-ダスランの屋敷-
ダスランの屋敷が燃えた。
摂政が去ったマチハバ。ダスランという屋敷の主も消え、快く思っていなかった者たち、犯人を知りながら泣き寝入りさせられていた者たち。それぞれの復讐が燃え上がったというところか。
後日、焼け跡をアーチェラとアゼミが訪れる。
ダスランの家人が後片付けをしていた。
何人か警吏もみえる。
「君たち、なにをしているんだ。」
屋敷の使用人と思しき中年男性がアーチェラとアザミを呼び止める。
「あたしら、ちょっとダスランさんの知り合いなんです。」
「アゼミと申す。ダスラン卿にはいろいろと世話になったため、此度の災難いかばかりかと見舞いに来た次第。」
中年の使用人は「そうですか・・・」
とうなだれる。
「その、私が謝っても仕方ないかもしれないが。主ダスランがおそらく多大な迷惑、いや、率直に言うけれど。君たち自身か、君達の大切な方々を傷つけたのだと思う。
あなたがたが言葉を選んでくれているのはわかるつもりです。」
中年の使用人が膝をついて謝罪をしてきた。
「いえ、いえ、いえ!そういうつもりできたのでは、決して。」
(アタシが成敗したら消えちゃったって言えない・・・)
「いや、今日はそれで来られたのでしょう。昨日鎮火してからね、何人もこの焼け跡に客人が来まして。我々生き残った使用人はさんざんにお叱りをいただくのです。」
よくみたら中年の使用人の顔はところどころ痣がある。殴られたのかもしれない。
「それは災難ではあるが、ダスラン卿の犯した罪を考えればいたしかたないところもあろうな。」
「主の所業は、うすうすは知っておりましてね。我々も。
ですが、我々屋敷の者どもには実によくしてくださいました。殺人鬼だったなんてとてもとても。当時も半信半疑。いまだに信じ切れておらないのです。」
「主は農業の勉強一筋でした。一緒に圃場で汗を流した記憶しかないのです。
ああ、こんなこと。酷い目に合われたあなたがたに話すことじゃありませんでしたね。」
中年の使用人は腕で涙をふく。
「私らにとっては、マチハバの貧窮を救った誇らしい旦那様だったんです。
でもね、その所業。後から知らされてね。屋敷の者たちで皆泣きました。
いや、すみません。こんな話をしたって。あなた方の大切な方々は帰ってこない。
知らなかったなんていうのも、半分は嘘。我々にも責任はあります。」
アーチェラもアゼミも何も言えない。
焼け跡に書物が積み重なっている。くろずんだ人骨も重なっていた。
「それは?」
「焼け跡から掘り出した主の遺品と逃げ遅れて焼け死んだ者たちの骨ですね。」
アーチェラは人骨の前にしゃがんで涙をふいた。
アゼミも黙とうする。
「警吏や王政庁の方々がいくつか持って行きました。もしよろしければ・・・
遺品ですが、いかがでしょうか。もう我々にはどうしようもできないのです。」
「ところで、ダスラン卿は帰るところはここしかなかったんですか?」
「主ですか。そうですね。もうご実家とも疎遠だったので、この屋敷が主の唯一の帰る場所だったと思います。」
アーチェラが持参した籠からなにか生き物を取り出した。
「カズハではないか。」
「アゼちん、知ってるの?」
「西国にもいるのだな。東国では梁田にたくさんいる。ゲコゲコと、それはうるさい。が、かわいいやつだ。」
「フグラですね。東国ではカズハと呼ぶのでしょうか。」
「へえ~。あたしは見たことなかった。ここに放っていい?」
「こんな焼け跡に放っても生きていけないと思いますが。」
「いーのいーの」
アーチェラはカズハを焼け跡にはなった。
カズハはぴょんぴょんと飛んで、焼け跡の瓦礫の中に姿を消していった。
三人でそれを見届けた。
-波止場-
