第35話 3分後の摂政座
「戻った」国王がやってきます。
国王は便利ですが、あまり使いすぎると陳腐化するので、これで最後です。
最後なのでアラシェリーケの政治家としての大黒柱に深い亀裂を入れさせます。
「お前は王者ではない。」
ここでアラシェリーケさんは頭が混乱します。
自分は摂政なので国王代理にすぎない。
ゆえに、自分は先王及び現国王の方針を踏襲してきた。
だから王者として振舞った覚えはない。
なので王者じゃないと言われても「まあ、その通り。」なんですが、あえて言われるということは王者としてふるまおうとしていたと思われたか?
違う、王者として振舞わねばならないのに、摂政であると自分に「いいわけ」してその道を閉ざしながら自分の能力を過信し、性急でありすぎたか。
王哲学については一通り習いはしたし、それを実践もしてきたつもりだ。
素人があさはかに解釈してしまったということか。
何だ。何が欠けていたのだ。
部下や民に苛烈に当たりすぎたか。
今この事態を招いたのは自らに至らぬところがあったからかもしれない。
と、過去を顧みてひたすら自分を責めますが、たぶんこの思考が王者じゃなかったんでしょうね。
頭がパンクして「じゃあどうすりゃよかったのか。」とつい問うてしまいます。
しかし王はすでに迷妄の世界に「帰って」しまい「ランケの花」の話をします。
アラシェリーケは「正気から離れてしまったが、きっとこれは何かの寓意だ。そうだ。そうに決まっている。しかし私にはわからない。摘むか否か、どうすればよいのか。」
アラシェリーケさんはここでずっと封じ込めていた世を恨む心が出てきてしまい、両手の指の間から天を仰ぎ、この世界を罵りますが、すぐに現実に戻り、部下に指示を出します。
突然の国王訪問に心を乱されましたが、次の来客で持ち直します。
ダスランです。
ダスランは牢番を楽しんで殺したと表情で伝えます。
自分の政治的権能を使えば、どんな形にせよ、まだなんとかダスランを使えなくはない。
しかしもう迷いはなく、ダスランを切ります。
利害得失を天秤にかけたわけではなく、自然な気持ちで切りました。
そして次の来客はアーチェラとアゼミです。
摂政は王者ではないとはいいつつも王者然とせねばならないアラシェリーケは目玉にあたる刃の切っ先に心底ガクブルしながらも「くれてやる。」と口にします。
アゼミは摂政の怖がる顔を見て溜飲を下げようと思っていたのだけど、全然見られそうになかったので刃を下げます。
そもそも目玉の恨みはカブヒンドでその大方が晴れていました。
「納得はしないが理解はした。」状態です。
あと、二人は、摂政がダスランを切った場面を見ていました。もはや摂政はダスランの庇護者ではありません。二人の敵ではなくなったのでしょうね。
アーチェラの質問にアラシェリーケは自分がなぜダスランを切ったのか思考整理しましたが、答えは出ませんでした。
ですが答えねば為政者としての威厳が保てない。
なので本人としては不本意ながら「それもまた帝王の振舞い。」とそれっぽいことを回答します。
抵抗があったので「王者の振舞い」とは言いませんでした。
二人はすぐに去りましたが、アラシェリーケはその疲弊した精神にいっときの落ち着きを取り戻すことができました。しかし心の大黒柱の亀裂はすでに限界が来ています。
これが最終凌辱の最後の仕上げですね。
重い話だったのですが、ちょこちょことユーモアも入れています。
武官の「いったいなんだったのだ。」本当になんだったんでしょうね。
アゼミの「お前が嫌いだ。」ふん!
