『The Judas Hound -贖罪の牙-』 作:LCL Stuio R
第1試合終了のゴングと時を同じく、試合会場を上から見下ろす形にあるVIP席と直通している「THE PIT」主催、「リオンハルト・ガーフィールド」の部屋である「主催室」を、タイガーが訪れていた。
ーいや、訪れるといった穏やかな状況ではない。彼女は怒りで全身の血が沸騰しており、プロの護衛集団であるPRIDEが、興行中にも関わらず10人中6人も投入され、やっと主催の首筋の寸前で止まっている、という状況である。
「貴様ぁっ!! …こんな説明、受けてないぞ!! どういうつもりだ!?」
「ごめんね。…全部説明しちゃうと、面白くなくなっちゃうんでね。」
ケロッとした顔で、リオンハルトは言う。
「なんでこんな、惨い試合を組んだ!? 私はただ、あの娘達にプロレスを教える為に…。」
そういったタイガーを諭すように、リオンハルトはこれを「主催」する理由について回答する。
「いいかい?ちょっと例えばの話をしよう。例えば今からここでカメラを回して、人妻ながら容姿も美しく、業界でも人気のある君を、みんなで蹂躙して慰み者にしても、小銭稼ぎくらいにはなる。…でもそれじゃダメなんだ。」
リオンハルトは6人の負債額が羅列されたリストをタイガーに突き付けた。金額は様々だが、全員でゆうに10桁(10億の位)に届く額だ。
「彼女達の負債総額を知ってるかい?これを既に実費で立て替えてるんだ。それを利子無しで回収して、なんなら幾らか持たせて、1年で元の世界に戻れる。こんな優しい契約、他にあるかい?」
途方もない金額と、主催の信じられない言葉がタイガーの意識を遠退かせた刹那、彼女の首筋に強い衝撃が走った。PRIDEの一人がスタンガンを打ち込んだのだ。
「ぐぁっ…、きっ、貴様…っ!!…」
気絶したタイガーを、PRIDEのひとりが抱え、運びだしていった。
「ありがとう、みんなを鍛えてくれて。君には感謝してるんだ。」
そういって、VIP席の窓からリングを見下ろした。
リング上では第2試合の準備が行われる。リングに残っていた{かすみ}のコスチュームだった破片が、小袋に大切そうに回収される。また、コスチュームの大半を失った{かすみ}だが、控室への退路は絶たれており、バスタオルが一枚手渡されるのみだった。
「それでは、第2試合を行います!」
クーガーのアナウンスが会場の空気に湿気を纏わせる。
「青コーナーPuppys、チーム最年少{こはく}選手!!」
その可憐な容姿に、薄汚い声援が飛び交う。思わずリングを降りようとするが、リング運営サポートであるCLAWSによって阻まれる。
「対する赤コーナーDogs、ROTTWEILER(ロットワイラー) 選手の入場です!!」
暗転ののち、スポットライトに照らされて浮かび上がるシルエットは、先程のBULLDOGとは比にならない、もはや「怪獣」と言うべき男だった。
顔は先程の男同様覆面に覆われていて正体不明だが、その体躯の非常識な大きさたるや、対角線にいる{こはく}が縮み上がっているのも含めると、倍ほど違うようにすら感じる。第2試合のリングは、若くて気の弱そうなレフェリーが裁くようだ。手短にボディチェックを済ませるとすぐにゴングを要請する。
ROTTWEILERと紹介された男はゴングが鳴ると、のっし、のっしと対角線の{こはく}に向けてにじり寄った。第1試合のBULLDOGは、確かにこの男より身軽そうではあったが、こと戦いに関しては素人のようだった。しかし、この男は自分の体の大きさが相手を追い詰めるのに有利な事を知っており、プロの格闘家等ではなさそうなものの、「喧嘩のやり方」には覚えがあるようだ。
充分に間合いに踏み込まれ、コーナーに釘付けになる。すると、男の太く長い腕が{こはく}の両肩を掴み、
ビリビリビリビリィーっ
男が両肩紐を左右にフルパワーで引っ張ると、ワンピースタイプのコスチュームは胸元を起点に縦一閃に裂け、{こはく}は大衆の前で一瞬にして産まれたままの姿となった。
「いっ、いやあああぁーっ!!///」
思わず相手に背を向け、その場にしゃがみ込む。
「「こはくちゃん、にげて!!」」
少女達が口々に声を掛けたが、{こはく}が我に帰った時はもう遅かった。大男は蹲る{こはく}に背後から覆いかぶさり、両脚の太股の裏から抱えあげられた。
両足が頭の上まで持ち上がり大事な部分が観客とドローンカメラに晒され、リング上の巨大スクリーンにも大写しになる。隠そうにも、自分の脚が邪魔となって隠せない。
「いっ…嫌っ、お願い放してぇっ…///」
恥ずかしさで、やむなく顔を隠しながらもがく{こはく}に大男はニヤリと笑い「OK, girl.…」と小さく呟くと、攻撃のモーションに入った。地面に突き立てた自らの膝に、持ち上げていた{こはく}をそのまま落とす!
ズドンという音と共に相手の膝で臀部を痛打した{こはく}は、経験したことのない痛みにのたうち回る。ミックスプロレス伝家の宝刀、アトミックドロップが直撃。男は勝ちを確信し、観客にアピールを入れながらゆっくりとピンフォールに入った。レフェリーがカウントを取る。
「ワーンっ、ツーっ、…」
応援している全員が敗北を覚悟したが、なんと{こはく}がこれをキックアウト。信じられない、という表情で大男はレフェリーに食いついたが、勿論裁定は覆らない。
とはいえ、劣勢は変わらない。ロットワイラーは自慢の太い腕をグルングルン回し、必殺技の体勢に入る。フラフラ状態の{こはく}が立ち上がるタイミングを見計らい、ロープにその巨体を振って加速を付ける。
少女たちは口々に声を出すが、観客の茶色い声援にかき消される。見ている全員が、その剛腕アックスボンバー被弾を疑わなかった。その瞬間だったー
右腕を振り抜いたはずの大男は一瞬体がふわりと持ち上がったかと思うと、頭から真っ逆さまに地面に落ちた。何が起こったかわからず、観客は一瞬だけ静かになった。
「こはくちゃん、フォール!!」
―咄嗟の判断だった。大男の太い腕を取り渾身の一本背負いが炸裂。
意識が混濁する{こはく}だったが、意を決して相手の胸元に覆いかぶさる。
受け身も何もない落ち方をして、大男はピクリとも動かずそのまま3カウント。ロットワイラーは男達数名に担がれてリングを降りた。