「アゼちん、アシハラに帰っても元気でね!私の事忘れないで。」
「世話になった、アーチェラ。」
カギョーロル「アゼミさん。あなたは賢明で音楽センスが抜群だ。アシハラでもぜひ音楽を続けてほしい。いつか、東国からアゼミさんの曲が流れてくることを期待していますよ。」
音楽にまったく興味がないアゼミは返答に困る。
「カギョーロル殿。卿からは、父がもしいたらこのような存在なのだろうな、ということを存分に感じさせていただいた。感謝する。」
アゼミは音楽について触れなかった。
だが、カギョーロルへの言葉は本心だ。
エジーニャ「アゼミちゃん。素直にね。きっと。それが一番よ。」
エジーニャはアゼミの両手をとり、ウインクした。
「エジーニャ殿。私にも実母はいるが、実際には幾人もの乳母が私をかわるがわる育てた。今にして思えば幼児のころから、殺伐と育ってきた感がある。訓練や修養ばかりで息つく暇がなかった。世話になった方々は多い。感謝もある。ただ、安堵できる環境はついぞアシハラにはなかったと今は感じる。カギョーロル殿ともどもエジーニャ殿には」
ここでアゼミは息を吐ききり、また吸った。
が、アーチェラが口に手を当てた。
「はい、素直に!」
アゼミは目を白黒させ、息を吐き、観念した。
ぶわっと右眼から涙をながす。
「ありがとう、ありがとうお三方。」
エジーニャの胸に顔を埋め、体を震わせて泣く。
「殺されそうになって怖かった。嫌な奴でも目の前で死ぬのが悲しかった。アーチェラと一緒にいるのが楽しかった。カギョーロル殿に叱られて嬉しかった。エジーニャ殿に料理を褒められたのが誇らしかった!」
うっ・・・うっ・・・うっ・・・
あああああ!!帰りたくない!!
あっ・・・あっ・・・
三人がアゼミを抱いて頭をなで、背中をさすった。
アゼミがピタッと泣くのをやめ、涙をふいた。
「お三方。まこと感謝する。そろそろ乗船の刻限ゆえ、お別れとなる。ここでのことはきっと一生忘れない。感謝する。あ。」
「どうしたのアゼちん。」
「アーチェラ。ダスランの焼けた館で放ったカズハ。あれはいったいなんだったのだ。」
「ああ、あれね。ダスラン。」
「ダスラン卿?」
「無精・・・」
アーチェラはエジーニャとカギョーロルがいたので言葉を選んだ。
「ダスランをさ、成敗したら消えちゃったじゃん。」
「ああ、確か消えた。」
「でもね、本当は消えてなかったの。消えたと思ったんだけど、カズハがいたんだ。」
「そうだったのか。」
「だからダスラン、しぼんでカズハになっちゃったんだって。」
「それであのカズハを屋敷に放ったのか。」
「そ。」
唐突にアゼミがアーチェラにキスをした。
お三方がびっくりしたと同時にアゼミは唇をはなし、飛ぶように乗船していった。
「素直になっただけ、それだけだ!」
泣き笑いのアーチェラ、困惑苦笑いのエジーニャとカギョーロル
波止場にはさわやかな風が吹いていた。
-余談-
ダスラン屋敷の焼け跡から使用人に押し付けられるように渡された農業の本。
アーチェラもアゼミも正直迷惑だった。
ダスラン本人による技術書
「大気中に含まれるアラガン素とモッサに高温と高圧をあたえ尿原素を固定する方法。農業の肥料生成に活用可能。」
アーチェラもわからないし、もちろんアゼミもわからない。
同じようなことが書かれた本が数冊。
「ダスラン本人はともかく、あの気の良い使用人の頼みはことわり難い。いちおうアシハラに持ち帰るとしよう。しかし重いので、半分はアーチェラがもて。」
「えー、重い。」
「スルマリケ卿にでも渡せばよかろう。愛しの摂政殿の気持ちを射止めたとかで舞い上がっている今が好機だ。」
マチハバとアシハラはこの10年後、農業生産を飛躍的に向上させた。