スルマリケなにが3倍だったのだ。
個人的には重い話の合間合間にこういうのを入れるのは好きです。
最後にトリューの後始末
トリュー達は盲目の女の死体を整復します。普段の任務で出た付随被害の死者にはここまでしません。
不条理に敗北したショックがそうさせたのでしょうかね。
トリューはこの女が因縁をもつ少女とはついに気づきませんでしたし、お骨で持って帰るのでナゼリハも謝りたかった少女とはまさか思わないでしょう。
盲目の女がその少女とは知らずに庭に墓をたて、二人で弔うってことですね。
どうでもいいですが、マチハバはもともと土葬文化だったのですが、都市部では火葬が一般化しています。無限転帯の燃料でもある黄油の精製技術が進み、廉価に供給できているため、それを可能としています。
次回、ついにマチハバの最終兵器アルヒューナ号がやってきます。
第36話 3分後の数珠役
アルヒューナ号がついにその射程にマガッヒを捉えます。
第一報で敵はマガッヒと踏んでいたトムルスは確実な初弾必中を期すべく猛計算をし、照準の細かい値をはじき出します。
照準具では不可能な狙いは砲員の職人芸に頼るしかありませんが、ともに訓練をしてきた部下たちは応じてくれます。
こういう緊張しているときに嫁探しとかの冗談をいれるのは大好物です。
「当てるのは余裕ですが、嫁さんはどうですかね(笑)」
そのまま射撃シーンに映ってもいいのですが、メリハリをつけるためにサウラーカ夫婦の目から射撃の目撃と言う風につなぎました。
で、まあ怪獣映画でそうであるように、人類の最終兵器は当然通じません。
艦長が2発で射撃を諦めます。マガッヒの耐久度(?)から射撃効果は望めそうにない。
くわえて地上からは摂政が踏みとどまっているという報告がある。
マガッヒをこれ以上摂政に近づけさせられない。
個人的には摂政を快く思っていない。それどころか艦長の出自の貴族の家は摂政の政策の渦中で没落してしまったので憎んでさえいる。けれどこれは任務であり、さらに言うならば、あの怪物を前に逃げずに踏みとどまる気丈な摂政(女性である!)を守らないのは貴族の誇りが許さない。
貴族は、男は、女子供を守るのだ。
なにか方法はないかと思案し「すりつぶす」ことにしたというわけです。
32鐘の質量と前面の装甲板、これと地表でマガッヒをこすれば、さしもの怪物も耐えられまいと。
しかしアラシェリーケはすでに敗北を受け入れました。
文献や資料からマガッヒに人類の攻撃が効かないことは知識で知ってはいましたが、アルヒューナの砲撃に耐えたのを見て、なるほど、と。
部下の敢闘精神には感謝するが、無理なものは無理であり、敗北が避けられないのなら、頭を切り替えて次にやるべきことを考えねばならない。
自分はきっと失脚する。マチハバを止めるわけにはいかない。後釜を誰にするか。どういう指示を出すか。
単なる式典失敗ではない。敗戦処理であるからこれは相当な困難を伴う。
アルヒューナに無駄な攻撃を中止させようともちらと思ったけれど、軍人と言うものの気質は知っている。これが国を滅ぼすほどの被害となるなら涙を呑んでもらわねばならないが、失うのがアルヒューナだけならば、無駄とは言えあの攻撃は敢行させるべきだろう。
やるべきをやれずに敗北する軍は、その後の扱いが難しくなる。
いろいろなことを考えながらアラシェリーケはマガッヒにむかって歩いていきます。
最後にひとつ重要なことを忘れていた。
「私の肛門に数珠を入れるのは誰が良いか。」
そこにスルマリケが通りがかったのは、まあお話しの必然
第37話 最終話 3分後のトルヘル
マガッヒを喋らせました。
第1話の頃は人格を与えない災害として書いていたので、無口でしたが、この設定は使える!と第36話を書いているときに思いました。
最後に喋る。エモ!
しかも絶対マガッヒがやりそうにない「愛をささやく。」
エモ!
アラシェリーケはマガッヒの顔に怪物を想像してあてていました。
醜い怪物。でも、もしかしたら案外普通の男かもしれない。
誰もその顔を知らない。ついに私はそいつの顔を見ることになる。
いや、フードのままかもしれないが、きっとはぐって見てやるのだ。
しかしマガッヒは自らを神話の英雄トルヘルだと名乗ります。
この時代、神話は単なるおとぎ話の類ではなく、実際にあった歴史的事実を古代人が口伝で脚色したものであろうと研究されていました。
ゆえにアラシェリーケがトルヘルと聞いたときに思ったのは
「もしかしたら、この男。本当に本当の英雄トルヘルなのでは。」
でした。
マチハバの少年少女は子供のころから読み物として神話にふれていて、トルヘルはそのなかでも人気の神様です。アラシェリーケも幼いころにトルヘルが大好きでした。
そもそも伝承を信じるならば、「マガッヒ」は何百年かおきに現れている。
もしかしたらだが、古代人はマガッヒを見てトルヘルを神話にのこしたのではないか。
だから目の前の人物は本物の英雄トルヘルなのではないか。
もしかして私は英雄トルヘルに抱かれるのか。
そもそも現代的理性では「マガッヒ」の行為は許されないし許容できない。
しかしその存在が本物なら、彼は古代の理性で行動している。
悪女のみを狙ったというのもそれならうなづけないではない。
そして現れた顔は神話の英雄トルヘルそのものでした。
俗な表現で言うなら
アラシェリーケの趣味にド直球な超絶イケメン
よく聞けば声もスマートさの中になまめかしさのある、これまたアラシェリーケにド直球な声質
上背で「キスにちょうどいい身長差」!
