士たちに失礼ですよ。」
女が呼んだ男の名前に固まった。
「エーレカ。許してくれ。これだけは尋ねたいんだ、僕は。」
男が呼んだ女の名前に、固まったまなじりから涙が徐々に、そして堰を切ってあふれ出た。
-母と子と、子の友人そして父親-
浮浪者が広場をゆうゆうと歩いている。
軍隊には奴を追うな、争うなと命令が下りている。
兵士たちはちらちらとは見るが、もう手を出さない。皆、それよりも撤収や救助の命令の遂行に必死である。
もはや浮浪者に構うものはいない。下手に近寄って殺されても損である。
野次馬も遠巻きに見てはいるが、いつでも逃げ出せる距離を保っていた。
そんな浮浪者に追いすがる二人の女がいた。
「ねえーー!!パパー!止まってよぉー!」
浮浪者のマントを引っ張り、引きずられる女。ベイリーことアーチェラである。
「たのむ、マガツヒ。止まってくれ!いや止まらずともよい。わがアシハラと盟約をー!」
浮浪者のマントを引っ張るもう一人の女。アシハラのアゼミである。
「わかった、マガツヒ!」
アゼミがマガッヒの正面にまわりこみ、後ろ歩きしながら黒装束の前面をはだけ、下着を見せた。
「私を抱いてくれ!なんの足しにもならぬかもしれぬが、これが今の私にできるせいっぱいなのだ!」
浮浪者は一瞥すらくれずに歩き続ける。
「アゼちーん!アゼちんはさ!いいコすぎるんだよ。
パパは!
悪っぽい女の人しか襲わないの!私たち悪い貴族やっつけまくって善の光が強すぎて無理だって!」
アゼミはなおも浮浪者にまとわりつく。
「ベイリー!それは違う。我らはマチハバの法律をいくつ破ったか知れぬ大犯罪人であるぞ!そこを評価してもらおう!」
アゼミ「パパはそのへん、気にしない人だからーーー!!」
突然、浮浪者が立ち止まった。
アゼミが「ひぃ!」と小さく叫んでベイリーの背中にあわてて隠れる。
「ひょ、評価された。パパ上にお手柔らかにとお前から頼んでくれ。」
「マガッヒ!」
前方にエジーニャが箒を持って立っていた。
すぐ隣に箒を奪われたらしき老掃除夫が腰を抜かしてへたりこんでいる。
「いままでどこをほっつき歩いていたの!」
エジーニャが浮浪者マガッヒに歩み寄り、指で胸をつつく。
「子供を作るだけ作って自分は!
あの子がどんなにさみしい思いをしたかわかってるの!」
さらに胸をつつく。
「いまさら父親らしいことをしろとは言わない!でもね。」
マガッヒが歩き始める。
エジーニャがついて歩く。
「養育費払えとか言わない!一緒にお芝居見に行こう、そんなこと言わない!
あのね!」
エジーニャの声に涙が混じる。
「あの子にもね、お友達ができたのよ!お友達になにかしてあげて!」
「一緒に夕ご飯食べて、なんて言わないから!」
エジーニャの涙声に強い嗚咽がまじる。
「あの子はね!まっすぐ育ったのよ。育てたのは私なんだから!
でもね、ほめてなんて言わない!」
「あのね!聞いて!
ひとつだけ、ひとつだけ!」
「あの子の体を、もとの、普通の女の子に戻してあげて!」
エジーニャが膝からくずれおち、両手を地面につく。
マガッヒは何も言わず歩いて進む。
「おねがい。マガッヒ・・・
あなた・・・おねがい。・・あなた。」
マガッヒは歩きながら指を鳴らす。
ぱちん
桃色の色欲素が霧のようにまとうベイリーの豊満な体が、あっというまに普通の体にもどった。
豊満な悪魔嬢が、年相応、少女と女性の中間、可愛らしいアーチェラに戻った。
とたん、豊満な体にフィットしていた淫らな服装がたるむ。
「ひゃあ!」
アーチェラが両手で胸と股間を隠す。
アゼミが近くにおちていたボロを拾ってアーチェラの半裸を隠した。
「見世物ではないぞ!」
魅入る兵士や野次馬をアゼミが威嚇した。
威嚇するアゼミの頭になにかがごつんとあたる。
「いった!」
なんだこれはと拾ったものは数珠だった。
「こ、これは!マガツヒの呪具ではないか!」
マガッヒは背中を向け、わずかに手を振った。それっきりマガッヒはなんにも反応せず門を出て行った。
今度こそ、マガッヒは消えていった。
エジーニャが二人に駆け寄り、まとめて両腕で抱きしめた。
「ママ、私もとにもどっちゃった。」
「君たちー!」誰かが駆け寄ってきた。
アーチェラとアゼミが声の主に顔を向ける。
息を切らし、膝に両手をついてぜえぜえいいながらその人物はたどたどしく
「危ないことをしちゃだめだと言っただろう!」
アーチェラとアゼミを叱る。
アゼミが目を見開いた。
男は続けて言う。
「そこなご婦人も大丈夫ですか。私はこの二人に浅からぬ因縁がある者で、カギョーロルと申します。」
「ひさしぶり、カギョーロル。」
笑顔でエジーニャが振り向いた。