筋肉質で頼りがいのある体躯
火の粉が舞い散る広場を背景に、風がトルヘルの髪をなびかせます。
「貴女を抱きに来た。」
超絶ハードな凌辱を覚悟していたのに、これ。
アラシェリーケは声を失います。まあ、失いますね。
さあ堕ちるまであと何分
くどくなるのでここで場面転換です。
ベイリーとアゼミがついにダスランを捕えます。
ただ捕えるだけだと、つまらないので、ダスランにはもうひとはたらきしてもらい、そこに乱入と言うヒーロー展開を入れました。
若造どもは所詮魔術をつかえない。牢番殺しでまちがった成功体験を積んだダスランはマガッヒの娘にあっさり破れます。
このコンビのシーンはコメディ風に統一しています。
異常性癖だからなみの性技はつうじないぞ!
とかいうアゼミの忠告が個人的にツボですね。
この二人主人公なんだけど、このシーンは箸休めで、アラシェリーケの話に戻ります。
トルヘルの甘い言葉に心の防御がどんどんはがれていくアラシェリーケ。
トルヘルは紳士然にアラシェリーケから許可をとって体に触れるように思えて、よく読んだらわかりますが、一回も許可を得ていません。
紳士の顔で野獣をなすトルヘル。
超絶イケメンがイケボでささやくからこそ許される行為なので、読者諸氏にはお勧めしません。
ギャップからの安心は人の警戒をときます。
トルヘルの指慣らしは強制絶頂に使われると報告でしっていたアラシェリーケは、トルヘルの指慣らしに一瞬ビビりますが、懐かしのツーリカルに連れていかれ、すっかり安心してしまいます。
成人するまで長く住んだ、思い出深い土地であり、政治家を目指した原点の土地。
アラシェリーケはここでいったん正気に戻ります。
私はいま篭絡されようとしている。
トルヘルの目的が何かは不明。
なにかよからぬことを企んでいるのは間違いないが、私の心はトルヘルに傾きつつある。抗いがたい。この男は悪魔だ。拒絶せねばならない。
「悪魔か、貴様」
すでに堕ちた顔でアラシェリーケは問いただすのです。
そして承認欲求を満たされます。神話の英雄トルヘルに。
遥かな古代から自分だけを見つめ、探し求め、ついに会えたとささやかれます。
にらむ視線すら優しく吸収され、「可愛い」と少女扱いされてしまいます。
瞬間、摂政のプライドが「愚弄」と判断しますが、墜落する飛行機の中でジャンプするようなもので、彼女はそのまま完全に墜落してしまいます。
個人的には「もう一度」とねだるところが最高に可愛いですね。
で、場面転換で主人公二人組です。
ダスランを夢精転生で搾り上げるわけですが、ダスランが不得手な膣しぼりです。
彼は「色が見えない」ことに重度のストレスを感じます。
快楽の波の中で恐怖におぼれます。
彼の中でいわゆる走馬灯がくるくるまわりはじめ、その思考がアーチェラの体の中に流れ込むのです。
ダスランの悲惨な人生に「ばちくそエッグい!!」と叫ぶアーチェラ。
気が付くとダスランは消えてなくなってます。
ダスランの悲しさに触れ、泣いてしまうアーチェラ。それをなぐさめるアゼミ。
最高の百合っぷるじゃないですか。
そして物語のクライマックス。
トルヘルと融合同一化しとろけきったところで捨てられるアラシェリーケ。
アラシェリーケはその瞬間、これはこういう凌辱だったのだとついに理解しました。
理解を拒み、思考をとめていたと言うのが正しいのかもしれません。
肛門の数珠はなかった。
しかしトルヘルの目的は相手の尊厳を崩壊させること。だとすれば、私は物理手段をつかうまでもない矮小な精神の持ち主だったというわけか、などとネガティブに考える悪い癖がでます。
だからこその「肛門に数珠を入れてくれ。」という懇願なのですね。
「一人前の女性とみとめてくれ。」と、よりにもよってマガッヒに頼み込むのです。
そしてそれを大空に投影されるのです。
完全に全てを失ったアラシェリーケ。
しかしここでスルマリケ登場
かれは官吏脳なので、根拠がないと動けません。
でも逆に言うと根拠さえあればどんなことだってできます。
「私と歩みましょう(根拠:いつぞやの摂政殿ご自身の発言「おまえは私と地獄を歩んでもらう。」
根拠さえあればスルマリケは許可なしキスだってできます。
ああ、小さいけど偉大な男スルマリケ
第1話の最後でツーリカルを照らしたような夕日
茜が差してこの物語はおわります。
ここまでおつきあいいただき、誠にありがとうございます。
でも、エピローグも書きますので、あと少しだけ!